迷った時に
タロットを使う決断
迷っていて、何かをはっきり決めたいという状態は、誰にでもあることですよね。
しかし、なかなか決まらない、決められない・・・これは自分の中に多数の回答が用意されているからとも言えます。
この前、選択については、大きな意味ではどの選択をしても間違いはないということ、また、その時の価値観やある特定のフィールド・次元によっては間違いと見なすこともあることは述べました。この記事です。
言い換えれば、「無数の次元における複数の自分」の選択に迷っていると表現してもよいでしょう。
このブログはマルセイユタロットをメインとしているものですので、迷った時にはタロットを使うことができることを述べておきます。
この場合、タロットにおいても、自分の選択の次元をどうするのかを決めておいたほうが読みやすい(判断しやすいでしょう)
次元を決めるということは的を絞るということです。「短期的にお金(収入・経済)を上げるのに、これをやってもよいかどうか?」「ここ一年でパートナーを得るには、この選択はありか?」みたいな絞り方です。
ただ、何も的を絞らず行った場合、これは私の考えですが、タロットはもっとも「善き」方向性、方法を示します。(実は的を絞ってもそれは象徴されています)
「もっとも善き」ということは、換言すれば「神性的(平たく言えば神様目線)」「長期的」な視点に近いです。あなたの総合的な人生・成長にとってどうか?みたいな観点ですね。
これは表面的・形式的・二元(良し悪し)的・局所的「良さ」ではありませんので、解読が難しいことがあります。
言わば、タロットに向かう人(読む人)自身にも真剣な姿勢や透明ともいえる態度が求められるのです。
タロットカードの象徴は、こうした次元の違いをすべて含んでの象徴ということもあり得ますので、読む側のアクセスする次元(価値観や的と言ってもいいでしょう)によっては、いかようにも読めてしまうことが、タロットを使う場合の選択の難しさかもしれません。
この問題を解決させるためには、ふたつの方法があります。
ひとつは前述したように、こちらから次元を絞ること、つまりリーディングするテーマや的を具体的にすることです。
そしてもうひとつは、タロット側の(象徴)次元を限定させてしまうことです。
これはどういうことかと言いますと、カードの意味を単純に決めてしまうやり方になります。
具体的には、よいカート・悪いカードみたいにおみくじのごとく、吉凶象徴を決めてから引くということがあるでしょうし、また、カードの正逆によって、いい・悪いを決めてしまうということもあるでしょう。
※通常リーディングでは、この方法はむしろ自分を縛ってしまうことになりますので、注意が必要です。
どちらにしても、何かを完全に決めたい場合は、強い決意で臨むことが重要です。
「あ、これは望んだものとは違うので、もう一回やってみよう、テヘ(笑)」みたいなことをしていると、結局わかけがわからなくなってしまうのです。(タロットを霊的なものと見た場合、あなたとタロットとの関係が崩れます)
どんな判定になろうと「受け入れる」という覚悟をもってカードを展開した時、必ず、タロットはあなたにわかりやすいものを提示してくれるでしょう。
これは本当はタロットの精霊とのコンタクトという霊的な側面があるのですが、そういうものを抜きにして考えても、自分が真剣になる、結果を受け入れるという心境になること自体、自らにクリアーな状態をもたらせ、自然に求める次元にフォーカスすることになるので、どんなタロット展開になったとしても、自分の中での解釈と回答が得やすくなると考えることができるのです。
タロットカードは自己流でも使えますが、この次元の違いの扱いや象徴ということが自分一人ではわかりにくいので、やはりきちんと学んだほうが扱いやすくなるでしょう。
選択の意味
さて今日のテーマは「恋人」カードや、その他を見ていて思った「選択」についてです。
人生においては、様々な選択のシーンが訪れます。
その度に人は迷い、時には苦しんだり、あるいはワクワクしたりします。ということは、「選択」そのものは感情の上下・起伏を創出させる、人生においての遊戯道具みたいなものだと言えます。
