「好き」を増やす

マルセイユタロットには「吊るし」という逆さ吊りのカードがあります。

これにはいろいろな象徴と意味があって、なかなかに面白いのですが、そのひとつに、「反転して(逆に)見る真実」というものがあります。

簡単に言えば、本当のことを知りたければ反対のことを考えろ(思え)というようなことです。

例えば、自分の好きなのもは何だろうと考えるより、嫌いなものを思い浮かべて、それ(嫌い)ではないものとか、その反対のものを考えれば、意外と出て来やすいという感じです。

ここまで書くと、「吊るし」をもとにしての「逆転の発想」ネタかと思うでしょうが、今日の話題は実はそのことでありません。

さきほど述べた、好き・嫌いの話なのです。

私たちは、人生で嫌だとか嫌いだと思う時間、人、事件というものは案外と多いのではないでしょうか。

たぶん一番多いのは、好きでも嫌いでもない瞬間なのでしょうけれど。

ま、いずれにしても、「好き」と思う時は、意外と少ないものです。ましてや、言葉に出して言うことなど、夢中になる恋愛でもしていないと、なかなかないでしょうね。

ただ言葉だけではなく、好みとか、自分が好いている時間・状態・フィーリングというものを感覚として自覚することは先述したように少なく、そのために人生タイムを必要以上に空しくしたり、意味のないものにしてしまったりしているおそれはあるかもしれないのです。

ほっとしたひととき、お茶を飲む時間、仕事でうまく進んでいる時、友人と話をしている時、おいしいものを食べている瞬間、旅の過程、家族との団らん、芸術や美術・映画の鑑賞時間、パートナーとのふれあい・・・本当に一瞬を切り取れば、人によってたくさんの種類の好きな時間・瞬間があるものです。

そうした「時」に、「ああ、これが好きだな」「こんな時間・空間が好き」「こういう会話が好き」というようなことを少し自覚するとよいのです。

好きな感覚は、人とは違っていて当たり前です。いわば全部自分と同じ感覚で好きという人は、一人として存在しないでしょう。それが個性なのです。

ですから、自分の「好き」は自分だけの「好き」でいいのです。

そうして、「好き」の瞬間を自覚していくと、「私はこれを楽しんでいる」「この人生や世の中で好きな“時間・空間”がある」という思いが、不思議な感覚を呼び起こしてきます。

ひとつは、好きのフィーリングが次第に明確にわかるようになり、今度はその感覚を別の場所や時間に増やすことができることです。

言い換えれば、本当に好きなこと(状態)がわかってくるので、好きへの選択眼・選択する力が増して自分の好きな時間を自ら多く選択できるようになるわけです。

好きな「時」そのものが増えるわけですから、それだけ好きな人生になっていくという仕組みになるのですね。

もうひとつは、「瞬間」を自覚するようになるので、まるで映画や写真の一カットを切り取ったような感覚が現れ、日常とは超越した意識が醸成されやすいことです。

達観した見方と言いますか、「好きな時間を楽しんでいる私」みたいな、「観察しているもう一人の私」のような感覚が生まれてくるわけです。

こうすると、「人間や世界って面白いな」と思うようになり、その人間というものが自分のことも指すので、自らを客観視して、落ち込みの場合は浮上させ、異常なハイ状態の時はグランディング(地に足をつける)させることになります。

言葉には出さなくても、「あの人、好きだなあ」とか、「これは好き」「この場所は好き」とか思ってみるだけでも、「好き」波動というものが自分を波に乗せていくようになります。

好きは愛するとは異なりますが、一部愛することに似ている部分もあります。

人は人生での授業を受けており、いわばその修行をしているとも言えます。

ならば、好きということが心の中でもたくさん言えることは、やがては多くの「愛する」ということにつながってくる可能性もあるのです。人生、どれだけ「好き」と言えるかで決まるみたいなものかもしれません。

まあ、アニメなどでよく出るツンデレキャラではありませんが(笑)、言葉や態度は嫌だとか嫌いだと言っていても、心の中はは好きだということもあり得ますから、言葉より、その奥底にある「好き」波動・エネルギーをとらえることが重要だと言えます。

あなたの「好き」を増やしましょう。

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