リーディング技術・内容

タロット 三枚リーディング

タロットの展開法には、有名なものは、いくつかに分類されますが、無名なもの、オリジナルなものなども入れるとなると、それこそ、数えきれないほどあると思います。

現に私も、自分で考えた展開法をいくつか(というより、結構)持っています。(占いとしての展開法もありますよ)

とはいえ、やはり、有名でメジャーなスプレッド(展開法)というものがあって、それが使われることは多いです。

その中のひとつに、スリーカードと呼ばれる、いわゆる三枚引き、三つのカードを引いて占ったり、リーディングしたりする方法があります。

三枚引く方法は、いわば基本形みたいなところがあり、そこからさらにいくつかカードを加えて(引いて)解釈するというやり方もあります。

という数は、よくと比べられますが、4と比較した場合、3はモデルや型アイデアや理想を示すのに対し、4は3のモデル、理想を現実に形として示すようなものとなります。3の話を具体的にしてみると、4というもうひとつの数が必要になるみたいなことです。

しかし、あえて4と比べず、3だけの単体で見た場合、3にも現実的なところがあります。

それは、時間との関係です。時間は実体としてはとらえられませんが、数で表すことで、数量的に把握が可能となり、さらに、その数に進行を与えると、時間経過として私たちは感じることができるようになります。

簡単に言えば、過去・現在・未来となる話です。ここで、過去・現在・未来と3つのパートが出たのに気が付かれたでしょう。

そう、3つのパートを時間(の種類、固まり)として考えることで、現実の時間の流れとして(それが真実かどうかここでは問いません、あくまで私たちの現実感覚でのことで述べています)、感じることができるのです。

つまり、時間の種類は3つあれば、私たちは時間の中に生きられるというわけです。(これはマルセイユタロット「運命の輪」とも関係します)

ですから、タロットでスリーカードとなれば、(占われる人の)過去・現在・未来を、それぞれの一枚ずつが表すという解釈もありますし、むしろ、それ(そういった時系列解釈)は(タロット占いの世界では)普通かもしれません。

一方で、3は理想や聖なるもの、現実にはまだ起こっていないモデルや型、プラトン的に言えば「イデア」も示す数であり、ふたつ(2という分離の数)の葛藤や対立を調和させる第三の力も持ちます。

また、現実とイメージの狭間においてのエネルギー、混沌とした次元(ある種の非現実な空間)として見ることもできる数です。

ということは、三枚引いたカードの中には、クライアントの夢や希望、あるいは理想、さらには現実化できない不安や要因なども、象徴的に現れている場合もあるのです。

時間は現実感覚で、過去・現在・未来と流れているのに、クライアントのイメージや心の中、空想では、逆に動いていたり、バラバラだったりすることもあるのです。

これは引いた三枚のカードが、時間の流れとして正常に見えているようで、実はそうではなく、心のイメージが投影されていることもあり、本来の現実と調整するために、カードの入れ替えが必要となる場合があります。

言い換えれば、時間が自分の中で変形し、止まっている(停滞したり、そうだと思い込んでいたりする時間の)ものがあり、それを修正していくことで、現実の時間と一緒にスムースに流れていく(心のイメージの時間が現実のものと調和していく)ことが可能になります。

私は、もともとはカモワン版マルセイユタロット、いわゆるカモワンタロットから始め、カモワン流の動的展開法といわれるものを中心に、実践でも展開してきました。これはこれで、本当にすばらしい技法です。

そして、同じタロットのもうひとり製作者であり、セラピスト、映画監督でもあるアレハンドロ・ホドロフスキー氏の方法にもふれ、さらに自分なりに、マルセイユタロットを研究し、実践していく中で、リーディングセッション中に、様々なオリジナルなものも含めて、その人に必要と思われる展開を採用していくようになってきました。

究極的に言えば、セッションの目的(クライアントの癒しや問題解決、前に進んだり、楽になる術を得ることなど)が大事で、どの展開法が正しいかとか、優れているとかいったものはないと考えています。

ただ、そのタロットリーダーが得意とするもの、相性のいいもの、そのタロットにおいて、特に活かせるものはあるとは思います。

同時に、クライアントの問題や状態によって、その時に適切で合う展開法というのもあると考えられます。

そのため、展開法をひとつだけにこだわり過ぎても、よい結果が出ないこともあります。と言っても、逆に、たくさん持ちすぎて、結局何がなんだかわからない、焦点がぶれてしまっては本末転倒の話になりますから、やはり、自分が核となる展開法(自信をもって展開し、読むことができ、アドバイスできる展開法)は習得しておいたほうがいいでしょう。


