なぜそのカードを引くのか?
今日は、自分にふさわしいカードの出る理由(タロットに限らず、いろいろな種類のカードも含む)について書いてみたいと思います。
私はマルセイユタロットを扱っておりますし、このタロットに絶大なる信頼を置いているため、問いや状況、人物に対して適切なカードが(展開法・スプレッドに関係なく)出る(あるいはカートを引く)ものだと思っています。
事実、今まで何度もそれを実際に体験し、確信に至っております。
ただ、私はほかのカード(タロットはもとより、他のカードも含めて)を全く使わないので、他のカードではどうなのかということの自己体験は少ないです。見たり、聞いたりは多くしていますが。
しかし、他のカードを使うカードリーダーのお話を聞けば、きちんといつもふさわしいものが出るとおっしゃいます。
例えばオラクルカードしかり、創作系タロットしかりですし、またこれは私自身も時々やってみますが、トランプでも出ます。
ではなぜそうなるのかということなのですが、これが現実(科学的)にはよくわかりません。
思い込みと言ってしまえば、それまでの話でしょう。
しかし、カードリーダーの方々は、おそらく皆さん、偶然や思い込みの範疇・次元を超えた出方をすることを経験済みだと思います。
カードによっては、カードに描かれた絵柄のエネルギー・波動等が本人や問題にふさわしいカードを引かせるのだとスピリチュアル的に考える人もいます。
またカード自体に神や仏、天使のような存在(のエネルギー・性質)が宿っているといういう人もいます。
とはいえ、絵柄ではなく、シンプルな記号のようもの、または文字や単語だけのようなカードでも、適切と思えるものが出ます。
こうなると絵のパワーとかエネルギーという感じでもないような気がします。
もちろん数字(数)や文字自体にもエネルギーが宿るという考え方もできます。とはいえ、数字や文字だけでは、特定のカードを引かせるほどのパワーとしては、弱い印象も受けます。
となれば、カード側からのエネルギーが呼び寄せるのではなく、カードを引く人間側が、まさに自分にふさわしいカードを選ぶのだと考えることができます。
でも、なぜそんなことができるのでしょうか?
これはひとつの仮説ですが、実は人はすべて読み取ることのできる隠された能力と言いますか、目に見えない情報収集・処理能力があるからではないでしょうか。
いや、もっと言い方を換えますと、どこかで相手やカード(に記載されたり、描かれていたりするもの)とつながる装置やアクセス機能があるのだと思えます。
たとえ新しく創作されたカードであっても、そのカードの意図や意味を情報としてカードを引く前から自分に読み込みせているというようなイメージです。
これは表面意識の頭で理解(情報収集)するものではないので、例えば、実際にカードをすべて見せられても、文字や意味が書かれていない限り、その時にカードの意味が全部わかるわけではありません。(当然ですが)
しかし、あなたのどこか内部にある(あるいは肉体の外側にある)データ保管庫のようなものは、すでにカードと対面した時(カードが用意された時)に、カードの意図(意味)を瞬時に近い感覚で入手していると考えられます。
この時、相手側(カードを提供する側、カードリーダー)はそのカードの意味を当然知っているはずです。
自分が作ったカードかもしれませんし、そうではなくても、そのカードを使うわけですから、学んだり、使う資格を得たりして、カードの意味と知識・理解があるのは当たり前です。
ですから、カードに接触するというより、もしかすると厳密には相手の内にあるカードの情報にアクセスしている可能性もあります。
いずれにしても、実はカードを引く側は、カードを引く前からカードの意味を、自分の中の(または外の)どこかの部分で知っており、そして自分の問いや内容についても当然把握しているため、それに合致するカードを自ずと選択するのだと想像することができます。
人は納得するものを見たいという気持ちが働く生き物です。
つまり、あやふやなままで済ませたくない、何か筋やストーリーが通っていることを自然に望み、そう自分が構築していきます。
ですから、カードを引く場合も、自分のストーリーと通じ、明確になるカードを選択すると予想できます。
これがどんなカードであっても、自分(の状況)にふさわしいカードが登場する理由のひとつとして、私は考えています。
タロットの場合であってもそれはあるでしょう。
とはいえ、もちろんこれはあくまで仮説の理由であり、これたけの理由以外もあると思っています。特に私の経験上からも、マルセイユタロットでは別の理由があるのは間違いないと見ています。
どんな理由であっても、とにかく、「カード」というものは、単体ではシンプルなものなので、自分を見つめるのには視覚的にも大変効果的であり、場合によっては口で説明されるよりも、また文章で見せられるよりも、意外とすんなり受け入れることのできる優れたツールだと思います。
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