タロット学習への動機・思いについて
タロットを習いたいという方の中には、タロットリーダーやタロット占い師になって、人の助けになりたい、そして、それを仕事としたい(ビジネスやお金を稼ぐ意味も入る)という方がいらっしゃると思います。
それは全然OKな望みで、現実的に、タロットを学習する動機、モチベーションとしては正当なものだと思います。
ですが、その望みが叶い、いわゆる「成功」した状態になったとしても、意外に不安が続いたり、時には空しくなったりすることがあるかもしれません。
自分はやりたいことをやっている、それで人から頼りにされているし、お金もそこそこ入ってきている、これは十分自分として成功と言えるのに、何か思っていたものと違う・・・という状態です。
まあ、実際には、成功する人は少なく、なかなかタロットリーダー、タロット占い師になっても、うまく営業できないこととか、技術的に自信を失うなど、結局、仕事・ビジネス的にも今一で、精神的にも人助けの実感が得られずに萎える、というようなことはよくあるパターンです。
従って、成功する前に、すでにタロットを何のためにやっているのか、そもそも私は何がしたいのか・・・と迷ってしまう人もいるでしょう。
ということは、(タロット学習の)前提から見直す必要があります。
やはり、最初の動機・きっかけの部分に、純粋な思いを無視して、ただ自分のエゴを満たすことを優先してやると、あとでその反動が出るように思います。自分の中の不満とか不安、欠乏感などをなくそう、満たそうとするために、タロットを学ぶという姿勢であると、のちに問題になるわけです。
なぜならば、それ(不足)は、究極的には幻想だからです。自分の不足・満足というのも、自分の決めた評価であり、それは他人や周囲のものと比べて、自分がない(劣っている)と思ってしまう幻想から来ています。
しかし、そう思ってしまうのが、この現実世界の仕組みであり、そこから逃れられるのは、なかなか難しいことです。
とは言え、幻想から来ている動機なので、タロットを習い、知識や技術を習得し、実践を行っても、一時的には人の賞賛やお金を手に入れて満足しつつも、幻想からの欠乏感の根本的解決にはならないので、たとえうまく行っている場合でも、この状態を維持しなければと焦りますし、あまり望ましい結果を得られていない時は、何が足りないのだろうと必死で努力して、ますます張りつめたことになります。
そんな状態で、タロットをしていて楽しいかと言われると、おそらく楽しくはないでしょう。むしろ苦しいと感じるくらいかもしれません。そこでいっそのこと、タロットの活動をやめてしまう人も出ます。
ところが、苦しい状態になって初めて、何がまずかったのかを考え、ビジネスとか宣伝とか、技術などのやり方ではなく、もともとの自分自身のあり方にあったのだと気づく人もいます。
逆から考えると衝撃を受けますが、別にタロットうんぬんはただの演出であって、それは何でもよかったわけで、一連の行動と結果は、自分にそのことを気づかせるために起こっていたものだということです。
たぶん、気づいたうえで、それでもタロットが好きだからとか、人の役に立ちたい、自分を表現したい、自分のためにやりたいというような純粋な思いを感じて、再出発すれば、今までよりかは苦しみが減った活動(精神的なことだけではなく、現実的にも)ができるのではないかと思います。
それから、マルセイユタロットのような、世間のタロット世界ではマイナーと思える分野では、マイナーだからこそ、特別感を得られるというエゴの落とし穴があります。これはかつて、私自身もかかっていた病(幻想)です。(もしかすると、今でも少しあるかもしれません)
特別感を得る(得たい)というのは、自分が特別でありたいという感情であり、逆に言えは、自分は特別ではない、何のとりえもない、普通以下である、人から評価されない、もっと言うと、生きる価値がない、死んでもいい、みたいな非常に根深い自己否定に基づいている場合があります。
メジャー分野では、すでに多くの人が関わっているので、そこから特別を得るのは難しいことになりますから、あえてマイナー世界で勝ちを得る(一目置かれる、評価される)ことで、自分に価値をもたらすという構図を取る人がいます。
いわゆる勝ち組・負け組で、一度メジャーで負け組感覚を味わい、マイナー世界に逃避して、こちらでは何とか勝ち組になるというパターンです。
マイナーなのですから、よく考えれば、数のうえではあまり多くの人から賞賛は得られない可能性が高いのに、それでもマイナー世界に入るのは、一人でもいいから、誰か自分を評価してほしいという強烈な渇望があるわけです。
ただ、別にそれが悪いと言っているのではありません。この世の中の仕組み上、誰しも他人と比べ、ほとんどのところで自分に負けやマイナス、否定感情を思ってしまうのも仕方ないことでしょう。
だから、まずは何か、誰かからの評価を得て、自分に自信を少しでもつけるというのは悪くはないと思います。
ですが、その繰り返しは、結局、どこまで行っても、充足感や安堵感は得られない(もともとの発想が幻想であるため)ということも理解しておくとよいです。
本音と建前と言いますが、建前だけで生きていると、本当の自分は死んでしまい、だからこそ死にたくなる、感動もない世界になり、自分を否定し、世界も否定する思いに囚われます。(自我の抑圧)
そして、本音だけで生きようとすると、現実世界のしがらみ・仕組みの中で、社会の中で不適合を起こしやすく、その反発で、かえって孤立化したり、協調性を失ったりしかねません。(エゴの肥大化)
それでも、まずは本音を大事にする習慣は重要でしょう。その本音を認めたうえで、どう立ち回るか、どう現実的に調整を図るかというのが、また自分の生きる力を養うこと(ゲームとして楽しむ世界化)になります。
自分の中には、純粋な思いの王様とともに、世間をうまく生きるための軍師や、宰相も必要なのです。
しかし、軍師や宰相の言いなりになっていては(操られていては)、最初のあり方を忘れ、勝てばよい、得られればよいという本末転倒のことにもなりかねません。
こんな社会では、素直に生きられない自分があって当然です。むしろ、よく耐えている、頑張っていると自分をほめてあげましょう。
そうした中で、本音を無視し続けていないか、本当はどうしたいのか、どうありたいのかを思い出し、それをそのまま押し通すのではなく、いかにすれば、自分の本音を偽らずに、現実的に泳いでいくことができるのかを試してみましょう。
タロットのことにおいても、タロットを学び、タロットの活動をしていくうえで、自分の本心を無視せず、自分自身と相談しつつ、活動を行っていくことをお勧めします。
やりたくもない、好きでもないカードを使ったり、合わない・しっくりこないと思うスキルを使用したりするのは、自分自身と和合していない状態ですから、お客様・クライアントの方に、よいものが提供できない(自分自身も納得感がない)のも、また当然となります。
逆に、あるカードが好きとか、タロット全部好きという人は、そのカードを使うことや、様々なカード駆使をすることは、自分が楽しくなることであり、その思いは、相談に来る人をよい状態に導く理由のひとつとなるでしょう。

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