タロットの使い方

マルセイユタロット、感情とフォース

マルセイユタロットの絵柄は、ほかのタロットと異なり、比較的シンプルと言えます。

ですからあまり芸術性もなく、絵の不思議さや美しさにひかれるという人は少ないでしょう。

ですが、これもあえてそうしていると考えられるところがあります。それは、シンプルなゆえに、普遍性が高まっていることがあげられます。

言い換えれば、マルセイユタロットを見る誰もが、カードそれぞれに同じようなもの感じたり、とらえたりする可能性が高いのです。

ユング的に言えば、人間の(思う)元型がマルセイユタロットにはあるということです。

そういう意味からも、心理的にマルセイユタロットは活用できます。特に、自他の感情や、自分でも気が付かない潜在的な意識について、タロットを使って浮上させることができます。

感情的なもの、潜在的な意識というのは、なかなか普段自分でもわからないものです。それは目に見えない領域だからで、言語化するのにもぴったりするものがなく、なかなか困難です。

マルセイユタロットの「月」が示すように、感情は人にとって意外に大きな影響を及ぼしています。

もちろん、気持ちですから、コロコロとその都度変わっているわけですが、おそらく強い感情や、長く同じ気持ちになっている時は、心の中にデータのように刻み込まれてしまうものと考えられます。

この点も、まさにマルセイユタロット「月」のカードの、水たまりとザリガニに象徴されているかもしれません。

これが「力」のカードで表現されている、その名の通りの「フォース」(フォルス)というものに影響を与え、フォースが現実を作り出す要因(材料のようなもの)となって、私たちの前に(自分の世界として)現実化します。(ただし、あくまで自分のフォースの範囲でということで、自分が創り出す自分の世界という感じとなります)

感情や心が、行動などに実際に影響することは心理(学)的に言われていることですが、マルセイユタロット的には、そこにフォースが介在していることが重要だと、個人的には考えています。

いずれにしろ、フォースに影響する感情のデータは、悪い(影響の)ものになっているのなら、何らかに変質させる必要が出できます。

まず大事なのは、潜在化したものを顕在化することです。要は、自分の隠された気持ちとか感情を発見する、自覚するということですね。

これには、言語というものを利用することができます。言葉は思考と結びついており、タロット的に言えば、感情としての「水」のとらえどころのない世界を、「風」による思考で浮上させるような働きになります。

例えば、もやもやした気持ちを言葉に表してみることで、「自分はこう(こういう気持ち)だったんだ」と囚われの感情の気づくことができるわけです。

それが先述しように、普通、なかなかぴったりな言葉にすることは難しいのです。

しかし、マルセイユタロットのカードの絵柄を使うことで、次第に感情が浮かび上がり、覚えたカードの象徴の意味とともに言葉も当てはまってくるようになります。(もしくはタロットリーダーが、クライアントにふさわしい気持ちの言葉を、その出たタロットから導き出してくれます)

これは、マルセイユタロットとの、特に大アルカナが人の意識のパターンを表していると考えられるからで、最初に述べたように、誰にも当てはまる感じ方のような型がそれぞれのカードにあるため、その元型を汲み取れば、その人の感じている、あるいは潜在している感情というものを指摘することが可能だからです。

そうして、自分の潜在的、またはフォースに強く影響を及ぼしている感情に気づけば、それだけで解放につながり、フォースの正常化の可能性も出ます。

西洋でも、悪魔の名前を指摘することができると、その悪魔は立ち去るという話があります。これは言わば、(自分を苦しめている)感情を言葉にして、こちらがコントロールできるようにするような例えとも言えます。

