公務員時代を、ふとスピリチュアル的に考える。

久しぶりに公務員時代のことやうつ病になった時のことについて、少し書いてみたいと思います。

もしかしたら、苦しんでいる人の何かの参考になるかもしれません。また反対に、まったく役に立たない内容かもしれません。

まあ、こんなヤツもいたのだと軽く読んでいただければと思います。

私は公務員をしていた時に、うつ病になりました。

その原因は、直接的には残業などが続き、体力的に疲弊していたこと、そして本当の理由は、今でこそわかりますが、自分をかなり殺して生きていたことにあると思っています。

公務員と聞けば、現在でも手堅い人気職でしょう。一般的にも楽な職場と思われているようです。

しかし、どの仕事もどの職場もそれなりにそうであるように、公務員の世界も決して楽なことはありません。

業務内容も、職場によるとはいえ、今はどこも人員不足であり、また悪しき担当制が徹底されていることにより、専門的で孤独な仕事でもあります。

それなのに、転勤すれば、もともとの専門職は別として、事務職の人などはゼネラリストとして、それまでとはまったく違う別の仕事を、いきなり全・市とか県とか国レベルで「専門家」として担当させられます。

なかなか民間では想像つかないと思いますが、転勤で変わる公務員の仕事は、一般でいえば会社が変わったり、転職して仕事そのものが変わったりするのに近いような衝撃があります。

加えて、外部(市民や県民、国民)との対応と同時に、内部(同じ公的機関内、別の公的機関同士)での仕事がかなりあります。

銀行のように、むしろ終業時間が来てから(対外的なことは終わっても内的にある)が、本当の仕事(時間)のようなものです。

ここらあたりは、いろいろと公務員特有の古い体質、組織なとが影響しており、私がいた頃でさえ、まさに内側で仕事を作り合っているとしか思えないようなところと、それも職員が実は喜んでいるような“マゾヒスト”的な体質が感じられました。

全部がそうとはいいませんが、少なからず、そういうところが公務員の世界にはあるのだと思います。

タロットをするようになって、霊的(スピリチュアル的)に物事を見ることが増えました。

そうして考えますと、公務員にひかれたり、公務員になる方というのは、多くの縛りブロックと言いますか、規則やルールを遵守しようという性質と、一方でそれを破壊したいとう衝動との葛藤カルマとでも言うべきものを持ち合わせている人が多いように思いました。

もし前世縁というものがあると仮定すれば、やはり過去生においても、何らかの規則や縛りが強い社会・組織で生きた人たちだったのかもしれません。

ある意味、組織を守ったり、自分の信条を壊さないようにするために、責任感も強かったのだと想像されます。

しかし、反面、それで他人を苦しめた経験があったり、何よりも自分自身に嘘をついて自分を縛ったりしていたところがあるのかもしれません。

それから公務員を選ぶ人は、よい意味で言いますと、公共の福祉に貢献したいという思いがどこかに持っているはずで、そこから自己犠牲の精神も強くなるのだと考えられます。(それが曲がった形となって、マゾヒスト的な傾向となっているように思います)

ただやはり、公務員なのですから、一方では、安定や自分の身を守りたいという強固な保守性自己保身性も存在しているでしょう。

そうして考えると、公務員になる人のスピリチュアルな魂というのは、いろいろと「葛藤」がつきものという気がします。

そこで再び、今生で公務員になることで、過去データ(カルマと呼んでもいいのかもしれません)を浄化しようという働き(行動・環境調整)が出るのたと思います。

そして公務員になれば、葛藤を統合、あるいは破棄するかのようなデリート作業によって、自分をもう一段階を進めさそうとするでしょう。

ひとつは、公務員をする中で、魂自体は比較的自由に生きるような選択をするというのが考えられます。

これは公務員というしがらみの中にあっても、自分を縛らず、自らの主張や選択が、公務自体と結びついているというやり方です。

公務は公共の福祉や人々に役立つ仕事ですので、社会的に意義があります。

ですから、仕事ではあっても、社会貢献をしたいというような人にとっては、生き方や方向性と直接関係し、それは民間よりもリンク性が高くなる可能性があります。

公務員は儲けやお金稼ぎで仕事するのではなく、みんなのために役立つ仕事をするからです。

簡単に言えば、公務員生活を充実させることで、カルマを解消していく方法です。

また別の方法では、やはり相当な軋轢や葛藤を公務員をすることで経験し、そこから自分に残る強固な安定思考(志向)を最終的には解除していくというやり方があります。

強固な安定志向は、つまるところ、不足感や分離の恐れから出ています。

ということは、全体に戻る方向性によってそれは解消されていきます。ですが、恐れを手放すということは、とても勇気がいることです。

マルセイユタロットでいえば、バカ者(一般常識の世界から見て変人のように見える者)、つまり「愚者」になって「世界」のカードの境地を目指す、「13」(破壊)を経験して、「節制」によって救済する(される)みたいなことになります。

これはわかりやすく言えば、公務員は自分に合っていないと決意し、安定的な地位を捨て、民間で働いたり、起業したりして生きることを、現実的には意味するでしょう。

まあ、私の場合は後者になっているのですが、ギリギリまで悩み、追いつめられたので、自己選択をした(自分で決意をもって選択した)というより、ちょっと無理矢理させられたみたいなところがありますので、まだ残存思念のようなものがあるかもしれません。(笑)

これは公務員の話で書いていますが、民間のお仕事であっても、業種や働き方によっては、どこか通じるところはあると思います。

今の仕事で苦しんでいる人は、ちょっと、スピリチュアル的な視点でもって考えてみるのも、自己の救いになることがあります。

ただ、逃避のためにスピリチュアルを利用しないようにはしたいものです。

ですが、逃避しないと本当に危ないこともあるので、逃避が決して悪いわけではありませが。

そうこう書いているうちに、結構文章量が多くなりました。

まだうつ病の話ができていないので、続きは次の記事で書きたいと思います。

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