期待したいタロットリーディングのレベル

私は、タロット講座受講者の事後学習のために、クローズドの掲示板を設けています。

ちょうど最近、その掲示板でのタロットリーディング勉強会が開かれていたところでしたので、そこでの話題の一部を少し紹介したいと思います。

マルセイユタロットでのリーディングには複数の段階・次元・レベルがあります。

まあ、それはマルセイユタロットに限らず、他のタロットでも、またほかのツールや技術でも、普通にあることでしょう。

つまりは、どんなものにも、階層で表されるレベルや次元の違いがあるということです。

私はマルセイユタロットを使っての対人リーディングにおいて、単に「タロットを読む」という技術・レベルを教えているのではありません。

そもそも、マルセイユタロットは、グノーシスという、自分に宿る神性への認識、発見、理解、覚醒のための象徴ツールであるという前提があります。(ただこれは、あくまで私自身が採用している説と教義です、そうではない考え方ももちろんあります)

この目的のためには、マルセイユタロットを吉凶判断や結果を予想したり、アテモノ占いとして使ったりするレベルとは別の段階で活用してほしいと思っています。

それをしてはいけないというわけではありませんが、神性の認識、自己の統合的発展と成長というレベルにおいては、ほとんど意味のないことになってくるのです。

要するに、そのレベルでのリーディングとは別の次元に踏み込む必要性を言っています。マルセイユタロットを学習するからには、それを目指さないと、とてももったいないことになると考えているのです。

ただ、これは表現においての次元の違いなので、どちらが優れているとか劣っているとかという意味で述べているのではありません。

その人の状況によって、採用される次元の読み(リーディング)は変わってくるものであり、占いや状況の予想読みがしっくりくる(必要とされる)場合もあるのです。

さて、私が、皆さん(私のマルセイユタロット講座を受講する皆さん)に到達してほしいと思っているレベル、望ましい次元のリーディングレベルというものがあります。

それは、内的・外的の二元を統合するレベル・次元です。

タロットリーディングで相談を受ける時、人は、ある何かの悩み事の解決や、起こっていること、あるいは起こっていないこと(変わらないこと)についての変化を期待します。

それは目に見えるものであり、いわばその人が今の感性や思考で信じている事件・現象です。

ずばり、(その人の)「現実」と言ってもいいでしょう。

しかし、その人の「世界」は、その人の見たまま、感じたままだけではないのです。

実は見えていないもの、表面意識だけではわかっていないもの(気づいていないもの)も存在します。

ここで安易にそれは「潜在意識にあるもの」とは言いません。実際問題、潜在意識と顕在意識の境目や区別は難しく、また潜在意識の構造もわかっているようでわかっていないところも多いからです。

ですから、単に今の現実感において、自分(その人)が気がついていないこと(裏の感性)と表現します。

いずれにしても、裏の何か、隠された何か、見えていない何かは確実に誰でもあるのです。

ですから、生じている問題や事件、悩み事、さらには自分の思いが実現しない状況などにも、今の自分には気づいていない、わかっていない、忘れている、理解できないことなどが、やはり存在するのです。

それをマルセイユタロットが示します。いや、正確にはタロットリーダーと相談する人の共同作業で発見されると言ったほうがいいでしょうか。

マルセイユタロットは実は高度な象徴体系ですから、気がついていること、わかっていること、目に見えていることとと同時に、反対の、気がついていないこと、わかっていないこと、目に見えていないことなどの、両方(両面)を表すことができます。

タロットリーディングは、表と裏、裏と表、これをマルセイユタロットとともに発見していく作業になります。

ちなみに表と裏の関係は、タロットリーダーとクライアント(相談する人)という、二人のモノの見方と情報交換も意味します。

そうすることで、ふたつのものは、どこかで融合する瞬間がやってきます。

すると、目に見えるものと目に見えないもの、わかっていることとわかっていないことの境界線がなくなり、一種の中立化現象(ゼロ状態)を起こします。

そうなると、外側の現象(目に見えて起こっていること、通常認識での世界)は、自分の内側(心や思い、思考・感情など、目に見えないもの)と混交することになり、全く別の意味を持って現れてきます。

ちょうど、同じ映像の物語を見ていても、裏の解釈や意味を知ると、それが別のストーリーとして浮上してくるというような感じです。

この時、「ああ、この現象にはこんな意味があったのか、全く気がつかなかった・・・」と、思わず言葉や涙さえ出てくることがあります。

これが言わば、内と外の融合・統合なのです。

内なる意識が外の現象を発生させていると言ってもよいかもしれませんし、反対に、外を通して内を知るようなことと言ってもよいでしょう。

また、別の表現をすれば、その現象において、内・外、顕在と潜在(目に見えていること、見えてないこと)が「中立」した感覚でもあります。

この「中立」した時の感覚によって、全体性(宇宙や神と呼ばれる「全」なるシステム)のすばらしさに気がつくことになり、自然に感謝があふれてくるのです。

つまりは自分の内なる神に出会った瞬間でもあります。

いつもそれ(内なる神)は存在しているのですが、日常において、なかなか発見できないような幻想(錯覚)の世界に私たちは泳がされており、だからこそ、その修正のためにタロットリーデイングの問題や課題として登場してくるわけです。

「神に出会う」わけですから、言い換えれば、それは自分の神性の再発見、認識の復活です。たとえわずかなことであっても、「問題」を通して、神性を知ることができるわけです。

タロットリーダーは、そのことを他人(へのリーデイング)によって知ることができるのです。

毎回できるとは限らずとも、こうしたレベル・次元でのリーデイングを行っていただきたいと私は思っているわけです。

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