こうして、悪魔となっている感情を、天使や神に換える(聖なる浄化を行う)わけです。

この時、しかもマルセイユタロットでは、絵柄的に実際に天使や、神に関係するカードが存在しますから、絵の力とイメージによる変換も可能です。

ビジョン・イメージも、言ってみれば見える世界と見えない世界をつなげるものであり、気持ちや感情を変化させるのに有効なものです。

それから、フォースの意味で重要なのは「状態」です。これが言葉とリンクしていくとさらに効果的なものになります。

例えば、言葉と真反対の状態にある時、人は矛盾を感じて、その言葉の内容を実現することが難しくなるでしょう。

経済的にとても不安があるのに、「私は裕福だ」と宣言するようなものです。また、「ありがとう」と何回言っても、実際に「感謝する」という気持ちの状態になっていないと、その効力は薄いと言えましょう。(まあ、言霊として、言葉の力もあるにはありますが)

従って、フォースを正しく機能させるには、やはり(自分に正直な)感情・気持ちが大切と言えます。感情が望む状態になるよう、感情自体を浄化したり、整理したり、希望の方向の気持へ転じていく手段を講じたりする必要があるというわけです。

それに、マルセイユタロットのカードたちが使えるということです。

マルセイユタロットの「力」のカードが表す「フォース」を、どう感情と切り離したり、融合させたりするのかが、自分を生きやすくするための鍵と言えるかもしれません。

「フォース」の扱いについては、これもまた小アルカナ的な4つの視点があるのですが、それはまたいずれお話できればと思います。

ともかくも、お勧めは、まず大アルカナを使って、自分の気持ちを確認すること、それを言語化することを述べておきます。


タロット、一枚引きあれこれ

タロットを習いますと、一枚引きという技法が伝えられることは多いかと思います。

一枚引きとは、そのままの意味で、一枚カードを引いてリーディングしたり、メッセージを受け取ったりする方法です。

たった一枚なので、情報量としては最少ですから、意外と解釈は難しいです。

むしろ、カードがたくさん出るほうが、いろいろとシンクロも傾向も判断できるので、普通に他人にリーディングする場合は、カードは三枚以上は出したほうが読みやすいでしょう。

ということで、一枚引きというのは、実は自分用に使うほうがいいと言えます。

自分用に活用とした場合、それでも様々な目的に分けられるのですが、一枚引きの場合、大雑把に言えば、リーディングの訓練と、自分向けのメッセージ・示唆として行う目的とのふたつがあげられるでしょう。

まず、リーディングの訓練ですが、これは私の初級的な講義でも述べていることですが、初心者がタロットになじむために行うものと、リーディングを向上させるたの技術的トレーニングとして行うものとの区別が必要です。

一枚引きだから読むのは簡単なだろうと思われがちですが、先述したようにたった一枚なので情報が少なく、それだけに解釈に迷うこともよくあります。

タロットリーディングの学習にと、一枚引きから始めたり、指導されたりすることは普通ですが、初心者がいきなり一枚を読もうと頑張っても苦労します。

それよりも、初心者が一枚引きでまず行うことは、タロットそのものに慣れること(慣れるために引くこと)です。

タロットというものを味わい、カードの手ざわりを感じ、表返した時に感じる印象、雰囲気などもつかむようにします。

小アルカナで言えば、玉(コイン)→杖(ワンド)→杯(カップ)という流れです。そのうえで、最後に意味や内容を解釈する、いわば「剣」(ソード)」の段階に移行させます。

一般的にこの逆の順になることが多く、初めから知性・言葉・意味・論理で解釈しよう、当てはめようと一枚引きを行うと、余計、わけがわからなくなるおそれがあります。

現代人は「剣」の分野から始めることに慣れており、いわゆる頭(暗記や思考)から入る学びが中心になっています。

それも悪くはありませんし、学習の王道でもありますが、こと、タロットに関する場合は、小アルカナの4組で例えられる、ほかの「剣」以外の分野によってタロットを知ることも重要なのです。

それはタロットが精神や霊的な向上・探求のツールでもあるからで、言ってみれば、生物的な、いやもっと言えば人間的な扱いによる理解も必要だからです。理解というより、交流というのに近いでしょうか。