タロットとの問答・会話

タロットを自分で使うコツは、タロットと問答することです。

少し前、「独りよがりが問題」であるという内容の記事を書きました。

結局、自分中心(といっても、本当の自分ではない自分)にいる時、人は悩み、迷い、苦しみます。

簡単な理屈でというと、本当の自分ではないから、二人の自分で対立することになり、すつきりしないのは当然なのです。

しかし、なかなか、自分一人だけで、この見せかけの自分に陥っている自らの状態から脱することが難しいのですね。

深い話で言うと、タロットの大アルカナ、上のほうの数(数の多いほう)のものを見ていると、私たち人間は、常に幻想空間の中にいて、それを現実だと思い込んでいる節があるのですね。

それはそのように設計・計画されているのかもしれませんが、とにかく、元の世界が本当のものかどうかは別にしても、自分たちで本来あるべきものとは別の空間を作ってしまって、その中で暮らしているようなものだと考えられるわけです。

そして、その際たるものが、自分(と信じ込んでいる自分)だけで物事を見てしまう、判断してしまうという誤謬です。

「いやいや、私はほかの人の目を意識してますよ、自分だけで勝手に思っているわけではありません」と言う人もいるかもしれません。

実はそれこそが、自分だけの世界にいる状態なのです。

この場合の他人の視点というのは、自分がイメージしたり、自分が目で見たり、心で想像したりの他人です。その他人も、本当の意味での他人(その人本人)とは言えず、本当の他人を見ていないと言えます。(ただし、他人のアドバイスを素直に聞く時は、本当の他人が現れて、共同的・統合的問題解決に向かうことがあります)

と、これ以上、考察していくと、ますますわけがわからなくなってしまう人も出ると思いますので、元に戻りまして、要は、私たちは、自分の妄想みたいなものにはまる(はまりがちな)構造の中に生きているとだけ言っておきましょう。

タロットには、時空を超越するため・・・と言えばちょっと大げさになり過ぎるので、別の言い方にすると、常識的感覚から解放し、本当の自分に戻るヒントを与えるための視点として、大アルカナのカードが提供されています。(小アルカナはまた別の機能と働きがあります)

中でも、マルセイユタロットは、人々の意識の元型をわかりやすい図像で象徴させていますので、特定の信念や思想、欲求に偏り過ぎない画像になっています。

自分が嘘の自分に陥り、悩んでいる時、大アルカナ22枚と問答していくとよいです。

この問答の方法には、人によってやりすいやり方と、逆に間違うと、まったく問答ができなくなってしまうタイプの方法があります。それは、個性によるからです。

平均的に皆さんがやりやすいのは、カードを人間のように扱う方法です。

カードそれぞれを人間のように見立て、それと会話していくというものです。(全部でなくても、数枚シャッフルして選んでやるとよいです)

中には、まつたくしゃべってくれないカードもあれば、結構いろいろと話してくれるカードもあります。

妄想ではありますが、そもそも先述したように、今の自分こそが妄想世界に入っているようなものなので、逆に、妄想モードみたいになることで、脱出の手がかりをつかむことも可能なのです。

例えれば、夢の中で、現実へのヒントを知ったというような感じです。

こういう、いわばメルヘンチック(笑)ともいえる方法が向いて人もいますが、もっと知的に進めたいという思考中心タイプの人は、タロットの象徴を学ぶことで、タロットを人間化せずとも、それぞれの観点、思考方法として見て、自分と問答することができます。(このほうが好きという人もいます)

さらに、感情中心タイプ(気持ちが納得して理解)の人は、タロットに感情を与えることで、自分の感情を精査したり、過不足に気づかせることもできます。

人の理解、言ってしまえば「本当にわかった!」という感覚に至るには、私が思うに、頭(思考)の理解と心(感情)の理解がともにあって成立すると考えています。(当然これにも、どちらか寄りのような、個性・自分の傾向があります)

