タロットの仕事で

タロットの生徒さんや、リーディングを受けていただく方に、

タロットを始められて、長いのですか? 何年になるのですか?

と聞かれることがあります。

私自身は、いつも「そんなに年数経っていませんよ、むしろ短いほうじゃないですかね」と言いつつ、実際の経過年数を答えていましたが、最近、またこれを聞かれることがあり、ふと、数えてみますと、まあまあの年数になってきていることに、自分でもびっくりしたことがあります。(笑)

いつの間にか、最初にマルセイユタロットに出会ってから、15年以上の月日が経ち、20年近くにも迫ってきていました。

私は占い師ではありませんが、タロットといえば占いの世界だと一般にも思われていますし、実際、占い界では、タロットに限らず、ほかの占術でも、10年、20年は当たり前、中には50年くらい研究・実践を続けられている方もいらっしゃいます。

もう、こうなりますと、人生の大半は、それに賭けているというか、その人の人生はそれそのものと言っていいかもしれません。

そういう占い界のすごい方々と比べると、まだまだ私など若輩者に過ぎず、タロット経験者としては、むしろ少ない年数のほうなのかもしれません。

そんな私でも、何度か、これまでタロット活動をやめてしまおうかと思ったことがあります。

その理由は、大きくわけると、環境や経済的なこと、いわば外部的な要因がひとつ。そして、もうひとつは自分の中の問題、内部的な理由になります。

しかし、よく考えてみれば、内と外はつながっていて、精神や心を重視する方から見れば、内的な問題が主で、それが投影されて外的な問題となって現れると考えるでしょうし、あくまで物質的に、現実に起こっているそのもので物事を判断する人は、その逆(実際に問題があり、それで心が悩むの)だと言うかもしれません。

皆さんの中にも、占いや、セラピー、ヒーリングなどをされ、仕事として起業された方もいらっしゃると思います。

趣味でそれらをやっていくのは楽しいことですが、仕事・ビジネスとなると、経済活動が必然になってきますので、自分の思いだけでは続けられなかったり、葛藤することも多くなってきたりします。

結局、仕事として活動する場合は、ある種の覚悟と、逆に思い込み過ぎない柔軟さ両方が必要になってくるのではないかと、経験からも感じます。

プロや仕事としてやっていく覚悟が足りなければ、アマチュアレベルとして扱われ、料金も低くなったり、そもそもお客様が来なかったり(それらは自身の経済に影響し、生活や活動もできなくします)という事態も考えられます。

そして、ここがまた重要なところですが、その覚悟は、自分の(プロ活動としての)ピンチや危機として、また天や世から試されるというか、新しい覚悟へのリニューアル・チェンジを要求されるような事態が起こってきます。

一応、それなりの覚悟はできていて、仕事もまあまやれていたとしても、それはそのレベルでの話(覚悟)なのです。自分のレベルを上げようとする時、また向上したり、さらなる発展が起きようとしたりする時、今までの覚悟や決意では足りないことがあるのです。

実は私にとって今年は、タロット活動をやめてしまおうかと思ったほどの、危機的な大きな年でした。

まあ、私一人、タロットをやめても、世に優れたタロット講師やタロットリーダーはたくさんいらっしゃいますので、何の影響もないのですが(苦笑)、理由はいろいろとありますが、廃業も想定するような事態ではありました。

これほどのことは、かつて一度あり、その時は本当に数か月から半年はやめてしまっていた(税務署に廃業届も出しました)のですが、いろいろとあって、結局タロット活動に舞い戻るといいますか、タロットに呼び戻された感じで、再開することになりました。

その後も、小さな「やめ時」を思うことは何度かはあったのですが、その大きなものに匹敵することとしては、今年がそうと言えました。

その以前の、タロット(のビジネス的)活動をやめてしまった時、タロットを再びやろうと決意させられる事件がいくつか、偶然のような必然として起こったのですが、スピリチュアルに関心の強い人は、そのような偶然(の必然性)に強い意味を見出すでしょうが、確かにそれを感じたとはいえ、結局、大事だったことは、自らの新たな覚悟でした。

いくらシンクロや天意みたいなことが示されたとしても(そう人から言われたり、勧められたりしたとしても)、自分の人生を決めるのは自分です。

やるかやらないか、続けるか続けないか、そしてやる(続ける)からにはどうしていくのか、これらの決意と覚悟を最終的に自分が決めなければ、前には進めないのです。

以前の危機のあとの覚悟は、その当時はかなり強いものであり、今までの自分のやり方も変えるものでしたが、今年のピンチも、やはり新たな覚悟が試されるものとしてやってきたように思います。もう、新しいものに替えていく段階が来ていたわけです。

一方で、強い覚悟や決意さえあればいいというものでもありません。前述したように、柔軟性もいるのです。

強い信念は、時に固執や膠着を生み出してしまうことがあります。自分の根本のあり方は変えないようにしながらも、時代や人の流れは変転していきますから、それに合わせた柔軟性も、特にビジネス・市場での活動となると必要となるのも当然なところがあります。