人を理解・信頼するのでも、理屈や損得ばかりでは相手に嫌われますし、本当の理解・信頼にはつながらないものです。

「同じ釜の飯を食う」という表現もあるように、体感であったり、手にして一緒に過ごす感覚だったりで、タロットと自分とが結びついて来て、それが読みのセンスにも活かされてくるのです。

ということで、タロット学習初心者は、一枚引きにおいても、その引いた一枚をむやみに意味的に解釈しようとず、手に触ったり、絵柄の雰囲気を感じたり、シャッフルして楽しんだりするなどてして、タロットと交流することを、まずはしてみたほうがよいでしょう。

そうしてだいぶん慣れてきた、タロットと親しくなってきたと感じた時、いよいよ意味的な解釈に移りましょう。

そうすると、覚えたカードの意味とはまた違ったものも出て来るはずです。でもそれが、タロットからのあなたへのメッセージということも多々あるのです。これは、タロットの絵の象徴の働きでもあります。

ところで、一枚引きのリーディングの訓練の方法にはいろいろとあります。

ポピュラーなものでは、何かテーマとか問いを決めて行う方法がありますが、問いを何も決めずに引くやり方もあります。

どちらにしても訓練としての良し悪しがあるので、どちらかだけに偏らず、両方行ってみるとよいでしょう。

また異色なものでは、天気予報を一枚引きでするという方法があります。

これが結構曲者で、頭で意味を解釈する傾向にある人は、なかなか天気を読むことは難しいでしょう。(笑)

この訓練は、まさにタロットというものは絵が中心であり、文字的な言葉てはないことをわからせてくれます。

それからよくあるのが、「今日一日のテーマ」として引くというものです。

漠然とした「一日のテーマ」とするのもよいのですが、もっと絞って、「今日仕事で気をつけることは何か?」とか、「今日の楽しみ(と思ったほうがよいこと)は何か?」「今日はどんなことを課題にして過ごせばよいか?」のような感じにして、タロットを引いてみるのもありでしょう。

学習の初級においては、タロットへの質問は具体的にしたほうが答えも探しやすく、そのまま回答も具体的になりやすい傾向があります。(中・上級になってくれば、むしろ質問・問い自体にあまり意味を持たなくなってきますが)

とは言え、一日の始まりは何かと忙しい人がほとんどでしょうから、逆に一日が終わる夜に、落ち着いた時を選んで引いてみるとよいでしょう。

その場合は、「今日はどんな一日だったと認識すべきか?」とか、「私にとって振り返るとよいものは何か?」とか、別に明日への問いでもよいので、明日に対する何かを問いにして、タロットで引いても面白いでしょう。

大事なのは、しばらく同じようなテーマとか問い、あるいは行為で継続することです。

続けて行くうちに、いろいろなことを発見し、タロットとあなたのつながりもますます深まり、最終的には、カードを引く前に、すでにカードからメッセージを受け取っているような感覚まで出てきます。(人によりますが)

ほかに、トレーニング的には、大アルカナ一枚を引いて、その後小アルカナの4組と併用させ、それぞれ剣・杯・杖・玉の分野からその一枚(大アルカナ)を解釈するという方法も、小アルカナの訓練にもなってよいです。

特にこれは数カードが記号的な絵柄になっているマルセイユタロットにおいては、有用な訓練になります。

占いとして、一枚引きを行う場合、結局、その一枚が当たるかどうかという観点になりがちなので、一枚引きは占い目的でやらないほうがいいかもしれません。

吉凶占いで一枚引きを行うには、カードそれぞれに吉凶を決めて行くほうがやりやすいので、やっていくうちに、カードに吉凶ランクをつけてしまう癖がどうしてもつき、せっかく象徴としてのタロットの使い方があるのに、それがおみしくじ的なものになって、もったいないことになります。

ですが、人間の感情として、吉凶というのは怖いですが面白くもあるので(苦笑)、エンターテイメント、あるいは占い師になりたい人が修行として行う場合はありでしょう。個人的にはお勧めしませんが。

