夢を叶える知性の構築
マルセイユタロットは、平面的に見ているだけでは、その意味や解釈もやはり平面的なものになります。
マルセイユタロットの中でも、非常に精巧にできている版、色や形が再生されたり、リニューアルされたりした版だと、時に、絵柄が立体的に見えてくることがあります。
これは今までに何人もの人から実際に聞いた話なので、自分だけの思い込みではありません。
逆に考えると、そのようにマルセイユタロットは、立体的に見える工夫がなされていると考えることもできます。
さて、そうした平面→立体という見え方の違いも、一種の次元の転移です。
ただ、一気に転移は起こしにくく、今までの世界に囚われ、それが普通・常識だと思ってしまうと、転移は特に難しくなります。
古代象徴においても、幾何学と作図が重視されたのは、おそらく、こうした意識の次元転移、言い換えれば、世の中の見え方の違いを呼び起こすために必要だったのだと考えられます。
最近ではようやく地球が丸くはないのかも?というような説が紹介されていますが、宇宙とて、おなじみの、太陽の回りを太陽系の惑星が周回しているというイメージでは、間違いではないにしても、思い切り省略したようなものになっていると想像されます。
さて話はガラリと変わり・・・と言いますか、本当は関係するのですが、たぶん、これからの話をただ読むだけでは、初めの文章と無関係な話だと思われるので、一応「話は変わり」と表現しておきます。(笑)
私たちが、「あることができない」と思ってしまうのは、「できる」というイメージやモデルが自分の中に構築することができていないからです。
信じる信じないの前に、やれる、行える、可能という図式・理解・イメージのようなものが自分の中では希薄なのです。
大きな意味でいうとイデアが見えないということになりますし、現実次元の話では、情報と知識(知性)の不足ということになります。
できるイメージとできないイメージの差が、あまりに離れていると、やる気をまったく失い、その人の意味で非現実的なことだと思いこみます。
しかし、この差を少しずつ埋めるようなステップとモデル(理想図・実現設計図)があれば、それは、がぜん実現性を帯びてきます。
要するに、個人個人においての実現リアリティが濃くなればいいわけで、そのためには設計図やモデル、そしてそれに至るステップ・段階が必要になるのです。
しかもそれは情報・知識・知性として獲得することができます。
例えば、独立したいけれども無理だと思っている人には、精神的か経済的、どちらにおいても、その人のレベルにおいて実現リアリティが不足しています。
それまで、「独立して生きる」というような概念・思考・知性・情報・モデルが、まったく「ない」とはいえないまでも、圧倒的に不足しているわけです。
だからこそ、自分に実現性のリアリティが出てこない、薄い、わからないということになるのです。
従って、「できる」というイメージ(理想)に至るための情報・知識を入れるなどして、「できる」「できるかもしれない」という実感(リアリティ)を伴った「考え方」を自分の中に創らねばなりません。
一方、直感で進んでうまく行く場合も、実はそうしたことが高速で処理され(真の知性とアクセスして)、自分の中の別の次元で結論づけられているからだと推測できます。
もしあなたに夢があるのなら、できない、無理だと嘆いたり、諦めたりするのではなく、まず理想を思い、次にその理想の表現に近い「現実」の人や物事を見聞します。(情報の入手)
さらに次元(段階)を落として、理想ではないけれど、それなりに夢に近づいている人・表現されている物事を見ていきます。
そうやって、少しずつ理想から落としていき、今の(夢とはかけ離れている)自分に近づけます。
タロットやカバラー的にはこの落とし込み作業を「10」の段階でやるとよく、10の段階が設計図的にできると、次にそれを逆方向に反転して、上昇させていきます。
タロットの場合、上昇していくイメージに大アルカナが使えます。
すると、理想が完全実現するかは別として、かなり実現のリアリティ性を自分の中に構築することができるでしょう。
なかなか自分の生活や状態が変わらないというのは、ひとえに知識、いや正確には知性の不足というか停滞が理由のひとつとしてあるのです。
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