スピリチュアル

今が変化・変節のタイミングと知る方法。

皆さん、自分の変化のタイミング、変革期をどうやって知りますか?


そんなこと言われなくても環境や体の変化で誰でもわかるじゃないですか、とおっしゃるかもしれません。


確かに、多くは誰でも自分でわかるものです。しかしながら、自分で気がつかないうちに変化が進行し始めていることもあります。


それを調べたり、判定したりする方法がいくつかあります。


私はタロットをやっていますので、まあ、「タロットを展開して見てください」といえば済むのですが、それでは話がすぐ終わってしまいますね。(^^;)


では、道具を使わずともわかる方法をひとつご紹介します。


それは過去の人物や過去のモノ・出来事(同じようなこと)に出会ったり、再び起きたりした時が、自分の変化・変容のタイミングだということです。


私自身がそうしたことを経験していますし、ほかの人にも聞いたりして、やはりそういうことが多かったので、これはやはりある種の法則だと確信したのですね。


例えば、私は公務員時代に特に面倒を見ていただいた上司と、以前アルバイトをしていた時にばったりと通勤途中で出会ったことがあります。


事情をもう少し説明いたしますと、実はタロットリーダーや講師として独立したあと、自分の甘さから経済的に厳しくなりましたので、アルバイトせざるをえなくなったのですね。その時のことなのです。以前の上司はもう退職されていらっしゃったので、偶然出会うということにも不思議さを感じました。


このアルバイトのあと、私は再び奮起しまして、タロットや好きなことで生きていく決意と行動に真剣にチェンジしたのですが、今思えば公務員時代のその上司と出会ったことは大変エポックな出来事でした。


さて、一般的に過去のことで蘇ってくる場合、よくあるケースが恋愛や結婚、人間関係での変節期でしょう。


元カレ・元カノに再開してしまった、好きだった人が今どうしているのかの情報を得た、急に昔親しくしていた人、あるいは仲の悪かった人から連絡が来た、その人の噂を聞いた・・・などなどです。


人間だけではなく、昔やっていた趣味とか関わっていた仕事が復活したとか、目にしたとか、こういうこともあります。


また少し高度になりますが、まったく同じ人ではなくても、前の人と似たような人と遭遇した、同じような経験がまた起きてきたというようなことも、これと関係することがあります。この場合は同じ人・同じ事ではなくても、つまりはシンボル・象徴として起こってきているということです。


マルセイユタロットのカードでいえば、「恋人」や「運命の輪」がこれらの現象を象徴していると言えますし、私はさらに「悪魔」と「神の家」のこともあると考えています。


「悪魔」は誘惑であり、「神の家」は真に正しい成長をするための試練・選択とも言えます。


「同じ人や同じ事の発生が変化の兆しである」と見るのは、実に簡単な方法ではありますが、その意味は非常に奥深いと言えます。


この時の自分の態度や行動・気づきによって、その後の自分の運命、人生が大きく変わってくると言えるでしょう。


また選択の問題だけではなく、浄化や本当の意味での過去の事態の収束のこともあります。タロットカードでいえば「13」です。


皆さんもご自分のケースで考えて見られるとよいでしょう。


直感へのステップ

タロット講座修了生の皆さん、今月あるいは来月にリーディング練習会を企画しますので、参加ご希望の方はご都合など(可能な曜日等)、ご遠慮なくメールくださいませ。


一般の方へ。新大阪でマルセイユタロット基礎講座4月後半から始まります。近日詳細についてお知らせいたしますので、マルセイユタロットにご興味のある方、タロットを体系的に学びたい方はご注目ください。


では今日の記事です。


よく自分の直感や感性に従うと正しい選択ができると言われます。


しかし問題はそれらの自分の感覚が本当に正しいのか、そうでないのかわからないということでしょう。


直感に従ったつもりがとんでもない結果(自分が悪いと思う)を招いてしまったとか、そもそも直感そのものがわからないといった問題や疑問が起こります。


私もそうした思いに駆られていたことが長い間ありました。時には直感とかシンクロニシティとか信用できないと考えることもあったほどです。


しかし、タロットを続けていまして、次第にあることがわかってきました。


実は何事も段階があるのです。そして、多くの私たち現代人は、こと直感に関しては、その「感じる力」を失っていると言えます。いえ、失ってはいないのですが、鈍感にしてしまっているということです。


