ブログ
場所の再訪問による浄化と充電効果
タロットリーディングというものは、個人の皆様を相手に、その方のまさに個人相談をするわけですが、不思議なことに、ある共通のパターンやほかの人との類似点のようなものを見い出せることがあります。
ところで、パターン化というものは、何でもそうですが長所と欠点を併せ持ちます。
よいところは、普遍化・標準化できるので、その対象物を理解しやすくなるということですね。また教えたり、伝えたりするのにも便利です。
「これはAタイプ、こちらはBタイプだな」という具合にです。
しかし、あまりにタイプやパターンを当てはめすぎると、それ以外の個別・特種ケースを見逃すことになり、さらには画一的なモノの見方に陥って、結局「パターン」という、文字通り「型」通りしか考察できない思考になる恐れがあります。
タロットリーディングでの相談においても同じで、パターンによって相談類型を意識したり、把握したりすることは大事でも、基本は相談とは個別であり、一人として本当は同じ悩みなどないと思っているほうがよいです。
さて、実は今日の話題はそのことを述べたいわけではなく、このパターンによって出てきたひとつの「型」をお伝えしたいというものです。
それは「思い出の地の訪問による浄化(もしくは充電)作用」という「型」「パターン」です。
自分の人生において、トラウマほどではないにしても、何か思いを残してしまっている場所・土地というものが人にはあります。多くは故郷とか育った場所、赴任先というようなものでしょうか。
そこには「よい思い出」のこともあれば、そうではないこともあります。
特に後者(あまりよくない思い出)は、普段は心の奥底にしまわれ出てきませんが、何かの問題の拍子に、象徴的に浮上してくることがあるのです。
たとえば、恋愛や結構の時に、どうしても踏み切れないとか前に進めないとかの気持ちになって、不安に思っていると、それは過去(の場所)において、「心的」に未処理だった恋愛問題が隠されていたというようなことです。
実際は終わっているのですが、自分の中の「思い」、「儀式」として終わっていないというような感じですね。
そういう場合、自分が恋愛していた時の印象的な場所などに行ってみるというのも効果があるのです。
それは実際に訪問することで、時の流れを肌で感じたり(別の景色になっていたりすることで)、またたとえ、ほとんどその当時のままであったとしても、心のシーンで、続きの映像を早送りのような形で見ることができるからです。
そして「今のあなた」まで時を進めることができます。
この時、もうあなたは昔のあなたではなく、過去のことを思い出として浄化し、その経験に感謝できるでしょう。少し供養や墓参りに似ているところがあります。
時間というのは不思議なもので、現実の時間と、その他たくさんの種類の「時(とき)」が存在します。
あなたの中にも、当時の時と世界がやはり残っており、それはあなた自身が止めていることもあるのです。それを動かしに行くのです。
もちろん現実に訪問しなくてもイメージでもできますが、ここやはり、程よくリアリティがあったほうが、効果の度合いも違ってくるのです。
これはネガティブなことの処理や浄化の場合ですが、逆にポジティブな思い出を利用するこてともできます。
自分にとって良かった時代、とても自らが楽しく輝いていた所に行くという方法です。
これは時を進めるというより、反対にその時の中にしばし自分が浸り、喜びの波動を再び自分に転写するというようなイメージです。
こうして勇気や力を今の自分に与えることも可能になります。
いずれにしても、浄化や充電という形で、思い出の地の再訪問というのは時に効果があります。
このパターンが、タロットリーディングの経験から、何度か出てきていましたので、皆様にご紹介してみました。
「自分探し」から「自分出し」へ。
この前、ある人と話していますと、面白い言葉が出てきました。
それは「自分出し」という言葉です。
実はその方は、誰もが行うように、昔はよく「自分探し」をしていらっしゃったようなのです。
しかし、次第に今は、自分らしさを出す、まさに「自分出し」ということに集中されているようです。
ひと頃、いや今でも流行っているのかもしれませんが、「自分探し」をしている人は少なくありません。
