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タロットをすると驚きと感動があります。

タロットに最初にふれて、占いでもリーディングでも、自分のためにカードを引くと(あるいは引いてもらうと)、そのカードがまさしく今の自分(の状況・心境)と関係していることを知って驚きます。


たくさんのカードの中(通常は78枚、大アルカナだけなら22枚)から偶然引いたのに、なぜそれほどまでに自分にぴったりのカードが出るのかにびっくりするのですね。


この最初の驚きはかなり衝撃的でインパクトを持ちますので、のちのちタロットを続けていくにしても、ずっと忘れない記憶になることもあります。


しかしながら、これはほんの入り口であり(でもとても重要なものです)、次第にタロットが問いや自分のことにふさわしいカードが出るのは、むしろ当たり前と感じるようになってきます。


それは単なる偶然ではないかと思う人もいるでしょう


またうがった見方をすれば、こう考えることもできます。


たとえば血液型占いの本を手にして、A型の人に何型の項目を読んでいるのかを知らせずにB型の所を読んで聞かせると、A型の人は「そうそう私はそういうとこ、あるある」とうなづいてしまいます。


実はこれは人間は誰しも総合的に全部当てはまるパターンは持っており、その一部分を指摘されると、皆、「そういうことはある」と感じる仕組みを利用したものなのです。人は単純にひとつの型にはあてはまらないのが本当だからです。


ですから、タロットカードが人の心や事柄の普遍的なパターンを象徴しているとすれば、どれを引いても自分にとって当たっていると感じることもあり得るわけです。


ところが、タロットカードを引いて行けばわかりますが、確かにどれを引いても自分には関係するとはいえ、たとえば仕事のことを質問すると「仕事」を最も象徴するカードが偶然以上のタイミングで現れたり、自分でも気付かなかったことを象徴するようなカードが出てきたりと、その登場の仕方には何かの意志がある(宿っている)のではないかと思わざるを得ないところがあるのです。


百歩譲って、すべて偶然だったとしましょう。それでも、カードに自分を投影することができ、自己を分析したり、顧みたりして、指針を得ることのできるカードというのはそうそうあるものではないと思います。霊的なことを抜きにしても、心理機能的には十分役割を果たしているといえましょう。


さて、最初の衝撃を経験したあとは、今度は(カモワン流展開の場合)自分のストーリーが過去・現在にわたってそのままカードにも展開されていることにさらなる驚きと感動を得ます。だからこそ、未来のカードも信用することができます。


そして今度は、単なるカードと自分の符合・一致を確認するだけではなく、カードからのメッセージもくみ取ることによって、自分の運命や人生が自分で変えていくことも可能であることを知ります。受動から能動に切り替わるのです。


心やあなたの持っていたネガティブな自分へのイメージは変化し、心が変われば態度や心構えも変わって、実際に行動するようになります


行動は私たちの住むこの現実世界でもっとも有効な「働きかけ」の手段といえます。なぜなら形ある世界には形ある実際の動きこそが効果があるからです。たとえれば固形物の形や場所を変えるには、ハンマーをふるうとか、手で動かすとかが必要であるということです。


こうして少しずつ自分と現実にもいい意味で変化を経験し、タロットに対して揺るぎない自信と信頼を得るようになります。


ただこれはタロットを神と信奉するのではなく、もともと自分の中に備わっていた神性なる部分、高次の自分とタロットがコンタクトするように導いてくれたと考えるべきです。


ですから、本当はタロットが変えてくれたのではなく、タロットを通じて自分自身で自分の価値を高めた(本来を取り戻した)ということなのです。


この時、また別の意味でタロットへの感動が起こります。いや、むしろそれはタロットへというより、自然や宇宙、そして自分の中にある崇高さというようなものへの畏敬の念ともいえるものでしょうか。タロットマンダラでいえば、「」のような段階と感覚です。


このように、タロットを続けていくと、段階的に別種の驚きと感動があなたに訪れることになるのです。


イヤーカード

以前にもソウルカード、パーソナルカートの記事 で、イヤーカードのことについては少しふれてはいました。


ここで改めてイヤーカードについてお話したいと思います。


イヤーカードは、自分にとってのその年(2010年、2011年などの年)の課題やテーマといったものをタロットカード大アルカナ一枚で象徴させたものです。カモワン版マルセイユタロットに限らず、どのタロットでも「」さえついていれば使える技法です。


イヤーカードをどうやって出すのかということは詳しくは講座で説明していますが、要は自分の誕生日の月日と見たい年(西暦)とを足し込んで算出します。


占いとして「年運」(年の運勢)的に見ることも可能なのですが、そうしてしまうと、たとえばある特定のカードに悪い印象を抱いていると、ある年のイヤーカードがそのカードならば、その年は不運な年だと決めてしまうことにもなりかねません。


