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タロットにより一年を振り返る。
毎年書いているような気がしますが(^_^;)、やはり年末になりますと、タロットを学習した者としては、自分の今年一年をタロットで振り替えざるを得なくなるはずです。
えっ、そうならない? という人はまだタロットになじんでいないのかもしれません。(笑)
それはさておき、タロットは使い方はそれこそいくらでもあるというほどですから、別にこういうスプレッドを使わなくてはならないとか、こう利用しなくてはならないというものではありません。
けれども、せっかくタロットにふれたのですから、一年の総決算にタロットを利用してみても面白いでしょう。
その方法はいろいろとあるのですが、単純に今年はどうだったか?と展開してみるのがシンプルでいいかもしれません。
また仕事や人間関係というように、分野に絞ってそれぞれ展開すると、より具体的に見えてくるでしょう。
それから月別に見ていくのもありです。これは小アルカナを使うとやりやすいかもしれませんね。(マルセイユ版での話を前提としております)
そしてここからが実は本題になるのですが、今年一年を振り返ってリーディングする時に、ある視点を入れるとさらに学びが増えます。
それは「テーマ」を見つけるという視点です。
それには出たカード群(複数枚を出す展開法の場合)の共通点を発見することです。細かな絵柄の象徴関連や連繋を見つけてもいいでしょう。
さらには異質点も重要で、これは変革や考え方の転換においても大きな意味を持ちます。(カードで言えば「吊るし」に当たります)
また分野別で一年を別々に展開した時に、同じカードが現れていないかにも注目すると面白いです。もし毎回同じカードが出ている場合は、やはりそのカードに象徴されることがテーマだったと推測することができるからです。
それからカードだけではなく、一年を通じて実際に体験した出来事、心に残った出来事を思い出してみます。
詳しくやりたい人は、月別にしていくとよいですが、それが面倒な人は四半期ごとや3ヶ月ベースでもよいです。
そうなりますと、強烈な印象を残したもの(出来事)と期間、反対にあまり印象に残らなかった期間(出来事)にコントラストをもって生じていることに気がつきます。
ところが、注意深く検証してみると、意外にもインパクトのある出来事が、取るに足らないと思っていた出来事、何気ない事柄から(の頃から)すでに始まっていたり、それと関連したりしていることがわかってきます。
これもカードを利用すればより明確になります。すなわち、各期間や出来事別に展開をしてみることで共通のカードやテーマとの関連が見えてくるからです。時には目に見えない自分を動かす意志のようなものが浮かび上がってくることさえあります。
面白いことに、自分としては楽しかったり嬉しかったりした時と、つらかったり苦しかったりした時との対称性や対照性がわかったり、「このつらいことがあったからこの喜びにつながっていた」のだということが、一年というスパンにおいてさえも発見できるでしょう。
いわば人生におけるバランスです。
もしどちらかに偏っているように感じられる人は、本当にそうだったのか、もう一度詳細に見てみることをお勧めします。
見方や考え方が変われば、意外にバランスが図られていること、その当時感じたままの感情や意味だけではなかったと確認できることもあるはずです。
12月(つき)をそれぞれ見る場合は、横に並べていくより、円形にして並べるとさらに位置的にも興味深いことが判明するかもしれません。これはホロスコープスプレッド(西洋占星術のホロスコープの形と意味を象徴させた展開法)に近い並べ方になります。
ということは、ホロスコープでのアスペクトのように、対角線上(オポジション)や、120度の角度(トライン)で、出たカードの関係性を結んで観察することも可能です。円の場合は、内部に幾何学的図形が、線でつなげると出現するのが、非常に深い意味を持ちます。
このようにやり方を二・三、ヒントとしてご紹介しましたが、最初のほうに述べまたように、これでしなければならないという決まりはありませんから、自分なりにアレンジして、タロットによって一年を振り返ってみてください。きっと何か得るものがあるでしょう。
