タロットの使い方

タロットリーディングをすること。主婦編。

ブログが新しくなったことで、私自身も切替の時期を迎えていると実感しています。

このブログも、以前予告していましたように、更新ペースをこれまでの隔日から、徐々にランダムへと移行させて行きます。当面は隔日で記事は書くと思いますが、そのうち書きたい時、伝えたいことがある時に更新するという形になるでしょう。

その代わり、メルマガを創設しまして、希望者に配信させていただくことも考えております。今まで、受講者・修了者用には特別なメルマガを送っていたのですが、これとは別に、誰でも登録OKのマルセイユタロット活用術や、私・宮岡の気づき、伝えたいことなどをメルマガとして皆様にお届けしたいと思っております。

用意が整いましたら、登録について告知いたしますので、その節はよろしくお願いいたします。

さて、マルセイユタロットを学習する良さについて、このブログについて語っているところですが、タロットを活かすには、自分のためのツールとすることと、他人にリーディングするということで可能になってきます。

自己活用については、またブログやメルマガなどでご紹介していきますが、今回は(他人への)リーディングについてお話します。それも、プロタロットリーダーや占い師でバリバリやっていくということとは別の観点で述べますね。

マルセイユタロットを習うきっかけというのは人によって様々です。とはいえ、何かしら自分を変えたい、新しい知識や技術を身につけたいということでのことが多いと思います。

タロットの知識とリーディング技術を身につければ、人に対してやってみたくなるのは自然です。

タロットを習われる方には、主婦やパート的なお仕事をされている女性が多いです。もちろん自営であったり、すでにセラピストやカウンセラー、占い師として独立されていたりする方も少なくありませんが、今回は前者の普通の主婦的な方をテーマとします。

このような方の中には、かつては自分が社会貢献できていたり、自分が外に向かって活動的であったりしたものの、家庭に入って子育てをしているうちに、創造性を失ったり、自己評価を低めてしまったりしている方がいらっしゃいます。

あるいは一生懸命家庭を守り、それなりの充実した人生は生きてきたものの、子供さんが手を離れたり、第二の人生の年齢になったりして、もっと違う形で人や社会に貢献できないかと思われる方も存在します。

そしてタロットに出会い、自分を見つめ、タロットを利用した自己活用を考えていくことが起こります。

この時、私は人様にタロットリーディングすることをおすすめする場合があります。

それは、タロットリーディングという行為が、再び内から外へと意識を向かわせるものになるからです。(反対に、自己活用する時は、外のものを内に象徴変換することになります)

ここ(リーディング)でお金をいただくかどうかは問題ではありません。タロットリーディングを人にしてみるということが大事なのです。

「創造性」と聞くと「内なるもの」という気がしますが、確かにそれはその通りでもあるのですが、「表現する」ということでは外向きに方向性が変わります。マルセイユタロットの「女帝」が、その視線方向とともに、それをよく示しています。

女性は当然女性性を持ちますが、その表現はマルセイユタロットの「斎王」的ともいえる内への受容性と、「女帝」的創造性の外への発露が相まってバランスが取れると言ってもよいものです。(男性も、その逆ではあっても、やはり両方必要です)

人へのタロットリーディングは、その外への表現と自分の創造性を実感させるのです。自分の中にくすぶっていたあるものが(「蛇」で象徴されることもあります)、エネルギーとして人へ社会へ貢献できるものへと変換されます。

私の伝えるマルセイユタロットリーディングはアテモノの占いではなく、カードの象徴性によって、自分に起こっていることを何重にもカードに投影して整理・統合し、自分の出す回答に納得したり、新しいストーリーを紡ぎ上げていったりするものです。

それは他人のリーディングであっても、自分(タロットリーダー)自身においても、象徴的に様々なことを同時に心象世界で経験するようなものです。これは見えない世界観の拡大につながり、現実の世界に反映されるようになります。

このことは、マルセイユタロットが高度な象徴システムでできているため、可能なのです。

マルセイユタロットリーディングは、人のためのようでいて、実は自分のためでもあるのが重要なポイントです。

さらに、もしタロットリーディングで、たとえ少額でもお金をいただくということを決断するのなら、自己価値がお金というエネルギーの交換によってリアリティをもって高まります

