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小アルカナとシンプルな選択方法

タロットは何かを決める時には、よく使用されます。

タロットリーディングの問いにおいて、決め事(迷いからの選択)の相談は、かなりポピュラーと言えましょう。

もっとも、前にも書きましたが、私自身は、決め事にタロットを活用することがほとんどありません。その理由は、それにあまり意味がないことを知ったからです。

意味がないというのは語弊がありますね。ここでの「意味」とは、自分自身(私)における意味ということで、意義に近いものです。

日常生活での何かの選択というレベルでは、私が求めているタロット活用とは異なるのです。しかし一般的には意味があると言え、人によっては結構重要なことにもなります。

さて、タロットというのは、伝統的なスタイルを持つものは、普通、78枚を一組にして、大アルカナと小アルカナと呼ばれるパートに分かれています。

このうち、小アルカナは56枚あり、コンセプトとして、4つの組に分類できるようになっています。すなわち、剣・杯・杖・玉(一般的にはソード・カップ・ワンド・コインと英語で呼称)の4つです。

大アルカナと小アルカナでは、扱う(象徴する)レベル・範疇が異なります。

マルセイユタロットの場合、特に小アルカナの数カードは、他とは絵柄が違い、シンプルで記号的なデザインになっています。

そのため、かえって、小アルカナのコンセプト、4組がわかりやすくなっており、見た目ですぐに違いの判断ができます。

ただし、「剣」と「杖」の組は、一見よく似ているので、初心者は間違うこともあるでしょうが、その特徴をつかめば、分けるのは視覚的にも簡単になってきます。

もし、マルセイユタロットのデザインに意図があるとすれば(私は意図があると考えていますが)、わざと4組がわかりやすいようにデザインされていると見ることも可能です。

ということは、数カードは、特に4組を意識して使うものという解釈もできます。

さて、最初の決め事や選択の話に戻ります。

何かの選択(肢)で迷っている場合、意外に大アルカナでは判断しづらいことがあります。

それは、大アルカナの絵柄が絵画的に描かれているため、一枚一枚が色々なもの(意味)に見えてきますし、ましてや複数枚ともなれば、相反する意味やニュアンスが読み取れることもあり、いったいどっちなのか?、どれがよいのか?と、かえって迷ってしまうわけです。

こうしたことを防いだり、もっと単純に選んだりしたい場合、小アルカナの4組のコンセプトを利用し、それが如実に表現されている数カードを使うとよいわけです。

さらに言えば、数カードの中でも、絵も使って、4組の特質をもっとも表している「1」(エース)のカード4枚だけでも十分、選択に使えます。

やり方は、極めて簡単、自分が迷っていることに対して、何をもっとも重視して選べばよいか?と思って、数カードエース4枚をシャフルして一枚出します。

当然、剣・杯・杖・玉のうちのどれかになります。

「剣」は、合理的なこと、客観的情報判断、「杯」は気持ちが満足、落ち着くこと、「杖」は行動、移動の観点、使命感によるもの、「玉」は経済的、実質的なこと、などをポイントとします。

例えば、「剣」は口コミとか他の情報、事例も加味して合理的なものを選択、「杯」はとにかく自分の気持ちが満足、納得することで判断、「杖」はやりたいことをする、行きたいところに行く、使命・情熱的なもので判断、「玉」が出たらリーズナブル、経済的に得なほうでの判断、などです。

一般的に、「杯」と「杖」は同じ「気持ち」的なことが絡むので、単純に分けられないかもしれませんが、「杯」は満たす、ひたる満足感であり、あまり動きがないのに対し、「杖」は動きがありその満足感は、目標に向かって進んだり、プロジェクトなどを通したりして、生きがい、やりがいを味わう(味わっている)ことで得られる類のものです。

よって「杖」の場合は、「杯」のように、必ずしも心が潤う、満たされるというものではなく、やっていること、選んだことに誇りとか情熱が持て、むしろ作業中の過程的なものに満足している(燃えている)ようなものと言えます。

あそこに行くのが目的で、それそのものが楽しいと思う「杖」と、あそこに行けば落ち着く、満たされる「杯」というものとの違いですね。

こうして4組、数カードを使えば、意外に迷っていたこともシンプルに片が付く場合があります。

この方法は、実は「決まる(決める)」以外にも、自分がいつも何を重視していたのかもわかり、自身の選択の傾向も見えてきます。

4組は現実生活のレベルにあり、だからこそ、小アルカナは実生活で役立てられるものです。なぜかと言えば、現実(生活)は分離された世界観の中にあるからで、それを西洋的に、古くから4つの分離された(ように見える)エネルギー、性質としてとらえてきたのです。

