ブログ

なでしこ勝利に戦車を想う。

いやー、なでしこジャパン、W杯優勝おめでとうございます!


サッカー好きの私としてはその快挙に驚くとともに、とてもうれしく感激の気持ちです。


大きな体の外国勢に対して、なでしこジャパンが技術と不屈の精神力で勝利を手にしたことに、より大きな感動がありました。


それにしても男子のこの前のアジアカップの時もそうでしたが、最近の日本サッカーは劇的な展開と言いますか、まるでスポ根漫画のストーリーのようなところがあってすごいですね。


さて優勝や勝利といいますと、イメージされるタロットカードは「戦車」ですね。これはおそらくどの種類のタロットでも共通ではないかと思います。


マルセイユ版の場合は二頭の馬を従えた台車に乗った堂々とした人物が描かれています。


「戦車」というからには、いかにも勇ましいという印象がありますが、よく見るとカードの絵柄には戦いの武器らしきものはなく、その台車の車輪でさえも向きがおかしく、およそきちんと走るようには見えません。


これらにはもちろん意味があります。


ただいずれにしても重要なのは、この「戦車」がただの勢いだけのものではないということです。


このカードがなぜに勝利を意味し、物事の達成的な意味合いを持つのかは、単に前に進む積極性だけではないことが重要になってくるのです。


それはやはり武器が描かれていないこと、二頭の馬(しかし、現実的な実際の馬ではありません)を巧みに真ん中の人物が御者として操っていることがポイントだと言えます。


つまり、自制やコントロールするということも含めての思考や能力があるからこそ勝利に導かれるのだという点です。


勝利・達成にはもちろん積極さや勢いというものは欠かせません。しかしながら、往々にして「成功しよう」「勝とう」とすると人は気負いすぎ、自制心を失います


そしてまた逆に、あまりに制動力(ブレーキのようなもの)が働きすぎると、前に進むことができなくなります。


制動力と言っても、物理的な力だけのことを言っているのではありません。


親や目上の言うこと、こうあってほしいという人からの望み、また社会のルール・常識に添う自分というものも時には強制力や制動力となって自分に過剰に働く場合もあります。


どらちにしても、強すぎれば「戦車」は進まず、つまりは成功には導かれないわけです。


成功者は優雅に平然としているように見えて、足下での努力は怠っていないものです。水鳥がすいすい泳いでいるように見えても、水面下では足をよく動かしているのと同じです。


ですから「戦車」というカード一枚にしても、単純にイケイケどんどんの成功や勝利を目指すという読み方ではなく、きちんと絵柄の象徴を見て、時には辛抱や我慢が必要なこと、反対に外や内からの強制力から自由になる姿勢もいることという両面を当てはめつつ、全体としての意味を導く必要があるのです。


それは一言で言えば相反する力の洞察とコントロールと言えるかもしれません。


なでしこジャパンが優勝したのも、決して棚ぼたや偶然ではないのです。


「戦車」のカードには勝利に値する意味(要因)がきちんと込められているので、そこをよく理解することがカードを人生に活用する意味でも、またリーディングの意味でも重要だと考えられます。