それではせっかくの可能性の芽も最初から自分で摘んでしまうことになります。


極端な話、カモワン版では「13」と数だけで呼称されるカードも、もし「死に神」という名前で不吉に感じていると、その年はまるで死が待っているのではないかと恐れることにもなります。


ですからまずイヤーカードで年を見るということを行う前に、カード自体にいいも悪いもなくニュートラルなものだということを理解しておく必要があります。理解することが難しければ、特定のカードに対するネガティブな思いをできるだけ払拭しておくことが求められるでしょう。


さて、このイヤーカードなのですが、新年一月一日をもって新しいイヤーカードに切り替わると考えるものと、自分の誕生日から新しい(その年の)カードに変わるというふたつの考え方があります。


どちらが適当なのかは、過去に遡って自分で計算してみることです。すると、過去の出来事・イベントなどとカードがぴったりくるのはどちら(誕生日で切替か新年で切替か)であるかがわかります。


イヤーカードの計算方法は流派みたいなものによって変わることがあります。私の習ったものでは、イヤーカードは一年ごとに一つずつ数(カード)が進むのではなく、10年スパンで一度大きくバックしてまた進んて行きます。


それを立体的な図で表してみると、らせんを描いて進んでいるかのように見えます。カモワン流のタロットマンダラに当てはめれば、人により特定の階層や道筋を何度も通ることになります。


ここからイヤーカードが、いわぱカルマのような、その人固有の何か大きなテーマを表しているのではないかと考えられることもできるのです。


一年一年、その年や課題を象徴しつつ、巨視的には自分の持っている宿命・カルマのごとき大テーマをも含有している。それがイヤーカードなのかもしれません。そのように思うと、イヤーカードも実に味わい深いものとなってきます。


先に悪い例で出しました通称一般的に「死に神」と呼ばれている「13」のカードも、イヤーカードとして積極的に課題やテーマとして見れば、まさに「改革、変容、変化」の年でチャンスだとも言えるのです。


また自分や周囲の環境、あるいは精神的なことでも新しいステージに移っていくということも考えられます。「死」よりも次の「再生」をイメージするのです。それには「死」と考えるのではなく、「再生」のために「終わらせるもの、終わるものもある」と見ていくとよいでしょう。


さらに、「13」は大きな鎌をふるっていますので、ある実りを刈り取っているとも想像できます。そうすると、その年は象徴的に何かを収穫(育てたものが獲得できる)することがテーマとなるのかもしれません。


また反対に、鎌で土地を耕しているようにも見えますので、その年は将来に向けての種まき、地ならし、肥やしを与える時なのかもしれないのです。そういう意味では変化の派手さより、地味な年として見えることもあるのです。


タロット大アルカナ22枚は心の元型、世の事柄の22のパターンだとも言えます。

ですから、イヤーカードは特別に22の中のひとつ(一枚)として、その年に考える(見つめる)課題(そのカードが示す自分の中の心、世の中の仕組み・パターン)として与えられたものと考えることができます。


結局のところ、ソウルカード・パーソナルカードと同様、自分とタロットを深く関連づけ、タロットを通して世界と自分を知るための窓口・方法としてイヤーカードも機能するのです。




人に話をすること、伝えるということ。

タロットカードには「法皇」(通常では法王、教皇の名)というカードがあり、その次の数を持つカードには「恋人」(恋人たち)というのカードが位置しています。

カモワン版マルセイユタロットではカード人物の視線を重視し、視線が向いている(向けられている)カード同士を関連させてリーディングしていきます。

この「法皇」と「恋人」も、二枚を数の順に並べると、「法皇」から「恋人」に視線が注がれているように見えます。

「法皇」は人に話しをしている様子が描かれ、「恋人」は三人の人物が何かを話し合っているようにも見えます。これらのことから、ともに「話をすること」つまり、コミュニケーションが両方とも関係するということが読み取れます。

この二枚で、言うなれば、「人に話を伝える(法皇)」には、「コミュニケーションの技術(恋人)」が必要だということが示唆されているようにもとれるのです。

実はタロットリーディングは、単にタロットの絵柄や展開から意味がくみ取れる(読める)だけではまだ不十分といえます。

いえ、自分のことをリーディングするということではそれで十分なのです。けれども、リーディングした(感じ取った)内容を他人に伝えるという観点では、そこに言葉やコミュニケーションの技術が必要となってくるのです。

初級の段階では、この部分、「人にいかにしてタロットカードから読み取った内容を伝えるか」ということに苦慮し、結局リーディングが客観的にうまくできないという場合があります。

