精神的・スピリチュアル的な仕事を目指す人に。

タロットリーディングも含めて、精神的、スピリチュアル的なセッションや相談、ヒーリングはその種類も多く、携わっている人も、今はたくさんいらっしゃいます。

アマチュアや趣味の世界まで含めますと、相当な数ではないでしょうか。

さて、これだけ多くの相談する(してくれる)人が出てきますと、昔では思いもしなかった問題(扱い、相談する内容)も生まれてきます。

「生まれてきます」と書いたように、そう、「問題」は生み出されている(作り出されている)のです。もっと言えば、問題として意識させられるようになったと言い換えてもよいでしょう。

昔の人はそれを問題とも思わず暮らしていましたし、当然ですが、問題意識がないわけですから、そのことに対して別に解決や癒しがなくても、構わなかったのです。

このことを考えると、悪い意味では、わざと私たちは問題を意識させられていることがあるのではないかと疑いを持つことがあります。

今の世の中の経済システムの中で、結局、お金としての利益が必要な会社・団体・個人はたくさんいます。いわば、商売のネタになるものは常に狙われているということです。

ひどいものになりますと、その利益を生み出す仕組みとネタさえあれば、ネタそのものと、それを購入する人のことはどうでもいいとさえ見る者も存在します。

一言で言えば、儲かればいいというだけの視点です。

これは本当の(いい)意味で商売とは言えないものですが、お金がある意味、となった現代社会では、お金が神ならば、すなちわ神への信仰(証、つまりはお金を稼げること)さえあれば、何をやってもいいという風潮になってきているのです。

つまるところ、マネーゲームの勝者が神(お金)から祝福されるという発想になってきます。

スピリチュアルや精神の世界での仕事というのは、あまり形(形としての商品)を売るものではないですから、投資が少ないものとして儲け主義の人のネタにされることがあります。

極端に悪いケースで言えば、先述したように、今までは問題として意識されなかったことまで、あえて「問題」という見せる形にし、「それを解決・浄化しなければ幸せになれない」と謳うわけです。

それにより、「私はこれが問題だったから幸せになれなかったのだ」と思い込まされ、それを解除してくれるという技術や方法を受けます。(セッション・相談に行き、お金を支払います)

実は、まだこの段階ではましなほうです。

さらに行くと、自分もそれ(問題を解除して幸せになる方法)ができるようになりたいと思わされるようになり、当然、商売側としては、その用意はあらかじめあるわけで、技術習得のセミナー・コースの受講となります。

ここではおそらく、その技術を受けた(セッションを受けた)時よりも、技術伝授ですから、相当高い金額を支払うことになります。

まだこれでは済みません。

今度は、技術を身につけても、お客さんが来ないと仕事にはなりません。たとえボランティアでするにしても、自分の技術が役に立つかどうかを実感するには、多くの人に来てもらう(技術を行使する)必要があります。

となりますと、集客という別の技術がいることになり、それについても、用意周到なところは、お客さんを集めるための別のコース・メニューを案内するでしょう。ここでまた多額のお金が支払われます。

まだまだ続きます。

仮に集客ができなかったとしても(集客セミナーを受けても全員ができるとは限りません、わざと効果が中途半端のものを教えるところもあります)、癒しや相談の技術そのものを教えて、セミナー講師として稼ぐ方法も紹介されます。そして、これまた、そのためのコースも用意されているでしょう。

このパターンになってきますと、実際は、自分が身につけた癒しや相談の技術を、お客さん(クライアント)に使って利益を上げるのではなく(相談自体が仕事ではなく)、技術を教えることをメインの稼ぎとして、それで、さも成功しているように自他ともに見せかけていることがあります。

そうして次に、セミナー講師が自分の子ども分に当たるセミナー講師を作り、さらにその講師がまた子ども分の講師を作り・・・と、言ってみれば、技術習得セミナーのネットワークビジネス状態となります。

この人たちは、結局、最初に自らが感動した技術をほとんど使わず、ただそれを教えることをネタ(商材)として、自分たちの生活や経済を潤しているに過ぎないことになってきます。

※これは自覚なき(あるいは悪意をもって稼ぐ人の元に巻き込まれた)悪いケースのパターンを述べているのであり、癒しや相談技術で仕事したり、講師として稼いだりすることがダメだと言っているわけではありません。クライアントやお客様のことを考えずに、一方的なマネーゲーム(の奴隷)になることへの警告で言っているわけです。

そしてもっとも悪いのは、これらのシステムを最初から構築し、すべてのプロセスとコースにおいて、誘導・勧誘・利潤の巻き上げを行う集金マシーンと世界を創っている大元です。

ほとんどの人は、自分が受けたり、習ったりした技術がすばらしいからこそ、人に伝えたい、それを仕事にしたいと思ってやっています。それ自体は純粋で美しいことです。

その技術を学び、仕事として成り立たせ、経済的独立と精神的独立を実現させている人も、それはそれですばらしいことだと思います。

しかし、元に戻って考えてみると、本当にその技術は人々に役立つもの(必要なもの)だったのか? その技術が扱う「問題」というものは、お金儲けのために生み出されていなかったか?と見る視点も、時にはあっていいものです。

また、お金儲けを狙って、システムを創り上げる業者の大元は、その技術や、それを使う人のことを本当に思っているのかどうか、疑ってみることも大切です。(中間層では、本当の目的がわからないように、美的な文句で飾られていることがあります)

まあ、今お話したのは、極端に悪い話(説)の場合です。

もちろん、時代の進歩と、今必要だからこそ、昔の人は意識しなかった「問題」と、その「解決」「癒し」「解除」の方法が、生み出されてきたと見ることもできます。

かつての人は、そういう問題を意識できないほど、生活ベース次元で追われていたのであり、今はもっと次元が上がり、精神的・スピリチュアル的観点から、現実や生活、そして個々人の幸せを見ることができるようになってきたと思うこともできます。

すべてには、よい面と悪い面(と見えるところ)があります。

ひどい、悪いと思っているものの中にも光やすばらしさはあり、そのまた逆に、美しいもの、尊いものと思っているものの中にも、残酷性や無知性があるものです。

全部鵜呑みにするのではなく、冷静で現実的な観点も持ちつつ、スピリチュアルも入れた統合に向けて、現実を超える視点も併せて獲得していくとよいでしょう。

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