つまりはセンサーを働かせていないか、働かせていても感度が鈍っていたり、使い方すら忘れている状態なのです。


そのために自分の「直感による判断」の、その「判断」自体ができないでいるのです。


ではどうすればよいのかですが、それは意外にも普通のやり方で開発(再開発)が可能です。


すなわち、どんなことでも体得したり、習得したりするには練習が必要ですが、この場合も同様で、直感センサーとその判定力を磨く(取り戻す)にはやはり練習をすることです。


しかし練習の前に前提として必要なことは「直感」(自分にとって必要なこと、正しいことを選べる直感)というものがあると信じることです。


精密な「直感」は自分にもあるけれども、今はセンサーのスイッチが入っていない、もしくは使い方がわからないと見るのです。


最初から直感を否定したり、そんな非科学的なことは信用できないという疑問をもっていては、いくら練習してもセンサーがオンになりません。それはまるで、コンセントを入れずスイッチを押し続けるようなものです。


次に、選択時にはなるべく思考を入れないようにします。


この場合の「思考」とは、わかりやすく言えば論理的に考える「損得」です。


それよりも心地よいか不快かで判断する、あるいは本当は違うのですが、好きか嫌いかで見ても最初はOKでしょう。


簡単にいえば自分にとって損か得かと考えるよりも、気持ちよいかそうでないかで感じて判断するということですね。


それでは思考は役立たずかと思われるでしょうが、そうではないのです。


思考には思考の役割があり、特に蓄積する情報が智慧に近づくための分析力を呼び、思考から直観(直感ではありません)に至る道もあるのです。


ですが、今はややこしくなるので、あえてそのことは省きますが、今は思考は直感のためのルートを開くとだけ述べておきます。


そうして場面場面において、「感じ」「感覚」を覚えておきます。このあと、特に選択において結果が出るものは検証をします。


自分が直感と思って選んだものが、やはり思った通り自分にとってよいものであったということもあるでしょうし、逆にあまりよくなかった、悪かったということもあるでしょう。


この過程で直感と結果が実際にはまちまちなので、混乱して直感に対する信頼を失い、直感を働かせることをやめてしまう人がいます。(私も以前はそうでした)


しかし、それ(過程)こそが修練なのです。これをあきずに何度も繰り返していると、次第に「こういう感じで選んだ時は正解で、これは偽ものだな」とわかってくるようになります。


もちろん100%の完璧になるにはもっと訓練や心の解放、生き方の変容も必要かもしれません。ただ100%など目指さなくてもいいのです。少なくとも今より精度を上げれば、かなり違ってきます。


直感での選択ができることが目的というより、センサーを復活させること(そのように感じる世界の実感)が大事だと言えるからです。


カードでいえば、「斎王」から「恋人」、そして「恋人」から「審判」に至れば完全復活と言えます。(こうした象徴での意識を持つことが、かなり大切なことです。タロットの目的のひとつは、象徴による理解の方法を獲得するためにあります)


直感に対して、ある一カ所の曇りだけが問題であったような人は、さほど訓練なしでもその濁りさえ取れれば一気にセンサーは回復するでしょうが、普通はやはり地道な練習が最初にいると思います。


それでも女性は速いと思います、ただ自分の女性性を封印した生活を送っている人は時間がかかるかもしれません。


そしてタロットを使う人も直感回復の助けになるでしょう。


回復の訓練も義務でやるのではなく、ゲーム的に楽しんでやるほうが面白いですし、効果があることでしょう。


縦のつながり。

私たちは誰も勝手に、突然単独で生まれてきたわけではありません。


皆、両親がいて自分が存在してきたわけで、もっと遡れば、そのまた両親・・・と連綿と続いていくわけです。


この仕組みで私たちが生まれてくるということは、いわゆる先祖の特質をどこか自分も受け継いで出生すると考えるほうがノーマルに思えます。


もちろん身体的には目に見えるものなので、それがあることはわかりますが、では精神的といいますか、現在の科学では感知・検出できないレベルで記憶・保存されているとすればどうでしょうか?