タロットを仕事とする第一歩として。

タロットを学び、人にリーディングしてそれを仕事としてやっていきたい(本業ではなくても)という場合、いろいろとネックになることが人にはあると思います。
タロットリーデイング、タロットリーダーというものはもちろん国家資格で業務独占などいう代物ではありませんから、たとえ先生から免状のようなものをいただいたとしても、それを頼りにお客さんが来られるなんてことはありません。
結局は自分の力ということになります。
前にもお話しましたが、タロットを仕事にする、お金を取ってリーデイングとしていくという場合には、やはりタロットをリーデイングする技術とは別のものが必要になってきます。
それは広告や宣伝(つまり集客技術)であったり、人とのコミュニケーションの技術であったり、様々です。
私の秋からのタロット基礎講座では、以前はアドバンス発展コースで教えていたそれらのことを、基礎講座の段階から伝授していきたいと思っています。
そしてたいていはそういう別の技術面を学べば、お金をもらってリーディングしていくことに抵抗はなくなってくるのですが、ここにまた落とし穴というか、先述した「ネック」「ブロック」というものも出てきます。
それはひとつには、商売やお金に対するものへのブロック、成功へのブロックという物質ブロックがあります。
また、単純に本名での活動が難しいというブロックもあります。
これは今の仕事(本業)とはかけ離れているので、たとえ兼業でタロットをするとしても問題があるというケースや、女性の場合、本名をさらすことに危険性や抵抗感があるというのもあります。
先の物質ブロックの場合であっても、つまるところは自分の精神的なものですから、抵抗やブロックが何にせよ、まずは心の中の問題・ブロックを浄化、解消していくことは有意義です。
ただこれも完璧に浄化する、抵抗をなくすということを目指していてはいつまで経っても仕事として実現しませんから(ブロックは、はがしてもはがしても出てくるものです)、ある程度のことでやりながら続けて解消していくことを考えるとよいでしょう。
それで、実は精神的なブロックであっても、形(モノ)を変えることで心にも影響を及ぼし、ブロックが解消されていくという逆の方法もあります。
たとえば本名ではなくセカンドネームをつけることによって、タロット活動がしやすくなるのなら、それを実際にやるという形です。
ただ単に本名に支障があるといった理由だったのが、いざセカンドネームをつけてみると、その名前にふさわしい自分となり、心が解放されたということもありうるのです。名前の呪縛というのも少なからずあります。
私のタロットの受講生の方もセカンドネームをつけるということをされている人がいらっしゃいます。
ちなみにセカンドネームを考える時、もちろん自分で作るのもよいのですが、人につけてもらう、あるいはヒントをもらうというのもよいです。
私の知人でチャネリングでセカンドネームを取ってきてくれる方がいらっしゃいます。
私のブログのタイトル決定の時にもお世話になったキクテナさんという方です。
彼女のチャネリングによって、成功に導かれる方も多いと聞きます。セカンドネームで営業されたい方、是非彼女のチャネリングを受けるとよいと思います。
いずれにしても、どんな方法であれ、決意と実践があなたを確実に変えていきます


行動に移せない人、手品師を見よう。

一般的な名称では「魔術師」とか「奇術師」などと呼ばれる「1」という数を持つ大アルカナのタロットカードに、「手品師」があります。
マルセイユ版では絵柄を見るとまさに「手品」をしているので、私は「手品師」と呼称するようにしています。
とはいえ、手品は手品なのですが、裏では魔術・魔法に近い意味もありますので、一般的名称の意味もきちんと実はあるのです。
ただいきなり魔術師と言ってしまっては元も子もないという感じはあります。(^^;)
さて、昨日はカードから示唆を得るという話をしましたが、今日は「手品師」からの示唆です。
どういう示唆の形(昨日の記事のテーマ)だったのかはご想像にお任せします。
私たち、特にいろいろと考えすぎる傾向の人は完璧主義と言いますか、完全主義と言いますか、何かが完成してから、あるいは納得してから行動に移すというパターンが多いと思います。
これはタロットでいえば、いきなり手品師(1)から世界(21)に飛んでいるようなものです。
その間には2から20の段階(大アルカナの数を示しています)があるのですから、言ってみれば、実際にはそのことをしないと言っても、想像上・心の中では1を思い立った時、2から20の段階を経て21に至ったという意識が「完成」しないと、行動に移せない状態だと言えます。
これがまさに行動を遅らせる原因となっているのです。
行動が遅れればそれだけ結果も遅れ、フィードバックや検証も遅れ、すべてが遅れていくことになります。
では行動が早い人はどうしているのかといえば、言ってみれば「手品師」の段階でGOとしているのです。
21までの想像をすることなく、1の段階でやってみるという意識です。
作業しながら結果を見てさらに修正し、改善していく。
完成ありきから入るのではなく、完成は進行の中にあると見ているのですね。
言い換えれば、21までの段階のステップを限りなく次元を落として細かくし、非常に小さなスパンで想像しているため、実行に移しやすいということでもあります。
つまり、行動が早い人は1から21までの想像上の段階の長さが、行動の遅い人に比べて極めて短い、一瞬に見えるほどのものだということです。
ということは、21という完成の度合いが低いとも言えます。低いからこそ、実行への躊躇、失敗への恐れが少なくなるのです。ハードルがもともと低いからです。
まさにスモールステップでの完成(目標)を見ていくということと同じです。
それから、これが恐るべきことなのですが、高い目標、遠い完成の道のりを設定することによって、「自分にはできない」「完成することは難しい」となり、それが「しなくてよい」「やろうとしているけれど、完成には時間がかかるので・・・」という行動の言い訳、逃避に使われるという事実です。
ほとんどの人の成功できない要因は、「やらない」のこの一言に尽きます。(自戒の意味が多分にあります・・・(^_^;))
これを変えるには自分が「手品師」であることを自覚し、「手品師」は「手品師」としてその最初の段階から実行していくことで、技術や知識を身につけていくことにあると思うことです。
誰しも最初から完璧な人はいません。やりながら改編し、完成させていくものだということを思うと、気は楽になります。
実は1の「手品師」と完成を意味する21の「世界」との間には密接な関連があり、これを読み解くと、「手品師」の実践がいかに大切かがわかってきます。
しかし、ただやるだけではなく、大アルカナの2から20までのステップを細かいものにわけて(考えて)やっていくことが肝心であると、タロットからは示唆が得られるのです。


