全体と関係するオリジナル化

今日はクリスマスイブですね。

クリスマスが、もはや世界的行事になっているので、キリスト教徒とは関係なく、感謝と幸せに意識を向ける人も多く、またそうありたいと祈りたい気分になりますし、そのような波動が世界中から伝わってくる時かもしれません。

さて、個人的には、冬至が明けて、暦とは別に改まった感じが強くなりました。カードを引いて、儀式的に切り替えたというのもありますが。

ちなみに私が引いた一枚引きバージョンのものは、「恋人」カードでした。占いなどですと、恋愛に関係するカードみたいに思うかもしれませんが、マルセイユタロットのこのカードはほかの象徴性も考えられ、なかなかに深淵なるものがあります。

このカードは人間が三人いて、まるで相談や選択をしているかのような図があり、同時に上空にはクピド(キューピッド)、あるいは天使ととってもよい、現実を超えた(天上的)存在も描かれています。

このことから、おのずと、地上と天上との関係が示唆されるのですが、人間三人とクピドの位置・面積などにも秘密があり、私がこれからどの位置(スタイル)でいなければならないかがよくわかるものでした。

このようなことは、タロット全体(少なくとも大アルカナ全体)を知っていないと、実は解釈は難しいのですが、逆に言えば、全体を知れば、一枚単体の単純な意味のレベルを超え、タロットが示すあなたにとってふさわしい奥深い意味が出てくるのです。

全体と単体と言えば、、私たち個人と人類全体とか、宇宙と私とか、神と人間の関係とかというような対比を想像させますし、物事は、個人単体で存在したり、理解できたりするものてはなく、全体の有機的ともいえるつながりをもって、はしめてより深く理解が可能になるのだと、タロットを見ていても思い知らされます。

さて、暦的には新年はまだですが、太陽と地球の関係では、すでに年が明けたとも言えます。

そこで、ふとタロット(マルセイユタロットの大アルカナ全体図)を見ていて思ったのが、やはり、先ほどの全体と個人の関係です。

この現実の世界、地上世界は、いわば個性の世界と言えます。誰一人、まったく同じ人間はおらず、みな必ず、どこかは違っています。

そのため、人と比べての優劣が、あらゆる局面で起こりやすく、能力(身体・知能)、経済、名誉、肩書、家柄、会社、組織、国、地域、家族、友人、持っているものなど・・・本当に何でも比べられてしまう(比べてしまう)ことが起きます。

それで優劣を見てしまうと、どちらにしても、自分にとって、つらい世の中になります。

人より優秀だと思っている部分があれば、それを維持することに労力がいりますし、もっと上の人が出れば、たちまち敗北感や劣等感に苛まされることなります。そして、最初から劣っていると認めてしまうと、自己を尊重するどころか、存在価値を認めることさえ難しくなり、とても苦しいことになってしまいます。

やはり、相対値で見る世界ではなく、自分自身の絶対値で見ていくような方向性が必要かと思います。

このことと最終的には関係してくるのですが、これまでは、いわゆる生きる上での正解とか、成功法則とか、ひとつの完成されたような技術などのようなものが多く出た(ある個人が提供した)時代でした。この中には、連綿と伝統的に伝えられてきたものもあるかもしれません。

そうしたものは今後も続いていくとは思いますが、同時に、教科書的なものや、普遍的な法則、技術というものは、個人によって、どんどん変えられていくものになるのではないかと想像しています。

つまり、あるひとつの基本のような型はあっても、一人ひとりの個性に応じて、その人個人にふさわしいものに、今よりももっと容易に変えられていくということです。

例えば、何か教えるビジネスがあったとしても、ただ先生や師匠のことを忠実に守ってやっていくというスタイルより、最初は確かに基本は学ぶにしても、早い段階から自分流に合ったものに変えていく、柔軟な流れになることが多くなる気がします。

いわゆる「守・破・離」と呼ばれる段階がありますが、そのスピードや形式の崩し方が早くなり、個人的に変容(トランスフォーム)していくのが当たり前になるというわけです。

そしてひとつのことにこだわるよりも、多くの融合や統合が起こり、学びや成長というものが、全員が右へならえというようなハンコで押したようなスタイルにならず、個人そのものの価値・ものさしで計るようになり、自分流の進み方の把握がより早まるのではないかと予想しています。

言ってみれば、オリジナル化が普通になるということです。

しかし、ここが重要なのですが、オリジナル化は進みながらも、ほかの分野とか技術、教えともつながりやすくなり、全体としては、目指す方向性が一致してくる(一人ひとりの価値観とか個性は当然違ったままで、多様性は持ちますが)ということです

自分には自分のやり方、方法、成長の段階があることを早期に自覚し、無理せず、しかし、自分を貶めることもせず、全体の中で、自らの個性の活かし方を、他人(それも複数)から学んだり、関わったりすることによって開花させ、オリジナルな自分なりの生き方、社会貢献、サポート、充実、幸せ感を得ていくことになるのではと思います。

それには、今までように、個人がとんがって、カリスマ化したり、セルフブランディングみたいな特別なウリを築いたりする必要もなく(それは別にあってもよいですが)、全体のネットワークでつながり、個人は中継点や変電所みたいな感じでありながら、個として独立しているイメージとなります。

いわば、個人でいながらも、シェアやネットワーク的な組織もありの業態と言えましょうか。

これは、一見、メッセージ的には「あなたらしく」ということではあるのですが、ただ、ひとつの個性や顔をあなたと思うのではなく、複合的ともいえる、色々な顔と仕事、趣味、傾向を持つことを自分に認めるということに近いです。

本質的には、先日のブログに書いたような、見える現実のネットワークと、見えない霊的ともいえるネットワークを意識した生き方、働き方へのシフトと言い換えてもよいでしょう。

今日述べていることは、マルセイユタロット的には、「世界」と「手品師」との関連になります。

「世界」が全体やネットワークを示し、「手品師」が個性、個人を表します。この二枚は、タロットの4組、すなわち、四大元素としてもつながっているのです。

ところで、地球の歳差運動をもとに、占星術的には、サイン(星座)をひとつの時代ととらえる考え方があります。今はみずがめ座の時代で、すでにその状況は始まっていると言われます。これが大きく意識にも上ってくるような、そういう予兆を、来年から(いや、すでに今から)感じるものです。

資格ビジネス的なもの、ある証書をいただければOKというような時代では、すでにありませんが、自分を幸せにするために、ただ画一的なものを求めるのではなく、自分流にアレンジ、自分本来に合わせていく意識は、ますます重要になってくると思えます。(それでも、最初は自分が魅かれるもの、興味あるもの、基本的のものなどは、学んだり、ふれたりしていくことは必要でしょう)

ですから、他人や環境のせいにしていても始まらず、自分がどうしたいのか、自分はどうするのか、自分としてはこうしたいということを、素直に出していくことが大切になってくると思います。

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