ですから、タロットと問答するのにも、タロットをどのようなものにするかによって、問答しやすくなったり、まったくわけがわからなくなったりすることがあります。

さて、独りよがり、自分の世界に入り込んでしまっているための悩みや苦しみは、客観視点があればいいわけですから、自分とタロットとの問答に、さらにタロットが読めるタロットリーダーがいれば、三者(三角)構造によって、新しい創造やアイデアも生み出される可能性があります。

何より、仮の自分枠から脱却しやすくなり、本来の自分を取り戻しやすくもなります。

タロットを学ぶということは、いろいろと目的や結果はあるのですが、ここでいう意味では、一人よがりに陥りやすい考え方から、ニュートラルや本来の自分の戻るための技法を得るということになりますし、その手助けをする援助方法を学ぶということにもなります。

本来の自分に純粋に戻れば戻るほど、高次の自分(完全性の広域的自分)との接触が可能になり、悩みごとの解決方法や視点、現実との調整のヒントも生まれるようになります。

私もこのところの変容中で、改めてタロットの力のすばらしさを実感しているところです。

では、これを読んでいるあなたに、一枚のカードを引きましょう。


私たちマルセイユタロットを扱う者には「手品師」、一般には魔術師とか奇術師と呼ぶ、「1」という最初の数を持つカードが出ました。

皆さん、それぞれで、この手品師さんと会話してみましょう。

彼は何を語って来ていますか? それとも無視して、別の人と会話したり、手品に夢中になっていたりするかもしれませんね。

それでもいいのです。彼のやっている手品をあなたは見ていると想像しても構いません。なにせ、彼は大道芸人ですから。彼の芸に感動して、あなたはお金を支払いたくなるかもしれませんし、誰に習ったの?、私にも教えて!と思わず口走るかもです。逆に、下手だなあ・・・ネタバレてるいよ、とあきれるかもしれません。

テーブルの上には手品道具(のような)ものがたくさん並んでいますよね。気になる道具を彼に尋ねてみてもよいですよ。その道具も、もしかしたら、あなたと何か関係している可能性もあります。

彼はなぜ両足を広げているのでしょうか? それも彼に聞いてみてもいいでしょう。帽子も大きくて妙ですよね。なんでなんでしょう?

それから知識的なことを少し付け加えると、この大道芸人は、彼の仕事でもあるので、彼との会話は、あなたの仕事について、何かテーマとなるのかもしれません。

それは働き方なのか、好きな仕事のことなのか、お金や安定のための仕事なのか、とにかく何かを始めることなのか、問答していると、彼から何かヒントが与えられるのではないでしょうか。

 

このように一人でも問答はできますが、タロットリーダーがいれば、タロットとの問答を、もっとうまく相談者とともに進めていくことができます。(つまりタロットリーダーは調整役、進行役にもなります) そして、クライアント・相談者の悩みの本質を解き明かしていきます。

カードはたった一枚でも可能ですが、複数枚あると、さらに情報は深いところまで届くことがあります。

タロットやカードが好きな人は、カードからも愛されますので、普通の人より、会話もはずむことでしょう。やっぱり自分が一番好きなカードがよいでしょうね。


タロットリーディング半実例体験

占星術的にも、いて座に木星が移行するというエポックな時に来ましたので、今日は私のやっているタロットリーディングで、半実例的なものを皆さんに披露したいと思います。

“半”とつけているのは、実際のクライアントの方へのリーディング事例ではなく、まさに、このブログを今お読みになっているあなたに対して行うという意味で、半としているわけです。(笑)

今の私は、ブログをご覧いただいているあなたの問題や悩みは知りません。

しかし、読者を想定して、マルセイユタロットをすでに展開しております。

ただ、展開法の全容につきましては、オリジナルなところもありますし、煩雑になりますから、ここで明かすことはしませんが、出たカード重要なポイントとなるところは、カードの示唆・意味とともに書いていきます。

タロットリーディングが象徴をとらえることであり、現実的(具体的)解決やアドバイスを出すというのは、実はタロットリーダー側の役割ではないことも、少しは理解してもらえるでしょう。(占い現場に立つ人は、それでも具体策やきちっとした運勢の方向性を出すことは求められます、ここでしている意味のタロットリーディングは「占い」ではないものです)