頭や心ではわかっている(感じている)のに、それをうまく言葉で表現できない、伝えられないのですね。

それは友人同士や家族同志の会話とは別に、プレゼンテーションとはいわないまでも、他人に対して自分の思い(仕事の内容など)を説明する機会が少ない人、口べただと思いこんで話すことをためらっている人、話し好きだけれども要領よく話せない人などには多いケースとなります。

ほかにも何かのことで心にブロックがあって、話しづらいという人もいます。

また話をすることはできても、相手にきちんと言うべき事が言えず、(遠慮してしまう、嫌われたり、いやがられたりするのが怖いという恐れを含んでいます)本質を避けた言い回しになってわかりづらくなってしまうということもあります。

タロットを習ったことで人に説明する機会が生じて、はじめて自分がそういう欠点やブロックがあることに気がつく人もいるのです。

これを克服していくには、やはり意識して訓練するしかありませんが、タロットリーディングを習って人と組(ペア)になってリーディング練習を繰り返すことでも、かなり改善されていきます

また、タロットを使って話しのポイントをあらかじめまとめていくことも可能です。

そもそもカモワン流でリーディングする場合、出たタロット展開にストーリーを作り上げる必要が生じますので、リーディングをこなすに連れ、話を整理していくことは自然と上達していくようにもなります。

わけもわからず、混乱した状態のまま話をしてしまうので、自分でも何を言っているのかわかりませんし、当然相手にも伝わらないことになるのです

話の整理さえつけば、相手に話しをすることも以前よりかは格段にしやすくなり、また相手側にも理解がしやすくなります。

それから普段から言葉・言語に注意を払っていくことです。

自分の言語表現の能力、蓄積を上げていくのです。いわば言葉の貯金です。本を読んだり、文章に多く接することはそのことに高く貢献します。タロットはイメージの力も重要ですが、意外にもこうした「言葉」の能力も要求されるのです。(人にリーディングする場合)

当然のことですが、リーディング内容を伝える以上にタロットを教える講師ともなると、さらに相手に理解してもらえるような言葉、コミュケーションの力がいります。一対一の関係だけではなくなるからです。

自分はタロットがよく読めるようになった、タロットのことはよくわかったと言っても、それを人に伝え教えるともなればまた違った技術の研鑽が求められようになります。これは私自身も昔は錯覚していたことでした。

自分が本当に理解しているかどうかは、まさに他人にそのことを説明してみればわかるのです。

きちんと相手が納得してわかってくれたのならば、あなたの理解度はきちんとしたものですが、そうでなければやはり中途半端なのです。おそらくそのような時は、人に説明をしている最中に、しどろもどろとなるので一目瞭然でしょう。

「法皇」と「恋人」に戻りますが、「法皇」はよく見ると視線は「恋人」の天使に向かっています。つまりは、人間を超えた存在を見ているのです。

それほど人に話をすること、伝えることは言葉を選び、慎重に行い、天使的な目線(上から目線ということではなく、自分の言葉に責任を持つ、人に貢献するというような姿勢)で行うものであることが強調されているのです。

私もまだまだ未熟です。「法皇」目指してがんばりたいものです。


タロットが読めない理由 頭が固い人のために。

タロットを学習していても、なかなかリーディングができないことがあります。


それにはいくつかの理由が考えられます。


まず大きくわけてふたつの理由が見つけられます。(ただし、ここで述べるものは、カモワン流の読み方やそれに関連することになります)


ひとつは、技術(テクニック)的なこと、

そしてもうひとつは、知識的なことによるものです。


どちらも不足していては当然ながらうまく読むことはできません。


しかしながら、このふたつ以前に、読めないことには大きな問題と理由があるのです。


それは「イメージ(想像力)」が欠如している(から読めない)」ということです。


正確にいえば、実はイメージする力はもともと誰しも持っているのですが、イメージしていることを意識することができていないといえます。


たとえていえば、映写機は回っていて映画を映してはいるものの、自分自身はその映画館の中に入っていないといえるものかもしれません。


つまり、イメージを引き出していない、イメージしている自分のイメージがとらえられないということです。


言わば、イメージの倉庫からある事柄に関連するイメージを棚卸ししてくる(取り出してくる)という一連の回路が(ルート)が未発達、あるいは使われず蜘蛛の巣がはっているかのようになっていると考えられます。


そこで、その回路をつなげ、開発して太くしていくと、イメージはかなり取り出せるようになります。その状態が「イメージがわくようになった」と感じていることなのです。


普段今の私たちの生活の中では、なかなかイメージする・想像するということをしなくなっています。情報にあふれ、イメージや想像をしなくてもすぐにわかるようになっているからです。