これには私は否定も肯定もしません。いや、むしろどちらかと言えば、今は肯定派でしょうか。
それは私自身も「自分を探してきた」経緯があるからです。自分が見つかったのかどうかと言えば、「見つける見つからない、その観点から脱却した」ということが、「見つけた宝物」かもしれません。
ですから、いずれにしろ、「探す」というのはプロセスとして大切だと感じています。
ところで、「自分探し」には否定的な人もいます。
曰く、「自分など探しても見つからない」 あるいは、「自分はそもそも探すものではなく、自分であることを認めることである」など・・です。あ、ちなみに後者の言葉は、今私が作りましたが(笑)、似たようなことを述べている方もいますよね。
そう、私も実は否定派になることもあったのです。このように、人はいろいろとその時その時の感じ方で変わることがあるものです。
そして、自分探し否定派の人も肯定派の人も、つまるところ、「自分」というものをテーマにしているということでは同じであり、見方が異なるだけなのだと気がつきます。
だからこそ、「自分出し」という発想も面白いのです。
自分探しをして、自分を発見するのもいいでしょうし、見つからなければそれもよいのです。
あなたは実は単一ではなく、たくさんの人格・パターンで形成されているものであり、見つけても見つけても、また出てくる可能性もあるのです。
自分らしさというものは、もしかすると、ずっとわからないものかもしれません。
ただ、言えるのは、素直に自分を出してみることにチャレンジするのも、また楽しいことではないかということです。
本当の自分は何のなのかとつきつめる必要はなく、その時その時のフィーリング・周囲や社会的常識などで縛られない、有りのままの感じを出せる時に出してみる、そういう取り組み方でよいのではないかと思います。
それには、最初に出た人も述べていましたが、環境や出す(出せる)相手も大切です。
自分が素直に気持ちを表現できる友人やパートナーがいればいいわけですし、そういう人がいない場合でも、気持ちが落ち着いたり、偽りではない素の自分がよく出せたりする好きな場所に行けばよいでしょう。
また環境や人に頼るのではなく、自分の心のとらわれをばすしていくワーク、考え方を採り入れるなどもひとつの方法です。これは内から「自分を出しやすくする」やり方ですね。タロット学習もその一助になるでしょう。
自分探しが一段落ついたら、今度は自分(らしさ、自分の気持ち)を出す、「自分出し」に挑戦してみましょう。
あ、一言追加しておきますと、「自分出し」にはパートナーのいる「恋愛」が一番効果が高いように感じるでしょうが、これも両刃の剣で、相手に気に入られようと自分を変えての「自分出し」は「自分出し」とは言えず、「自分縛り」ですからご注意を。
ともに気持ちよく、素直になれる関係がよいのです。(恋愛初期は誰でもお互いをよく見過ぎの傾向にあり、素直になれる「気がしている」ので、それも注意です。真実は自分たちに、タロットで言う「運命の輪」の回転とともに教えてくれます)
タロット学習に、タロット本は読まない。
4月になって、気分的にも新しいことを始めたいという人も多くいらっしゃると思います。
私のタロット講座でも、カルチャーセンターはじめ、新しい受講生の方が入られます。
そうすると、よく質問があるのが、「どんなタロットの本(解説書)を読めばいいですか?」
というものです。
また、こちらからお伝えるする前に、すでにもう書店に走って、自分でタロットの本を購入され、読まれる方もおります。
以前にも書いたかもしれませんが、私はこうしたご質問や対応には、
「タロットの本は、今の段階では読まないように」
というアドバイスをしています。
世にタロットのことを書いてある本は、それこそ山のようにあります。日本だけでもそうなのですから、世界中となるとどれくらいのものになるか、想像がつきません。
まあ、それだけタロットは、たくさんの人に関心をもってもらえるものだということがわかります。
しかし、ほかのタロット種のものは別としても、ことマルセイユタロットに関しては、日本において、現在マルセイユタロットをメインに扱って出版されている本は、ごくわずかです。正直一冊だけかもしれません。
今出ているものもどちらかというと、占い向きというもので、私の伝えるマルセイユタロットの趣旨とは異なるところがあります。