タロットから示唆を得るということ。

タロットカードからはいろいろな示唆が得られます。


ところで「カードから示唆を得る」という表現を私はいつもしていますが、これには具体的にふたつの「示唆」があります。


ひとつは積み重ねた知識と、カードの絵柄・意味(象徴)とが合わさって得られる示唆。


いわば物事・記憶の整理であり、入れた知識を変換して取り出している、意味づけしているという作業です。


タロットの実際的な恩恵は実はここにあります。


たいていの場合、見たり聞いたり読んだりして得られた知識・情報は一度自分の中にしまい込まれ、なかなか取り出すことができにくいものです。


必要に迫られて、あるいはインパクトが強い記憶の場合は強引にでも導き出せることができるのですが、ちょっと前に読んだ本の内容ですら、意外に私たちは忘れているものです。


そして、思い出せるにしても、今度はその得た知識を自分の中でどのように整理・統合するのかという問題も起こってきます。


これがタロットを学習していると、その象徴機能の働きにより、思い出すことも起こりやすくなりますし、どの知識がどの系統に属するのかという引き出しに整理しなおす(パソコン的に言えばフォルダで整理する)こともできるようになります。


つまりカード自体が引き出しであり、フォルダなのです。これができるので逆にいえば、記憶を取り出しやすい、思い出しやすいとも言えます。


そして「示唆を得る」ことのもうひとつの形態は、まさにダイレクトにカードから教えてもらう、感じるというようなものです。


もしかすると自分の記憶の中にあったことなのかもしれませんが、感覚としては、カードが人間のように現れ、語りかけてくるというようなものなのです。


これは人格化という物事を人間のように扱うことでできてきます。いわばカード一枚一枚を「人」として見る方法です。


そうすると、実際にカードの人物とコミュニケーションするかのような感じで、カードから示唆を得ることができます。


女性の皆さんならば、幼い頃にぬいぐるみと語り合っていた経験はありませんか?


これは同じ原理なのです。


そして実はそれがタロットとの会話に活かされるのです。ということは、幼い時に自由に発想していた感覚・イマジネーションを思い出せば思い出すほど、カードが読みやすくなってくるということです。