ここから想像すると、大局的には選択の内容そのものに意味はなく、選択させられる状況それこそが大切なものであると見ることができます。
これは、私が「恋人」カードを解説する時にお話する趣旨に近いものです。
とはいえ、選択によってその後人生が大きく変わることもあります。選択の内容にもやはり意味があるのではないかと誰しも考えます。
選択に意味がなかったりあったり、いったいどちらなんだ?と思いますよね。
それは、「選択」における次元の違いが、選択の意味を決めていると言ってもいいのではないかと思います。
どういうことかと言いますと、先述したように大局的・長期的スパン、もっと言えば「神」や「宇宙」的視点から見れば、選択の内容などほとんど意味がないとなってきます。
むしろ、先ほどのお話したように、「選択」の場面に立たされるシチュエーションこそに意味があると考えられるでしょう。
しかし、もっと次元を下げ、個人的な世界と短期的な時間枠の中で見ると、選択(選択肢)の内容と、その決断は多大な意味を持ってきます。
ということは、次元が低い視点では、その時の個人の思考・価値観によって、選択が間違えたとか合っていたということになるわけです。
その人が何を一番大事に思っているのか、また物事に対して評価する基準(自分の中の法律のようなもの)に叶っていたかどうか、これにより選択の正しさや間違い(と思うこと)が起きるのです。
マルセイユタロットで言えば、次元の低い「正義」的観点によって決まるということですね。
それから、自分の中の法律・ルール・価値だけではなく、人の価値観・ルール・評価によっても選択が良かったのか悪かったのかが決まる場合もあります。
特に自分自身より、他人の評価・世間体というものがとても気になるタイプの人には顕著です。
ただ、この場合は一番不幸とも言えます。なぜなら、人の評価基準など時やケースによって変わりますし(移ろいやすい)、そもそもが、あなたは他人のために生きているのですか?ということになるからです。
さらに自分の中の法律・価値基準で選択している場合でも、その基準自体もやがては変化する場合もあります。
すると、これまで正しかったと思っていた選択が間違いであったと変わることもあれば、その逆の、間違いであったと考えていたものが、間違いではなく、むしろ正しかった、良かったのだと思い直すこともできるのです。
そう、今までのあなたの次元やフィールドで留まっていれば、選択の基準や評価はほとんど変わりませんが、あなたが次元移行(考え方や経験の拡大、もしくは囚われの縮小)を果たせば、いくらでもそれは変化していくのです。
※()書きにもあるように、次元は上昇するだけとは限らず、下降もあって、自分の枠をキツくしてしまい、これまでより狭い考え方になることもあります。
といいうことは、やはり究極的には「選択」の正しさや誤りなどはないと言えます。
もしあるとすれば、今の次元におけるあなた、もしくは他人や組織・社会等(これらは実体があるようでないものです)の価値基準によって判断されるものだということです。
なお、マルセイユタロットの「正義」が表す基準は、私たちが普通に住み、意識するこのノーマルな世界とは違う霊的なもの(次元の異なるもの)なので、逆に言えば、私たちの生きている実際の世界で行う行為や選択の意味・重要度が、必ずしもほかの次元・世界と一致するものではないということになります。
しかしながら、当たり前ですが、あちらの世界の基準というものはわかりづらいです。(笑)
ですから言えることは、選択に悩むのもよいですが、選択のあと、結果が悪かった、間違っていたと思っても、それは今のこの世界とあなたの現時点での価値観での話であって、別の世界(そこにあなたもいるのです)ではそうでもないことはあるものだと思えれば、いつまでも選択に後悔し続けることは少なくなるでしょう。
マルセイユタロットをお持ちの方は、もう一度、「恋人」カードの絵柄の構成(三人とキューピッド)をよく見れば、色々なことに気がつくことでしょう。
リラックスと覚醒の関係
アイデアやインスピレーションが湧いてくる場所・状況というのは、リラックスしている時が多いと思いませんか?