お金という物質的象徴の最たるものが、リーディングという行為で変換されて自分の手に渡るわけですから、現実感をもって自分の価値を認められるということになるのです。

平たく言えば、「こんな私でもお金を雇われずに稼ぐことができるのだ」という感覚を得ることができるからです。額の問題ではなく、自分が人の役に立つ存在であることを、再び「実感」として経験できることが大きいのです。

経済的なことで言えば、主婦業をしていても、お小遣い程度のことはタロットリーディングでいただけるようになるかもしれません。そのお金が自分のために使える余裕の象徴ともなります。

リーディングで人から感謝されることもありますが、自分(タロットリーダー)のほうこそ、リーディングを受けていただいた感謝、お金までいただく感謝として有り難く思えます。

本当に人は持ちつ持たれつであり、立場や状況が異なれば、救済側と救済される側両方の立場は入れ替わることは普通です。

マルセイユタロットでいえば、天使と人間との間を行ったり来たりという形です。ですが、タロットリーディングをする時は、天使側に回り、つまりは通常より違う次元・意識を体験することになるのです。

従って、マルセイユタロットを学習することは、まさに自分を変革したり、眠っていた自分を取り戻したり、覚醒させたりすることにつながるのです。


ドラマティックを幸せに。

私のタロット講座で、プロタロットリーダーになるための講座、発展コースというものがあります。

その講座では、自分史を振り返ってもらう単元があるのですが、先日もこのコースに参加された方からの自分史発表がありました。

いつも思いますが、皆さん、すごい人生を歩まれているのです。

一見平凡なように見えても、どんな人でもドラマがあります。全員ドラマティックライフであるとも言えます。それは一人一人の人生においては、その人自身が主人公だからです。

また自分ではわからなくても、他人が聞くと、それは意外にドラマティックで感動的な人生であることが客観的に見えてきます。つまり、他人を感動させられる人生を誰もが歩んで来ているのです。

そんなドラマティックライフではあるのですが、残念ながらこういうケースになってしまっている人がいます。

それは苦労や辛抱の連続の中で、いつしか「自分は幸せになってはいけない」「幸せは努力の先の、遠くにあるもの」という思い込みやリアリティ(現実感を伴う感覚)、信念体系になっているパターンです。

苦労の連続なので、それはドラマティックではあるのですが、起こった現象によって自分の価値観や信念までもが操作され、「人生とはそういうもの」と思うようになり、さらには「私は幸せになってはいけない人間」だとさえ、信じてしまうこともあります。

あるいはそこまて行かなくても、「またあのことが起こるのではないか」と不安に思ったり、「これも一時的な幸せに過ぎない」とか、「よいことがあると必ず悪いことも起こるはず」だと決めてしまっているパターンなどがあります。

さらには、すべては自分が悪いのだと、現実的またはスピリチュアル的に自分を罪悪視してまうこともあります。

これは、実は人の学習機能のなせるわざであり、身を守る意味では有効なもので、「こうだったから次もこうなる」「自分がダメだった(万全ではなかった)から、問題が起こったんだ」と、自然に防御する姿勢を取るようにするためのものです。

しかし、今は大昔の原始人の時代ではありませんので、経験則だけで身を守ったり、次のことを予想したりするのはむしろ問題のことすらあります。

また自分がその時点で万全であることなどほとんどなく、自分のせいだけではなく、明らかに他人や環境が問題であったということもあるのです。

経験則で問題を回避する方法・技術とは別に、まったく新しい価値観にチェンジする方法、別のことで安全になる方策など、いくらでもあるのが今の世の中です。そういう時代になったのです。

ほんの一年前までの経験則でさえ、無効になることもあります。でもだからこそ不安なんだよ(変化が多く先行きが見えにくいため)、と言われる方もあるかもしれませんが、逆に言えば、過去のネガティブな経験から作られた自己防衛のパターンなど、現代ではかなり無意味に近くなってきているとも言えるのです。

ですから、「これまで幸せになれない人生だったから、これからもそうだ」と決めつけることはないのです。幸せになってもいいのですし、その方法は今の時代は求めればたくさんあるのだということです。これは経済的な面でも同様です。

ここで重要なのは、「求めれば」という点です。情報は入手する姿勢を示さないとなかなか入ってきません。つまり情報の世界も「縁」と「意識」、そして「行動」が大切だということです。