この場合も一枚引きトレーニングを重ねることで、タロットと事象の吉凶が結びつき、当てやすくなる可能性が高まると思います。

ただ、その吉凶解釈は、万人に当てはまるというより、そのタロットと関係のある(結びつきが強まった)あなた自身の価値観による解釈が中心となります。この辺りは難しい問題なので、またいずれブログ記事で書くかもしれません。

以上、一枚引きについて、ほんの一部ですが、特にこれからタロット学習を始めたい方向けに書いてみました。


人間の選択、マルセイユタロットの指針

マルセイユタロットと言いますか、伝統的タロットでは、78枚を一組にし、大アルカナ22枚、小アルカナ56枚という構成になっています。

二部構成のアルカナは、その数から、大アルカナは3と7、小アルカナは4と10の原理によって解釈可能です。

特に、3と4の違いが、大アルカナと小アルカナにはあると考えられます。

大アルカナと小アルカナは、いわば次元が違うので、同じように見ては理解ができなかったり、うまく使いこなせなかったりします。

さきほど、3と4の違いがあると言いましたが、大アルカナの3は縦に見て、小アルカナの4は横に見ると適切になってくると思います。

ところで、人は何かを選ぶことで人生を過ごしているとも言えます。人生において、選択がないことはめったにありません。一日単位でも、一年単位でも、常に選択の連続と言えます。

ゆえに、人は選択に迷い、悩むことが多くなります。そして、タロットを使う者、あるいはタロットリーダー、タロット占い師に相談する者も、やはり、自分の何かの選択についてが主題になることがよくあります。

そこで、さきほどの大アルカナの3と、小アルカナの4を、選択のテーマで見ます。

すると、選択には7つ(3+4)の方法(区分)があって(考え方によっては3×4の12)、大アルカナ縦の3と、小アルカナ横の4に分けられます。

これを別の言葉で表しますと、大アルカナには3レベルの選択があり、小アルカナは同レベルながら4つの性質があるわけです。

大アルカナの三つのレベルとは、言わば低・中・高の選択段階があるとも表現できます。ただし、ここでいうレベルの違いは、縦階層ではあっても、低いものが悪くて、高いものがよいというわけではありません。

三つのレベルは、あえて宗教的に言えば、神から見た選択と人間的な選択、その中間的な選択があるというものです。神の選択はもっとも高次ではあるものの、それが必ずしも、普通の人間にとってよい選択であるとは限りません。

なぜなら、高いレベルになればなるほど、一人の人間の良し悪しなど、どうでもよくなってくるからです。多数決ではありませんが、宇宙全体の進化のために、ただ一人の人間への忖度はないみたいなことです。

※(別に人の犠牲を肯定しているわけではありませんし、小宇宙大宇宙の法則からすれば、一人の人間と全体とはリンクしていると考えられ、おそらく全と個が切り離されて進化するものではないとは想像できますが)

神の思し召しという言葉があるように、神様の考えるレベルとか規準は、我々人間にはわからないものです。でも、人は自分の人生を普通に生きているわけですから、通常レベルでの選択における良し悪しを無視するわけにもいかなくなります。

ワタクシの事情というものに神は考慮してくれなくても、ほかならぬ、ワタクシ自身はワタクシのためによい選択をしなくてはと思うわけです。

しかし、一方で、神次元からすれば、一人の人間の本当の成長のためには、その人にはわからないレベルで善きことがあり、その選択を勧めることもあるでしょう。人間レベルだと欲望や私情に囚われて、目が曇ってしまうこともあるからです。

もし天使という存在がいるのなら、天使は、そうした高い神の次元と、普通の人間との間に介入して、相互理解と、人の本当の成長(霊的進展)のために働きかけることになるのではないかと想像します。そういう意味では、天使の選択もあるということです。

