迷った時に

自分を語るふたつの気質

私の考えでは、タロットには全体の類型やパターンが象徴されていると見ています。


そうすると、自分の中にはタロットに象徴されるような、たくさんの個性が存在していることにもなります。


その意味では、どんな特性でも自分の中に潜在的には眠っていると考えられるのですが、一方ではもともと生まれ持った特徴も人にはあるものです。


このあたりは占星術のホロスコープ(自分が生まれた時の天空の惑星配置を、平面図にしたもの)などで知ることもできます。


そして、何を使うにしろ、人には大まかな傾向というものが出てきます。


たとえば内向的・外向的とか、積極的・消極的とか、女性的・男性的とかいうものです。


ここで取り上げたいのは、専門的か一般的かという自分の傾向です。


言い方を変えれば、スペシャリスト志向かゼネラリスト志向かということになります。


実際の自分のしている仕事とは別に、だいたいはどちらかに人の傾向はわかれます。


いわば一つのことを極めていくことが好きなタイプか、たくさんのことを同時に楽しむことが好きなタイプかというものです。


何かにこだわりを持つ職人気質か、反対にこだわりはあまり持たないオールラウンダータイプかと言ってもいいでしょう。


まあ、先述したように人は実はすべての要素を同時に持っているものなので、その時々によって両者が入れ替わったり、同時に出たりすることもありますが、それでも自分の傾向はあると思います。


そして、ここが大切ですが、どちらが自分として楽で楽しいかということも考えてみてください。


そうすると、自分の求めている仕事のスタイル自己実現といった大きなテーマにもヒントが得られるでしょう。


例えばタロットでもひとつのタロットをする方もいれば、複数のタロットを扱って人を援助したり、自己の表現をされたりする方もいます。


またタロット以外のたくさんの技法も同時に駆使して活躍される方もいらっしゃるでしょう。その反対にタロットオンリーという人もいます。


ただ、自分の気質がわかったとしても、逆のタイプの気質をバランスとして取り戻す、あるいは思い出すために、あえて自分には苦行とも思える状況を経験させられることがあります。


結局それも自分の統合や調和の過程の学びだということでしょう。


そうすると、ゼネラルとスペシャルと実は表裏一体であり、究極的には同じであることがわかってくるのです。


自分と相手の決断力の関係

ACの宣伝によって、金子みすずの詩、「こだまでしょうか」が流行しているようですね。


この詩はなかなか意味深です。だからこそ、多くの人がいろいろな変え詩みたいなものにしてまで気にされているのでしょうね。もちろん立て続けにACで流されたということはあるにしてもです。


このこだまやオウム返しの言葉のやり取りは人を癒すカウンセリングテクニックの基本でもありますが、今日はまたそれとは別の話を書きます。


タロットカードに「正義」というカードがあります。厳しい裁判官のような人物が剣と天秤をもって真っ正面を向いて座っている絵柄のカードです。(マルセイユタロットの場合)


このカードの鍵は剣と天秤にあり、ずばり言えば決断とバランスを示していると言ってもいいでしょう。(もちろんほかの象徴の意味もたくさんあります)


ところで私たちは人や物事の決断が遅いとか、はっきりしないとかで苛立つことがよくありますよね。


「どうしてはっきりしてくれないのだろう」「なぜすぐに行ってくれないのか」などと、相手を批判してしまうことがあるものです。


ところがですね、意外にもこのことは自分の態度が原因や起因になっていることがあるのです。


よく自分を振り返ってみてください。


自分自身、決断が遅いことはありませんか? 


たとえば何かの支払いをしなくてはいけないのにギリギリまで躊躇している、イベントや会合の出欠の返事を先延ばしにしている、処理しなければならない仕事を後回しにしている・・・


どうせしなければならないことなのなら、すぐに行うことのほうがいいのに、ぐずぐずとそのままにしている状態です。


「別にまだ迷惑かけているわけでもないし、締め切りは来ていないんだし、緊急でもないからいいでしょ」と思っているかもしれませんが、その態度一つ一つが全体化して、あなたの習慣となっている場合があるのです。


そうすると、相手から見れば「この人はいつも決断か遅いよな」と認識されてしまい、そうした人と烙印を押され、重要視されなくなることがあります。


そして、ここが最も大切なのですが、この世の仕組みはまさにこだまや鏡のように、自分がしていることがそのまま返ってくるということがあります。


煮え切らない、中途半端、考えすぎて結論をいつも先延ばしにする、安全安心で変革を嫌う・・・というあなたの行動や態度は、そのままあなたの周囲に同じような人を引き寄せ、同様の扱いをあなたが受けてしまうことにもなるのです。


それは、あなたがそうしたことをある意味決断しているからです。「中途半端でいい決断をしている」ということです。


あなたの深層心理がそう決めているのですから、そのようなことを選択する事柄が現実に起こるのも当たり前で、究極的にはあなた自身が招いているとも言えます。


もちろんこのような単純なことだけではなく、相手側にも確かに問題であることもあったり、ほかの様々な要素と影響がからんで自分だけの責任ではないこともあったりするでしょう。