肩の力が抜け、こだわりもなくなって、気持ちがよい状態の時にいいものが浮かぶということは、誰もが経験していることでしょう。
この理由はあまた書かれているので、今更、ここで指摘することはしません。
そこで、リラックスとアイデア、もっと言うと「気づき」や「浄化」「覚醒」についての関係を、別の角度で考えたいと思います。
リラックスした時、人がいい状態になるというのは先述したように、経験則で皆さんにも自覚できることですよね。
これを逆に考えますと、いい状態にするにはリラックスすることという、これまた当たり前のことになりますが、いい状態になれば気分もよくなり、アイデアやインスピレーションも浮かび、さらにはカンが冴えたり、何か思い悩んでいたことに回答が得られたりすることがあります。
ということは、リラックス状態によるフロー、もしくは中立状態・フラットな状態になっていて、自分の神性(あるいは高い次元)ともつながっていることでもあるといえます。
また言い方を換えると、リラックスするということは、自分の中にある別の知識層・感覚層・脳内ネットワーク、特殊な次元(別の自分・人格)へ移行する瞬間になりやすいということです。
いつもそのような状態であればいいのですが、おそらくそれでは現実生活では過ごしにくいのではないかと思います。もしくは、通常でずっとよい状態にならないための仕組みが、人間には埋め込まれていると見ます。(オートマチック機能がある)
しかし、気持ちの良い場所に行ったり、何かやり遂げた感があったり、お風呂に入ったり、その人なりの環境と行動の変化で、無駄な力(体と心の)が抜けたりして、よりフラットな状態になった時、「いい感じ」になります。
ところでスピリチュアルな世界では、よく「気づき」とか「覚醒」とか言いますが、このためには内なる浄化と変容が必要だと言われています。
それは心の鎖や思い込み、ネガティブな体験などの書き換えなどにつながります。
実はそういった作業は、「いい状態」になるためのバランスを図る(回復させる)ことを行っていると言えます。
つまり私たちは通常でもなかなかフラットというか、力の抜けた状態になりにくいのに、さらに自分で無駄な力やアンバランスな力学(心で特に)を働かせていて、もっと過剰な圧力ともいうべきものを自らにかけてしまって(無意識ではありますが)、ガチガチの状態で緊張しながら生きているようなものだと想像できるのです。
これでは気づきや成長どころか、(心や現実の)問題が生じるのは当たり前ですし、生きるのが簡単ではなく、つらくなります。
そのため、力がかかり過ぎていることに対してバランスを調整しないといけないのです。それは身体のこともありますが、たいていは心(記憶や考え方、認識)が主です。
まるで重しをつけて歩いているようなものなのですから、その状態で「リラックスせよ」といっても無理ですし、リラックスできないのですから、当然「いい状態」にもならず、気づきも覚醒も起きにくく、高次のメッセージも受け取りにくい状況になります。
ですから、霊的成長にも、あるいは幸せな自分になるためにも、まずは緊張している自分をリラックスさせるための、バランス回復や調整、浄化・除去・変換作業が必要なのです。
いわゆるそれは覚醒の準備ですが、実はそれ(準備作業)自体がもうかなりの成果となることがわかると思います。
簡単にいえば、リラックスできる状態を作りやすい自分にしていくということです。極端なことを言えば、リラックスできることであれば、何でもいいのですが、やはりリラックスしやすい自分になるためには、多様な考え方を受けて入れる技術、自分を縛っているものから解放させる学習・実践が効果的と言えます。
自分が遊んでいる時や、飲食している時、お風呂に入ったり、音楽を聴いている時のリラックスした状態を、そういうことをしなくても出現できるように持って行くということになりますが、そのためには、学びと浄化をしていくことが求められます。
また誰にでも簡単にできることと言えば、自分が迷った時や選択に困った時、回答がほしい場合は、自分が現時点でリラックスできる場所や時間、環境で答えを待つとよい思います。
それ(リラックス条件)は人によって違いますので、料理をしている時という人もあれば、それこそトイレをしている時(笑)という人もいるのです。