ピンチや問題の時に試すこと。
タロットには「運命の輪」というカードがあります。
普通の形式のタロットならば、たいていデッキには存在しているカードです。その名の通り、「運」を象徴するカードなので、それだけ普遍的なカードと言えるかもしれません。
さて、人はうまく言っている時というのは、何事もスムースに進むものです。反対に何かギクシャクしたことがあると、それに釣られるかのようにほかのものもおかしくなってきます。
これが「運命の輪」においては順回転と逆回転、あるいはカードの正逆などで表されることがあります。
ところで、あるカードは、ほかのあるカードとの組み合わされると、新しい気づきや意味をもたらす場合があります。
カードをコンビネーション(組み合わせ)で読むというのは、皆さんが思っている以上に非常に神秘的で、暗号的なのです。
いわば、鍵と暗証番号がつながって、ある秘密が開示されるというシステムに近いです。特にマルセイユタロットはその傾向が強いと私は考えています。
そこで、「運命の輪」もその他のカードとつながると、あることがわかってきたりするのですが、その中でも「吊るし」のカードと組み合わせると、とても面白いことが見えてきます。
と、ここまでヒントを申し上げて、話題をあえて少し転換させます。とは言え、先程の話と関連することです。
人はうまく行っている時はいいのですが、なにかまずい状況や動揺するようなことが起こった時、それまでの流れや回転が急に止まったかのように感じ、そこからますます悪い回転に入ってしまうことがあります。
ただピンチはチャンスと言われるように、このような時にこそ、日頃学んでいること、身につけていることを試す機会なのです。
たとえば心理的なことを学習している人は、どのようにピンチの時の心理を平穏な状態や、いい方向に持って行くことができるのかが自らで実験できます。
またビジネスの問題解決を学んでいる人は、ビジネス的にピンチに陥った時、どのように立て直すのかが試せます。
そしてスピリチュアルなことを探究している人には、危機がどんな意味なのか、どう自分に統合して学びや気づきを得たり、昇華させたりできるのかと言ったことを経験可能にさせます。
それだけではなく、自分の学んだり得たりした技術が、実際に使えるのか、効果があるのかどうかを判定することもできます。
自らのピンチであればこそ、リアルでシビアに評定できるのです。
そこで残ったり、使えたり、修正・回復できたりするものは、「あなたにとって」本物だと言えます。
起こったことの現象にただ振り回され、右往左往する人が一番まずいです。それをマルセイユタロットの「運命の輪」では、輪の中にいる動物二匹で象徴しているのです。
「手放す」と入ってくる理由の一考察。
精神世界では、「手放す」と「入ってくる」と言われています。
極端にいえば「捨てたのに戻ってくる」みたいな形で、まるで不可思議、禅問答みたいなことです。
従って、普通の目に見えている物理的な法則と常識で考えていては、なかなかこのことを理解することができません。
しかしながら意味はわからずとも、「こだわりをなくした時に、思っていたものが手に入った」という経験は、比較的多くの人が体験しているのではないでしょうか。
これについて、私が(タロットを見ていて)考えたことの一部を披露したいと思います。
「手放すと、逆に手に入る」ということは、最初の段階を見れば、「手放せない」状態であると言えます。
これは、いわば、あるものに「こだわり」や「執着」があるとも換言できます。
そして、それらを手放した時、反対にこだわっていたものが入手できるのです。
逆に言えば、「こだわり」や「執着」があると、それ自体を得ることが難しくなるということですが、ではなぜ、こだわると入りにくくなるのでしょうか?
先程言いましたように、こだわりは何かを手放していない状態なので、言い換えれば「何かをつかんでいる」状態だということです。
ここで執着している対象物ではなく、その行為に焦点を当ててみます。すると行為的には「つかんでいる」ということになりますね。
簡単にいえば、「つかんで離さない」状態です。
さて、ここでちょっと考えてみてください。
あなたはその「つかんで離さないもの」を本当に実現させていたり、存在させていると認識しているでしょうか?