その前提として、「求めたい」と思えるようになる意識の獲得が重要です。

これに対して有効なのは、自己経験が無意味ではなかったという認識変換過去の浄化です。

しかし何より大切なのは、「これからは自分に幸せをもたらしてもよいと許可する」最初の決断だと思います。

開き直って、幸せになって何が悪い!と言い放つくらいがいいです。(笑) この言葉は実は結構重要です。

つまり、「悪い」という言葉があるので、誰に、または何に「悪い」と自分は思っているのかがわかるからです。

自分が幸せになると「誰に」対して悪いのか? 「何に」対して問題あるのか? ここが単純なブロックになっていることがあるのです。

そして意外にもそれは、過去の自分自身のことだったり、場合によっては未来の自分だったりするのです。もちろん親とかパートナーとか、いろいろとあります。

ただ、いずれにしても、「今」のあなたが少しでも幸せ(を感じられるよう)になることが、実は外の世界においても、ひいては世界中においてさえも、最重要であるのです。

言わば、自己の統合過程です。

マルセイユタロットはそれを知らしめ、統合ツールとして機能するのです。


カードのエネルギー・ニュアンスをとらえる。

私はあまり活動の様子をブログでは掲載していないので、隠密タロット講師(笑)みたいな感じになっていますが、一応、関西を中心に、時には出張して関東や遠方などにも講義に出ております。

よく行っているのはもちろん関西の三都、京都・大阪・神戸ですが、中でもカルチャーセンター講座(京都新聞文化・よみうり文化)を受け持っていることもあり、京都と神戸は、中心の活動地になってきています。

先日、京都の、とある洋館カフェで、生徒さんとともに新年会を行いました。こんな感じのところです。

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遠方からも駆けつけてくれた人がいたり、生徒さん同士でも久しぶりの人や初対面の人もあったりと、いろいろではありましたが、皆さんタロット話を中心によい時間が過ごせたようです。

私の場合、まず受講していただく講義も基本として当然皆さんには重要ではありますが、受講生同士の交流による「趣縁」(趣味や趣きのある縁という意味の私の造語)も大切にしています。

講座はタロット占いというより、タロットをツールにして自他の成長や統合・調和を図るというものが中心ですので、その場限りには終わらず、深く学んでいく友・仲間として、タロットを共通言語に受講生同士のつながりもできてくるのです。

こうした場(タロットをテーマにした勉強会や交流の場)に行くと、「力がもらえる」とか「勇気が出る」とか、「癒される」と言った人も増えています。

普段は職業や役割など社会的にはいろいろな立場の人がいますが、マルセイユタロットを前にすると、「太陽」のカートが示すように、誰もが平等になり、素直に、「一人の悩んだり喜んだりする人間」として、つきあう仲間ができてくるのがよいところです。

今回の新年会ではちょっとしたゲームをし、参加者(10名以上の方がいました)一人一人を、全員でカードによって象徴してみるということを行いました。(メッセージつきで)

すると、不思議なことに、一人の人をほかの方々でタロットで表すと、かなりの確率で同じカードが選ばれるのです。

これは実は不思議ではなくて、ある意味、当然です。タロットを学習した人は、タロットの表現するエネルギーにふれ、ニュアンスをつかんでいます。

そして誰かを見た場合、その人の(表している)エネルギーの質と、タロットのそれとを比べてキャッチし、言葉で「カード」として示しているのです。

ここで大事なことは二つです。

ひとつは、カードがある種の特徴的エネルギー(「エネルギー」という表現がわかりづらい場合は、単に「質」と言ってもよいです)を示しており、それがタロットを学ぶと自分の中にセンサーとして蘇るということ。

そして、誰もが人やモノをタロットで表現できる能力を獲得できること、これは言い換えれば、見たままの「誰それさん」ということではなく、名前や服装とかの奥にある、その時のその人自身のエネルギーをとらえることができるようになるということでもあります。

いわゆるチャネリングやオーラを感じるテクニックと近いものなのです。

これの何がよいのかといえば、タロットの表すエネルギーやニュアンスがわかることによって、この世界をエネルギーやニュアンスによって見る視点ができるということです。

それは一言でいえば常識からの脱却であり、自己の再統合、スピリチュアルの始まり(復活のきっかけ)、人としての再出発でもあります。カードでいえば、「吊るし」の視点を持った「愚者」の旅が開始されたと言ってもよいでしょう。

ちなみに、新年会で来ていた受講生の方には、講座としては入門・入り口であるカルチャーセンタークラスの人もいらっしゃいましたが、その人たちでもカードできちんと表現できていたことは、注目に値することです。


