片思いにある愛
タロットの大アルカナで、一般的にもっとも恋愛を象徴しているカードといえば、通常6の数を持つ「恋人」(「恋人たち」など、言い方はいろいろありますが)カードでしょう。
マルセイユタロットにおいても、私の考えでは、やはり恋愛というものを非常に的確に図で表していると思います。
あまりにもその象徴性がすばらしすぎて、かつてはこのカード一枚に触発され、「恋愛講座」なるものも行ったくらいです。(笑)
その恋愛講座は、恋愛がいかに人間にとって変容体験できる、神・高次からのすばらしいプレゼントであるかを、タロットを中心にして様々な側面から解説したもので、まあ、機会があれば、「恋人カードが示す恋愛の本質」というテーマで、また形を変えてやってもいいかなとは思っています。
要するに、恋(とそれに付随する愛)は、色々な意味で人を変えるということです。
恋愛は、人に天国を経験させもしますし、反対に地獄も心境的には体験することがあります。
恋愛のその意識は通常とは異なるために、言ってみれば異次元世界へ、現実世界にいながら飛翔できたり、もしくは彷徨ったりすることになるからです。
さてマルセイユタロットの「恋人」カードを見ていますと、恋愛における相手と自分の感情(気持ち)、そして関係性が移行した場合の意味を思い起こすことができます。
恋愛はシンプルに言えば、両思いか片思いの状況(における心理)になります。
恋をする(またはされる)と、相手との関係で、気持ちは次のどちらかになるわけです。
1.両思いの状態
2.片思いの状態
1ならばハッピーではありますが、なかなかそれが双方確認できないところと、確認できてもつき合う関係にすぐ移行できるかどうか、また自分と相手との現実的問題や外部的な環境によっては、つき合えないこともありえます。
ここが、一口に「両思い」と言っても、人の場合は手放しでは喜べない部分です。
つまり感情(内)と実際(外)が、どの状況でも関係してくるので、気持ちだけで完全とは言えないのです、
しかしながら、気持ち(好きという感情)がないことには、そもそも恋愛は始まりません。
ですから、恋愛は物質とか現実とか、常識ばかりの世界とも違い、そこからの解放も促すパワーを秘めています。
同時に、前述したように気持ちだけではどうにもならないことがあり、物質・現実面との融合や調整も意識しないとならず、ここに恋愛が二元統合の格好の素材となることが示唆されています。
さて2の(片思い)の場合は、自分が相手に片思いしているケースと、自分は好きではなくても、相手から思われているケースがあります。
前者は恋特有のトキメキやドキドキ感はあるにしても、相手に気持ちが通じなかったり、相手が好きになってくれなかったりすると、非常に苦しい状態が続きます。
後者は後者で、最悪なのがストーカー行為やその被害に遭うということも考えられ、例え相手がまともな人でも、自分が好ましく思えないと、これまたつらく、苦しいものと言えます。
両思いと片思いでは、どちらが苦しく、つらいかと言えば、やはり一方的な分、片思いのほうがつらいと言えるでしょう。両思いは、少なくとも、両者の気持ちが一致しているという安心感や喜びがあります。
ということで、片思いが、いわば恋愛における地獄体験とも言えます。(ほかにももちろん、恋愛にはいろいろな地獄ケースがありますが・・・)
ところが、なんでもそうですが、苦しく大変だと思うことにも、必ずよいことがあります。
片思いは非常につらく苦しいものですが、それだけに大きな自己変容を達成したり、高次の愛に接触できたりする可能性は高まります。
錬金術的な言い方をすれば、卑金属を金に錬磨するために与えられる試練のようなもので、厳しいものに磨かれたおかげて、純粋なものが奧から浮上してきます。
何よりも、片思いの人が忘れてはならないのが、相手に一生懸命気持ちを注いだ事実とともに、実は、自分に対しても努力していたという、そのことです。
片思いというものは、叶わない恋がほとんどですから、その叶わない事に対して、ある意味、空しいとも思える情熱や愛を向けているように見えます。
しかし、よく考えてみますと、自分が誰かを好きになったから「恋や愛の思い」が自覚できたのであり、それは言ってみれば、自分の気持ちへの(自分からの)愛です。
何を言っているのかわからないかもしれません。
もう少し説明しましょう。
自分が誰かをを好きになったということは、その自分の「好き」という気持ちを自分が認めているから、片思いとして苦しい状態がやがて現れてくるわけです。
自分の「好き」「愛している」という気持ちに対して、自分から自分に対する(気持ちへの)尊重と努力を、自らが払っているということになるのです。
「そんな気持ち、どうでもいい」「こんな気持ち、無視してもいい」というものなら、それほどまで強い(片思いの)気持ちにはなりません。
もちろん恋は無意識的に陥ることが多いですし、恋をすると、とにかく気持ちが相手に自動的に向き、それは理屈では述べられないものです。
ですが、片思いでの苦しみが強い人は、たとえ自分の気持ちが外側に向けて正直になっていなくても、内側ではどうにも認めざるを得なくなっており、その自分の気持ちに注目したり関心を向けたりしているということは確かなのです。
それは自分に対する、広い意味では愛です。なぜなら、愛は関心と結びつき、無関心は愛から離れていくと言えるからです。
片思いで報われない、つらい、苦しい、なんでこんな恋したんだろう、と嘆き、後悔している人もいるかもしれませんが、ほかならぬ、あなた自身は、そんなあなたの気持ちを尊重して、愛しているのです。
そのことに気がつけば、気持ちが通じない相手に対しても、また自分に対しても、ありがとうという感謝の念が出てくるでしょう。
そうは言っても、片思いが苦しいこともわかりますし、無理に感謝しなさいなどと言ってはいません。
ただ、どんな苦しみや悲しみの中にも、美しいもの、尊重すべきもの、救い、広く言えば愛の表現があります。
数の順に7枚ごとに並べたマルセイユロットの大アルカナの図において、「恋人」カードの周囲には、天使がたくさん登場してくることに気づくでしょう。
どんな恋愛であっても、あなたのその恋は、天使たちに見守られており、魂の救済の道が用意されているのです。
むしろ、片思いであっても、恋をしたあなたはすでに成功者なのです。「恋人」カードの次は「戦車」のカードが位置しているのですから。

7月7日は七夕なので、恋愛や恋は連想しやすいですね。私には「恋」とはとてもキレイなもので「愛」とはとてもやっかいなもののように思います。
「恋人」のカードを見ると、今はいろんな事を考えさせられるカードです。
自分の気持ちへの(自分からの)愛…難しです。
難しいからタロットに惹かれているのかもしれませんね。
天使たちに見守られ、魂の救済の道が用意されている…
いつか答えを納得し行動に移せるのかな
久保田さん
コメントありがとうございます。
この記事は書いたあと、偶然、アップ日が七夕になっていることに気がついたシンクロがあります。
マルセイユタロットはどのカードも深淵ですが、特に恋人カードは人間界において特殊なカードであり、
いろいろと考察ができる魅力的なカードですね。