たとえばお金がほしいと思っている人の場合、実際にお金をつかんで離さない行動を取っているでしょうか? 「ほしい」のですから、「ない」とその人は思っているはずです。ということは、お金の存在を認めてないと極論することができます。
お金が少ないから「つかんで離さない」ように見えても、「ほしい」と思っているのなら、「足りない」「ない」と本当は認識していて、それは言ってみれば空白や空っぽをつかんでいることにもなります。
たとえお金をたくさん持っていても、「失いたくない」と思って「つかんで離さない」のなら、それが自分にあるとは本当は思っていないのかもしれません。(失うおそれがある→流失してしまうものと思っている→なくなって存在しないと認識している)
同様に愛する人を失いたくないと思ってる場合は、実際には愛する人はいますが、失いたくないと思うと、「失うこと」自体に強い関心がある(おそれというネガティブな関心ですが、関心自体にはポジもネガもありません)ということになります。
つまり、執着は反対に失うことのエネルギーや表現を強く発していることになりますし、しがみついて離さない状態は、すでに存在しているもののエネルギーを囲い込む行為となり、宇宙に循環させない独善的な行為ということになります。
またすでにあるものを幻想としてつかんでいるだけに過ぎず、逆に何もないものをつかんでいる錯覚に陥っているとも言えます。
お菓子を両手に持っているのに、さらに「お菓子をちょうだい」とねだっているようなものです。そのお菓子を食べてしまうか、どこかに置かない限り、新しいお菓子を入手することはできません。
囲い込むとスペースはその分狭くなり、すでに存在している大きなものを認識することがてきず、また流入してくるスペース(空間)も狭くなって(時にはなくなって)、ただ囲いの中でよだれを流しているだけの状態になります。
ということで、こだわりを手放したり、何も思わなくなったりした時点で囲いは解き放たれ、スペースの確保とエネルギーの循環が再開されます。
実はこだわりが悪いのではありません。意識を合わせること、焦点を持つことは自分の認識可に入る(つまり実現)上でも必要なことです。
しかしそれは最初の段階だけで、あとは必要以上に(執着的に)思い続けないことが肝心です。理由はこれまでに書いてきた通りです。
執着を解くと、願ったエネルギー(焦点化エネルギー・存在の確信の意味でもあります)は解放されて、循環し、形となって自分の認識する世界に具現化します。
結局のところ、執着によって物事がかえって悪くなったり、実現しにくくなったりするのは、自分自身が望んだことを自分自身がつかんで離さないからなのです。それは宇宙が「自分」だからです。
マルセイユタロットでは「月」や「力」、「吊るし」や「世界」などでこれらのことは表現されています。
つかんで(圧力をかけながら)ばっと離す、一言でいえばこれが引き寄せのコツなのだと感じています。
と言いながら、私自身は、よく言われる「引き寄せの法則」は、理由あって使いません。(笑) その理由とは、「ゲーム」ということがキーワードとなるのですが、あとは秘密です。(^_^;)
あなたはアセンションしましたか?
21日から22日にかけて、いわゆるアセンション(次元上昇)ということで、スピリチュアル界のみならず、一般的にも結構話題となりました。
さて、皆さん、アセンションはされましたか?
見た目や現実的にはほとんど変わっていないように思いますし、その観点からすればアセンションなんて戯言、妄想、お騒がせ話、ネタでしかなかったということになります。
いわば、よくある終末論(終末論は古今東西問わず、いつの時代、いつの地域にも起こるものです)のひとつだったと言えましょう。
しかし、ここでちょっとまた別の見方をしてみるのも面白いです。
せっかくのアセンションという話題のポイントに来ていたわけですから、あえてここは子供のように信じてみます。
ばからしいと思う人は、一種の心理ゲームだと思ってみるといいでしょう。
とにかく、自分は何らかのレベルでアセンションしたのだと思ってみましょう。
次にアセンションの定義をゆるやかに(あるいは局所化)して、「何かいい風に変わったこと(点)」「前より気にならなくなった自分」というものにしてみます。
すると、おそらくほとんどの人は、「あれ、そういえばこういう時には腹が立っていたのに、最近はそうでもなくなったな」とか、「いつもよりいい気分になる時が増えたよ」とか、「ちょっとスピリチュアルなことに興味が出てきた」とか、「平和を前より願うようになった」とか・・・いろいろ見つかるはずです。