理屈で理解するタイプの人とタロット

私のところにタロットを習いに来る方々は、私自身がそうなのだからでしょうが(^_^;)、結構「頭で理解したい」タイプの人が少なくありません。

極端な人になりますと、「スピリチュアル」という言葉を使うのも好きではないとか、ましてや「霊感タロット」なんてもってのほかという傾向の人もいます。まあ、私も霊感タロットみたいな言葉は好きではありませんが。(苦笑)

と言いつつも、タロットに関わる以上、どうしてもスピリチュアルであり、いわゆる「霊感」かどうかは別としても直感やインスピレーション、目に見えない心の領域は扱うことになります。

それでも「頭」「理屈」において、そういう世界を少しでも理解しておきたい、とらえ直したいという思いがあるわけですね。

精神世界や占いに興味を持たれる方は、やはり心や目に見えているものだけではない裏の世界に関心があり、そしてそれを伝える多くの方も、心の解放、心でわかること(感情・感性・直感での把握)、腑に落ちることの大切さを語られます。

場合によっては理屈とか頭で考えていることは一切無駄であり、それに従う必要はないと言われる方もいます。

私もタロットの世界におりますので、その言い分もわかりますし、心でわかることの重要さ、自分の感性・本質(自分らしさ)の把握と表現が幸せな生活を送る意味でも欠かせないと思っています。

ただその過程においては、「頭」でわかる必要のあるタイプの人がいること、もしくはその段階というものが必要であることは意外にあまり言われていません。

男性の場合は、むしろそれしか本質に行き着く道程・方法がないとさえ言えます。(最終的には違いますが)

女性でも、自分の中に男性性が潜在していますから、その男性性を満たすことでは、心の構造、目に見えないもののとらえ方などで「頭」の理解が必要なこともあります。

反対に男性は自分の中の女性性のためには、理屈を超えねばならないことがあります。簡単な言い方をすれば、女性(性)に対して降参するということです。(笑)

話が逸れましたが、とにかく、全員とは言いませんが、たとえタロットのようなものを扱ううえでも、心だけではなく、頭(理屈)で落とし込まないとわかりづらい人がいるのは確かです。

こういう人は、どうしても頭でわからないと動けない、自分に信用をおかすことができないとなるのです。結局は頭を通した感情の世界でもあるのが面白いところです。人は感情が納得しないと、葛藤を起こすか、嘘をついたまま抑圧するかになって、のちのち問題となります。

損得や数値、理論であっても、それに合意(納得)するかどうかは意識の問題であり、そこに感情は無視できないものです。

ということで、頭での理解は、さきほど「過程」と表現したように、あくまでタロット理解のプロセスであり、当たり前ですが、これが全てではありません。言い方は悪いですが、腑に落ちるための方便みたいなものなのです。

というと、論理性は感性に劣るのかといえば、実はそうではなく、高い知性というものは高度な論理性を伴い、低い感性(好き嫌いレベルのようなもの)をはるかに凌駕して、適切な選択を与えてくれます。

タロットの、特に小アルカナに流れる四大元素論を理解していけば、心と頭は優劣関係のものではなく、ともに本当の知性・智慧に行き着くための相互扶助センサーだと言えます。

それでも、もともとの気質・タイプ、あるいは後天的に形成されたパーソナリティ(性格)によって、理屈で理解する過程をふまえたほうがよい人と、直感的に心でとらえたほうがわかりやすい人という違いはあります。

私は前者の傾向を持つので、そういう人の気持ち・精神構造がわかるのです。

こういう人でも、タロットをずっとやっていますと、いずれ頭で考えていた理屈がガシャーン(笑)と壊れるような衝撃を覚えるようになります。

そして壊れたガラスの向こうに、が見えるようなります。

これを言葉で表現しようとすると、最初は「何を言っているのかわからない」ものとなりますが(今でもそうですよね(笑))、それはあなたがずっと頭で考え続けたから行き着いた、ある本質(の別次元)なのです。

これは他人には説明しづらいものではありますが(言葉や論理では説明しづらい)、「直観」として、あなた自身が心でストンと理解できたのと同じ状態となっています。

すると今までの考察してきた思考(理屈)も、一瞬で過去も現在も未来もネットワークが張り巡らされたような感じとなり、「そういうことだったのか!」と無数の論理のつながりが「心」に瞬間的に来ます。

