すぐにクリアーにできなくてもよい

タロットでの相談を受けていますと、問題や悩みをすぐに解決しないと、とあせっている方がいるように思います。

また、漠然とした不安があるとか、はっきりとした問題意識はないけれども、どうしていいのかわからないというような状態になっている人もいます。

全部とは言いませんが、このふたつのタイプは、実は同じ根(こん)があるのではないかと察します。

それは、きちんとしたい、正しくありたい、いつもクリアーな状態でいたいという気質(囚われ)です。

私にもそういう部分があるので、よくわかります。

しかし、物事は常にふたつの要素の対立や循環で成り立っており、いわゆる陰陽思想のように、「ふたつでひとつ」と言えます。

従って、クリアーな状態な時もあれば、その反対に、はっきりきりしない状態のこともあるのはセットです。(片方だけでは、どちらの状態も意識することはできない)

ですから、正しいこと(間違いをしないほう)だけを選択し続けるとか、いつも白であり続けるとかはあり得ないわけです。

さきほど「循環」と言いましたが、逆のものへと循環作用を成す場合、それが一瞬で達成されることもなきしもあらずですが、たいていは時間がかかるものです。(時間と空間の三次元世界であるため)

従って、待つ(時間経過がいる)という姿勢も、どうしても必要となります。

自分が片方だけの状態に留まろうとしても、この世の理として、循環や入れ替えが行われて行きますので、宇宙・自然の動きに順応できず、翻弄されていくことになります。

まるで、マルセイユタロットで言えば、「運命の輪」の中でしがみつく動物のようです。

輪は回っているのに、自分は動かない(この位置にいたい、この位置こそが正しい)と頑なになっているため、やがて輪が回り、逆さまに落されるような事態(こんなはずでははなかった、真逆の事態などが起きること)にもなりかねません。

ですから、例えば、あせっている人とか、いつも自分が思う正しい状態、クリアーでよい状態でいたいと固執していると(それが全体性としてアンバランスなものであるのならば)、マルセイユタロットは「吊るし」とか「月」とかの、時間経過を必要としたり、待機状態、不透明な状態を受け入れるような示唆のカードが出ます。

また、人によっては、「正義」のカードのようにルールを重んじるものより、「愚者」のような、文字通り、愚か者になることを勧める(笑)カードも出るかもしれません。

「答えが出ないことそのものが、実は答えなのかもしれない」という、禅問答みたいなことも、タロットでは示されるのです。

その悩みや問題は、別に今すぐの現実的な解決法を必要とはせず、もっと別の、根本的なことをあなたに告げているのかもしれません。

とはいえ、問題を放置せよと言っているのではありません。現実的な対応と、その大元を探る別の観点をもって対応する目を養うことも、重要だと述べているわけです。

対症療法を進めながら(これはとりあえず苦痛を取り除いて、一時的な落ち着きをもたらす)、根本治療を施していくというようなものでしょうか。

また、「こんなことも解決できない自分はダメ」だと、責めるのはかえって余計に問題をこじらせることになります。

結局、外側のことに必死になって対応していても、また別の問題が続いたり、気持ちが全然落ち着かなかったりするのは、内(自分自身の在り方)に何かメッセージがあるということなのだと思います。

その場合では、「月」を中心としたようなカードたちが登場してくるでしょう。

マルセイユタロットで見るということは、なかなかわかりづらい内外の世界を、象徴的にとらえやすくする(形としてわかりやすくする)ためなのです。

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