私たちは大人になるにつれ、それを失うか、してはいけない、バカなこと、幼いことと自分で封じ込めて来ました


その解放が、意外にも大人になった今の私たち自分自身の本当の解放にもつながってくるのです。


本当の自分に生きる。

私のところに来られるタロットの受講生の方は、ほとんど何らかの形で変化・変容の過渡期に来ている方たちばかりです。
自分でも気がついている方もいらっしゃいますが、そうでない方もいらっしゃいます。
それでもタロット講座で実際にタロット展開してリーディング練習しているうちに、皆さん気がついてくる場合が多いです。
講座に参加したということは、知らず知らず、自分の中の本当の自分のようなものが変化・成長を促そうと選択していたのかもしれません。
たまたまそのきっかけとしてタロット講座であったということでしょう。逆にいえば、このタロット講座は自分の変化をとらえる、見つめるのには適しているということでもあります。
そして、受講者の方たちを見ていますと、最近多いのは、「今の生活や仕事が何か違う」「どうも満足がいかない」「これでいいのだろうか・・・」「もっと自分に何かできることがあるのではないか」というような問いです。
これは深くには自分の魂の叫びのようなものが含まれています。そして最初にも述べたように、「本当の自分」を置き去りにしてきた、あるいは隠してきた場合に、その自分が存在を知らしめようとしているのだとも考えられます。
そうしたもう一人自分との融合がとれていない場合は、現状の不満足・違和感という形で次第に表面化してきます。
それが局面として現れると仕事であったり、生活であったりするのです。
いわば、カードでいえばテーマは「太陽」です。今の自分ともう一人の自分が融合・統合化される状態、これが「太陽」のカードの絵柄が示しています。
そして近年は特に、偽りの自分でいることが全体的に難しくなってきています。このあたりは次元上昇といわれるスピリチュアル的な意味もあるのかもしれません。
ここであえて「心」と「魂」という分類をするのなら、「心」はその都度変化していくもの「魂」は不変のものとたとえることができます。
今の自分で現れている部分は、心での自分が多く、これは一人(ひとつ)だけではありません。生きるためにはいろいろな自分を仮面・ペルソナのように付け替えていかなくてはならないこともあります。
しかしそれができるのもある意味、人間としての特技であり、特徴です。
しかしながら、それとは別に、やはり不変ともいえる何か核・コアな自分というものも存在しています。
その魂的な自分が何なのかはわかりづらくもありますが、具体的ではなくとも、こうしたい、こうありたいという自分と考えられるでしょう。
実をいうと、私はこれは「人の役に立ちたい、貢献したい」「世界・自然・宇宙に息づいている自分でありたい」というものが、ほとんどの人に当てはまるのではないかと思っています。
つまり、それが実感できれば魂やもう一人の自分は満足に至ると言ってもよいのです。
この観点から今の仕事、生活はどうなのかと考えてみるのです。
人の役に立っていることが実感できていない生活や仕事。
大きなものとつながっている、ともに息づいているとは思えない今の自分の状態。
こういうことであるならば、現在の自分はやはり何かバランスがおかしいのではないかと見るのもよいでしょう。
しかしだからといって、安易に生活や仕事を変えるというのも現実的には問題が大きいこともあります。
大切なのは、上記の「役に立っている実感」「全体と自分が調和していく実感」「今の」現実の生活や仕事の中から、どう導き出すことができるかを考え、実行することです。
その上で、やはり変えなくてはならない部分があるのなら、思い悩み続けるのではなく、行動として働きかけていくことです。
いきなりの大きな変革や行動は誰しも難しいものです。ですから、まさにできる範囲、できることから少しずつ改革・実践していくのです。
その積み重ねが必ず、自分の求めていた実感に至る道を示してくれるでしょう。いわば「太陽」になる自分の道です。
人生は長いようで短いのです。
もはや世間や親や配偶者・子供、これまでの常識に従う生き方を続けていく時代ではありません。今生は誰の人生でもなく、あなた自身の人生にほかならないのです。
自分のために生きること、これが実は家族やパートナー、周囲の人の幸せにもつながっていく時代になってきているのです。
とはいえ、つらいことから逃げるとか楽をするとか、わがままに生きていいというのではありません。
自分の魂に正直に生きていく」ということなのです。
これは実は厳しい部分(タロットカードでいうと「月」の葛藤)もあるのですが、それを超えるとまさに太陽のように輝いた自分になり、それが周囲の人を照らすことになるのです。


Top