コツは無理に回答を求めようとせず、何となく気がかりなことを心にとめながらも、リラックスできるものに身をゆだねるという感じでしょうか。
タロットを引く時、リーディングする時も、集中しつつも、ふっと力を抜いて見ることがメッセージを受け取るコツのようなものになります。
救いや変化を求めている時
誰でも苦しい時、大変な時期というものはあると思います。
そんな時には通常の精神状態と思考プロセスが、環境あるいは肉体的な危機によって大きく変わっています。正確に言うとズレてしまっていると表現したほうがいいかもしれません。
いずれにしても、おかしい時にはおかしな考えや行動をしてしまうということです。特に苦しい時はそこから逃れたい、救ってほしい、脱出したいとい気持ちが強くなりますので、それが顕著と言えます。
当たり前と言えば当たり前なのですが、自分が苦しみの当事者になりますと、このことが簡単に抜け落ちてしまい、言わば別人格の自分になったかのような状態になります。
これまでの自分の経験と、人様の相談などで見たきたことで考えますと、苦しみからの脱却は、得てして突然起こるというものではなく、薄皮がはがれるが如く、あるいは水が少しずつ流れて行って、ついには空になるか、逆に流れてきて満杯になるかのように、まさに徐々に変わっていく、救われていくという印象が強いです。
気がつけば、あの苦しい状況・状態から脱していたのを自覚したという感じなのですね。
もちろん、例えば経済的に困っている時に、突然お金を貸してくれたり、融資したりしてくれる人・会社が現れたり、ふいに体の調子が悪い時に、すぐによい治療方法に偶然めぐり会ったりするというようなことはあります。
これにはいろいろな要因が考えられますが、自分の徳が積まれていたり、普段から高い見地にあって明るく生きている人であったりすると、その蓄積されているもの(資源)によって救われていると考えることができます。それは突然のように見えても、実はその人の歴史の財産であり、時間のかかっているものなのです。
ともあれ、総体的には、突如救われるというのは、宝くじに当たる的な幸運救済(見た目の)は少ないのではないかと思います。
このことから、急激に何かを変化させるということは、たとえスピードある効果が望めても、その分、リスクも非常に高いというのが一般的なことであると推測できます。(※ただし毒やウィルスへのワクチン・解毒剤投与の例など、適切で集中的な救済はスピードが増すこともあります)
心であれ経済状況であれ、よい方に変化させたい、自分を変えたいという人は多いでしょうが、やはりあまりに急な効果を期待したり、過剰な反応を望むのは、そもそもの物事の調和(リズム)からはずれているのかもしれません。
マルセイユタロットで、「救い」や「サポート」をもっとも象徴するカードに「節制」というカードがありますが、そこに描かれている天使は、二つの壺の水をゆっくり混ぜ合わせています。
ひとつ前の数を持つ「13」のカードとセットで見ますと、より意味もわかってきます。
すなわち、救済と変容には時間がかかること、あせらないこと、少しずつの変化がやがては大きな救い(進化・発展)になることを読むことができます。
最初にも述べましたように、苦しい時、心が混乱している時ほど思考もおかしなことになっていますので、人はすぐに楽にしてくれるもの(してくれる人)、効果がすぐに現れるもの(それをしてくれる人)などを強く求めます。
しかしそれにつけ込んで(つけ込まれて)、簡単に見つかる方法というものが出てきたとしても、その多くは偽薬であったり劇薬であったりすることが多いのです。
ただし、ゆっくりが大切かもしれませんが、効果があまりにないもの、時間がかかり過ぎるのも問題であり、本当によいものは尻上がりと言いますか、上昇曲線を描いてよい変化を起こさせます。効果が長期間得られない場合、その方法が悪いというのではなく、あなたの救いには合っていないという相性・質の問題もあります。
そして変化には「ポイント」というものがあります。
あるところまで行ってもその後はなかなか上昇しないという地点で、しかしそれを越えれば急激にアップして行くというポイントです。
そこまでの辛抱と言いますか、待てるかどうかが文字通り、重要な「ポイント」となるわけです。