マルセイユタロットの大アルカナは、この三つの階層の選択を示唆しているものと考えられます。

ただ先述したように、どれ(どの階層の選択)がよくてどれが悪いというのではありませんし、このカードが出れば特定の階層の選択をすべしというものでもないと考えます。

大切なのは、三つの階層を総合的に判断し、なぜそのカードが今回出たのかの意味をよく見極め、結局、自身自身の成長に役立てることではないかと思います。

一方、小アルカナの世界は、人間レベルの選択における4つの性質を表し、すなわち、四大元素の風・水・火・地で、物質的には剣(ソード)・杯(カップ)・杖(ワンド)・玉(コイン)になります。

簡単に言えば、四つの視点・見方みたいなものです。

人間世界は、損得や、快不快・好き嫌いなどの感情、時間や投資の効率性、やりがい・生きがい、面白い面白くない、関心無関心などの判断の規準があります。(人によって異なる規準にもなっています)

これを分析するのに、4つの性質は役立ちます。自分は何を重視して選択するのか、また、足りない性質、考慮すべき性質は何なのかなど、こうしたことに小アルカナは使えます。

個性を特化していく、悪く言えばわがままを突き通すみたいな選択の使用法もあれば、バランスを見る、統合的な自己成長のための選択に使うという道もあります。後者は結局、大アルカナに通じる道であり、やはり、マルセイユタロット的には、人間が神に戻る方向性(霊的成長)を示唆しているのではないかと考えます。(使い方にもよりますが)

マルセイユタロットを使っていくと、現に私自身がそうですが、現実的なことにおいて、タロットを使って何かを選択するというようなことは、ほとんどなくなってきます。そして、タロットで何かを決めるという使い方に、空しささえ覚えるようになります。

ですが、それがよいと述べたいのでもありません。

タロットで物事を決めることも別に悪いわけではありませんし、タロットの使い方ではメジャーな方法でしょう。従って、それもまた自分の選択であり、どのような使い方をするのかは自分次第で、それにタロットは応じてくれるというわけなのです。


タロット内の区別とレベル

タロットの種類は、今では数えきれないほどあると言われます。

しかし、古典的と言いますか、昔からあるタロットは、78枚を一組にして、大アルカナと小アルカナというパートにわかれた構成になっています。

正直言いまして、個人的には、この構成になっていないタロットは、タロットとは言えないものと考えています。

いや、この構成からはずれる古いタロットも多いので、そう言ってしまうのも問題かもしれないのですが、あくまで「象徴システム」として使うタロットという意味では、と断っておきましょう。

さて、先述したように、タロットの中には、大と小のアルカナという、一組の中でも、一種の異なるカード同士が組み合わさっているわけです。

当然、そのふたつの違いも出てきます。一般的なタロットリーディング・占いにおいては、この大アルカナと小アルカナを、やはり区別して読むことが多いです。

たいていは、大アルカナが全体的なこと、本質、方向性などを表すのに対し、小アルカナは具体的なこと、現実的判断、詳細な方法などを示すというようにされています。

ただし、流派とか先生によっては、そのような分け方ではないこともあります。

今回のテーマは、大アルカナと小アルカナの違いということではなく、それも含めての、タロット一組の中での差異とか区別のことなのです。

私の扱うマルセイユタロット講座では、カードに良いも悪いもなく、すべて平等の価値で見ていくことを勧めています。

それでも、大アルカナと小アルカナの区別はします。

とは言え、よくあるような単純な区別ではなく、大アルカナと小アルカナの密接な関係性と、そのレベルや次元をきちんと説明しての区別なので、私の講義においては、この両者の使い分けとか扱い・読みに、受講者の方が、その考え方において混乱することはないです。

巷では、特にマルセイユタロットの小アルカナの扱い、読みが雑なところが結構あるようで、そもそも小アルカナが教えられなかったり、ほとんど使う必要がないと言われたりすることもあるようですが、それは非常にもったいない話です。