分離されているからこそ違いがあり、変化も見えます。まさに色々な世界なのです。ですから、迷いが出るのも当然です。

大アルカナ的には、その迷いや違いの世界にいることを認識して、統合的観点を持ちましょう、となってくるのですが、それでは、現実的にうまく適応しない場合があります。

現実世界は、言い方を変えれば限定的世界であり、その限定において、効率と良し悪しの価値観は生まれます。これを無視して、スピリチュアルな統合観点のみで現実世界を判断すると、無理が生じます。

そのため、タロットは小アルカナの世界を用意してくれていると考えられます。小アルカナを活用するのも、(実生活における)タロットの役立て方のひとつと言えましょう。


質問なきタロットリーディング

タロットリーディングには、いろいろな方法があります。

展開法、いわゆるスプレッドの種類もたくさんあるので、それを変えてみると、同じ問いでも、違った角度から見ることが可能です。

※もっとも、同じ問いで何度もタロットを展開するのは、基本的にはタブーとされ、まずいところがあります。しかし、必ずしも、同じ問いで複数回以上展開することがダメということでもありません。それには、あることをきちんと理解していればの話です。それは講座等でお話しています。

また、タロット側ではなく、問いをするほう、つまり人間側が工夫することによって、リーディングを変えることもできます。

普通は、何か問いがあってタロットを展開し、リーディングするわけですが、これとは違い、最初から何も問いを想定しないまま、展開してみるという形があります。

これはノーマルなリーディングの方向とは逆のもので、言ってみれば、タロットを展開してから、自分の問いたかった(知りたかった)内容を読み取る(タロットから気づく)という方式になります。

ところで、タロットと質問というテーマにおいて、大きく分けて、ふたつのタイプがあると思います。

ひとつは、きちんと質問(問い)を設定してから、リーディングするもの。

そして、もうひとつは、質問は漠然としたものでもよいとして、リーディングするもの。

要するに、タロットリーディングにおいて、具体的で詳細な質問を設定するのか、質問自体は大まかでよいとするのかの違いです。

私自身は、初歩的・初級的な段階では前者を勧め、リーディングに慣れてくると、後者を許容するように説明しています。(本当は、時と場合により決まって来るのですが、今はそれについてはふれません)

深いリーディングの場合、クライアントが最初に質問だと思っていたものでも、タロットを展開し、タロットリーダーと一緒になって考えていく過程で、初めにしていた問いとは違っていたということはよくあるものです。

ですが、初めから明確な悩みとか質問が決まっていて、その答えが欲しくてタロットリーディングを行う場合、やはり質問は途中も変わらず、具体的になりますし、そうしたほうが、タロットリーダー(側)も読みやすい(答えやすい)ことがあります。

※これは余談ですが、人間、悩みが多いように思われていますが、意外に、数のうえでは少ないのです。試しに悩みや心配事を書き出してみればわかります。一見、たくさんあるように見えて、本質的には同じようなグループに分けられ、おそらく本当の悩みは数個、本質的にはほぼひとつになってくるものです。問題は、悩みの数ではなく、その悩みが深いか、ずっと続いているものなのか、同じようなことを繰り返しているかなどのほうです。こういったことからも、人間の問いとか悩みというのは、様々な形を持っているものだということに気がつかされます。

話を元に戻しますが、前記、ふたつのタイプの後者、質問は大まかにやっていくタイプが最終的に行き着くのは、最初から質問はいらないという方法です。

マイナス的な悩みではなく、どう生きればよいのかとか、何か人生での大きな目標みたいなものを知りたいという時、それ自体は確かに質問ではありますが、実はあってなきようなもので、むしろ、こういう場合は、質問はなしで、タロットを展開してから、どんな象徴性が出たのかを見ていくほうが有意義なこともあります。

これは、自分ひとり(セルフリーディング)でも、できないことはないのですが、やはり、他者視点があったほうが気づきも得やすいので、自分がクライアントになって、他者にリーディングしてもらったほうがいいでしょう。