これがないとは言えないように思います。


スピリチュアルな関心が昨今話題になるにつれ、前世ということを仮定して考える傾向も出てきました。


いいにつけ悪いにつけ、自分の今の状態(問題・特徴)は前世に遠因があるという考えです。魂の輪廻転生説をとればそれもありかもしれませんし、前世療法などでも前の人生の記憶が出ることもあります。


しかし、一般的に考えられている前世の中には輪廻の魂の記憶だけではなく、祖先の何らかの記憶受け継がれいて、それを自分が思い出すものもあるのではないかと想像できるのです。


自分の両親を遡れば膨大な数の人間が現れますので、その中の記憶が蘇ることも考えられます。

ただ自分の祖先となれば、人種的に同じことが多いですので、よく異国の記憶が出るようなものは、やはり魂の記憶のほうかもしれません。それでもかなり古い時代のものは、たとえ遠い地域の人のものであっても、回り回って自分とつながっていることも考えられます。


ともかく自分の血のつながりによる影響は少なからずあると考えてもよさそうです。


血のつながりで一番身近なのは今の両親ですから、親が自分に接した直接の影響だけではなく、親自体が衝撃を受けたこと、親の問題やトラウマも子どもに見せたり語ったりしなくても、自分に影響している可能性もあると思われます。


別に親から虐待を受けたとか、愛されなかったとか、過保護・過干渉にされてきたとか自分に対しての極端な問題状況以外にも、ほんの些細なこと、親自体の悩み・問題によって自分が心理的・潜在的に負担を無意識に感じていることもあると思います。


先祖供養や親への感謝に自分の現在の生活や心に対して効果があると言われるのは、こうした数々の記憶の影響を浄化したり、癒したりすることがあるからなのではと推測できます。


世代階層では三世代ぐらいの影響が濃厚と言われています。カモワン版マルセイユタロットのもう一人製作者、アレハンドロ・ホドロフスキー氏はこうした家系による影響を癒す療法も行っており、タロットも使えるようです。


とらわれずきるのもいけませんが、時折、自分の縦(血脈)のつながりを意識することも「今」の自分の人生を充実するためには必要なことかもしれません。


ただ親の不満や未達成だったものなどを、親のパターンとして子どもである自分が模倣するかのように無意識に演じていることもあるので、その点は「自分の人生」として親から自立し、峻別していく必要はあると考えられます。


感情の考察、感情のスーパーな働き。

究極的には人間の頭で考える理屈のようなものは矮小で、取るに足らないものかもしれません。


よく宇宙の本質を知ると思考はふっ飛び、感覚的になって愛だけ感じるものだと言いますが、本当にそうなのでしょうね。


いきなりドーンとそこまでたどり着ければいいのですが、思考を重ねていく方法もあると思っています。


思考を積み重ねると、ある時それを凌駕した気づきや発想が衝撃のように入ってきます。でもそれは思考を繰り返してきたからこそ訪れたものだと理解しています。


それはさておき、そうして私たち人間のことを常日頃私自身も「思考」しているのですが(^_^;)、今の段階で強く思うのは、やはりすべてのことには理由があり、人間の反応(感情の発生)にも理屈があるのではないかということです。


もちろん身体の機能を維持するための生体反応という面もあるでしょうが、それ以外の理由もあると想像しています。


そこで、なぜ人間にはいろいろな感情が起こるのかということを取り上げてみたいと思います。


現代では、この感情を分析したり、見つめたり、時にはコントロールしようとしたりする学びや説もありますが、それはそれで大事かもしれませんが、私は感情が起こるという仕組み自体がとても重要ではないかと考えています。


一般的には感情については、心理や内面の部分に光を当て、自己観察や自己成長につなげていくということが多いのですが、私は感情そのものを、ひとつの霊的な成長の貴重なエネルギー材料としてとらえているのです。


私たちが人生において人間関係や仕事なりで、いつも気持ちや感情を揺り動かされる状況にいるのは理由があるからと考えるのです。ある意味、感情を起こすのが人生・人間の目的と言ってもいいくらいです。


ところで「喜怒哀楽」で表現される感情の波は、どんな時に起伏が激しくなると思いますか?


