人と比べるということは・・・
人はどうしても他人と比べたがります。
自分はあの人と比較して、「○○がうまく行っていない」「劣っている」あるいは逆に「優れている」「あの人より理解している」という感じです。
これはある意味、仕方のないところがあります。
自分一人だけの世界ではないのですから、これだけたくさんの人がいて、多くの生き方、表現の方法があれば比べざるを得ないのが人情です。
しかし、それを逆手にとって考えてみると、このことに対しても見方が変わってきます。
人は誰かと自分を比べたがる傾向を持たされており、またそうし向けられていると取るのです。
ですから、そのまま欲求に従って「人と比べる」という行為をし、その受けた自分の感情のままにまた行動してしまうということを繰り返していると、これはただ反応に生きているだけであることがわかります。
そのようにオートマチックに動かされるのではなく、能動的にこの仕組み、からくりを考察してみるのです。
いわば、箱の外から客観視するような見方です。
そうすると、どうやら私たちは大勢の人に囲まれる世界で生きるように設定されており、それがために人と比べてしまうという気持ちも持たされているのではないかと推量されてきます。
結局、「人と比べる」ということ自体には何か意図と意味があるのではないかという思いに至ります。
それにより、例えば「競争心を煽る」ことなのか、「人との違いを自分が克服すべきため」にそう思うように仕組まれているのだろうかなど、これまでとは違った観点が出てくるでしょう。
よく考えてみれば、人と比べるということは、「自分から人」 そして、「人から自分へ」という図式が成立する行為です。
これを一連のベクトルの流れで書けば、「自分→人→自分」となり、フィードバックする方向性が自ずから設定されることに気がつかされます。
ということは、人と比べることは、「自分を観ることにつながる」ということですし、それがうながされるように「し向けられて」いるのかもしれないと考えられるのです。
ここから先は、皆さんご自身で確かめ、考えてみてください。
カモワン版マルセイユタロットをお持ちの方は、タロットマンダラにそのヒントがあると思って考察すれば大きな気づきが得られるかもしれません。
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