それはともかくとして、特にマルセイユタロット以外のタロット種では、大アルカナ・小アルカナの違いだけではなく、例えば、大アルカナ中においても、カードの良し悪しとかクオリティを区別してしまうケースが見受けられます。

それが悪いわけではなく、むしろ良いこともあります。何事も両面あるものです。ですから、逆を言えば、良いこともありますが、悪いこともあります。

よくあるのは、大アルカナカードに吉凶の色付けをするものです。簡単に言えば、「これが出るとよい意味、これが出ると悪い意味」というような、おみくじ的なカードそれぞれを区別する見方です。

確かに見た目的に、怖いカードもあれば、明るくなるようなポジティブなカードもあるので、そうなってしまうのもやむを得ないところでしょうし、タロットは絵のカードなのですから、ある意味、感性に素直(正直)な見方なのかもしれません。

また、こういう区別をすれば、とてもカードの解釈がわかりやすくなるという面があります。質問に対する答えとして、いい・悪いが一目瞭然だからです。

しかしながら、「物事の良し悪し」を問う質問にはいいかもしれませんが、事態の改善(解決)や、本質的な答えとか意味を見出そうとする時、もっと言えば、霊的な成長を求めようという場合には、かえって答えがわかりづらくなるという欠点もあります。

「どうすればいいか?」の質問に、それは悪いです。それはいいです。の答えのパターンでは機械的で困るわけです。

まあ、自分が改善策をいくつか案として持っておいて、それを次々とカードに良し悪しで問うていくという方法ならば、答えが出ないわけではないかもしれませんが。

ですが、そもそも改善策とか解決策の案が思い浮かばなかったら、良し悪し判断を問うことすらできません。これが大きな問題と言えましょう。

それに、極端に言えば、吉凶・良し悪し的には、別にタロットでなくてもよく、数個の棒とか、コインの表裏とかでも占えないことはないです。

せっかく大アルカナだけでも22枚もあるのですから、これに吉凶的な価値をつけてしまうと、22もの良し悪し判断があるということで、複雑すぎて使いにくくもなりますし、吉凶だけに使うのは、カードの持ち腐れ(笑)と言ってもいいでしょう。

まあでもゲーム的に、例えばよく言われるような、16番「塔」とか13番「死神」(マルセイユタロットではそういう呼び名はしませんが)とかのカードが凶札だとすると、たった二枚の凶札を、22枚の中からわざわざ選んだということは、相当恐怖の代物になって、占いとしてはインパクトがあるかもしれませんね。

エンターテイメント的なホラーゲームならいざ知らず、怖がらすためにタロットをやっていては、あまりいい使い方とは言えないように思います。

それで、こういう吉凶的な区別ではなく、レベル(と言っても、これも単純な高い低いというわけではないのですが)で分ける方法もあります。

よく知られているのは、大アルカナの場合は、数が増えるほど高度なレベルになっていくというもので、小アルカナも宮廷カードと数カードにおいて、レベルの順をつけていくことがあります。

この場合、注意すべきは、吉凶(良し悪し)とレベルの順は異なる概念だということです。これを一緒にしてしまう人がいるので、問題なのです。

レベルが高いと言っても、決して悪いという意味ではなく、その反対に、レベルか低くても、悪い・凶的な意味ではないのです。

人間とか世界(宇宙を含む)には、様々なレベル・次元があり、確かにその高い低いはあるとは考えられますが、レベルに応じた状態ということもあり、その差があり過ぎると、かえって害になったり、受け入れられなくなったりするのです。

言わば、本人や状況に適切なレベルがあるということです。

タロットカードの大アルカナと小アルカナの区別も、実はそうしたレベルの違いとも言え、そして今述べたように、大アルカナの中にも、小アルカナの中にもレベルがあると考えます。

