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タロットカードで場所を決める

この連休で各地にお出かけされている方、または外出を計画されている方は多いと思います。


目的地が決まっている人はよいですが、まだどこに行こうか迷っている人もいらっしゃるでしょう。


そこで今日はタロットを使っての場所決めと言いますか、自分にとってのふさわしいところを探る方法についてお話したいと思います。


一応はマルセイユタロットを基本に、そのカードの意味を知っている人を対象とします。


また、実はこれはカードの意味をそんなに知らなくても感性や感覚で選択することもできるものです。


まずクロスを敷いた比較的大きめの机などの上に、イメージで地図を作ります。(空想するということ)


地図は自分が今回選択して、現実的に行ける範囲をイメージするとよいでしょう。


ただ将来的に可能であるとか、可能どうかわからないけれど、自分にとって意味のある場所を探索したいという場合は広さは自由です。

次に大アルカナを用意して、裏向きにシャッフルします。この時に「自分にとってふさわしい場所」「行っておくとよいところ」という具合に想像しながらシャッフルします。

そしてイメージで描いた地図のところへカードを一枚ずつ裏向きのままに自由に置いていきます。この時、カードを置く際にはその場所のイメージをありありと思い浮かべながらするほうが精度が上がります。

自分が想像上で目に付いたところ、気になる箇所、どこでも置いていってください。次に、これでだいたいは置き終わったかなと思う枚数でストップし、その後、すべてのカードを表向きにします。

ここから二通りの解釈方法があります。どちらを選択するかは自分で決めてください。

ひとつはカードの正逆を無視して、単純に「いい感じ」のするカードの表れている場所こそ望ましいと判断する方法。

もうひとつは正逆に意味をつけ、正立は無難かよい効果(カードの意味や絵柄の印象において)が得られるところと考え、逆向きはあまり望ましくない場所か、もしくはそのカード自体の意味やエネルギーが特に欲しい場合に適している場所だと見る方法です。

カードの絵柄や意味がよくわからないという人は、あらかじめカードにふられている「数」が高いほうがよいと決めておき(つまり「世界」を最高とします。数のない「愚者」はよい意味でも悪い意味でも大逆転やイメージの裏切りがあると考えます)、その出方によって望ましい場所や順番を決めることができます。

タロットカードはある種のエネルギーを象徴していると考えられるので、出たカードによって、それ(エネルギー)に応じた(関係した)土地や場所であると、推測や判断が可能なのです。

これは見るタイミングによって変化しますので、いつも同じではないということは考慮に入れておいてください。


たとえば連休期間はAという場所がよくても、来月には違うC地点がよくなっているかもしれないですし、Aは逆によくない場所に変化していることもあるわけです。


気になる人は気学的な方位と照らして合わせてもよいですが、タロットの場合はあまり必要以上に気学的なものと結びつけることはしなくてよいと考えます。

そして高度になってくれば、出たカードの象徴を関連させ、浮かび上がる図形や土地のグリッド線と併せて考察することもでき、その活用によってはとんでもない効果が出ることもあるでしょう。


いずれにしても大切なのはカードを信頼することであり、タロットの霊とともに旅や移動しているイメージを自分に培うことです。


マルセイユタロットを知って日本を知る。

タロットと聞けば、皆さんは西洋的なものというイメージが浮かぶでしょう。

事実、タロットは基本的には西洋で作られたカードなので、それは間違いないことです。

ただ最近は「タロット」と名のつく絵のついたカードはたくさん創作されていますから、その中には中国風やインド風のもの、その他エスニック的な色合いを持つカードなど、いろいろ存在していると想像されます。もちろん日本的なものもあるでしょう。

ただ、それ(雰囲気や絵柄)とは別に、タロットからそれぞれの民族や私たち日本との、特に目に見えない部分でのつながりを見て取ることも可能なのです。

私の扱っているマルセイユタロットは、それが顕著です。なぜならば、マルセイユタロットは歴史ある伝統的なタロットだからです。

私自身、マルセイユタロットと出会い、これに親しんできますと、最初は西洋的なものへの探究に向かいましたが、次第に日本の霊的ともいえる伝統や特質へも回帰する傾向が強くなってきました。