そう、日常よりも刺激的でインパクトが強い場合がほとんどです。感情を起こすことが人の目的ならば、穏やかに生きるより、起伏ある人生を送ったほうがよいことになります。


えっ、それではまるで一般的に言われていることと逆ではないかと思うでしょう。


ここからが非常に大切なのですが、感情を起こすと言っても、ただ感情に飲まれるだけではあまり意味がないのです。


むしろそれでは心身を痛めることもあって、逆効果のこともあります。


ここで感情のエネルギーを電気のように見るとわかりやすいかもしれません。電流が強いと感電してしまい自分も痛みますが、これをうまく取り入れることができれば大きな発電のエネルギーになります。


また電気を発生したり強くしたりするには、抵抗や刺激が必要であり、それが人生における様々な自分にとっての事件となります。


普通は大きな刺激や抵抗がないと強いエネルギーは発生しないのですが、おそらく感情をそのまま味わうことができると、刺激が弱くても大きなエネルギーが流れることになるのではないかと推測されます。


つまり理想としては、一見穏やかに見えていても内面では大きな変化を体験しているというような状態です。(マルセイユタロットでは「隠者」です) 日常の純粋体験と言ってもいいでしょう。


これができれば、特別な強い刺激、いわば強烈な自分にとっての事件(いいことであればよいのですが、悪いこともあります)は不必要となります。


一般的にはそれができないので(意識することもないので)、喜怒哀楽を起こす強いことを経験せざるを得ないのです。


しかも体験が強ければ先述したように感電する危険性もありますので、自己変容のチャンスとしては紙一重であり、うまく行くかいかないも偶然に任せられていて(本人の気づきによる)、まさに天国地獄の表裏一体の様相だと言えます。


ということで、できるだけ自分の感情を日常的に客観的に味わう姿勢を持つのがよいと思います。


と同時に、平穏無事にという守りの気持ちになるのではなく、やはり新しいことや未体験のことを経験する好奇心とチャレンジ精神を常に持ち続けることも大切です。


私たちは感情を味わうために生まれてきていると思えば、人生の視点と生き方もまた変わってくるでしょう。


加速装置! 働く。

これは私の感覚ですが、昨年、いやもう少し前から、急激にあらゆるもの、特に時間のスピードが速まっているように感じます。


もちろん時計が刻む客観的ともいえる時間(クロノス時間)は変わりはないのですが、自分が感じる感覚的な時間(カイロス時間)が速くなっているということです。(すべてが速くなっていれば、時計時間さえも気付かず速まっている可能性はあります)


マルセイユタロットでも「時間」を象徴するカードに「運命の輪」がありますが、この「運命の輪」の表す時間やサイクルは、先述のクロノス・カイロス時間以外にも様々なものがあります。


その中で、カルマ的なものも内包されていると私は見ています。


カルマの概念もインドでは詳細に語られるのでしょうが、ここでは人の魂が不滅であり、肉体が滅んでも転生を繰り返すうえでの記憶による向上作用のようなものと考えます。


その作用の仕組みは、そのこそ神次元のものであるので、私たちにはわかりません。


しかし因果応報と言われるように、やはり何か自分の行ったことは、様々な過程を通って何らかの結果が出るものと考えられます。


これが前世・今生・来世ということで大きな時間の流れで想定することもできれば、今生でのパートに分けて見ることも可能でしょう。


ということは、時間そのものが速まっているのなら、カルマ解消や精算も今生では加速されていると想像できます。


この観点に立てば、今、自分や周囲に起こっていることは、もしかすると、これまで

感覚からすればもっと後に起こるべきイベントだったのかもしれませんが、すでに現在始まっているととらえることができます。


ロールプレイングゲームでもイベント発生には、ある種の条件がそろわないとなりません。


その条件のひとつが時間やタイミングであるのなら、あなたのイベントは思ったより早くこれからは発生するのです。


そして、タロットなどによって自身の霊性向上を目指す人、もっと簡単に表現すれば、学びを深めて自分を成長させたいと思っている人には、先述したイベント発生条件が素早くそろうことになり、時間のスピードも相まって、今後は確実に自分にとって必要なイベントが次々と起こっていくと予想されます。


ここで言うイベントとは、自分にとって意味ある人生体験であり経験です。


ですから一見、困難に思えること、問題として発生することが多くなります。


もちろん反対に収穫イベントとして喜びや楽しさのすばらしい出来事のこともあります。


従って、これから自分に起こることを避けたり、逃げようとせず、しっかり受容する、体験することが重要になってきます。


そうしたほうが自分の浄化や向上が速まるのです。


時間の速度が上がっているのなら、自分もそれに乗り、抵抗せず、むしろ「バッチ来い!」(笑)と歓迎するかのような姿勢でいたほうが、これからはスムースに人生は流れていくように思います。


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