そして、他人へのリーディングや、自己の活用において、そのレベルを意識する(設定しておく)ことにより、うまい使い分けや応用が可能になるのです。

病気治療でも、劇薬もあれぱ、穏やかに効く薬もあります。それはその人の体力とか状態、環境などによるでしょう。

同じように、ある問題とか課題があるとしても、それは人それぞれに対応が異なってくると考えられます。

その一つが、タロットのレベルの違いを考慮するということなのです。ですから、カードは普遍的でありながら個別的でもあるのです。

たとえ、全く同じカード、展開が出たとしても、人や状況によって読み方・とらえ方は異なります。

ただ、レベルというものがわかっていないと、それもうまくできません。

タロットを手にしたあなた、あるいは、これから学ぼうとするあなたは、タロットを吉凶おみくじ的に、物事の良し悪しを見る道具にしていくのか、様々なことに活用できる優れた象徴ツールにしたいのか、考えてみるとよいでしょう。

私のところの講座は、もちろん後者です。


四つの生き物、自分の縁ある精霊

以前にも書いたことがありますが、動物のイメージでの精霊、守り神のようなものが、自分と関係することがあります。

そう書くと、何かスピリチュアル的で違和感があるという人は、“心理的にそう思う”と、安心したり、導きがあったりするような気がするとしてもよいです。

これは、サイキック的な、世間で言われる「動物霊」とは異なります。いわゆる動物霊とは、低級霊みたいな扱いの存在です。

ここで言っているものは、一種のエネルギーや、イメージ的な象徴の動物のことです。

マルセイユタロットでも、動物は登場します。犬(狼と解釈する向きもあり)、馬、猿、ライオン、牛、鷲などです。

それぞれに意味がもちろんありますが、今回は特に、四大元素の象徴でもある四つの生き物について取り上げます。

四つの生き物とは、21「世界」のカードに顕著に表されていますが、鷲・天使・ライオン・牡牛のことです。天使は動物ではありませんが、タロット的に「四つの生き物」と言うくくりで、あえて入れておきます。

この四つの生き物は、テトラモルフとも言われ、まさに四つで一つを意味する、西洋的には重要な概念になっています。ですから、キリスト教でも、この四つの生き物は聖書にも現れますし、イエスを真ん中に、四つの生き物に囲まれる図像でもおなじみのものです。

マルセイユタロットの場合、さきほど述べた「世界」のカードでは、四つの生き物に囲まれる中央の存在はイエスではなく、両性具有的な踊っている人物で示されています。

この人物は、両性具有的なその様子からも、普通の人間ではなく、神的な人物、完全性を象徴した存在として考えられています。

ゆえに、キリスト教ではイエスとなるわけです。逆に言いますと、キリスト教以外、キリスト教に固まる以前からの図像として、この四つの生き物と中央の人物(存在)というデザインはあったのだと推測されます。

ここに、4対1の関係性、もしくは、四つがひとまとまりになって、ある種の完成や次元の上昇が行われる示唆を読み取ることができます。これは非常に重要な内容で、考え方によっては、宇宙システムの根源とも解釈されます。

ちなみに、「世界」カードの中央の人物の外にあるリースの形も、深い意味がありますが、それは講座などで明かしております。

さて、その四つの生き物が四大元素を象徴することは述べました。ところで、人によっては「四大元素との縁」というものもある話をしたいと思います。

まあ、一般的にも、人はパターンに分類されがちで、四大元素と言えば四つですので、人間を四つのパターンに分けると、四大元素的パターンにもなるわけです。

四大元素は、小アルカナ的には4組になり、剣・杯・杖・玉(一般名称でソード・カップ・ワンド・コイン)で表されます。ですが、今日は動物・生き物メインなので、鷲・天使・ライオン・牡牛で見ます。

すると、人は鷲型、天使型、ライオン型、牡牛型に分けられます。

そして、さらに、最初に述べた動物精霊とも関係し、メルヘン的な例えをしますと、自分には、鷲、天使、ライオン、牡牛の精霊がついていると想像することができます。

四大元素、四つのものは、先述したように、四つでひとまとりになり、どれかが欠けているわけではなく、全部そろって一人前みたいなところがあります。

従って、自分が天使型だと言っても、ほかの精霊・エネルギーが存在しないわけではないのです。しかし、人は個性を持ちますので、個人によって特質があり、四つで分けると、特に縁のある精霊とか型になってくるということなのです。

