タロット学習を多角的にする

タロットの学習では、タロットそのものを学んでいく道と、タロットに関連する知識を入れることで、タロットがよりわかりやすくなるという学び方があります。

あくまで、“タロット占い”の実践技術向上という意味で限定すれば、知識よりも実践(実経験)に重きを置かれることもあるでしょうが、タロットを自己探求や成長のために使うことになれば、体験も大事ではありますが、その体験自体を整理・理解する知識も重要となってきます。

体験(経験や実践)と(頭の)知識は対立概念のように思われていますが、ともに成長のためには必要なのものです。

このことは、もはや言われなくても、誰にもわかることでしょう。

ただ、知識よって体験(の意味)が深まることは、あまり知られていません。と言いますか、自覚(一般に認知)されていないと言う方が正しいでしょうか。

なぜ体験・経験によって自分が成長できるのかは、その体験そのものが次に活かされるからで、そこには情報としての蓄積があります。

しかし、自動的(無自覚に)に活用している場合だけだと、まさに経験値の上がり方が少なく、また深めていくことができません。

同じ経験をしても、ある人はかなりそれを活かしたり、ヒントにしたりして新しいものを創造しますが、ただ経験しているだけの人は、経験数が多くても成長が遅いということがあります。

情報が同じではあっても、その整理方法、取り出し方、言わば、使い方、活かし方に問題があるわけです。

ですから、経験や体験を本当の意味で活かすには、知識による考察、整理も重要で、それがあれば、ひとつの経験も重層的なものに変化します。

タロット学習においても同じところがあり、例えば、タロットリーディングをただ数こなしていくだけよりも、ひとつひとつリーディング内容を検証したり、ほかの学習者とともに議論してみたりすることで、リーディング経験が深まり、新たな発見と、次なる機会に大いに活かせることになります。

もちろん、逆もまた大切で、やたら考察ばかりしていて、実践数が少ないままだと、やはり本当の意味(特に三次元的、現実)では使えないことになります。

よく言われるように、地図上で目的地まで(イメージで)到着することと、実際のフィールドを歩いたり、乗り物に乗ったりして、たどり着くのとでは大きな違いがあります。

この例えは、「だから実際の経験が大事なのだ」ということで言われるものですが、皆さん、特にタロットを学びたい人、学んでいる途上の人は、逆側の意味も思うことです。

つまり、ある地点から目的地まで到着するには、地図というものと、それらを踏破する(成し遂げる)イメージ(想像力)があって初めて、現実にも行けるのだという、反対から見た考え方です。

マルセイユタロットでは、「女帝」と「皇帝」のペアでもって、まずはこのことを考えていくことができます。

さて、話を最初のものに戻しますが、タロット学習では、タロットに関連するほかの知識・分野を学ぶことで、かえってタロットが理解しやすくなる場合があることは述べました。

私のマルセイユタロット基礎講座でも、西洋占星術、カバラー、数秘、タロットに関連する西洋・古代文明の歴史・思想などを、時間と項目を取って教えています。

それぞれはそれ単体でも、実は膨大なる内容を持ち、本当は単独の講座にしてもよいくらいなのですが、それでも、やはり、マルセイユタロットを深く理解するには、こういった知識が不可欠なので、広く浅くにはなりますが(一部の関連知識は基礎講座と言えど、深くなります)、最初の講座から範疇に入れているのです。(知識よりも、タロットのエンタ性、リーディングツールとしての活用が中心の場合は、関連知識は省いたタロット中心の講座もありますが)

そして、講座で学ぶこと以外でも、タロットの理解の一助になることは、分野的にも多岐にわたります。

一度タロットの基本を学んだあとに、ほかのことを学び、理解しようとする機会を色々と持つと思いますが、それらもタロットを通して整理していると、学習ベクトルが双方向になり、いつの間にか、タロットへの理解も深まっていることに気づくのです。

これは、自分ひとりの学習において顕著なことですが、双方向という意味では、他人(他視認の視点)を入れることで、さらに多角的な学習作用と効果を生み出します。

簡単な図で示しますと、

 

1 自分 → タロット

 

2 自分 → タロット ← 自分が学ぶほかの分野の学習・知識

 

 

   他人のタロット知識・経験

         ↓

3 自分 → タロット ← 自分か学ぶほかの分野の学習・知識

 

 

    他人のタロット知識・経験

         ↓

4 自分 → タロット ←  自分か学ぶほかの分野の学習・知識

         ↑

    他人のタロット以外の学習・知識

 

3と4段階では、自分にとっての他人は、その他人からすれば自分ということになりますから、ほかの人(この図での他人)にとって、あなた(自分)は、新たな視点をもたらしてくれる刺激的、創造的(あるいは破壊的)な人の役割になります。

だから、同じタロットを学ぶ仲間とか、グループとか、意見交換できる場があったほうがよいのです。

ちなみに、上で「創造」だけではなく、「破壊」と書いたように、他人の知識や経験は、自分の積み上げてきたものを破壊する作用もあります。

その時は不快な思いをしたり、トラブったりして、人間関係的にはあまりいい気持ちがしないかもしれませんが、タロットの学びという意味では、破壊すらも進化、成長と言え、創造は常に破壊とセット(表裏)であることを知っておく必要があります。

タロットのみに向き合うだけではなく、ほかの分野の知識を得たり、ほかの人と交流したり、人間として様々な体験をしたりすることで、タロットを理解することがもっと高まります。

ただし、考えてみればわかることですが、何のためにタロットを学習し、理解しようとしているかが重要です。

結局、自分(自己の成長)のためということになるでしょう。

タロットはあくまでツールです。

タロットを理解しようとするその過程そのものが、自分を知ることにつながり、さらに言えば、宇宙、大いなるものにふれていくことになっていくのです。

タロット研究家を名乗って、それを使命のように思う人は別ですが、タロットを学び扱う人の目的は、普通は、タロットを解明することが目的ではなく、先述したように、自己や他の人の成長、問題・悩みからの解放・援助の手助けをすることにあると思います。

そこを押さえておかないと、本末転倒になり、タロットに自分が使われるような状態になってしまいます。

このことは、タロットだけには限りませんので、当たり前のような話ではあるのですが、学ぶもの、身に着けようとするもの(あるいは伝え、教える人)に使われ、支配される状態となることの注意は、極めて重要なことです。

皆さんのタロット学習の参考になれば幸いです。

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