タロットリーディングにおいて、客観性は重要ですが、厳密な意味でリーディングの性質に客観はなく、どうしてもリーダーなり、クライアントなりの主観で判断されます。

このことが逆に、質問や問いがなくても、結局、タロット展開に立ち会っている人(つまりはクライアント・タロットリーダー)の何らかの関心とか思いが読み取れることにつながります。

それは、自分自身では普段意識していないこととか、忘れていたこともあり得ます。人は無意識的には、おそらくすべて記憶しており、タロットリーディングを機会に、そういった無意識層のものが浮上することがあります。

意識している部分ではなおさらで、もっと明確にタロットに投影なり、トリガーなりで、引き出されてきます。

こうして、たとえ質問がなくても、自分に関係していることはタロットから導き出され、リーディングの形式が成立することがあるわけです。

さて、ここで思いつきましたが、もし希望される人があれば、この質問(問い)なきリーディングを体験(クライアント体験)してもらおうかと存じます。コメントなどで反応があれば、いずれそういった会の企画を考えたいと思います。


マルセイユタロット、太陽系意識

マルセイユタロット、特に大アルカナは、自分自身に(他者に対しての場合もあります)気づきを連続でもたらしてくれるカードだと言えます。

まずは、カード一枚一枚の象徴を学ぶ必要がありますが、一通り学習したあとは、各々のレベルや状態によって、気づきがやってくる、あるいは、自ら発見をしていくという形になります。

ですから、基本の知識を入れたあとからが、タロットより学ぶことの本番というわけです。

基本の知識というのは、普遍的・元型的なもので、いわば、誰にもあてはまるような全体的・抽象的意味が多いです。

それでも、タロットカードの面白いところは、個人的にも示唆を与えるということなのです。換言すれば、その人でしかわからない意味とか、教えが出て来るということです。

そして、最初に学んだ全体的・共通的ともいえる意味と重ね合わせて、私たちが個人として生かされている部分と、それが実は全体性とつながり、発展とも関係していることを知って、図形的には円のような感覚・思想が形成されてくる仕組みになっています。

そこで、見方を変えますと(反転させますと)、私たちは新たに気づきとか発見を行っているのではなく、もともと知っていた(あったもの)を思い出す、復活させていたということにもなるのです。

マルセイユタロットの大アルカナ、20の数の「審判」には、復活という意味もありますが、もし、大アルカナの数の順に成長や発展がもたらされるという説を採り入れるのなら、まさに、21という大アルカナ最後の数のカード「世界」の直前で、完全に復活する(思い出す)状態になったことを表していると考えられます。

ただし、最初にも述べたように、タロットカードの象徴性を知るための基本の学習は必須です。それがあって、個別的な気づきもカードから得られるのです。

しかも、個別性と全体性が、システマチックに機能し、配置されている整合性や緻密性がないと、個人と全体の統合への示唆も困難と言えます。それがマルセイユタロットにはあります。

マルセイユタロットが、ある種、この世界の縮図モデルのようなものを描いているとすれば、この世界そのものが、一見、デタラメ、無意味のように思えていて、実はすべてに意味があるのではと感じて来るので、マルセイユタロットも、そのようにできており、やはり高次の設計に基づいていると想定できます。

まあ、あくまで、この世界に意味はなく、ランダム・無秩序な世界であると信じるのなら、(マルセイユ)タロットとこの世界を比較する意味もないわけですが。

しかし、この世界(宇宙)には、例えば物理法則のような、何らかの法則・秩序があることは、一般的に知られています。さらに、私たちがまだ知り得ていないものもあるでしょう。

あくまで、私たちの今の認識レベルが、それ止まりだから法則が理解できず意味のない世界だと誤解している可能性があります。

認識レベルが高度になれば、まだわかってない(知り得ていない)法則やルールというものがわかってきて、理不尽でしかないと思えた運命というものでさえも、見事に規則正しいものであったとわかる日がくるのかもしれません。

ただ、それでは、人生の面白さもほとんどなくなってしまうでしょう。

知らないことは怖さとか不安もある反面、未知部分が残されていると、非常に魅力的で冒険の余地があり、楽しさも生まれます。

そうすると、私たちが生まれて来る理由も、言い方は悪いですが、ゲームのようなものと言えるのかもしれません。

高度なゲームになればなるほど、一筋縄では解き明かせないゲーム設定・ルールがあり、ゲームをしながら、ゲームのルールを解明していくことも同時に楽しめる仕組みになると思われます。

