誕生日を祝えますか。
誕生日は皆さんどうされますか?
子ども時分や若い頃はともかく、次第に年を重ねてくると自分の誕生日を祝ってもらったり、祝うことに抵抗を感じる人もいらっしゃるかもしれませんね。
しかし生まれた時の太陽のポジションに再び太陽が戻ってくる(占星術では「ソーラーリターン」と言います)のですから、自己(太陽の象徴)を意識することも強くなり、いろいろな意味で誕生日・時間とは重要な日なのです。
厳密にはその年の太陽の戻りの位置を計算すると、自分の誕生日とはずれていることもありますが、いずれにしても太陽の進行は信仰と結びつき、いわば誕生日を迎えることによって自分の新たな再生が行われると古代の人は考えていたことでしょう。
よって占いやこの一年を象徴的に見ていくという意味でも、自分の誕生日に占星術的配置の考察を行うことはもちろん、たとえばタロットなどでリーディングしても普段以上に自分にとっての示唆が濃くなることが予想されます。
またそもそも自分が生まれたことに対して、自らが喜べないということは悲しいものです。
ですから年齢に関係なく、少々恥ずかしい気持ちはあっても、誕生日は祝うことを心がけるとよいでしょう。
かくいう私自身も人を祝ったり、演出して楽しませることは好きなのですが、反対に人から祝ってもらったり、自分で祝福を与えたりするなどのことは苦手でした。今でもその気持ちは多少なりともあります。(^_^;)
昨年は四国のタロットの生徒さんたちから盛大にサプライズ的に誕生日を祝ってもらって、とても驚くと同時に結構気恥ずかしい気分でしたが、やはりうれしいものではありました。
皆さんもたとえ祝ってくれる人がいないとしても、自分で自分を祝ってみましょう。
別に人に祝い事を見せる必要はありませんから、心の中で、あるいは自分としてご褒美であったり、祝いのニュアンスが感じられたりすればよいのです。
それに形やこうでなければならないという正解はありません。
もちろん自分の愛する人や親しい仲間・友人とともに祝えるのならばそれに越したことはありません。自分の心を開いて、小さい頃にように祝ってもらうことを受け入れる気持ちも大切でしょう。
あなたの親御さんも年齢・同居・存命に関わらず、きっとあなたの誕生日を心に思っています。
場合によってはひどい親だった人もいるかもしれませんが、その親の崇高な部分の魂・神性なる部分はあなたを憎んではおらず、祝福の気持ちでいっぱいのはずなのです。(悲しくも、ほかの要因によってその神性なる部分が覆い隠されていたと考えます)
でも人だけではなく、おそらく精霊や天使、先祖の方々、亡くなったあなたとの関係者、自然・宇宙・神とよばれる存在もあなたの誕生と成長、そして今とこれからを祝福し続けています。
そうと感じられない場合は、何らかのことでアンバランスや不幸(と思う物の見方・考え方)があるのだということです。
そしてまた自分を祝えない人は人からも祝ってもらえませんし、宇宙の恩恵をエネルギーとして受けることもできにくくなると感じます。
祝いは「祝うこと・祝えること」の喜びから感謝へとつながります。
タロットカードの「太陽」や「審判」は太陽が巡ってくることも含めて、誕生日の祝福や感謝に関係しているように見えます。
どうぞあなたも誕生日はまずは自分から祝ってみてください。誕生日を素直に祝い、祝ってもらえること、それは幸せを呼ぶことにつながります。
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