夢の作用 現実と非現実
風邪でブログを少し休んでおりましたが、ほぼ回復し、体調も戻ってきましたので、ブログを再開したいと思います。
さて、体調不良で、寝ている時に、夢をいろいろと見ました。
私は普段でも、よくというか、ほぼ毎日夢を見ていますが、病気などの時は、眠りが浅いので、頻繁にまた見るわけですね。
ちなみにタロットをやるようになりますと、イメージの世界を喚起していきますから、全員ではないですが、人によっては、夢を見ることが多くなります。しかも、色つきになってくることもあります。
夢は一般的には、起きている時に日常受けていた、心と記憶の整理になっていると言われますが、それはその通りではないかと、私も思います。
ただ、私が考えている夢の「整理」作用とは、一般的な意味を超えたところも想定しています。
私たちの中には、いわゆる現実感覚、これは常識とか日常のリアリティ感とか、時間の流れとか空間・場所とかと言い換えてもいいのですが、そういう現実感覚と、それに対してイメージや心模様などで感じる非現実的なものとがあります。
これは、目に見えるもの・見えないものという関係で語られることもありますし、外的に視覚がとらえているものと、内的にイメージで見ているものという言い方で表現されることもあるでしょう。
そして、起きている時の意識と生活が「現実感覚」である前者で、寝ていて夢を見ている時が、後者の非現実感覚だと言うことができます。
私の言う夢の整理作用とは、この現実意識・非現実意識を調整しているのではないかという推測であり、ただ起きている時の記憶を整理しているだけではないということです。
一般的には、私たちが起きている時の意識が基本とされ、それ(その意識状態)がいろいろと経験したものを整理・休息するため、眠りと夢があると考えるわけです。
しかし、タロットをするような者から見ると、逆のことも同時に考えられ、夢の世界・非現実と思える世界が、現実(日常起きている意識で感じている世界)の調整・整理・浄化を行うために、眠りと夢があると見るわけです。
変な言い方になりますが、「現実」という夢を見るために、眠りと夢という「別の現実」が調整してくれているということなります。
極端に言えば、基本と主体は寝ている時であり、むしろ、起きている時の状態が「従」であるという見方もできるのです。
この境界線をわざとあいまいにしていくことで、意識に揺らぎを生じさせ、霊的な覚醒を起こす手法も、洋の東西を問わず、昔から伝えられているようです。
それはさておき、どちらにしても、夢の世界と現実の世界は、ともに作用し合い、双方でエネルギーの補充と発散、ショックの中和・軽減・浄化などを行っていると感じます。
夢の場合は、非現実性ですから、当然通常の時空概念を超越しますし、ストーリー性も一方向の時間の流れで見るものではないので、バラバラな感じを受けたり、空間的にも常識ではあり得ない出方、過ごし方になったりします。
こういう世界があの世的というか、実は霊的なものだと考えられます。
従って、夢の世界では、過去や未来が同居したり、多元(重)的な世界を経験できたりするので、そこに重要なメッセージや未来予知、過去(過去生的なデータも含む)での忘却していた出来事、パラレルワールド(選択によって別に起こる世界・事件、アニメ的には世界線の違う世界)を観ることによるアイデアやインスピレーションの受信などが起きることがあります。
ただし、先述したように、現実と夢の相互による調整作用という働きもありますから、メッセージや示唆というより、やはり記憶の整理や浄化・調和のようなことも、夢にはあるわけです。
その意味においては、夢を特別視したり、お告げのように扱ったりするのは過剰だということになります。
それでも、普段起きている自分の意識が何を強く思い、何に深く影響されたかということは、夢(の整理・浄化作用)によって知ることができます。
意外なものが心(感情)には作用しているものです。
あと、あまり知られていませんが、占星術をされる方は、むしろ起きている時の世界より、寝ていて夢を見ている世界に注目するほうが、面白いことがわかると思います。「アストラル」という星を意味する言葉とエネルギーは、夢の世界にも通じているからてす。
夢と現実、どちらも見方を変えれば、現実であり、夢なのです。まさに、夢うつつ(現実)と例えられている通りです。
従って、両方(の関連性と無関係性)を見ていくことで、ある特別な視点(マルセイユタロットで言えば「運命の輪」の上の視点)が導かれますし、心理的にも、自らの心の整理ができ、感情に振り回されずに感情を味わうことができ易くなります。
ちなみにマルセイユタロットの「月」のカードは、ひとつには、この夢の構造や仕組み、働きを語っているものです。
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