待ち合わせですら、今は携帯電話がありますから、たとえ約束の時間に相手が現れなくても、携帯などで連絡すれば理由は相手が説明してくれるでしょう。これが昔は想像力を働かせて、「どうして遅れているのだろう?」といろいろと類推していたものなのです。


また映像や動画も発達し、かつては文字から自分で頭でイメージしていたものも、今では簡単に誰かが(あるいは自分で)道具を使って視覚化してしまうという時代です。


というようなことですから、便利になればなるほど私たちはイメージ力・想像力を働かせないようになってしまうわけです。だから先述した「回路」が詰まるということにもなります。


ほとんど使わなくなっていた回路を再び活性化させるには、少し時間がかかります。頭が固いと言われる人、正しさばかりを追い求めてきた人、安全策をいつも求めてしまう人、まじめすぎる人などは特にそういう傾向にあります。


でも多かれ少なかれ、皆大人になればある程度の常識で固められて、自由な発想というものはできにくくなっています。


そういった固まってしまった頭と心に柔軟性を持たせ、さらにイメージする力の(イメージを取り出す)回路を開くためにタロットはとても有効なのです。


タロットリーディングがうまくできるようになればそれはそれでよいことですが、大切なのは「目的」だけではなく、「過程」にもあるということを覚えておきましょう。そうすればリーディングできずに気落ちするだけのことにはならなくなります。


タロットが読めない理由は段階的にももっといろいろとありますが、それについてはタロット講座等でまた説明していきます。


月のカードを他のカードとの関連で読む。

昨日は満月でしたね。


あいにくこちら関西では天気が悪く、雨が降っていました。全国的にもあまり天気はよくなかったようなので、は見えにくかったでしょうね。


タロットカードでも月のカード(名前もそのまま「月」です)があることは知られています。カモワン流での解釈としては難しいと思われる部類のカードでもあります。


これをリーディングする手がかりとしても以前にも何度か書いてきましたが、今日はまた違ったアプローチでお話してみたいと思います。


それはカモワン流のタロット絵図、タロットマンダラ縦列を意識して考える方法です。


タロットマンダラで「」のカードが位置するのは、最上段真ん中になります。これを縦に下へ降りていくと、次に「」のカード、そして「皇帝」へとつながっていきます。


この三枚の下降に至る過程はいろいろなものが示唆されていて、非常に興味深く、「関西カモワンタロット研究会」でも幾度もテーマに採りあげられてきた部分です。


ですが、今日は「月」をメインにして解説します。


月は太陽の光を受けて輝くように、私たちの想念が投影されます。まさに「」なのです。


ですからタロットカードが「心を映し出す鏡」のような存在であるとすると、月のカードはそれを表す象徴みたいなものといえます。


また投影するだけではなく、増幅していくこともあります。光が差し込んだ「鏡」をイメージしてみると、ビームのようにピンポイントで反射していく様がわかると思います。太陽よりも月が小さい分、凝縮されたビームとなるのです。


言ってみれば、想念の拡大と、反対に収れん(集約)が行われるということです。


鏡なのですから、良い想念ならばそのまま良いものが返り、悪いものなら悪いものがやはりそのまま反響します。そして重要なのはそれらが、「拡大、集約」されてくることもあるということです。


そのことを示すのが、次の「」であり、そして最終的な結果を示す「皇帝」なのです。


拡大して収れんしていくことは、イメージが次第に色濃くなってリアルになるということです。そうすると、イメージの密度が重くなり、物質化に近づいてくるというメカニズムもあります。


「力」は精神や心理のコントロール、皇帝は「地上」に降りる結果だと言ってもよいでしょう。ともに「拡大」を意味する象徴があるのもタロットのすごいところです。


余談ながら、神秘家のシュタイナーは、月は地球から分離したと述べており、タロットマンダラ月の縦列を見ると、それらを想像することもできます。(皇帝はもっとも「地上」や「物質」、「現実」を意味します)


結局、「月」は今ある思いがそのまま反映されるということがカギとなります。であるならば、今の想念をどう見つめるかが重要であり、これを変えていったり、コントロールしていったりすることで、現実に起こる(反映される)ことも変化するということになります。


「月」のカードに二匹の犬のような動物が描かれているのは、自分の心にあるふたつのものを映し出し、それらをどのように扱って、どう方向付けていくのかが問われているといえます。


もっと象徴の意味やカードの内容、カードを使った自分の心の見つめ方などを詳しく知りたい方は、是非マルセイユタロットを学ばれてみてください。


あなたの隠れている奥底の問題や、いい意味での潜在的な能力も「月」に投影するかのように、発見することもできるかもしれません。


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