タロットをさわりたくないと思う時。

タロットを学んでいくと、タロットが面白く感じ、毎日のようにタロットを扱いたくなる場合があります。

これとは反対に、急にタロットをさわりたくない、扱いたくないといった状態が訪れることもあります。

楽しい場合はよいのですが、タロットをやりたくないと思ってしまう時、学習者は心配になります。

「自分はタロットに向いていないのではないか」「何か勉強方法や扱い方に問題があるのではないか」などと不安に思うのです。

しかし、多くはそれほど心配することはありません。

扱いたくなくなる理由としては、対外的なもの自分によるものが考えられます。

対外的なものとは、環境(時間)といったほうがわかりやすいかもしれません。単純にほかのことで忙しく、タロットと向き合える時間が少ないという理由が主です。

また、やや自分による理由と重なるのですが、心理的に落ち着いた状態ではないので(仕事のプロジェクトが進んでいる、子供の世話で今集中しないといけない・・などの理由で)、きちんと取り組めないということがあります。

これらは環境が整えば(落ち着けば)、自然にタロットに向かえます。

問題なのは、時間もあり、そんなに心理的にもバタバタとしているわけではないのに、何となくさわれない、抵抗があるというようなケースです。

これにも実はふたつの理由が想定できます。

ひとつは、そのタロットに自分が合っていないということです。タロットのエネルギーと合っていないといったほうがいいでしょうか。

タロットにはたくさんの種類があり、それぞれに絵柄や色が異なるため、全体としての象徴性はたとえ同じでも、個別的には全く異なるものだと言えます。

従って、好き嫌い合う合わないという感覚が出るのも当然なのです。

スピリチュアル的に言えば、タロット種によってそれぞれの固有波動を持ったり、さらには霊的な流れ(霊統)を含んでいたりするので、人によって受け取る感覚も違うのです。

ただ、これは使っていくうちに自分のほうがなじみ、そのタロットに対して違和感を覚えなくすむようになることもあります。

それでも、ある一定の長さでつきあったのに、ほとんど印象が変わらず、気持ち悪いとさえ思うのならば、それは今使っているタロットの種類を変えたほうがよいでしょう。

それからもうひとつの理由は、自分の中の変化・変容によることが挙げられます。

特にマルセイユタロットで自分と向き合うための選択をしてタロットを使う場合、タロットを鏡のようにして自己投影していきますから、段階によって、自分が見たくない部分とか、抑圧していたものなどが現れてきます。

それで特定のカードが気になるとか、タロットをさわるのが恐い、心苦しい・・・みたいなことが起こるのです。

自分でもはっきりとした理由がわからないので、余計不安になったり、混乱したりします。それでも、無理せず続けていくと、自然に統合が取れてきて、今度はよりタロットとなじむようになってきます。

あともうひとつの理由を挙げるとするならば、新しいことを学ぶと、それを整理し直す時間が何事にも必要だということです。

休息発酵時間と言ってもよいでしょう。入れたことが整理できていないのに、また次々にダウンロードして行けば、容量がオーバーしたり、ショートしたりすることが生じます。

パソコンにおけるデフラグのようなもので、空白・待機の時間が必要なのです。それはほかならぬ「タロット」によって、「吊るし」のカードとして象徴されていることです。

さて実際には、これらがひとつではなく、いろいろと複数の理由が絡んでタロットをさわりたくない時期が来ます。

肉体や精神レベルでの拒否にはやはりそれなりの理由がありますので、タロットを扱いたくなくなった時は、自分や周りの環境をチェックしてみるとよいでしょう。

タロットの種類が合わないケースを除き、さわりたくないという状態も基本的には必要な時間ですので、あまり心配せずともよいです。ほとんどの場合は、その時において、無理してまでやらないほうがよいです。(単なる怠け心の場合は別ですが(^_^;))

あ、それと、人に習っている場合は、講座や講師との相性・面白さなども影響しますので、全然自分にとって面白くなかったり、ずっと違和感を覚えるようならば、講座や講師を変えるのもひとつの手です。

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