創作ストーリーでもよく言われますが、作者を超える設定はできないというものがあります。

それにならえば、もし、マルセイユタロットが何らかの世界や宇宙の法則を描いていると言っても、それは創作者(たち)を超えたレベルは描けていないことになります。

とはいえ、創作者が相当高度な者(たち)だとすれば、私たちが何とか届きそうなレベルの可能性を、あえて示していることも考えられます。

さきほど、大アルカナの数順に(真の)復活が近づく、すなわち完成していくという話をしましたが、数の大きいカードには、星とか月とか太陽とか天体が描かれています。

ということは、星々、惑星の世界が、私たちにとって高いレベルの世界であると考えることもできます。

占星術的には、天球の世界です。しかし、古典占星術とか伝説的な話には、惑星を超えた世界の話もあります。

推測ですが、もしかすると、大アルカナの最後、21「世界」のカードに到達したとしても、それは星々の世界、もっと具体的に言いますと、太陽系の範囲内をやっと超えるレベルなのかもしれません。

とはいえ、それは大変な次元の上昇とも考えられます。

現実的には、私たちはせいぜい太陽は別として、地球と月しか意識しない世界にいますから、太陽系を超えるということは、壮大な意識の拡大になります。

これは、物理的な距離からみた宇宙の話ではなく、「太陽系」をひとつの象徴や、ひとまとまりのシステムのようにとらえてみる話です。

要するに、私たちの意識は、太陽系の中(範囲)に閉じ込められており、その解放、拡大が言われているのではないかということです。

たぶん占星術をやっている人には、感覚的にも体験してくると思いますが、惑星それぞれの単位時間とか知覚というものがあるはずです。

地球を中心として、月、水星、金星的なものが近いですから、こうしたものは、より身近で強く感じることでしょう。

それが火星、木星、土星、さらには、トランスサタニアンを入れると、天王星、海王星、冥王星と続きます。遠いものは、それだけ希薄に感じるかもしれませんが、逆に言うと、本当は強く、私たちの通常意識を超えさせる何かをもっていると言えます。

物理的な距離の話ではないと言っておきながら、惑星の距離からの影響を述べているのは矛盾しますが、私が言いたいのは、物理的な感覚だけでとらえてはならないということです。あくまで象徴として見るわけです。

このように見てきますと、あまりに現実・個人レベルでタロットを使っていくと、もったいないということがわかります。

太陽系意識を超えることがひとつの目標であるならば、私たちは、包括(統合)した拡大的な意識を持っていく必要があります。

共有感覚を養うというのも、そのきっかけになるでしょう。ですから、ふたつの壺の水を混ぜ合わせている節制」が、数からしても、重要な位置にいるのです。

ところが、その前に「13」というカードがあり、後ろには15「悪魔」というカードもあります。

このふたつは自我に大きく関わってきます。

統合的・霊的な成長を図っていくためには、いきなり全体性へ飛ぶのは危険で、自我の確固とした構築が重要になってきます。

自分というものがなければ、全体性の中で見失い、自己犠牲や、ただの組織の歯車になりかねません。

ゲームにおいても、巨大なラスボスに挑むには、自分の特徴・特技を知って、さらに自分にはない特質を持つ他人と協力し合って、はじめて倒すことが可能になってきます。

真理の解明(というゲーム)でも同様でしょう。

マルセイユタロットの大アルカナの流れには、自我の確立、破壊、再構築、全体への帰納と拡大みたいなものが描かれています。

やはり、マルセイユタロットは、私たちの霊的な覚醒と発展を期しているものだと、何度見ても、私自身は思うところです。


セルフリーディングのコツや方法

タロットの活用の大きな面に、タロットリーディングというものがあります。

タロットでビジネスを考えている人は、タロットを引いて、他人に困っていることや悩んでいることのアドバイスを行うというスタイルがあり、そのほとんどがタロットリーディング、タロット占い、タロットコーチングというようなものになっているでしょう。

話しはずれますが、これから先、タロットを使ったビジネスという意味では、ほかの方法も出て来ると思いますし、それを考える事がビジネスチャンスになるのかもしれません。

もっとも、私自身は、(拡大・成功)ビジネス的なものにはほとんど関心がないので、お布施的(苦笑)にいただく形で、タロットをやっているところではあります。

ともあれ、ビジネス(営業)的にタロットリーディングをしようとすると、どうしても対人リーディングになりますが、一方で、純粋に自分自身に活用したい場合、リーディングはセルフとなり、自分の問題をタロットで引いて読み、何か決断したり、指針をもらったりします。