このようになるのも、実のところ、西洋でも日本でも根源的なものは同じだと感じるようになるからです。

マルセイユタロットは霊的なイニシエーションを含む伝統的なものを内包していると考えられるため、マルセイユタロットを学んでいくうちに、いわば世界共通のシンボル・象徴として元型的なものの理解が進んでくるようになります。

そういう意味では、どの国・どの民族においてもマルセイユタロットの奥底に流れているものは共有されるのですが、自分自身が日本人であるからなのか、私には日本の源流的なものへの関心がさらに想起されるように感じるのです。

講座の中でも、私はタロットカードの名前やカテゴリーの名称について、日本的な呼び名で扱うようにしていますし、受講者の方にもそれをお勧めしています。

一般的にはタロット関連の呼称は西洋的に英語で呼ばれることが普通です。(カップとかコインとかコートカードとか…)

私があえて日本的な呼び方を採用しているのも、前述した伝統性・霊性を理解するうえでは、おのおのの国や民族の伝統性に即したほうが逆に本質を「感じ取り」やすいためなのです。

当然ながら、表面上の名前とか呼び方だけを変えても意味はありません。その心というか精神を感じることが大切なのです。

ここで急にやわらかいたとえになりますが、かつて「美味しんぼ」というグルメ漫画で、主人公・山岡士郎と父親の海原雄山との料理対決において、主人公は「フグの白子」に似たものを表現するため、「タラの白子」を提供したのですが、海原雄山はそれを用意した山岡士郎を嘲笑しつつ、自分は「子牛の脳みそ」を出した話がありました。

海原雄山いわく、「最上の芸術は、同じく最上の芸術をもって語らねばならない」ということで、レベルの落ちた同種の代用品では本物の質を表現できないと言いたかったわけですね。(白子や脳みそが実際に料理としておいしいかどうかは別ですが…(^_^;))

これとはやや趣は異なりますが、西洋の霊流や深奥部分の理解には、日本の伝統に基づいたほうが把握がしやすい面があり、その逆方向もあるということです。


先述の漫画の話でいえば、「白子」や「脳みそ」としては別々のものでも、両者が共有するおいしさ・特質こそは私たちが本当に理解しなければならないものだとなります。

言ってみれば知ろうとしているのは本質や真理であり、それには西洋も東洋もなく、根源的に同じだということなのですが、一方でそれはレベルや表現があまりに違い過ぎると理解に支障を来たすことにもなりかねないのです。

その意味ではマルセイユタロットは他分野の深い部分を整理し、理解するうえでは安心してお勧めできるものです。

ですから、逆説的ですが、「日本(の伝統や古代哲学、霊的なもの)を知りたければマルセイユタロットを学べ」と言うこともできるのです。


何かはっきりしないことがつらいと思っている人へ。

自分にとって何が必要なのか、何をすべきなのか、何を選択したらよいのか、どうしたらよいのか・・・といった悩みは誰にでもあるものですし、今はなくてもある時期を境にして訪れるものです。