くよくよ悩むことで失われるもの。
一般的に、くよくよしたり、取り越し苦労したりして思い悩むとよくないと言われます。
私自身も、もともとそういう思い悩む傾向がありました。
しかし、タロットや精神・心理の学びをすることによって、だいぶん改善されましたし、その仕組みやメカニズムなども分析するようになってきました。
そこでわかってきたことは、単純にエネルギーの無駄使いになるからよくないということです。
そんなことは誰でもわかるよとおっしゃるかもしれません。まあ、その通りですね。(笑)
ただそのエネルギーの本質が、マルセイユタロットで言えば、「女帝」や「13」、また「力」や「悪魔」などとも関係するものであり、言い換えれば創造性や生命力とも関連するということは、あまり意識されていないことだと思います。
「思い悩む」ということは、実は精神の世界ではその「思い」の創造(想像が創造)を行っていることになり、それだけ何らかの思念エネルギーを使っていることでもあります。
おそらくそうしたエネルギーは、本来、人には無限にあるものと考えられるのですが、それは宇宙や自然といった、私たちの存在を包み込む大きな空間とつながっていることが意識できている人にはそうであると言えますが、通常は遮断されたような感覚となり、限界したものになっていると考えられます。
わかりやすく言えば、宇宙と一体化したような感覚のある人は無限のエネルギーを使えますが、普通の人は自分の思う「自分」という範囲内で限界設定しているということです。
もっと言えば、一般の人は通常、創造エネルギーの容量に限度がある(個人差はあります)ということです。
従って、「ああだ、こうだ」とくよくよ悩むことは、エネルギーの無駄使いとなり、あまりやり過ぎているとガス欠のようになって、そもそもの生命を維持するエネルギーも不足してくることになります。
こうなると、本当に体か心の何らかの病気となってしまうこともありえます。
実はこのエネルギーの扱いは、マルセイユタロットの「運命の輪」と、先述した「力」にも関係し、つまりは自分の運命・運勢にも影響が及ぶことになります。
シンプルに言えば、エネルギーを無駄に使いすぎると自分の運が悪くなった状態になってきます。
ということで、やはり悩み過ぎるのはよくないと言えましょう。
ではどうすればよいのかということです。
それは「悩む」ことの本質を見ることです。
結局のところ、「悩む」ということは、現状では選択できないとか、解決策が見つからない、わからないということです。
であれば、今の自分を超えることで解決されます。
今の自分を超えるとは、具体的には現状の自分の思考・知識・行動パターンを変えることですが、そのアイデアを持つ自分に移行させることが先決です。
すると、自分自身で移行させるか、他人(または外部環境)によって移行させてもらうかになります。
前者は情報収集や学習、自己の行動よる環境の変化ということになるでしょうし、後者は他人、特にその悩み事のテーマの専門家などに相談したり、強制的な外部からの介入だったりするということになるでしょう。
つまり、自分自身でレベルを上げるか、フィールドを変えるか、あるいは、自分よりレベルが上であったりフィールド(分野・場所)が異なったりする人からの救済(引き上げ)の方法が存在するということです。
いずれにしても、どちらもせず、ただ現状レベルの自分のままでくよくよしたり、あれこれ考えていたり(堂々巡り的なもの)していても、解決にはならないことがわかります。
ただし悩みをずっとし続けていくと、ある瞬間に爆発したり、インスピレーションが降りてくることもありますので、必ずしも無駄とは言えません。しかし、その多くはたいてい、その思い悩むことに対して積極的になったり、必死になったりした時です。
後ろ向きの漫然とした「くよくよ」的なものでは、いい意味での爆発は起こらず、エネルギーを消費していくだけに終わりがちです。
タロットカードを使うことは、自分で移行させるひとつの方法ですし、また他人にリーディングしてもらうことは、自分でできにくい次元移行を、より簡単にする方策でもあります。
タロット使う人は、「タロットを使って何をしているのか」を今一度、自覚してみるとよいでしょう。