まあ、「そう考えると面白いよ」くらいで見ておいてください。本当にそういう精霊がいるんだとか、呼び出して超常的な現象を起こすんだ、みたいなことは考えないほうがいいでしょう。(笑)

※ただし、西洋魔法の世界では、実際にそのような世界観で扱うことがあり、まるで異世界的な話になってきますが。

今回の話は、そういう縁とか分類を意識すると、自分の得意・不得意もわかりやすくなり、無理ない生活・行動のヒントになるかもしれないですよということです。

四つの生き物のうち、天使と鷲は羽があり、空を飛びます。逆に、牡牛とライオンは地上の生き物で空は飛びません。もっとも、「世界」のカードでは、ある理由で、四つとも羽があるようには見えますが。

ということで、象徴的に考えれば、天使と鷲は天上性、牡牛とライオンは地上性を意味します。また、鷲とライオンは肉食獣で獲物を狩り、牡牛は草食獣、天使は優しい救いの存在ということから、鷲とライオンが男性性・能動性、天使と牡牛が女性性・受動(受容)性を表すと想像できます。

そういうことを組み合わせて考察すると、鷲タイプ(鷲の精霊)、天使タイプ(天使の精霊)、ライオンタイプ(ライオンの精霊)、牡牛タイプ(牡牛の精霊)の特徴が、何となくわかってくるのではないでしょうか。

そんな風に考えるよりも、単純にそれぞれの生き物の実際の特徴とかイメージを見出してもよいです。

例えば鷲は自由に空を飛ぶとか、目標に邁進する(獲物があるとそれに一目散に向かう)とか、ライオンは百獣の王で余裕がある(しかし慎重でもある)、プライドが高い、いざという時は強いとかなどです。

カードで引いて、自分に縁のある四つの精霊を見てもいいのですが、それより、自分自身の内面を静かに感じていくと、自分のついている精霊のイメージが出て来ると思います。

また、四つの生き物のうち、どれをイメージすると安心するとか、勇気が出るとか、気持ちが軽くなるとか、ポジティブな感情になるものを調べると、自分と濃い縁の精霊がわかるかもしれません。

ちなみに、私自身は一番は鷲だと感じています。能動的な天上性、あるいは、天上への能動性とも言えます。地上より天上志向が強い部分は自覚しているところです。

※(反対の地上志向が強い場合、バイタリティがあり、現実生活への充実がなされる人が多いです)

とはいえ、すでに述べたように、人には四つの生き物全部がいると思ってよく、個性のために、ある生き物が強くなったり、弱くなったりするということですし、シーンや年回りなどでも、生き物の強弱は変わると考えられます。

パートナーとか協力者には、同じ傾向の者同士が類友の法則で集まることもありますが、相性的には、自分と違う部分に強いものを持っている人のほうが、案外いいかもしれません。(お互いの魅力が長続きします)

ですが、もっとよいのは、(四つの)統合を果たすことです。自分の中の四つの生き物をうまく扱い、統合していくことで、真の自分(世界カードの中央の人物)が現れます。

さらに、この現実世界では、四つの生き物の強弱でそれぞれ個性が出ていますので、お互いに協力し、支え合い、認め合うことで、全体としての四つの生き物の統合がなされていきます。

それは時代の進化であり、人類そのものの進化とも言えます。

争ったり、マウントを取り合っていたりする場合ではないのです。そのことを「節制」のカードが、「世界」の7つ下で訴えているわけです。(7つごとの進展がマルセイユタロットの世界ではあります)

自分のタイプと精霊を知り、他人のそれを探査し、ともに成長する糧にしてみましょう。


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