ふたつの力を人間関係で見る。
マルセイユタロットにも描かれているように、物事にはふたつの力の方向と言いますか流れがあり、それはよく言われるように、陰陽などと表現されるエネルギーで、両極性をもって相反しつつも、結局、同じものとして帰一します。
こうして物事をふたつに見るのを、二元論や二元的なとらえ方と言うわけですが、これはあらゆる複雑な世の中をシンプルに把握するのには便利な思考法です。
そうした見方のひとつに、緊張と弛緩があります。
これはふたつの間(複数間においても)の関係、たとえば大きくは国、小さくは隣の人とかパートナーとかの範囲でも見ることができます。
つまりは大から小、物事から人へまで見ていくことができるのです。
人間で考えた場合、その両者(複数間で)の関係は強く結びつく(緊張)か、緩んでいく(弛緩)かに分けられます。
緊張というと、私たちは何か仲が悪い、いがみあっているというようなイメージを持ちますが、ここでいう「緊張」とは、単に両者(複数)間で強い思いのある関係と言ったほうがよいでしょう。
同時に「弛緩」は、穏やかな関係ではあるのですが、間にはあまり強い思いや意志がなくなっている、あるいは強く思わなくていい状態だと見ていただくとよいです。
結局のところ、どんな人間関係であれ、このふたつの力や状態が行ったり来たり、強くなったり弱くなったりして循環します。
関係がなくなる、別れるということにおいても、それはこの観点からすれば、弛緩が極大までになった状態だと考えられます。
関係性は自然に放置していても、この繰り返し(肉体レベルではなく魂レベルまで考察すると)になりますので、あまり人間関係に気を遣い過ぎるのもばからしくなってきます。(笑)
それでも意図的に自分からこの循環を起こす(早めたり変えたりする)ことが、ある程度可能なこともあります。
それは儀式を使う、行うことです。
もっとわかりやすく言えば、仕切り直しや関係性を意識的に見つめ直すポイントを意図的に作るということです。
これは実は普通に皆さんも(商業的に)行っている(行わされている)ものです。
たとえば、結婚何周年とか、誕生日の記念とか、クリスマスを一緒に過ごす、プレゼントを贈るなどのことです。
ほとんどの人は世間に流されるかのように、これを行いますが、緩んだ関係性を結び直す、くくり直すという意識で、特に両者が共通して思って行うと効果があります。
人間関係は弛緩(出会い)から緊張(関係性が深まっていく)という順序ですので、そのままにしていると、自然に弛緩傾向(マンネリ・無関心・馴れ合い)に向かっていきます。
そこで、再び活を入れるがごとく、緊張的な儀式を施すのです。
心のこもらない義務的な、おざなりな儀式では、緊張させる意味がありませんので、効果は薄いです。改まったり、驚き(サプライズ)があるようなものが望ましいでしょう。
さらに神聖なものが意識されると霊的な効果も入りますが、それは一般的には問題もあるので、ここでは述べません。
夫婦間で弛緩が大きい場合、心を込めて何度か、おなじ両者で複数回の結婚式を挙げるとよいかもしれません。恋人同士では記念日を作る非日常的行為でしょうか。これらもやり過ぎると弛緩につながるので注意です。(^^;)
弛緩と緊張、人間関係での参考になれば幸いです。
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