同じであるには同じではないことを目指す。

マルセイユタロットのカードによれば、緩やかに進んだり、ただ身を任せるようにしたりする時と、厳しく律したり、きちんと目標と計画性をもって進めたりするほうがよい場合と、その両方があると伝えられます。

色々な方が、「こうすれば幸せになれる」「こうしたら願いが叶う」とか、様々なことをお話されます。有料で伝達されている人もあれば、無料やただのネタという感じで話されている人もいます。

私は、これらのことを見たり聞いたりするうえで、時には「それは違うんじゃないか?」「いやー、まったくその通り」「果たして、これは料金に見合うのか?」「もったいないなぁ、お金払ってでももっと聞きたいよ」など、それこそ、自分の中でも「様々に」思うことがあります。

冷静に考えてみますと、面白いもので、他人の表現も色々、そしてそれを感じたり、評価したりする自分も「色々」なのですね。

ということは、ものすごい量の「色々」が内と外であるわけです。これは見方を変えれば、すばらしいことです。

内なる感じ方においてでも、別の人ではまったく異なる思い方、感じ方をされているはずです。

ということは、それだけ「内なる」ものも無数に近くあるということです。

そう、これらがまさにマルセイユタロットでいう、「世界」のカードです。ありとあらゆるものが存在し、しかしひとつの「世界」として包括されます。

「世界」のカードを見ていると、バラエティこそ世界であるということがわかってきます。昔の中国の「諸子百家」ではありませんが、意見や感じ方はたくさんあって当たり前なわけです。

たとえ真理がひとつであっても、その見方や表現方法は個性を持つ。これがこの世であり、世界でしょう。

さて、話が戻りますが、そうは言っても、自分が幸せになることや願望は叶えたいと思うのが人情です。

世界は多様で正解はひとつではないにしろ、何か自分にとって合う方法があるはずだと考えます。

そうやって、あれこれ本を読んだり、セミナーを受けたりします。これも悪いわけではありません。

世界として、人や物事が色々な表現をしてくれているわけで、それを味わってみることにもなるのですから。

ですが、ここで考えたいのは、誰かが伝えている方法が、まったくそのままの通りで自分に合うのかどうかという点です。

さきほど世界はバラエティであり、内と外の多様さがあると言いました。

ということは、人間が遺伝子構造自体は同一でも、誰一人同じ人がいないというように(情報が違うとも言えます)、真の意味で「自分に合う方法」というのは、まさに自分・オリジナルでしかないのだとわかります。

人の言っていることはどれも正しく、しかし自分にとっては正解ではないということです(部分的には正解でもあります)。

どうしても結果が出ないとか、どうも違和感を覚えるというのは、実は当たり前かもしれません。それはあなたに合っていないというより、あなたのオリジナルに昇華していない(発見していない)というのが正しいかもしれないのです。

オリジナルを発見・創造するのには、無から難しいです。型を学んだり、他の人の方法をトレースしたりすることも必要でしょう。

その意味で、誰かに学び、その技術なり方法なりを実践してみることです。しばらくやって効果がないのなら、また別のものを学習したり、試したりすることもよいでしょう。

そうやって、自分の方法を構築するわけです。

人生は自分の個性表現と言い換えてもよいものです。

他人の真似をしてもいいのですが、それは結局、自分の人生を自分のものにするための、一部のモデルに過ぎません。

自分の人生は自分でしか生きられませんし、まったく同じ経験や感じ方は、他人では誰一人できないのです。

しかしながら、これも「世界」のカードが語ることですが、世の中や人は多様であっても、次第にひとつとしてまとめて行くことができます。たくさんの人が最終的には「人間」としての種にまとまるように、です。

タロットでは4つのグルーピングや世界観が述べられています。

それは小アルカナというパートには顕著に示されていますが、マルセイユタロットの私の使っている言い方では、「剣」「杯」「杖」「玉」、つまり四大元素の「風」「水」「火」「地」となります。

この4つの組に見られる表現や質がやはり存在し、その傾向が強く出たり、合う合わないなどの気質が見えたりします。

これを単純な性格論のように考えてはいけません。世界・宇宙の質表現なので、人間だけのことではないのです。アストロロジー(西洋占星術)的にはサインや惑星の表すエネルギーとしても関係してきます。

そうした大局的規模からミクロや心の世界まで関係するのが四大なのですが、このことはあまり理解されていません。

私も当初はよくわかりませんでしたが、マルセイユタロットの構造を見ていると、自然に心に入ってきました。(まだまだ学びと理解の途上ですが)

要は、こうした古代の世界観を通して、大なるものと小なるもの、つまり宇宙と自分個性との関係を知り、自分のオリジナル道を発見して、自分にあった表現と生き方をしていけば、それすなわち、楽(解放・自由)や幸せにつながるということなのです。

言葉で言うとまったくの矛盾になりますが、「人は同じであり、しかし全員、別でもある」ということを理解するのが重要なのです。

これには安易に調和や同一、一体を求めるよりも、逆に表面的には分離や不調和であることを目指す(それが悪いことではないことを理解する)ことのほうが大切だとわかってきます。実はまったく同じことなのですから。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Top