マルセイユタロットの安全弁と次元深化

このところ、マルセイユタロットに描かれている(象徴されている)さらなる深い部分に入ることがあり、それはカードでいえば、「悪魔」や「月」に隠されたことなのですが、そこはいわゆる「暗い闇」にも関係し、うかつにふれると、自分の存在も危うくなりかねないものでした。

ところで、先日、私は整体に行きましたが、その整体の先生は、私の体を見て(触って)、「普通の不安ではない、得体の知れない不安を感じている時に出ている反応がありますよ」と言われました。

さすがに先生で、体を触っただけでお見通しなんですよね。

また興味深いのは、やはり心の不安や葛藤は、身体反応にリンクしていて、影響は必ず出るということです。

整体の先生のお話を聞いていますと、自分の感じ方によって体の反応も変わってくるのがよくわかります。

ここで重要なのは、人によって感じ方は違いますが、反応する体の部分は同じだということです。

よく人それぞれと言いますが、確かにそれはその通りで、人によって個性があり、思い方・感じ方はみんな違っています。

ところが、感じ方は違っても、例えば深く傷ついた場合はここに反応し、軽い心配程度ならこちらに反応する・・・というように、やはり体の反応としては皆共通であるようなのです。

ということは、逆に考えれば、体の反応を見れば、その人があることに対してどう受け止めているのか(実際にどう感じているか)の程度や状況がわかるということです。

まったく同じ(外部的な)体験をしたとしても、人によって感じ方や受け止め方が異なるので、それぞれで体の反応が違い、同じ経験や問題でも、病気になる人もいれば、何事もないという人もいるわけなのです。

問題などの悪いことだけではなく、あることに対して、深い感動をしているか、そうではないかも体に蓄積されるのだと想像できます。

まさに、物事の受け止め方が、かなり体や健康にも関係していることが改めてわかります。

ですから、外の環境や起きる事件だけ見ていては、物事の本質はわからないということです。その反応や処理が重要でもあるのです。

さて、話は戻りますが、冒頭の「闇」のことです。

このような深いところの問題は、準備不足であったり、無理したりして扱うことはよくないと思います。

マルセイユタロットはの場合、私があくまで感じていることですが、セーフモードというのがあり、その人の至っている力以上の問題に踏み込もうとすると、ストップがかかったり、混乱しても初期の状態に戻してくれたりする事態が訪れます。

安全弁みたいなものです。これは「正義」のカードにも象徴されることです。

安全弁の作動が現れると、タロットが急にやりたくなくなったり、妙なやる気のなさを感じたり、考察を深めようとすると頭にもやがかかったみたいにあまり考えられなくなったり・・・と人や程度によっていろいろです。

これは無理がかかって、心身や霊的なものを壊さないように、マルセイユタロットがそのように働いている(できている)と私は思います。

今回のことは、私もまだまだ力不足を実感しました。ただ、深い葛藤を経験したことにより、そこからの出口と言いますか、光も期待できるもので、その手がかりの一端はつかんだ気がします。

どんな牢獄でも、必ず脱出口はあるものだと実感します。それはこの世界のことでもあるのです。

あなたが過去や現在において、あるいは予想される未来においても、どうにもうまく行かないと思ったり、閉塞感を覚えていたり、何度もループのように同じことが繰り返されていると感じたり、実際に不幸であるような状態にあったりしても、出口や脱出する方法は必ずあると、私はマルセイユタロットから感じます。

マルセイユタロットの「吊るし」は三方が囲われて、手足を縛って吊されている(本当はそうでありませんが)ような人の絵柄です。

ところが、この人物とて「囚われの身」ではなく、すでに自由性を獲得しようとしているのが、タロットの暗号を知るとわかります。

本当の意味で誰が設計したのかは不明のマルセイユタロット(の図像と構造)ですが、やはり人にとって真に必要な情報が、ただのカードゲームのような形で残されていることに、偉大さを感じるのです。

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