私のマルセイユタロット講座は、かなり様々な情報と知識をお伝えしています。
※もっともライトなコースとか、入門コースなどもあって、必ずしも全部がそういうわけではありませんが。
そういうたくさんの情報のひとつで、やはり重要なものとして私の中で位置づけているのが、タロットに関連する歴史です。
ただし、タロットの製作史とか、公やアカデミズムで言われている歴史というわけではありません。それも大事ではあるのですが、私が主に力を入れて解説しているのは、裏の歴史と言いますか、秘教・秘伝的な話なのです。
何事にも裏と表があり、私たちが見知っていることでも、すべてには二面性があり、それらが表裏一体となって、ひとつの完全を知ることになっているように思います。
もちろん、裏の歴史と言っても、さらに細かく言えば、それでも表裏のようなものが連綿と続いていると考えられ、私も知らない話、マニアックな人でも、ほとんど知られることのない話もあるでしょう。
それでも、常識的・表面的なものとは違う歴史の側面を知ることで、タロット、特にマルセイユタロットが何なのかを判断したり、理解したりする材料・情報として、得るところは大きいと考えられます。
タロット占いやタロットリーディングの技術を学ぶことに主眼を置く方には、こういった歴史的な情報はあまり価値がない、必要ないとさえ思う人もいるかもしれません。
実際、タロットに関連する歴史や情報を知らなくても、タロットを使うことができますし、特に支障があるわけでもありません。
むしろ技術面に集中し、それをしっかり学び、実践を繰り返していく中で、タロットを、特に他人に向かって活用するという意味では、有意義とさえ言えるかもしれません。
しかしながら、これは私の経験や体験、感覚も入りますが、こと、マルセイユタロットに関して言えば、たとえ他者向けにタロットリーディングを行っていくことを目的としてタロットを学ぶにしても、やはり、関連する歴史的なことは知っておいたほうがよいと思うのです。
その最大の理由は、目に見えない力とでも言いますか、そういうものの加護のようなものが、実際のリーディング場面でも感じられるからです。
マルセイユタロットが作られるために積み重ねられてきた人々の思いのようなものが、歴史を知ることによって、あえてネガティブな言い方をすれば、まさに「重荷」としてのしかかってくるという感じでしょうか。
それを逆にポジティブに反転させますと、「ご加護」ということになるのです。
そうですね、日本人ならば、自分と関わるご先祖に思いを馳せると、ご先祖のしがらみも背負うことになるのかもしれませんが、逆に、ご加護も得られるかもしれないというような感覚です。
さらに言えば、単にタロットを扱うというものではなく、タロットを“扱わせてらう”使命感・責任感のようなものも、歴史を知ることで出て来ます。
タロットが好きとか、タロットが占いに使えるからとか、そんな理由ではなく、まさに、タロットはご縁によって私に与えられたもので、その意味をかみしめながら、自分と他者に向かって、救済の道を目指して活用していくという自覚が芽生えてくるのです。
マルセイユタロットに関連する歴史的な事項や人々としては、例えば、キリスト教では異端とされたカタリ派の思想やそれを信仰する人々、よい悪い両面の噂もある「神殿騎士団(テンプルナイツ)」、キリスト教関連でも、洗礼者ヨハネとか、マグダラのマリアなどの人物の話などがあります。
もっと古い時代の歴史・話・人物も、たくさん関係してきます。
マルセイユタロットを知ることは、今まで裏で隠され、非常識とされてきつつも、実は表を支えていたり、私たちの中に眠る大きな力や智慧を象徴していたりしたものに近づくことになります。
これらは歴史の表舞台にはほとんど出ませんが、いつの時代も、そして今でさえ、実は存在し、認識されるのを待っているものです。
例えば、「蛇」という動物の象徴は、一般的には邪悪なものとして扱われ、普通は気持ち悪いイメージもあって、あまりよい感じはしないものでしょう。
しかし、これも裏の話、象徴の意味を知っていくと、逆転した見方が出ますし、仮に悪いものだとしても、私たちを締め付け、グルグル巻きにしている“蛇”のような存在は、いったい何なのか? それを知ることで大きな解放がもたされてるのではないか? ということに次第に気づいてきます。
蛇の締め付けも、逆方向の運動回転であれば、緩めることにもなります。
マルセイユタロットを学ぶうえで、伝説的な話として扱われてきた歴史的なものが、実は真の認識・覚醒には重要なものとなっていると考えられます。
「私は(裏の)歴史なんて興味ない」という人もいらっしゃるでしょう。タロットが使えれればそれでよいと。
それも個人の自由で、好みの問題です。
ただ、私は、マルセイユタロットに興味を抱き、それを学びたい方、マルセイユタロットをもって自他に役立てたいという方は、こうした秘密や裏の歴史に関心があり、ご縁がある人が多い気がしています。
そういう方は、おそらく、すでに魂的には知っていることでしょうし、もし前世的なものを設定するとすれば、これまでも何度もそういう側面と関わってきた人なのではないかと思います。
つまりは、マルセイユタロットを学ぶことは、かつての自分を癒し、その自分を応援者として味方につけ、あるいは、途上だった修行や救い・癒し・浄化・上昇を、今の自分が担っていくことになるのではないかと思うのです。
言い換えれば、究極的な意味で、自分を助け、自分を活かす(生かす)ことでもあります。
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