お気楽ではない「愚者」もある。つらい状況のあなたのために。
タロットカードの「愚者」は、楽観的で気楽な人物であり、「愚者」になれば細かいことも気にせず、気持ちがおおらかになることは以前にもお話しました。
今回は、そんな「お気楽な愚者」とは違った解釈を披露してみたいと思います。
この記事でも記しました が、南仏ではサン・ロックという「愚者」のモデルとして考えられる聖人がいます。
彼は自分もペストにかかりながらも奇跡的に回復し、その経験をもとに人々に癒しと治療を施していった人物でもあります。
もともとはモンペリエの資産家の出身でしたが、親から受け継いだ全財産を投げ打ち、自分はローマへの巡礼の旅に出ました。やがて彼の身なりはボロボロで、ルンペンと変わりない姿になっていたといいます。
彼が愚者のモデルだと考えれば(これはあくまでひとつの仮説であり、「愚者」自体の象徴性は特定の人物に帰せられるとは考えにくいものですが)、彼の行いが愚者にも投影されていると見てよいでしょう。
それは、自分のことを顧みない献身さとでもいうべきものでしょうか。人のためには我が身などどうでもよいというくらいの気持ちです。
これはお気楽さとは全く違う別種のものですが、「自分のことを意識しない」という点では、通常の「愚者」の解釈と同じです。
サン・ロック伝説から愚者を見てみると、もうひとつの見方が出てきます。
「愚者」の人物をサン・ロック彼自身だと見るのが普通でしょうが、逆に人物を彼が救っていた患者だと考えるとどうでしょうか?
「愚者」の人物は杖をもっており、後ろからは犬が付いてきているようにも見えます。
人物が病んでいる人だとすると、この杖や犬こそ、サン・ロックのような治癒の助けをしてくれる者と想像できるのです。
サン・ロックがペストから回復したのも、彼のためにどこからかパンをくわえてもってきてくれた犬の献身的な働きがあったからだといわれています。(サン・ロックの彫像には必ず犬も一緒にすえられています)
つまり、気が楽になるためには、杖や犬のように、後押ししてくれたり、助けを与えてくれる者(あるいは事柄)が必要でもあることをタロットカードの「愚者」は物語っているのです。
自分が愚者のように気楽に前に進めない状態(病気、停滞、アクシデントなど問題を抱えている状態)の時は、あなたにとっての犬や杖を求めてみましょう。またその補助を受けることも悪いことではないのです。
「自己責任」で片付けられる今の世の中の風潮ですが、人がそれぞれの個性をもって多くの人間たちの集まる社会に暮らしているのは、なんでも強く「一人で生きていけ」ということを意味するのではないと思います。
弱った時に助け合えるからこそ、たくさんの人たちが存在しているのではないでしょうか。
ちなみに、「愚者」の犬と杖は同じ「補助」を示すとしても、人と道具(技術)に分けて考えていくとリーディングにおいてはヒントとなります。
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