とはいえ、結構多くの部分で、自分の決断力と選択方法が自分に受けていることと関わっていることが多いのです。


思い当たる節のある人は、自分自身の決断と実行スピードを加速させましょう。


これが正義の天秤(そのまま還ってくること)と剣(決断力)に表されているので、なかなか決断力の出ない人は「正義」のカードと対面するとよいです。



「愚者」と「13」に見る次へのステップの選択

マルセイユタロット(カモワン版前提)の「愚者」と「13」(名前のない13番)には多くの共通点があります。


まず絵の構図がとてもよく似ています。


どちらもカードの人物(とおぼしき者)が右側を向いており、体もその方向に進もうとしているように見えます。


手に持っている物でも「愚者」の杖「13」の鎌は同じ傾きであり、並べると平行します。


カモワン流の場合はカードの人物の視線の方向に大きな意味を持たせていますので、両者のカードの傾きや方向が同様であるとするならば、何らかの共通の意味があると予測できます。


そして、カモワン流で右方向といえば進行や発展、未来を示しますので、そのことからこの二枚は何らかの新しい進展性を秘めている(正立においての場合)と考えられるのです。


では再び二枚のカードの絵柄に注目してみましょう。


「愚者」は上を向き、かなりラフな姿勢で右へ移動しているように見えます。それに対して「13」はなるほど、「愚者」と同じような方向性を示してはいますが、どうも「愚者」ほど気楽ではなく結構大変そうです。


足下も「愚者」は草の生えた自然の大地であるのに比して、「13」のそれは草は少しあるものの、ほとんど真っ黒な場所であり、人の手足や首まで転がっています。


姿勢もよく見ると、「愚者」の重心は前の足にあるようにうかがえますが、「13」は後ろの足や腰にあるように感じます。


このようなことを総合すれば、「愚者」と「13」は何か次の段階へ移行することは同じだとしても、行動や様式に違いがあるのではないかと気がつくことでしょう。


私はこの二枚の移行状態を次のように見ています。


すなわち「愚者」は次あるいは別の場所への実際の移動・移行であり、「13」は精神的・内的な移行・変容であるということです。(もちろんタロットは象徴ですから反対のことも時にはあります)


ともに変化していくのは同じなのですが、外的(実際)か内的(精神)かの違い、その場か別の場所かの相違があると考えられるのです。


「愚者」はこだわりがなく、次々と場所を移動していきます。目的はその場にいることではないからです。


一方、「13」は次へ行くということは象徴的に「愚者」と同意だとしても、「愚者」のように気楽には行けず、自分自身を変えないと進めないのです。


言ってみれば、「愚者」は場所を変えることで自分も変わり、「13」は自分が変わらなければ場所も変わらないということです。


このことをふまえてリーディングに適用していきますと、たとえば転職で悩んでいた時に「愚者」が出るのか「13」が出るのかによって、ともに「移行」というステップは似ていても、まるで意味が違ってくることになります。


自分がその場所で我慢や辛抱してまで残るべきか、あるいは場所を変えて環境によって自分が変わっていくのか、いろいろな選択方法があります。


その際に参考のひとつとなるのが「愚者」と「13」のタロットの出方なのです。


吊るしの時間

今、自分が取るべき行動に対して、いろいろな意見が述べられています。


いわく、「経済活動を活発にしてお金を回し、日本を救っていこう」「被災者の気持ちを悼み、派手なことは自粛しよう」「何かできることをとにかく考えよう」「いつも通り日常を送ることが大事」・・・などなど。


ここで皆さんにも考えてほしいのは、タロットでいえば誰にでも「吊るし」の時間があるということです。もっといえば、必要だとも言えます。


「吊るし」とは何か。タロットカードの絵では、逆さまになって吊られている人がいるように見えるのですが、私の考えでは吊られているのではなく、自ら逆さにぶらさがっているという解釈で、むしろ積極的な意味を取ります。


ぶらさがって動いていない人の絵柄をどう積極的な意味合いに取るかですが、簡単にいえば「動かないことを選択している」「動けないことに意味を見いだしている」「逆さ(違う観点)を肯定している」ということになります。


今回のことで、被災していない地域の人には「いつものような気持ちでいなさい」「普通の生活をしなさい」「消費活動を活発にしなさい」「明るく生きなさい」と言われることが多いものです。


私自身も平常心の大切さはブログで語っていたこともあります。それは一面では確かなことです。


ただ、人間の気持ちとして考えてみれば、そう理屈で割り切れるものではありません


何もなかった自分たちが意気消沈して萎縮してしまえば、経済活動も滞り、経営が危うくなる企業もあるかもしれず、それが回り回って自分の失職や被災地域への応援ができないまずい状況になるということも、論理としては非常にわかるところではあります。


けれども、これだけの災害と亡くなった方の多さ、そしてまだ事態が予断を許さぬ福島原発事故のことを思えば、人として、この時期に「明るくなれ」というほうが無理があります。


