タロットに出会う縁
このブログを読まれている方は、もうすでにタロットに出会われている方がほとんどだと思いますが、ただそれでもまだタロットとのご縁がそんなに深くないという方もいらっしゃるでしょう。
ましてやいまだタロットに出会わず、ただ偶然にこのブログにたどり着いた人、あるいはこれからもたまたま訪れる人などが現れると思います。
私も自分自身のことを思い返せば、タロットとの出会いは偶然が重なったようなものなのですが、あとで考えてみると必然のように思えてくるので不思議です。(ちなみに私がタロット講座に参加した最初の日は2が並ぶ日で、22の大アルカナの数をイメージさせます)
導かれ方も人それぞれでしょうが、私はタロットとの出会いには、ある種の予感や予告のようなものが存在していると考えています。
そして出会ったとしても、出会ったそのままのタロット(の種類)との縁をつなげていくこともあれば、まったく別のタロット、あるいはタロットからまた違うものに導かれることすらあります。
そう思うと、タロットと出会うことの縁も大切なのですが、その先にある、自分が心の奥で求め続けている何かに出会うために私たちはタロットと遭遇するのだと思います。
そういう意味では一般的に恐いイメージがあると言われるタロットでも、やはり天界からの使い、天使的な役割がタロットにはあるのだと想像されます。
心の奥で求め続けているもの、それは大きく言えば人類共通のものかもしれませんし、個人でいえばそれぞれに異なるものかもしれません。
幸い、私の出会ったタロットは最初からその両方を満たすものとして私には感じられました。実際、タロット(マルセイユタロット)に出会ってからの私は、大きく人生が変転し、いろいろなことの学びが整理され、ずいぶん生き方としては楽になったと思っています。
さきほどタロットと出会うのには予感のようなものがあると言いましたが、これは具体的にタロットの関連する夢とかイメージを見るということもありますが、ほとんどは自分が某かの問題を抱えている状態であったり、漠然とした不安感を抱いていたり、行き詰まり、閉塞感がある時であったりすることが多いものです。
そうした時に、たまたま友人から誘われた、広告・チラシを目にした、占いを受けてみた、インターネットで見かけた・・・などのことでタロットと出会うきっかけが訪れます。自分でも気がつかないうちにインスピレーションやアンテナの感度が上がっているのですね。
たださきほども述べましたように、たとえタロットにそうして出会ったとしても、そのタロットと縁が続くか、またタロットそのものの興味が継続するかは別の話で、タロットが自分の本当に求めるものの入り口や通過点であることもあるのです。
これは何もタロットに限らず、いろいろな講座や人物との出会いについても同じことが言えると思います。
私自身もマルセイユタロットに出会い、これを追求し、今は人に教えている立場ではありますが、マルセイユタロットに出会ったことが終わりや目的ではないのです。
このマルセイユタロットが表す内容、教義、思想などが、私の求めるものに合っているということです。
さて、今年も新たにどれほどの人がマルセイユタロットに出会うかが興味深く思います。
私の講座は気軽には京都新聞文化センターやよみうり文化センター神戸 でのカルチャー教室でも教えていますので、ここから入るのもまたよいかもしれません。(新規は4月から始まります) セブンスウィル(私の機関です)主催のタロットの本格的な定期講座も4月から開始予定です。ご縁のある方、お待ちしております。
そしてすでにマルセイユタロットに出会って学習している方は、どれだけさらに深く、また縁が続くのかというところも面白いところです。自分の求めるものをマルセイユタロットで確認されるとよいでしょう。
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