横と縦とバランス、完全性の多様

熊本ほか九州で起こった(起こっている)地震の被害に遭われた方のお見舞と、お亡くなりになられた方のご冥福をお祈り申しあげます。一日も早い復旧が行われますよう、願っております。

東北大震災から5年、私も経験した阪神大震災からもかなり年数が経ちましたが、改めて日本で暮らすことの意味、今後の備えや社会・暮らしの改革が求められるのではないかという思いを強くしました。

何かの行動を起こすことができない人でも、少なくとも心や魂の声に耳を傾け、全体のレベル(次元)を上げるために、個々の内側で、切り替えと変革の意識をもつ(自己の本質思い出す)ことは重要かと感じています。

マルセイユタロットを見ていると、いろいろなことが整理されてくるのですが、そのひとつにバランスと次元というものがあります。

おそらく、この世界は、局所(ミクロ)的にも壮大なマクロ的にも、どの部分においても、あるバランスが働いて、それなりに均衡している状態だと考えられます。

ただ人間の思考は、偏りや錯覚が可能になる「創造性」を持つとも言えます。これもよいと言えばよい特徴ですし、悪いとはいえば悪い能力です。

それでも、たとえ一人一人の思考が生み出す(とらえる)世界においての錯覚(アンバランス)があっても、個を超える全体性と客観性(神とか宇宙とかの目線と言ってもいいでしょう)から見れば、やはりバランスは取れていると思えます。

荒っぽく言ってしまえば、一人一人違っていても、平均すると、バランス化されているというようなものです。(これは厳密にはまったく違う例えなのですが・・・一応、わかりやすくするための例えです)

しかしながら、これはまだ、ある一面だけ、横軸だけの視点に過ぎません。

一面・横軸というのは、そうですね、階層をもった建物・マンションみたいに想像するとわかりやすいです。

そうした建物で言えば、1階だけ、2階だけといった横視線の方向で見ているのが、「横軸」のバランス視点となります。

2階の201号室の住民と、207号室の住民はまったく違う人ですが、2階の部屋全体で総合すると、バランスが取られていて、平均化されているように見えるという感じです。

ところが、建物全体では、縦軸・縦階層もあります。1階と3階そのものの違いというやつです。

しかし、階層の違いはあっても、縦・横全体において見るとバランスが取れていると考えるのが、全体視点のバランスです。

そして、この階層の違い、縦軸が次元を象徴し、言わば、1階と2階では、次元(レベル)が異なる生活があると考えます。

高い階に上がるほど、まさに高いレベルの意識とそれに応じた生活があり、同じ階層では皆同レベルではあるものの、一人一人(部屋単位の住民)には個性や差異があります。

5階の人は1階の人よりレベルが上ですが、同じ5階の502号室と509号室の人は違う人が住んでおり、1階の人とは視点と視野が異なった景色を見ている(思考が異なる)ということです。

これは「類は友を呼ぶ法則」に近いものと言えます。

それで1階の人は、そこから見えるものを、「これが普通の景色だ、生活だ」と思っていますが、5階の人にはそれとは違う景色が見えています。

この形式の見え方が、考え方の違いを象徴しているようなものです。

長々と例えてきましたが、要するにこういうことです。

私たちの今の社会・生活レベルは、それはそれでバランスが全体として取れており、その意識レベルにおいては、これがノーマル・普通、このままでよい、あるいは、これで仕方ない、変えられない、変えなくてもいいと思う人が多くなります。

ところが、別次元(レベル)に意識がシフトしますと、ほかのあり方や方法で、社会のシステム・暮らしが成り立つことに気がつきます。

それがまた、そのレベルにおいてバランスが取れているのです。下の次元の人には思いもよらない社会(言ってみれば常識はずれ)なのですが、その次元に至れば、「普通・ノーマル」なことなのです。

どの所でもバランスが取れている、均衡化されているということは、言い方を換えれば、どのレベル・次元においても、その階層において「完全」だということです。

しかし、次元や階層が異なれば、それぞれでは「完全」であっても、まるで「世界」「宇宙」そのものが違っているように見え、別世界としての「完全」レベルがたくさんあるということになります。

おかしな言い方になりますが、「完全」というものは、何種類もあるということです。

換言すれば、完全性とは、本質は同じでも、スタイルと表現に違いがあると言えます。

ですから、一人一人の意識が変わっていけば、全体としてのレベル・次元のバランス性・完全性の表現もシフトしていき、別の宇宙・世界を経験することになると考えられるのです。

今のような表現の世界でいいのかどうか、今の日本のスタイルでいいのかどうか、ここに来て真剣に考えないといけない時期に来ているよう思います。

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