こうした時、葛藤や、もやもやとした不透明な状況にあるので、やはり自分としても気持ち悪く、早くすっきりしたい、道を見つけたい、回答がほしいと思います。


それで誰かに相談したり、占いに行ったり、コンサルやカウンセリングを受けたり、セラピーや癒しを求めたりして訪ね歩くこともあるでしょう。


それですっきりとする場合もあれば、やはりまだ不明確のままだという場合もあります。


特にまだもやもやしているような時は、余計にあせりが出て、「何か出口や突破口があるはずだ」と自分の探索エンジンを加速させようとします。


しかしながら、ここで大切なのは、実ははっきりしないままの状態にもよいことがあるという視点と態度を持つことです。


極端なことをいえば、不明瞭のままにしておいてもよいということです。別にこれは探求や模索、相談を止めろと言っているのではありません。


物事にはリズムやタイミングがあり、それぞれに応じてそのスパンや期間を有しているのです。


また創造には破壊がセットで表裏としてつきものですし、何かが生まれるためには産みの苦しみ、闇の時期、育成と整理の時間が必要です。


このことをマルセイユタロットでもっとも象徴しているのは「」のカードです。


「月」には2匹の犬と水たまりのようなところから浮かび上がっている(あるいは沈んでいる)ザリガニが描かれています。その奥にはふたつの建物・塔が控えています。


ここでよく難しいと言われるのはザリガニの解釈なのですが、詳しくは述べませんが、不透明な状況にある人はこのザリガニを浮上させることが重要になってきます。


いえ、そのような人はすでに出てきているとも言ってもよいかもしれません。だからこそ悩みや迷いは深くなっているように感じられるのです。


このザリガニは実は一匹だけとは限りません。卵や子ども、仲間を有している可能性もあります。


またザリガニは脱皮を繰り返し成長する生き物であることにも思いを馳せると、その意味合いにも洞察が得られることでしょう。


ほかにも占星術を知っている人ならば、カニと月の関係から何かわかるかもしれません。


とにかくも、タロットカードからも示唆されるように、何かがはっきりするためには不透明で不明瞭な、あやふやな時期、霧の中に入ったかのような過程を通るのです。


それにはリズムやイタイミングも関係し、それを無視して、もがけばもがくほど深みにはまるようにできています。


しかし前述したように、探求は続けていいのです。それが蓄積となって水たまりのようにたまっていきます。肝心なのはパニックになったり、あせったりしないことです。


「月」のカードでたとえると、急に水を抜いて、ザリガニたちを干上がらせて殺してしまったら元も子もないということです。なぜならザリガニには葛藤状況を打破する力やヒントも隠されているからです。


ほかのカードでも、「運命の輪」や「吊るし」、「女帝」や「13」、「斎王」「隠者」などと併せて「月」のカードを見ていくと、不明瞭な状態にいる人も、時期やタイミング、リズムや周期、産みの苦しみ、蓄積や探求の過程であること、待つことで晴れるなどの意味がもっとわかってくるでしょう。


あせらず探求を続け、いつかはっきりするのだと思い、今は明確にならない状況であってもよしと思えるようになりましょう。


三日坊主、頭でっかち。

数年前から書店に、「○○の法則」「○○でやれば、うまく行く」などといったタイトルものが並ぶようになりました。


これはビジネス的にもそうですし、精神世界系でもそうですね。


それでこうした本を含めて、新しく出たノウハウ・ハウツー的な本を読み、そこに書いてあることを身につけようと私たちはします。


しかしたいていの人はある本に書かれてあることを、ずっと今でも行っているという方は少ないのではないでしょうか。


確かに知識や情報としては入れていると思います。ただ、その方法なりを継続して実行しているかと問われるとどうでしょうか?


一回、あるいは数回やってみたけれど効果があるのかどうかわからず、そのままやめてしまった、いいとは思ったものの、面倒くさくなっていつしか止めてしまった・・・などなど、こういうパターンの人は多いのではないかと思います。


そうしてまた新たに出た法則本や情報に飛びつき、「これは良さそう」と試してみる。けれども再び飽きて止めてしまう、そしてまた・・・という繰り返しにたくさんの人がなっているかもしれません。


「今度こそ自分に合った方法が見つかる」「簡単で楽にできそうなものはないかな・・」などと思って探求している人もいるでしょう。そうした人は毎度毎度「ハズレ気分」を味わっているのではないかと想像します。


こういうことを続けていると、一生そのままということもありえます。本や情報ばかり買い続けて「実(じつ)を得ない」となれば、出版側・提供側から見ればいいカモとなります。


個人的な感想ですが、今まで出た本、現在出されている情報などでも十分に自分を変えたり、成長を実際にもたらせたりすることが可能だと思います。


今後はいろいろな情報を入れていくよりも、むしろ少数の技法や情報に絞り、それを信じてコツコツ継続的にやり続けることが大事ではないかと思います。


問題は絞るものをどれにするかということですが、実のところ、ほとんど同じ事を別の表現でしているに過ぎないということに気がつくことが大切で、どれでもよいとさえ言えます。