占いのケースでは、自己(自分)占いとなり、占い世界ではよく言われることですが、自分占いはなかなか難しく、だからプロの占い師でも、他人に占ってもらうということがあります。

タロットリーディングでも同様で、自分でリーディングするのは困難な場合があります。

その理由は、自分事なので客観的に読みにくいというのが最大のものでしょう。

特に、自分の問いでも、重要で関心が深いものほど難しくなります。また、自分以外にも身内とかパートナー、恋愛相手のことなどになると、これまた素直には読めないケースがあります。

つまりは、主観、自分の気持ちが入り過ぎるほど、タロットリーディングは難しくなるという仕組みです。

ということは、逆に言えば、自分のことでも、より客観的になれる方法を取ればいいわけです。

これが理解できれば、セルフリーディングのコツや方法は、タロットを学習して他人を読むことができる人ならば、自分で何とかすることが可能でしょう。

私から少し紹介しますと、

1.タロットに明確な意味を最初から付与しておく方法

2.正立のみの展開で、その象徴性で純粋に判断する方法

3.リビジョン的なリーディングで行う方法

を挙げておきます。

1は、特に決断を要する時に使えるもので、引くタロットに、最初からそれぞれに良し悪しのランクとか、意味をつけておくというものです。まあ吉凶占い、おみくじに近いです。

初めからタロットの意味に良し悪しのランクを付けているわけですから、引くと一目瞭然、いいカードが出ればOK、悪いカードが出ればダメみたいなことがわかりやすいです。

2は、なまじ正逆の位置を取るから、余計判断に迷うということがあるため、ならば正立しか出さない展開法を採用して、正立のみで解釈するというやり方です。

正立ですから、変に逆向きの読みでよくありがちな、ネガティブなことが排除されやすく、自然とポジティブか中立的に読むことが可能になります。

セルフリーディングの場合、極度に悲観的、ネガティブに読むことがあり、それを避けることで、かえって中立的になるので、客観性が出るのです。

というのは、問題や問いというものは、だいたい、ネガティブなものと関係したり、そういう発想がよぎりがちになったりするので、少々ポジティブに読むほうが、中立性に近くなるケースが多いと考えられるからです。

3は、普通、タロットリーディングというのは、質問があって、その問いに関係した意味とか内容を、タロットに当てはめて解釈するのですが、リビジョンリーディングの場合、これとは逆で、タロットから自分に向けて問う(タロットから問われる)という形になります。

言わば、タロットのテーマ化、あるいは人間化で、一枚一枚が、そのカードに適した性格の人間だと思って、そのタロット人間(精霊としてもよい)から自分が何か言われていると思うようにします。

たとえ、自分に問いがあっても、その問いよりも、タロットから向けられる感覚(想像上のコミュニケーション)とでもいうもの、または、そのタロットカードそのものにあるテーマが重視され、結局、自分の質問より、タロット自体を中心にすることで、まるでタロットと会話するかのようになり、やがて自分の持っていた問いに対する答えもわかってくるという形になります。

ほかの方法も、もちろん考えられますし、上記で記した方法の、それぞれの具体的やり方なども、講座で話しております。

今回ご紹介したものは、マルセイユタロット以外でも、あるいは、タロットカードとは別のカードであっても、カードに意味を解釈することができるものであれば、有効になります。

タロットをある程度学び、使われている方ならば、今日述べたことをヒントにすれば、セルフリーディングはオリジナルな形でも、きっと可能になるでしょう。お試しください。

まあ、逆説的になりますが、長年、タロットをやってますと、最終的には、自分自身のことで、何かをタロットで決めようとは思わなくなってくるのが不思議なところです。それについては、またいつか書いてみたいと思います。


タロットの活用 雑記

しばらくコロナ罹患とその後遺症でブログを休載しておりました。

その間は、あまり頭が回らない感じでした。思考停止というようなものに近い感覚です。

マルセイユタロットでは、「吊るし」の印象が出てきます。

その間、「結局、タロットを使って何ができるのか?」ということに、変な言い方ですが、考えずに考えていました。(深く思考せずに思い続けていたという状態)