反対に、「すごく心配なことが起こった」「私はダメだと思う」・・・などネガティブに思う方でも、逆に考えれば、それは自分をもっと向上させたいということで起こっていると見ることも可能です。
自分の発展のために「問題」が発生したり、それを気にかけたりする(問題解決・浄化のために、逆に問題に注意が向くようナーバスになる)ことが起こっているのだと考えます。
つまりマイナスに見えることも、プラスや成長のためなのだということで、それが以前より敏感になるということは、それだけ成長が加速したり促進したりしている(成長する環境や心境が用意されている)と考察することができるのです。
ところで私がタロットを見ていて感じるのですが、実はこのような特異日に限らず、私たちはいつもアセンションしていると言えます。
いえ、上昇だけではなく下降もあります。そうして常に自らの波動に応じて世界を選択しているといえ、その意味では毎時アセンションしているようなものと言えます。(このことは有名な「バシャール」なども語っていますね)
そしてここが非常に大切なのですが、私たちは(いつも)アセンションできるている(している)ことを認めることです。(逆アセンションの下降もしていますが)
少しホジティブシンキングに似ていますが(しかし根本的には違います)、自分が普段でもアセンションしていることを認めていくと、自分の可能性(完全性・神性)を「認識」していくようになります。まさに知ることにより、知るのです。
これは言い換えれば、グノーシス(霊智・神性を知る智慧)です。
難しく考える必要はなく、自分が成長していること、以前より(ほんの少しの前の時間よりでもよい)いい気持ちやいい人になっていることを実感するだけで違ってきます。
重要なのは、自然にそういう気分になっているというのではなく、自分がそれを選択したり創造したりしていると見て、自分が作り出すことのできる能力(ちから)を知ることにあります。
できれば、パートナーや友人と「前よりいい自分」になった部分を報告しあい、指摘しあうのもよいでしょう。
「あなた変わったよ、こういうところが」とか、「あなたのそういうとこ、いいよね」などと話し合うのです。
これはマルセイユタロットを学習している人は、タロットを展開するなどしてお互いのものを発見することも可能です。
あなたはすでに細かい意味では、アセンションしていることを認めて行きましょう。
そしてまた、その積み重ねが大きなジャンプ的な全体アセンションを生むかもしれないのです。それもまたグノーシス理論のひとつでもあります。
タロットリーディングデー開催 12/26
私は最近はタロット講座を中心に活動しているため、タロットリーディングをする機会が少なくなっております。
以前はリーディングデーというのも定期的に作って開催していたのですが、最近は講座で忙しく、なかなか機会が得られずにいます。
まあ、講座の中で受講生には指導の過程でリーディングいたしますので、いつもリーディング状態にあるとも言えます。
それでも、特にここのところ、タロットから個人リーディングを示唆する感覚が来ており、久しぶりにリーディングデーをまたやってみようかと思い立ちました。
ということで、急ですが、来週12/26(水) 新大阪のマンションルームにて個人リーディングを行います。
しかも今回は年末の謝恩企画で、通常価格の3割引にいたします。枠は4枠のみです。
新しい年に向けて、何か問題や課題を解決しておきたい人、生き方や自分自身を深く見つめてみたい人、発展的・創造的人生に転換させたい人など、是非この機会にマルセイユタロットのリーディングを受けてみてください。
またタロット受講生の方は、カルチャー、基礎、発展とレベルにかかわらず、リーディングを自分の課題に応じた1時間の個人指導に換えることもできます。ただし、リーディングをご希望される方のほうが優先されます。
次回、リーディングデーはいつ開催するかわかりませんし、割引価格でやることはもっと少ないと思います。このチャンスを活かしてください。あなたの「運命の輪」が回り、「世界」への扉が開くかもしれませんよ。
★マルセイユタロット リーディングデー★
●日にち
12月26日(水)
●時間(枠)
1.13:00-14:00
2.14:30-15:30
3.16:00-17:00
4.17:30-18:30(予約済)
●場所
JR・大阪市営地下鉄新大阪駅から徒歩13分程度のマンションルーム
●料金
謝恩価格5,000円
●お申込み
こちらよりメールにて
ご希望の時間枠をお書きの上、お申込みください。
タロット受講生で個人指導をご希望の方は、指導してほしい内容をお書きください。