ですから、勢い、人によっては、ほかのタロット種の本までに手を出してしまうことになるのですが、マルセイユタロットとほかのタロットでは絵柄も違いますし、意味も違ってくるところがあります。背景や思想も異なります。
深くタロットそのものを追求している本ならばまた別かもしれませんが、たいていは「楽しく占う・・・」という、カードの意味と占い方だけを書いた軽めの売れ線スタイル本ですから、読むとかえってわけがわからなくなるおそれがあります。
これは巷に出ている本が悪いというのでなく、まさにスタイルの違い、表現と目的の違いですので、仕方のないことです。
トランプを「ゲーム」として使うか、「占い」で使うかによって、同じ「トランプ」という道具ではあっても、使う目的によって書かれている内容が違ってくるのは当たり前です。
これと似たようなことがあるのです。
では難しい象徴学や西洋魔法の専門書など読むとよいのかということになりますと、これもまた難しすぎて最初の段階では不適当です。
ということで、私の講座を受講していただく方にお勧めしているのは、スピリチュアルや精神世界系の本、自己啓発などの本です。また時には簡単な哲学書や心理学の入門書もよいと思っています。
タロットとは関係ないようでいて、実は大いに関連しており、こうしたやや近接した世界の書物から入ることで、マルセイユタロットを別の角度から、より理解することができるのです。
タロットそのものを学習しようとしても、そこにあるのは、ただのカードであり、絵柄です。
タロットが人間のように教えてくれたり、語ってくれたりするわけではありません。(本当は語ってくれるのですが・・・それは秘密です。(笑))
ですから、どうしても講師の言うことや、講師の提供するテキストなどの意味を覚えようと受講側はします。
それはそれで最初はいいのですが、こうしたことだけで学ぶのではなく、ほかのことからタロットに描かれているものが何なのか(つまり何を象徴しているのか)をとらえようとする思考活動が、タロットの理解を深める(補う)のです。
この観点から言えば、何も書物だけからとは限りません。人生におけるすべてのシーンがタロットの学びにもなるのです。
そして、実際はその逆(逆転構造)なのです。
タロットを学び、あらゆるものでタロットの象徴をつかもうと努力する時、あなたはタロットによって、再び自分の経験している今の世界を再構築・整理していくことになります。
これこそがタロットの最大の効果で、知らず知らず、あなたは自分の世界をタロットの象徴で把握していく能力に長けてくるようになります。
そうすると、自分の手中(タロットカード)に、外の世界が投影されるようになるのです。
つまりはコントロールしやすくなるというわけです。
私の目指すタロット学習とはこのようなことです。
一方的に講師から教えを受けて聞いていればいいというものではないのです。もちろん基本的な考え方・扱い方はお伝えいたします。
まずは皆さんには、「タロットが占いである」という思い込みの次元から脱却していただかねばなりません。
タロットが占いであるというのは、これまでの(特に日本の)社会が作った幻想(実体でもありますが)に過ぎません。もちろん占いの効果的なツールですが、真実は「占いにも使える」という言い方にあります。
マルセイユタロットとの出会い、そして私の講座に来ていただく皆さんには、新たなタロットの使い方・考え方を学んでいただき、自分の人生を有意義にしていただきたたいと思っています。
「他人は自分」として見る方法について。
精神や・スピリチュアルな世界で、よく信じられることに、「他人は自分を映し出す鏡」というものがあります。
これは私自身は、その通りかもしれないし、そうではないと言えるかもしれないと思っています。
というより、マルセイユタロットを思考の整理ツールとして見ていくうちに、結局何事もたとづりつくのは以下のことになるのです。
Aという考えがある。また相反するBという考えがある。どちらも相容れないもののように見えて、実は同じものを別の方向(あるいは次元)から見たものに過ぎない。
ですから、矛盾するようで矛盾しないという結論になり、どちらも正解というか、間違いというものがなく、ある立場・フィールドという限定されたところに行くと、正・誤に見えると言うことなのです。
