小アルカナでビバライフ
先日、タロット受講者・修了者のための小アルカナ勉強会を開催しました。
タロットをする者にとって、普通のタロットが78枚ひと組であり、そのうち、大アルカナと呼ばれる22枚のパートと、小アルカナと呼ばれる56枚のパートに分かれることは常識です。
もちろん、創作系タロットになれば枚数もまちまちで、中の構成の区別もあったり、なかったりでしょぅが、一応、基本的なタロットは上記のようになっています。
そして、伝統的タロットとも言われる「マルセイユタロット」においては、特にこの大と小の区別が絵柄からして明確です。
偶然そうなのか、意図的にされたのか、諸説あるとしても、マルセイユタロットに深い教義と統一性が隠されていると思う者には、やはり何らかの理由があってなされたと考えてしまいます。
私自身、カモワン流からマルセイユタロットら入った口ですので、どちらかというと、大アルカナばかり意識して、当初は小アルカナを使うことは少ない感じでしたが、自分独自の道を進むにつれて、小アルカナのほうへも、次第に意識が向けられていきました。
それによってわかってきたことがたくさんあります。今では、私自身は、マルセイユタロットにおいて、大と小に明らかな区別と目的があると考えています。
また、実は両者には明確な区別がありながら、78枚が全体でひとつのモデル・型になっていることもよく理解できるようになりました。
普通はタロットをあまりこのようには見ないでしょうが、グノーシス的にマルセイユタロットを見れば、大アルカナと小アルカナの違いは、天と地の方向性の違いであり、解放と限定という目的の相違があります。
私自身の考えになりますが、大アルカナは魂や心の解放に使い、小アルカナは自分を現実にうまく適用させるための選択を示唆すると見ています。
小アルカナは、私たちが実際に生活し、体験する現実の(時)空間という場所を象徴的に表し、そこに自分を当てはめさせるために、小アルカナのカードたちがあると考えます。
構造のイメージでは、大アルカナ全体の中に、小アルカナという時空間が入っている感じです。
小アルカナの時空間に入るためには、あるルール・約束があり、それが大きくは二元に分離すること(時間と空間認識の存在)、もう少し複雑になれば、4つの性質に分かれることになります。
このルールや規則(いわば見方ということと同じ)は、「一元」から「二元」というレベルでは同じですが、さらに細かく分けると、いろいろなもの(見方・考え方)があります。
いずれにしても、小アルカナの時空間がいわゆる「現実として認識される時空間」なので、時間と空間という差を感じ、結局は私たち一人一人が分離した(「わたし」と「あなた」と個性を感じる)場所ということになります。
大アルカナの場合は、ここ(現実・小アルカナ時空)の次元も内包しつつ、そこから逃れている場所(意識と言ってもよい)も示唆します。
よって、現実からの解放のヒントも大アルカナから得られることにはなるのですが、反面、現実逃避(イメージや目に見えない世界、抽象世界に逃げる)になることもあります。
小アルカナの世界は、現実の生活や一般的価値観による幸せ・成功などの方向性・時空・人物・選択肢を示してくれるかもしれませんが、分離次元の固定、現実空間、その時その時の一時的な状態の充足に向けられるため、これは悪く言えば、現実や常識という牢獄に囚われることにもなります。
また自分と他人の差をどんどん際立たせるものとなり(分離の加速)、つまるところ、自分を強く意識するエゴ(自我)の肥大、あくなき(際限の知らない)欲求と、それを満たす行動へとつながります。
大と小を区別なく、同じ次元・レベルで扱えば、自分の中に混乱は起きませんが、ひとつの考え方・レベルに固定したものになりがちです。
一方、大と小を中途半端に区別して使えば、おそらく現実とスピリチュアリティ、肉体と魂の次元の統合が難しく、混乱は避けがたくなります。
そして、大と小の違いと使う目的を十分理解したうえで、両者のバランスを取っていくと、矛盾したものが統合されやすくなり、こだわりが少なく、成長への気づきも多くなります。
大アルカナを中心に使ってきた人は、小アルカナとのつきあいは、むしろ大アルカナよりも気楽に、もっとライトに、楽しく占いをする感覚でやっていくとよい思います。(軽薄に扱うということではありません)
アテモノとして小アルカナを使うのもよく、そのような使い方のほうが、実は小アルカナは合っているのです。
いつもの私の言っていることとは違うように聞こえるかもしれませんが、本来の趣旨から、はずれているわけではありません。
小アルカナはそういう次元のものだと割り切り、使っていくほうが、かえって占い依存から脱却する考えに至りやすいのです。(大アルカナを意識したうえでのことですが)
カードのトランプを、私たちはゲームとして使いますが、マルセイユタロットの小アルカナ(特に数カード)は、まさにトランプと同様の構造を持ち、絵柄も似ています。
ということは、ゲームのように使えばいいわけです。(そもそもタロットは、表向きはカードゲームのために生産され、使われてきた歴史があります)
この記事でも述べたように、小アルカナは自分を現実(のルール・時空間)に適用させやすくするために使うものと言えますので、実際の生活場面の選択でどんどとん引いて参考にすればよいのです。
引けば引くほど、現実と小アルカナのリンクは強まり、今度は逆に、小アルカナによって、現実を変えていく(「引き寄せの法則」風に言えば引き寄せる)ことになっていきます。
言わば、現実をエンジョイするためのカードが小アルカナと表現できるのです。
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