まず、明かせる範囲内での展開で言いますと、最初にスリーカードとして、三枚の重要なテーマともいえるカードを出しました。

それは、「斎王」(一般的には女教皇と呼ばれるカード)、「世界」、「神の家」(一般的には塔と呼ばれるカード)でした。

そして、さらに追加して、数枚、今回のテーマに重要なサポートとなるカードを引きますと、「正義」、(名前のない)「13」、「隠者」というカードたちも登場しています。

最初のスリーカードとしては、完成に向けた取り組み、または大きな変化を期待している状態、理想や志も高くあるようなカードたちが出ています。ここから、継続的な学びや学習、何かやりたいことや夢の実現に向かって、準備していることがうかがえます。

しかしながら、反面、思うだけで、なかなか手に届かないこと、どうやって、夢や理想にたどりつけばよいのか、そもそも、自分にその道が合っているのか、やる資格はあるのか?という疑念、自己卑下、思案している状態ということも感じます。(※カードは、ポジとネガ両面を象徴として見ていくことができるのです)

また、女性的な「斎王」、男性的な「神の家」との間に、「世界」という両性具有的(真ん中の人物)ともいえるカードがあり、両親的な影響、男女のつきあい、結婚などの問題、自身のうちにあるセクシャルな(あるいは二元性の)問題の統合というテーマも見えてきます。

それらに対して、サポートするカードが、先述したように、「正義」、「隠者」、「13」(順不同)です。本当は、最初に出たスリーカードたちの一枚一枚にも対応しているのですが、ここでは全体的な一連のサポートカードとして統括して見ていきたいと思います。

すると、「正義」と「13」には、剣と鎌があって、何か鋭い刃物が共通して出ていることがわかりますし、「隠者」はランタンのようなものをかざして、(フードによって柔らかになっている)光を掲げているのが見えてきます。

剣や鎌、「隠者」の光などの象徴性はきちんとある一定の決められた意味があり、しかも、それは多重性を持ちますが、今回は、初心者にわかりやすく、見たままのモノの印象から読み解きます。

刃物なのですから、何かを切る、そぎ落とすことであり、また(もし刃物がさび付いていると)磨いて光らせることかもしれません。

ただ、「正義」のほうは、まさに正義の剣を振り下ろすイメージもあり、カッティング的なシーン(始まりや、モノのシェア)も思い浮かび、一方、「13」では、鎌なので、刈り取る、処理する、収穫する(終わらす)というイメージが出ます。細かく言えば、同じ刃物でも、使い方や目的も異なるわけです。

そして「隠者」は智慧や経験のある老賢人の姿でもあります。こういう人物が光を持って現れており、何かを授けてくれる雰囲気も醸し出しています。しかし、すぐに見つかるような。あるいは虚栄心で目立つ人物ではなく、隠れた実力者とも言えます。そして、あなたに、自分の良さを自覚できるよう、(光をあてて)フォーカスしてくれそうでもあります。

「13」は一見、怖いカードですが、試練を含む変容のカードでもあり、「隠者」もある種の新しい(特に霊的、精神的な)体験を施すイニシエーション的な意味を持ちます。

ということは、この二枚が出ているので、少なくとも学びの蓄積、回収や効果によって、新しい次元が開かれる準備が来ていることがうかがえますし、実際の人かどうかは別として、あなたを(厳しくも、時には優しく)引上げ、導く人も出現するかもしれません。(または自分が探すこと)

少なくとも、剣が出ていることで、自分が磨き続けた知識・経験・感性が、役に立つのだと信じる、役に立つ時が来たと思うことは大切です。それがあなたを変え、救う光ともなるのです。(刃物は磨くと光輝きますが、それを示唆しているのが「隠者」(のランタン)とも言えます)

「正義」の剣は決断を促し、学びだけではなく、すでに実践や新しい段階へと、勇気をもってスタートすることも言っているかのようです。成功や失敗の概念で悩むのも、また両天秤の成させる技ですが、逆にそれはまた、「正義」からの解決的な提案も語ります。

それは、天秤のように、ふたつをかけ持つこと、また剣を重視して、覚悟を決めて、今までメインではなかったことをメインにし、マイナーとメジャーの交換を促すということです。もし一人でその決意ができない、自信が得られない時は、「隠者」として専門家のサポートも受けるとよいでしょう。

いずれにしても、「13」があるので、中途半端に悩むより、できることの処理を進めて、したいことへの決断を早めるべきだと感じます。それはあなたにとっては、時にはつらいことや大きな変化でもあるのですが、それを受け入れることが進化でもあるのです。