でも無理矢理ではなく、自然に元気の出ている人、平常心に戻ることのできている人はそのままどんどん活発に行動をされるとよいと思います。(周囲への配慮や心遣いはいりますが)


反対にまだ何か気持ちが落ち着かない、沈んでいる、その気になれないというような「心にひっかかり」があるのなら、そのままの気持ちを認めて過ごすのも「心・体のバランス」だと思えます。


つまりはタロットの「吊るし」(エネルギー、行動の停止・蓄積・静観、落ち着き、癒し)の時が誰しも必要であり存在するものの、人それぞれによってそのスパン(間隔・期間)は異なるということです。


特に被災された人にとってはその「吊るし」の時期は相当長いものになるでしょうし、被害を受けなかった地域の人でも、心の痛みの分、「吊るし」を取っていく時間がいるものと想像されます。


人によってはすぐさま気力を奮い立たせて活動に向かわれる方もいらっしゃったでしょうが、その人でさえも「吊るし」の時間はあったのです。


そして「吊るし」の時間が終われば、自然に今度はタロットカード「13」の改革、変革のエネルギーに向かっていきます。


「吊るし」が不十分のままだと、「13」は逆位置となって自ら、あるいは他人や出来事に鎌をふるうようになる(マルセイユタロットの「13」は大鎌を持つ絵です)ので、危険です。


何事も「腑に落ちない」段階で無理に行動を起こそうとすると、精神と実際のエネルギーバランスが崩れ、結果も出ませんし、心的にも負担がかかりがちになります。


「吊るし」でもいいのだと思って、周囲の意見に振り回されず、そして自分を責めずに、心に正直に過ごしてみてください。


行き詰まっている時には

今の時点で苦しい、何か問題がある、選択や決断がどうしてもできないという場合、その突破口として考えられることは何でしょうか?


タロット的に見た時、私はそれは、これまでとは次元の異なる自分になることだと思っています。


つまり、簡単にいえば、今悩んでいるのは、まさに「今のあなた」でいるから困っているのであり、あなたが今のあなたでなくなれば、その問題の見え方も変わってくるということです。


そして結局、問題が問題ですらなくなるのです。


たとえば「この仕事や生き方しかない」と思っている現在のあなたが、何らかの形で、「違う仕事・生き方もある」という考えに変化すれば、今の仕事の悩みもあっさり解決するかもしれません。


また相手の心や立場など考えてもみなかった人が、そうしたことに配慮するようになって、たちまちのうちに関係が改善されたということもあるでしょう。


私たちは問題解決や何かの選択に迫られた時は、二通りの方法で対処しようとします。


ひとつは、これまでの次元・レベルのままで、自分の経験やほかの知識・意見を取り入れていくやり方、そしてもうひとつは、自分の次元・レベルをこれまでより超越させていく方法です。


ほとんど人は前者で行ってしまいます。特に緊急を要する場合や余裕のない時にはこの方法(前者)は、ある面、仕方のないところもあるでしょう。


しかし、結局それでは一時しのぎであって、根本的な解決になっていないこともあります。


自分のレベルが上がると視点は拡大され、「どうしてこれまであんなことで悩んでいたのだろう?」と今までの自分の悩みがうそのように消えていくことが多いものです。


海中で囲いのある網に入ってしまった魚の視点と、人間になった魚(魚は人間にはならないですが・・・仮にこうします)の視点との違いといえばわかりやすいでしょうか。


網の中にとらえられた魚は、「なぜ急に自由が失われたのか」は理解できないでしょう。網には気付いてもわけがわからず、ただグルグル網を周回することになります。


しかし人間になった魚から見れば、全体の網の構造、海との位置関係、そして脱出方法さえ一瞬でわかるはずです。


カモワン版マルセイユタロットの絵図タロットマンダラにおいて、「恋人」「13」「審判」というカードの縦列があります。


同じ次元で意見を聞き合っているのは「恋人」のカードのレベルです。ここから次元変革を試みるのが「13」であり、変革を果たして次元が上昇したのが「審判」です。


「審判」になりますと、天使の声をダイレクトに聴くことがてきます。(あくまで天使というのは象徴の話であり、通常レベルを超えたということを、この場合は表します)


その時、選択は自ず(おのず)から天の意志にかない、迷いなく天に向かって自分を立たせることができます。


次元を上げるには「13」の経験を成すことや、自分から「13」として変化・変容を恐れないことです。


逆にいえば、次元を上昇させるためには「13」のような苦しい体験・厳しい経験も必要だということかもしれず、今苦しみ・悩んでいる人にも希望が出てきます


そしてタロットマンダラでは「恋人」の両サイドに位置する、「法皇」と「戦車」のような、自分より高い次元で教えを行う人や成功者と呼ばれる人と接することで、自分のレベルを変えていくことも可能です。


現在、袋小路に陥っている人、自分の次元を上げるために学び、経験をしてみましょう。





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