まあ、とても強いオリジナリティや世界観をもっている場合、周囲のことは気にせず、自分の世界をそのまま、お客様やクライアントの世界にしてしまうという、マルセイユタロットでいえば「悪魔」(カリスマ)的な方法でやれる人もいないわけではありませんが、これはやはり特別な人に限られると言えましょう。

長く続けたからといって、そのまま来年も再来年もやっていくのがよいとは限りません。時には、突然、まったく自分にも人にも合わなくなてしまうことがあったり、興味も失ってしまったりすることもあるでしょう。

やりたいことをしていると思っていたら実は違っていて妥協や惰性で続けていたことに急に気づいたという人もいるかもしれません。

人間、死ぬまでは、何が自分にとって本当に良かったのかはわからないものです。「自分を生きる」という実感を持つタイミングと可能性は、いくつにもなっても、またいつでも開かれていると言えます。(逆に言えば、なかなかそのような気持ちが持てないのも、普通にあるということです)

それ(充実したこと)が生活の収入を得る仕事でなくてもよく、好きなことや、やりたいことで生活するというのも、確かに聞こえよくて、楽しそうですが、本当は誰かや世間の洗脳めいたことかもしれないのです。

それよりも、自分の今の仕事を好きにしていく、あるいは転職して、どうにか、前の職場や仕事よりも、自分にとって働きやすくするという方法を取るほうがいい場合もあります。

生き方も、世間体や常識をどんどん少なくして、枠をはずしていけば、かなりモノも心もシンプルな状態になるはずで、最低限の暮らしができれば、タロットのような隠者生活(苦笑)が、思いのほか、自分にとって満足だったということもあるかもしれません。

成功ということでも、、常識や一般的なものとしての概念と、自分の心が思う(心の)状態のものと、両者を妥協させたもの、そしてどちらでもない霊的なものがあると言えます。

また、どうしても、ビジネス活動で自分の好きなことをやるのに、葛藤が続き、うまく調整や折り合いをつけにくい人もいらっしゃると思います。

その場合は、好きなこととビジネスは別と割り切って見直す冷静な目で見てみるとよいでしょう。(あくまで「好きなことビジネス」という一種のビジネス形態のひとつの種類として見て、それが自分には向いていない、合っていないと考える)

昨今、起業ブームで、自分の好きなことでやっていくみたいな煽りにも似た宣伝手法も多かったですが、ほとんど努力や作業もせずに、ビジネスがうまく行くということは、特別な幸運や恵まれた資金力でもない限り、ないと言っていいでしょう。

ただ、それなりの手順と準備を踏み、危機が訪れても、新たな覚悟と柔軟性をもって、努力し(苦しい努力とは言いません、好きなことをする必要な努力や作業です)、自分を売りだし、表現していく勇気を楽しくやっていけることができたら、ビジネスとしての可能性も、大きく展開していくことになると思います。

いずれにしても、自分を知るというのは大切なことで、それには、具体的なことや条件などを、どんどんはずして自分をの思いを見つめていくことが必要となります。

つまり、本質に帰る作業です。

本質は言ってみれば、抽象的なものなのですが、そこまで来ると、自分のやりたいこととか、表現・生き方というのが、やり方や具体性ではないというのが見えてきます。

自分の好きなこととか、ワクワクすること、逆にやりたくないこととか嫌いなことを見ていると、実は誤解してしまうこともあるのです。

そうやって調べようとすると、どうしても、具体的な仕事や何かの趣味、行動、モノ、実際に世の中にあるような事を想像してしまうからです。(あるいは好き嫌いの感情で判断してしまう)

例えば、私の場合でも、タロットをやりたいというのは、どうしてなのか?ということで、少しずつ具体性をそぎ落としていくと、途中で、やり方にこだわっていたことに気がついてきます。

本当にやりたいこととか、伝えたいことはあるにしても(それが本質)、そのやり方や表現方法は、もっと柔軟に考えてみてもいいわけです。極端なことを言えば、タロットを使わない伝え方も、私の場合でも考えられるのです。

タロットを使って本質まで探っていくことが可能ですが、最後はそのタロットも打ち捨てて(笑)みたいなこともあるのです。タロットは、あなたの本質に連れて行ってくれる乗り物のようなものです。

目的地に到着すれば、乗り物から降りるように、タロットはその時、もう必要がなくなっています。ても、また具体的(現実)世界に戻る時は、再び乗って帰る必要があるかもしれませんが。

さて、今年のブログはこれが最終となります。

来年は、時期は未定ですが、こちらのブログは継続しつつ、新しいブログも立ち上げようかと考えています。新しいものは、もう少しライトにタロットのことを書くつもりでいます。

そして、体験会やショートなリーディング会的なものを、去年よりは回数を増やそうと思っています。早速ですが、リーディングつきの体験会は来年一月末(1/26)に京都市内で開催予定です。

年始早々(来年初めのブログ)に募集をかけるかもしれませんので、参加ご希望の方は、このブログをご覧いただければと思います。

今年もブログをお読みいただき、ありがとうございました。

皆さま、どうぞ、よいお年を迎えくださいませ。

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