そもそも、最初に出た三枚のカードたちも、自分自身を受け入れていない部分が過去から残存していることが示唆されており、それを認めていくことが、何よりも達成したいことへの近道であることを表しています。

親や他人、パートナーたちの願い・思いよりも、あなた自身の世界(真ん中は世界のカードです)を構築する、いや楽しむことです。しかし、やり方は複数ありますし、あなた一人がすべてやるのではなく、苦手なものは、ほかの人に移譲する許可と赦しも持つことが肝心です。目的のための、楽と効率性は選択してよいのです。

あなたは、弱くて決断力もないと自分では思っているかもしれないですが、マルセイユタロットは、本当のあなたはそうではないと言っており、むしろ、それはあなたが作り上げてきた逃避的殻(シェルター)であると語っています。

「神の家」は、そのシェルターを破壊しますが、同時にあなた本来の自立、魂(神性)に生きる人生を始めることができます。もうグズグズしてはいられないのです。

以上、ざっと、初歩的なレベルでリーディングしましたが、これだと、とても抽象的だと感じられたでしょう。

特に占いタロットをしている人には、そう思えるはずです。こんなものはアドバイスにならないと。

しかし、カードを見ながら、もう一度、よく読んでみてください。

例えば、あなたが仕事の選択で悩んでいたら、どういう意味として読めるでしょうか?

恋愛の問題で悩んでいたら、どう解釈できるでしょうか?

生き方をどうすべきかで悩んでいたら、このタロットの示唆からどう思われるでしょうか?

占いの場合は、占い師から、あなたの運勢的、現世利益的幸運の道を具体的に示してくれることが多いです。それは楽で安心できることでもあります。だから、本当に自分では判断がつかない、わけがわらない、緊急だという時には、占いもよいと思います。

ところが、占いではないタロットリーディングとなってきますと、このように一見、抽象的な読み方にもなります。

このブログを読んでいる人の悩み・問いはいろいろで、まさに個別的なものでしょう。(最初にも言ったように、当然、私は皆さんの悩みひとつひとつは知りません)

それでも、展開したタロットから見る共通する象徴性があり、それを具体的次元・事象として、あなたが落とし込めば(あてはめれば)、おのずと、どうすればよいのか、どういう状態なのか、自分自身で気づくことができるはずです。

これこそが、象徴(抽象次元)と、現実(具体次元)をつなぎあわせる力となり、自らの創造性の力の発揮とも関係してくるのです。

右か左かが、言われなくても自然にわかってくる、あるいは右でも左でもないという本質的問題・テーマが見えてくると言ったほうがよいでしょうか。

タロットリーダーはあなた(クライアント)自身ではありません。タロットにあなたの思いや状態を映し出すことはできても、その本当の解答は、まさに、あなた(クライアント)自身でしかわからないことなのです。

それでも、タロットには、実際的・具体的次元にまで落として、わかりやすくさせる技法もあります。これは具体性を示唆させるための、タロットからの親切な手ほどきです。

それがタロットに小アルカナのある意味のひとつです。(それでも、それは正しいとか間違いを指すものではありません。現実の中で、あなたの性質をどう生かすのか、どう調整するかの判断を、大アルカナよりも、具体的な形で示すというものです、運・不運を示すことでもないのです)

タロットリーディングは、タロットリーダーのタロットの象徴知識、直観性と、クライアントの実際的情報、カードへの印象、直感などが相まって、共同作業としてワークし、タロットリーダーのサポートのもとに、クライアント自身で、自らの解決や気づき、癒しを得ていくものなのです。


タロットリーダーになりたい人に

私のもと(講義)には、タロットリーダーになりたいという人も来られます。

そういう方には、是非、タロットを学んでもらって、最初の意思を貫いてタロットリーダーとなって、人々の問題をサポートしたり、癒したり、成長や発展に寄与していただければと思って指導をしております。

ところで、世にタロットの先生と呼ばれる人は、自称・他称も含めて、本当にたくさんの人がいらっしゃると思います。当然ながら、いろいろなタイプの先生(タロットを教える人)がいらっしゃるわけです。

そして、タロットを習う側の人は、どうしても大なり小なり、教わる先生からの影響を受けます。その中でも、一番最初に受けた(習った)先生は、その先生のレベルや考え方などとは関係なく、のちのちに生徒さんに(タロット関係において)大きな影響を及ぼすことは確実だと思っています。