言わば、一種の小さな悟り状態と言えましょう。

これを繰り替えすと、理屈のスピードも速くなりますし、心と理屈が対立することが少なくなり、「感じるために理屈があり」逆に、「理屈のために感じがある」という相互交流になってきます。

しかも、これはとても気持ちのよい状態なのです。「心豊かで知的な」自分みたいなことになるからです。


意識や気分を変えるツール

以前も書いたことがありますが、タロット好きの方にも、ふたつのタイプがあります。

ひとつはタロットに限らず、いわゆるカードタイプの象徴もしくはメッセージツールが好きだというタイプ。

そしてもうひとつは、タロットカードの種類や相性を強く選択するタイプ。

前者の場合は、カードコレクターみたいになって、タロットもいろいろなものを集められますし、オラクルカードとか、創作系の心理カードとかも持つことが一般的ですね。もともとタロットを昔から見たり、使ったりしていたという人が多いです。

カードを使うことが目的ではなく、人を癒したり、自分の気持ちが安まったりすることが大事という傾向で、要は目的のためならツールは何でもよいという大らかな感性の人です。価値観は「幸せ(物心両面の満足)」が重要と見ます。

反対に後者は、タロットにもともとあまり関心がなかった人によくあり、とあるきっかけでタロットにふれ、その最初に学んだタロットに惚れ込むみたいなことがあります。また、少しこだわりを持つタイプが多い気がします。価値観は「真理、向上(特に精神性)」を重要視します。

私の場合は後者であり、純粋にマルセイユタロットひと筋という感じです。(笑) それは相性もあるのですが、特別な理由も存在します。やっているうちに、ますます縁が深いことも実感してくるということもあります。

どちらがよいとか悪いとかの問題ではなく(またあくまで傾向ですから、必ずしもこのように分かれたり、どちらがどっちというものでもありません)、自分とタロットとの関係、自分が何を重要価値として置きたがるのかを見るうえでの区別です。

使い方についても、いろいろなカードが好きな人は、まさに実践においても、複数のカードを駆使されますし、ひとつにこだわる方は、そのひとつでオールラウンドにツールとして使いこなすようになります。

ここであまり言われていない、カードを持つことの意味もお話ししておきましょう。

複数であれ、ひとつであれ、タロットやカードツールを持つことは、一言で言えば気分を変える効果があるのです。

スピリチュアル的に言うと、波動や周波数変換です。

人は実は気分によって現実ともリンクしており、気のせいではなく、気分によって自分の状態が変質する(外の現実も)ことに大きな意味があるのです。

何を思うのかが重要ではなく、どんな状態であるのかがポイントです。見た目は笑っていても心は悲しんでいれば、それは楽しい波動を発しているとは言えないということです。

そこで気分(自分の本質の状態)をうまくコントロールできればよいのですが、なかなか難しいものです。

ところが、好きなことに打ち込んでいたり、好きなものに接していたりすると、気分をいい方向に簡単に変えることができます。

カードのことが好きでたくさん持っていたら、特にお気に入りのものを出したり、見たりするだけでその人の気持ちは変化します。

そうすると、カードはたくさんあれば有利のように感じられますが、ひとつをこよなく愛していれば、その効果もまた絶大であり、多くの中のひとつより、オンリーワンであるほうがかなり強いパワーを持つことがわかります。

とはいえ、いろいろな種類があれば、変えたい気分によってカードを選択できるという利点もあります。

どちらにしても、カードをシンプルに気分転換装置として使うこともできるということです。そこにはやはり絵や象徴があるということが効果を高めているといえます。

ということは、カード選択においては、自分が見ていて気持ちが良いとか、意味ありげに感じるとか、違和感を持たないというようなもののほうがよいわけです。

ただし、特別な意識になる場合は、少々変わった感覚もあり得ますので、一概に好き嫌い感覚だけでは選択の要素とは言えません。

それでも少なくとも、気持ちをよい方向にしたいという場合は、やはり気に入ったもの、見ていても好きと感じるものがよいでしょう。

タロット講座中でも、生徒さんたちがタロットを並べている時、明らかに雰囲気が変わっていることに気がつきます。そのタロットに縁が深かったり、楽しさを感じられたり、学びを真剣にされていたりする方はなおさらです。

日常の中ですぐに意識を変えられるものは、なかなかありません。タロットはそのようなツールとしては、とても効果的なものであると言えます。


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