さて、話を戻します。
「他人は自分を映し出す鏡」という考えでしたね。
先述したように、結局これはそう思えばそうであり、そう思わないのなら違うことになりますが、私がこの考え方を採用する時、このような方法にします。
それは、「都合のいい解釈」です。(笑)
平たく言えば、自分を見つめ直したい、反省して成長してみたいという「雰囲気(モードと言ってもよいかもしれません)」の時は、「他人は自分を映し出す鏡」説を大いに利用し、「人のふり見て我が身を直せ」ではないですが、不快なことがあっても、「きっと自分に同じところがあるのだ」と考え、自己洞察を進めます。
逆に、あまりに不快感が過ぎる時、気持ちをよくしておきたい場合は、他人のことが気になっても無視するようにします。極端なことは言えば、他人は他人、自分は自分です。
でもこれでは、ちょっと精神世界傾向にある人には不評かもしれませんね。
ではもっと、特に「自分は自分、他人は他人」と考える根拠を述べます。
理由はシンプルです。
自分も他人も同じ人ではあり、集合意識や潜在的な部分では確かにつながっているかもしれませんし、全員が大いなる根源(神と言ってもよいです)から派生した存在という考えに立つと、つまるところ、他人は自分でもあります。
ただ、私たちがこの地球に住む「人間」という種のレベルで誕生し、生活をする時、「個性」表現があるということなのです。
神(根源)のエネルギーは次元を下っていくにつれ、個別性をもつようになります。
「火」も火花として散ると、たき火の火になったり、コンロの火になったり、ローソクの火になったり、電気になると各種電気製品を動かす元になったりします。同じ火ではありますが、別々の火のように見えます。
つまり「器」が違うと、表現も異なるということです。
ここから、人は究極的には同じではありますが、皆、個性の器を持ち、だからこそ、別々なのだということも言えることができるのです。
あの人はあの人なり、その人はその人なりの表現をして生き、宇宙に何らかの形で貢献しています。あなた自身と違っていて当たり前です。
ということで、必要以上に、特に人のネガティブな表現を、「自分もあの人のようなことがあるのだ」と思わないことです。
いえ、思ってもいいのですが、それは自己成長のための刺激やテーマとして見て、自己を貶めるために使うものではないと考えます。(「他人を自分として見る」というのは、当然、自己卑下として見るという意味ではありません、むしろ逆の「自己尊重」の技術です)
もちろん、「他人を自分の鏡」として見て、自分を成長させるメソッドもすごい効果はあります。
それでも、それがすべてとか絶対だと思わず、適宜、自分の都合のよい形で採り入れていくこともOKではないかと語っているわけです。
何より、四六時中、他人(の不快の部分)を自分(でもある)と見て、落ち込んでいたら、自分の気分(波動)が下がり、それに同調した事態に自分を置くようになりますので、いわゆる運気的に悪いと思えるようなことが循環して行くこともあります。
これでは本末転倒のことになります。
ということで、実はメソッドはきちんと使う必要がある、ということも指摘しておきたいですね。
タロットリーダーのタイプとサービス。
私の講座、発展コースでもお話をしておりますが、タロットリーダーにはタイプ(得意とする傾向)があります。
占い的な伝え方が向いている人、カウンセリング的にセッションしていくタイプ、セラピストとしてタロットを活用するタイプ・・・など様々です。
もちろん、どれかに限定されるわけでもなく、たいていはこの複合体での形式となりますし、また自分はこのタイプだと最初に思っていても、やっいくうちに別のタイプが向いているということに気付く人もいらしゃいます。
重要なのは、まだあまり実践しておらず、頭で考えている自分というものと、人様に実際にリーディングを提供していく時に出る自分というものが、同じようでいて違うことも多いのだとということです。
つまりは、やってみないとわからないところもあるというわけです。
とはいえ、やはりもともとの傾向というものもあり、それはむしろタロット以外のものでわかることがあります。
たとえば占星術のホロスコープで性質を見たり、ほかの技法で分析したりというようなことです。