やはり、最初というのはそれなりにインパクトがあり、生徒さん当人には自覚がなくても、無意識のうちに影響があるのです。(これは他所で学ばれた生徒さんを見ていて、私自身も感じることです)

しかし、同時に、人は変わっていくことのできる存在ですから、最初の先生と合わなかったり、自分の求める教えではなかったりした場合でも、次以降の先生によって、修正したり、補強したり、刷新したりすることも可能です。

どちらにしても、生徒さん当人がどう思うと、究極的な目線からすれば、どの先生に学んでもいい・悪いはなく、すべて経験として蓄積し、当人に活かすことができると思います。

ただし、現実的な、制限された視点になれば(たとえば期間を限定した見方であったり、経済的効率性で見たりするような視点)、そこにいい・悪いという評価が、当人に感じてしまうこともあるかしもれません。

ということでは、習う側としては、どういったタロットリーダーになりたいのか、どのよなうタロットリーダーを目指すのかというビジョンを、ある程度持っておいて、学んだほうがよいということが言えます。

もちろん、最初はタロットリーダーになるなど考えていなくて、タロットを学んでいるうちに、これを人に役立てたいと思い、タロットリーダーになる(なりたいと希望する)という人もいます。(私の講座では、こういう傾向の人が多いかもしれません)

それとは別に、初めからタロットリーダーになることを決めていて学ぶ場合は、時間やお金などの点も計画的に考慮する必要がありますが、それよりも、自分のなりたいタロットリーダー像を固めていくことも大事だと思います。

これは言い方を換えれば、「タロットリーディング」という技術をどう使うのか?ということのイメージ・ビジョン・計画です。

例えば、すでにヒーリングや対人援助的な相談を何かやっている場合、そのメニューのひとつ、あるいは、組み合わせ技術として、タロットリーディングを行うというパターンがあります。

また、タロット占い師として自宅、または、占い事業者のもと(占いの館とか電話占いとかを経営しているところ、占い師を雇える場所)で、タロット占いを提供するパターン。

(イベントなどの場所で)ボランティアや、友人その知人たちを中心に、趣味的なタロットリーディングをして、とにかく自分が何か人に貢献できる実感を味わいたい方

など、まずタロットリーディングを行う場所やサービス方法が検討されます。

そして、同じタロットリーディングと言っても、どういった質のものを提供するのかという、リーディングスタイルのことも重要です。

それは、占い中心のスタイルでやるのか、カウンセリング的な、メンタルや心の領域まで踏み込んでリーディングするのか、何かの目的(恋愛や結婚、仕事など専門相談目的分野)を中心にして専門リーディングをするのか、スピリチュアリティや霊的なレベルも考慮してリーディングするのかというような例で考えられます。

その前にも、ビジネスとして行うのか、あくまで趣味やボランティアでやるのかということも、大事です。

それらについて、最初からはまだ決められなかったり、よくわからなかったりすることもあるでしょう。

ですから、タロットを学んでいる最中にでも、少しずつ、このようなことを決めていくとよいのです。習い終わってからでは遅いこともあります。(スタートがその分遅れ、迷っているうちに、情熱も冷めて、結局、タロットリーダーになることをあきらめてしまう場合があります)

時間とお金が有り余っている人は別ですが、たいていの人は、ある程度、何らかの制限・条件があるはずで、そうした観点で言えば、先にも述べたように、それらを無駄にしない、目的に沿った選択と学習が必要なケースがあるでしょう。

目的・将来のビジョンがあやふやなままだと、自分探しの旅みたいになって、いつまで経っても決まらず、時間とお金を浪費してしまうことにもなりかねません。

私の場合、特にタロットリーダーを目指したいという人で、私の教えられるスタイルが、その方の望まれるスタイルとは大きく異なっている場合、あるいは、こちらのスタイルを学ぶのには向いていないと思われる方には、講座のステップアップをお断りさせてもらう場合もあります。(両者の相談と納得のうえで)

そうしないと、お互いに時間やお金を浪費はすることになったり、精神的につらくなったりするからです。

最初にも述べたように、先生側にも個性とか、培って来た(教えられる)スタイルというものがあり、それは先生によって様々です。

大まかには、教えられているメインのタロットの種類によって決まっていることもあるのですが、それでも、同じタロット種の先生でも、タロットに何が描かれているのか、それを何ににどう活用するのかの主義主張、思想、価値観などによって、まったくスタイルの違う教えとなることもあります。