自分が気に入ったもの、縁があったものを選べばよいのです。


たとえば私がやっているタロットがありますが、その真理的な内実は、占星術でもカバラーでも根本は同じだと言えます。


これら全部学ぶ必要は必ずしもなく、どれかひとつを深く極めていくと目指すべきものにたどり着けるようになっています。それは頂上が同じだからです。ただ登る道が違うのです。


あと、これまでのようにあえて新しい本を読み続けたり、情報を入れ続けたりする方法もあります。これでは言っていることと矛盾するのではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。


こちらの方法は様々な情報や知識を仕入れることで、それらを比較検討し、結局のところ本質を別の表現で示している事を確認することができるのです。


たくさんの人が違う形で同じことを言っているのなら、そこから浮かび上がる「同じ事」というのが真実に近いだろうという判断になるからです。


とはいえ実行すること、継続することはどんな場合でも大切だと思います。「知ったかでいること」は一番危険です。


あなたは単に知的好奇心を満たそうとしているのか、本当に自分の成長や拡大を現実として可能にさせたいのかを今一度見極め、目的意識をはっきりさせて情報を入れ、学習することです。


タロットリーディングの複層性を活かす。

ほかのタロットでのリーディングについてはわかりませんが、こと、私の扱うマルセイユタロットにおいてのリーディングでは、タロットを複層的・多層的に見ていくことが重要になります。


たとえば「悪魔」のカードが出たからといって、「悪魔のような人物が悪いことをしている」「悪い人に出会うかも・・・」みたいな読み方で終わるのではなく、「悪魔」の絵柄を象徴としてとらえ、「あなたに誘惑をかけている人」とれることもあれば、「あなた自身の欲望」を表していることもあります。


肝心なのは、その両方あるいは多数の見方が同時に存在していること(考え方)を認めることです。


もっといえば答えはひとつではなく多数あり、その中から選択することもあれば、統合されることもあると考えることです。


特に大切なのは「統合する」という視点です。


前述の「悪魔」の例でいえば、「あなたを誘惑している人」と「あなた自身の欲望という」意味が読めたとして、一見それらは別物に思えますが、これらが結びつくことができないかを考えてみるのです。


一例を挙げますと、あなたにある種の欲望があるからこそ悪魔に象徴される人物に誘惑されるのだということです。あなたと誘惑している人は、どこかで共通の部分を持つのです。


このことに気がつくかどうかが、この場合の「悪魔」のカードからの示唆だと見ることができます。(あくまで一例であることに留意)


さらにタロットカードの吉凶を超えたとらえ方を私は取っていますので、この例でいえば、誘惑する人も欲望を持つ自分も、何か「悪い」人のように思えてきますが、欲望を持つこと、誘惑することが「悪」や「魔」だと思いこんでいると、まず本当の「悪魔」のリーディングはできないでしょう。


タロットから想起される多層な見方を選択・統合し、表面的な意味合いから一歩踏み込み、自分や人の心理にまで分け入ることで、タロットを使った自己や世界の洞察に行き着くことができます。(これでも途中段階です)


せめてこのレベルを想定してタロットリーディングは行うよう、私の場合は講義しています。


その次は、今回は「悪魔」一枚の例でしたが、ここから大アルカナを中心としたほかのカードの象徴との関連性や相違などを見て、重層的にタロットを理解していきます。


たとえば「悪魔」と同時に出ていたカードで「神の家」や「恋人」が出現していたとすれば、この「悪魔」の意味も多様な読み方の中から、あるひとつのテーマが確実に浮かび上がってきます。


こうして、たくさんの場合に読めるタロットであっても、全体としてはひとつの意味やテーマを見い出すこともできるのです。


個別と全体による自己成長のテーマの発見と確認、そこから確信する行動と結果への移行、この一連の流れがマルセイユタロットリーディングだと言えます。


ここまで書いてきましたら、一般的な意味での「占い」の使い方とは異なることにあなたも気がつくことでしょう。


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