季節にアセンションを感じる。

精神世界の間では、「アセンション」といわれるような一種の次元上昇、変革が起こるといわれています。


マヤ暦との関連もあり、それが来年の12月22日だという人もあれば、計算方法の違いで今年10月28日ではないかという説もあります。


私自身はそもそもアセンションというものがあるのかどうか、そしてそれが日にちとして特定できるのかといったことにいろいろと思うことはありますが、今は肯定もしなければ否定もしない立場でいます。


歴史を遡れば、いつの時代にも終末論とか新生論のようなことはありました。つい最近でもミレニアムとして、2000年になる時が境目であるという話もあったばかりです。


いずれにしても、ある日を境に、突然すべてが見た目さえも変わるというようなことはないでしょう。


ただ、意識としては人によっては少しずつ、それこそある時期を目処にして変わってくるということもあるようには感じています。


たとえば、私自身、最近体調のせいにしていましたが(それも確かにあるのですが)、心身の状態が以前とは異なってきているのをここ一ヶ月くらいの間で感じています。


皆さんの中にも敏感な方は、体、あるいは心で、ポジ・ネガ両方どちらかの症状として現れている人もいるかもしれませんね。


これももしかすると前に書いた、「類は友を呼ぶ」ような、似たような魂や、意識の状態、信じているものによってグルーピングされた人の間で、それぞれ共通している可能性もあるのではないかと思っています。


それから最近よく感じるのは、境目・区切りの消失感ですね。


たとえば季節です。


今は秋真っ盛りのはずですが、どうも暑くて日差しが夏みたいに感じることがあります。


そうかと思えば、春らしいけだるさと陽気さに見えることもありますし、温度とは関係なく冬のようなたそがれ感を思うこともあります。


季節はタロットで表されているところの「四大元素」でもとらえることができるのですが、いわば、その四大元素的にすべてひとつの季節に包含されているような感覚です。


ただ四大元素論でいえばそれは正しい感覚となります。


なぜならば、四大の性質(エレメント)は、それぞれひとつのエレメントずつ分断されているものではなく、ひとつの中にもすべてのエレメントが含まれているからです。


今までのそれぞれの季節にも、やはりほかの季節を見ることはできたはずですが、それが自分や世界の変化によって、次第に全体的に統合化されつつあることと重なり、季節にも「ひとつからすべてを感じられる」ようになってきたのではないかと思います。


そういう意味では、私の中ではアセンションというものはあるのかもしれないと感じ始めているところです。

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