おりしも、ChatGPTなど、AIの一般使いも始まり、よい機会ですので、試しにタロット関連の質問やリーディングなど、ChatGPTでやってみました。

すると、ほとんど簡単なリーディングはできることがわかりました。情報を与えれば、マルセイユタロットのリーディングでも、そこそこできていたのには、予想はしていましだか、少し驚きました。

知識的なことでは、間違いも結構ありましたが、それも蓄積・修正されて行けば問題なくなっていくでしょう。

まあ、占いの世界では、コンピューターにやらせるというのは大分前からありましたし、今もサイトで自動的に占ってくれるところは結構ありますよね。

こういうものは、もちろんデータに基づいているわけですが、「占い」は「統計」だと言ってる人には、まさに機械が占うのと同じになり、むしろビッグデータを簡単に扱えるAIだと、人間以上の占いができることになります。

しかし、占いも象徴の世界であるので、データだけで読むものとは異なるのです。AIが、象徴を人間のように理解できるのか、そこはこれから見てみたいところではあります。

話しを戻しますが、タロットでできることと言えば、主としてリーディングがあるわけですが、それも今述べたようにAIによって代替させることができ、タロットの役割、活用というのもこれから先、変わって行ったり、はたまたなくなっていったりする可能性もある気がします。

そもそも、悩み事や選択の迷いをタロットで解決するということも、問題自体、AIで解決を提案してくれるように、おそらくこれからはなるでしょうから、問題解決でのタロット使い(活用)も怪しいものです。

ほかに、一見、交わることのないと思える、AIと魔術やサイキックの世界も、実は非常によく似ているのではないかと思うところもあり、それは宗教にも言えます。

ですから、タロットの活用で、霊的(成長)ツールとしての部分でも、まかり間違えば、AIの創り出す世界に没入させられる(勘違い、幻想に囚われる)おそれもあるかもしれません。

要は、何が本物で、何が偽物かの区別が、ますますつきにくくなって来るわけです。

そもそも本物とは何か?という定義も、かなり難しく、あいまいになっていくように思います。

小説・アニメ「化物語」では、偽物を自負する「貝木」というキャラが登場しますが、彼の言葉に「真実を知りたければまず嘘を知れ」というのがあり、嘘や偽物の氾濫も、実は真実に近づくための過程なのかもしれません。

ともあれ、タロットをどう活用していくのかは、今後、私にとっても新たな課題だと考えています。もちろん、従来の活用法が悪いわけでも、時代遅れというわけでもなく、必要性は当面あると思います。

ただやはり、前々から思っていましたが、他人使いというより、自分使いにシフトしたり、パートナー的な、一種の人間的なカードとして意味づけられていったりするように、変化していくのではないかという考えもあります。

またAIの進歩により、これまで解明されてこなかった部分とか、一般的には価値が見いだせなかったところにも光が当てられ、タロット、特にマルセイユタロットの新たな価値が生み出されてくる(というより、再発見というのに近いでしょうか)可能性もあるでしょう。

今でも創造性の発露・刺激として、マルセイユタロットは大いに活用できるものですが、もっとその根源に行きつくような、いわば天使の梯子(霊と肉の架け橋)のようなものがタロットを通して見えて来ることも、これから期待できるかもしれません。

そう、私たちが、象徴的には天使階層に人間から飛翔していく「運命の輪」が、今後、上昇方向に回転していくという例えでも表せるでしょう。

ただし、一歩違えば、人間が「運命の輪」の「輪っか」のようにマシーン化したり、輪に中に描かれている、動物二匹のような状態に堕落、もしくは固定してしまうおそれも、一方ではあるようにも思います。

結局、タロット活用においても、何を目指すのか、どうなりたいのか、何がしたいのかという、一人一人の意識によって変わって来るものなのでしょう。

それがわからない場合でも、タロットとともに探すことも可能です。

さらに言えば、(マルセイユ)タロットは、ある道筋を示していますが、それに合わない人、そのような望みがない者は、たぶん違和感を覚えたり、自分らしさも、タロットを使ったとしても、わかりづらかったりする仕組みがあるように思います。

つまるところ、タロットも、ある種の情報・形のようなところがあり、そことリンクする(共鳴する)かしないかによって、タロットの価値・無価値が、人によって決まってくるとも言えます。


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