ですから、教わっている側にも、先生との相性とか、自分の目的にかなう、かなわないという部分が出てきます。

それを無理して(ごまかして)、先生色に染める(染まる、悪く言えば洗脳する)必要もなく、逆に、自分の個性や目的に応じて、自分自身を活かしたほうがよいと思います。(先生に逆らうとか、けんかするということではなく、相手を尊重しつつ、自分自身も大切にするということです、そはれ先生自身にも言えます)

この世界では、一人ひとり全く違う個性を持ちます。それを活かし合うのが、現実という世の中だと思います。あなたにはあなたにしかできないタロットリーディングというものがあり、あなたのリーディングを待っている将来のクライアントさんもいるのです。

最初は先生の真似から入っても、やがては、あなたオリジナルのリーディングに必ず向かうことになります。

伝えられるのは、そのタロットにおける共通的な認識の象徴性であり、もし先生から受け継ぐものがあるとすれば、その先生が目指そうとした精神や高次の目的といったものになるでしょう。

それは、あなた独自の表現をもって、また別の人に伝わり、伝えられたその方も、その人の表現でもって違う人に伝えていくことになるのです。

それでも、よい先生(自分の目的や精神に合う先生)に出会うのは、これまた縁と言えますが、出会えれば僥倖と言えましょう。たとえその先生に自分が気に入られなかったとしてもです。

表面的なことよりも、あなたの魂のようなものが求めていて、それが時間的には一時的な師弟関係であっても、魂の必要性の出会いであれば、自分の魂が発動し、その後の人生観の変化などが顕著に起こることでしょう。それはまさに、そう決まっていた運命のようなものなのです。

タロット学習を志す時、タロット(種)の縁もあれば、教わる先生との縁、さらには一緒に学ぶ仲間たちとの縁もあり、それらはきっと意味あるものとして、あなたの運命と縁に関係しているのだと感じます。


タロットの自己活用 客観性

タロットを他人に使うか、自分に使うかは、人によって、また目的によって、その割合・方法も変わってくるでしょう。

人に使う場合は、主にタロットリーディングをやタロット占いを提供するというのが一般的です。

では、自分にタロットを使うという場合はどうでしょうか?

これも、自分に対して、何か質問し、タロットを展開してリーディングするということを、皆さんは想像されるかもしれませんが、やってみるとわかりますが、自分のことをリーディングするのは難しいものです。

それは、客観的になれないからというのが一番の理由です。他人のものは、他人だからこそ、文字通り、客観的に見ることができます。

しかし、自己リーディングでは、自分のことを自分で読むわけですから、当然ですが、主観のみです。

ゆえに自分の思考・感情中心に読み解くしかなく、もし直感的なもので判断しようとすると、単なる好き嫌いのレベルで見てしまうことがあります。

また、問いの内容に、あまりにも感情が入りすぎるものだと、まさに自分の感情に左右され、揺れ動き、ポジティブよりか、ネガティブよりか、どちらかに傾き過ぎた見方をしてしまいがちです。

従って、自己リーディングは、冷静・中立にはやりにくいというのが、普通にあります。

しかし、それは、あくまで、他人リーディングと同じ方法を採用した場合のことです。

自分のためにタロットを使って、自分を見ようという場合は、人を見る場合とは別の技法、あるいは観点が必要になってきます。

要するに、主観だけになってしまうのが問題なので、客観性が少しでも出るような見方・技術を取り入れれば、自己リーディングといいますか、自己に対してのタロットの活用も見えてきます。

そのひとつは、タロットの絵柄の象徴性を知的に理解するということです。

逆に言うと、直感や感情を入れなくても判断できる読み方をする意味にもなります。

それは、象徴のロジック(論理性やルール)を使うということですが、この方法は、マルセイユタロットの中でも、精巧につくられているタイプ(型)で、かつ絵柄一枚一枚の細かな象徴性が、全体としても有機的に整合性を保っているカードに限られます。

つまり、象徴システムとして、個と全体とで完成・機能しているカードとなります。その点、ホドロフスキー・カモワン版マルセイユタロットはこの条件にあてはまるものだと私自身は考えています。