あるいは普段のコミュニケーションスタイルや、自分の大切だと思っている考え・信念(価値観)によってわかることもあります。
そして、私が講義をしてきて面白いな思ったのは、自分が向いていると思っているタイプと、人から見たその人が向いているタイプというものに違いがあることです。
これは、他人にサービスを提供するという前提(観点)では、自分の自分自身への見方が当てにならないことを示しています。
ほとんどの場合、サービス提供者という視点ではなく、自分中心の自己観察の視点での分析になっていて、視点がズレているのですね。
これは間違いというのではなく、単なる見方(見るべき方向性)の違いでしかなく、どの見方の自分でも正解といえば正解なのです。
ただ人様にリーディングを提供する(特にお金をいただくというプロの立場の場合)となると、自分(中心)本位の観点ではなく、文字通り、人様から見た自分の見方に変えていく必要があります。
これは実はなかなかわかりづらいものです。
リーディングで言えば、自分リーディング(と言うより、「自分占い」と表現したほうがこの場合はよいかもしれません)が、なかなか実際にはできにくいことと似ています。
対価を受け取るサービスという経験や学びも、ある程度必要です。何より自分ではなく他人の視点と思いが重要なポイントとなります。
簡単に言えば、自分で思っているタイプは、人からお金を払ってまで受けていただくタイプ(価値があるもの)なのかどうかということです。
自分で思っているタイプというものは、得てして「自分を変えたり、自分を守ったり」することでは価値があるものが多いです。
ただし、対価サービスとなりますと、お金をいただけるか(くらいの価値があるか)どうかという基準になってくるので、自分で思うものとは異なる場合もあるのです。もちろん一致していることもあります。
あと、当たり前ですが、タイプうんぬんより、総合技術的(総合というのは、単にタロットが読めるという意味だけではなく、対人援助サービスができるレベルにあるということを意味します)に、対価をいただくレベルに達していることが前提です。
私がこんなことを書いているのも、実は今後はきちんとしたタロットリーダーを養成していきたいと考えているからです。
マルセイユタロットは自分を知り、世界や宇宙を知るのには適したツールです。いわばこれは自分使いのタロットです。
これはこれで今まで通りと、さらなるものも付け加えて講座していきたいと考えています。
特に自分使いについては、これまであまり知れれておらず、なおかつ私が独自で探究していきたタロットの技術をお伝えする基礎講座の次のレベルのものを検討しています。(基礎講座の知識でも、自分使いに十分なものではあります)
それと同時に、マルセイユタロットを使い、きちんとしたリーディングレベルのもとで、人様に問題解決や生き方のヒント、サポートが提供できるような、占いとは別のタロットリーダーを養成していきたいと考えています。
お金さえ払えば誰でもOKというのではなく、その意志と熱意、基礎部分の習得度合い等を見た上で受講を検討させていいただき、全体で一定のレベルのプロ向け講座を提供しつつも、その人の個性に応じた指導ができるよう考えていきます。
一日とか二日とかで一律で促成栽培によってタロットリーダーになるような人を、私は出したくはないと思っています。
それは何より、タロットリーダーになって、あなたのタロットリーディングを受けに来られる将来のクライアントのためでもあるのです。もちろんそれはあなた自身のためでもあります。
あなたが高いレベルのタロットリーダーになりたいと思った時に、未来のあなたの世界では、すでにクライアントが大勢いらっしゃっているのです。
その未来にあなたが追いつくだけです。無理だと思ったら、やはり未来のあなたは別のことをしているあなたに変わるでしょう。
ですから中途半端な技術と知識を身につけてやってしまったり、挫折したりすると、未来のあなたに救われる予定のクライアントたちは消えるか、あるいは困ってさまようことになります。
本格的なマルセイユタロットリーダーになりたい人は、基礎講座を受けられるのが入り口です。今回は4月20日より基礎講座ハイクラスを開講予定です。
これらとは別に、楽しくタロットを学び、使いたいという方にも、相応の講座は提供していきますので、ご安心をください。