こうしたカードであると、展開したカードの象徴の出方を解釈することにより、主観だけではない、象徴自体の示す意味が客観性をもたらし、主観の思い込みのような読み方を少なくすることができます。

そして、もうひとつの方法は、質問を変える(絞る)ということです。

この場合で、もっとも悪い質問の例は、「なになには、どうなりますか?」というような、抽象的で結果や未来を知りたいと思うような質問です。

ただ、ここでも、例えば、正逆イエス・ノー引きみたいにして、正立すればよい状態、逆位置で出れば悪いことになるみたいなスプレッドと解釈があって、それならば見たままのことですから、主観で迷うなことはないのですが、自己活用の方法として、あまりに単純で、まるでコインの表裏占いみたいなものになってしまいます。

これではタロットを自分に活用するとは言い難いです。

では、タロットの自己活用で、質問を変えるとはどういうことかと言えば、もっと具体的に、「私が望んでいる人はだれか?」「私の精神を傷つけているもの(人)は何(誰)か?」「いまだに私の〇〇に影響を及ぼしているている私への事件とは何か?」「経済的な問題で、私がブロックしている事とは何か?」「私は誰に(何を)アピールすればよいか?」「パートナーとの問題で、今もっとも解決しなくてはならないものは何か?」「今日心がける精神の状態とはどんな状態なのか?」「本当は、私はどこに行きたいと思っているのか?」「私は何が嫌なのか?(避けたいと思っているのか?)」「何(誰)にしがみついているのか?」・・・

など、一見、占いの問いのようですが、なるべく具体的な細かい問いを設定して、その都度、カードを一枚なり、数枚なり引いてみる(正逆ポジションは取らないほうが、かえってやりやすいです)方法が、意外に主観的になり過ぎず、客観的に見ることができるのです。(展開枚数は、一枚引きなどの、少ないものが望ましい)

この理由(主観なのに客観的になりやすいの)は、問いが具体的であるということと、「どうすればよいか?」とか、「どうなるのか?」という問いの形式ではないので、あまり考えこまずに済むということがあり、感情の入らない直感性が出ることで、透明な感じで、答えが見つかりやすいのです。

いわば、自己分析、自己洞察に特化していくような質問を繰りかえしていくというイメージでしょうか。

もちろん、カードについて知らない(学習しない)といけませんが、知識よりも、カードからのイメージ、直感性も、このようなやり方で回答を得ていくには、大切になってきます。

普通、タロットカードからは、一枚一枚、象徴なので、いろいろな意味が出てきます。

通常の他人に行うようなリーディング形式だと、カードから様々なことを読み過ぎてしまい、つまりはいろいろな意味が出てきてしまうわけです。すると、結局のところ、よくわからない、どっちとも取れる・・・みたいなことにもなりかねません。

それで、自己リーディングの場合は、主観でしかないので客観からのバランス修正やセーブが効きにくく、たくさん取れる(解釈できる)意味から、自分の都合のよい解釈(希望や欲望のままの解釈)か、ネガティブや悪い方向での解釈かの極端性に傾くことにもなるのです。

しかし、上記のように、質問を工夫することで、カードの解釈の幅の融通性を少なくし、限定させ、自然と答えが出るように導くことができます。

ただし、あまりに限定したり、具体的過ぎたりすると、逆に解釈の幅がなさ過ぎて、お決まりの言葉とか回答しか出ない場合があるので、多少は幅が出るような問いは必要です。

結局、カードから何を得たいのか?は、自分が発する質問の種類、性質、内容によって決まってくる(答えが得られる)と言ってもよく、その意味では、自己活用においては、特に質問が重要になってくるわけです。

ただ、高度なタロットの自己活用になれば、質問のない展開、カードを実際に引かない(展開しない)やり方もあります。

私のほうでも、既存の講座で少しはやっていますが、今後は、もっと、タロットの自己活用について特化した、その考え方と具体的技術を教える講座を企画してもよいかと思っています。(希望者がいらっしゃるかはわかりませんが・・・)

多くの人は誤解していますが、タロットは人に占ったり、リーディングしたりするだけではなく、自分のために使うことのほうがメインだと、私は考えています。時には他人リーディングでさえ、自己活用の一環になる場合があるのです。

タロットに興味のある方、タロットを学びたい方は、改めて、何のために自分はタロットを学習するのか、その目的と意味も、考えてみるとよいでしょう。


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