一本の、見えない道を見る。

もうすぐ4月ということで、新しい環境に身を置かれる方も多いことでしょう。
そこで今回は、この仕事に入る前に体験した、ちょっと不思議な私の転職(退職)話をしてみたいと思います。


私は大学を卒業して、最初に就職したのが某信用金庫でした。ところが、もともと当時流行っていた用語でいうと、“ピーターパン症候群”と言いますか、社会に出ることがとても怖い人間だったんですね。それまで、アルバイトなんかもしていたのですが、「就職する」ということに、何か自分が一生縛られるような、牢獄入りするような、非常な恐怖感があったのです。もしかすると、今ならニートとして引きこもっていたかもしれません。
とはいえ、就職しないわけにもいきませんでしたので、何とか遅まきながら就職活動を開始したのですが、やはりもともと就職する気が希薄な上に、自己アピールも苦手で、さらに活動が大幅に遅れたことで、面接の受付自体も進みにくい有様でした。また私の専攻する学部も、企業に受けの悪いということもマイナス要因でした。そんな時に、大学の就職コーナーの張り紙を見ていますと、同じ学部の知人が来て、「俺、銀行に決まりそうだ」という話をしてきたのです。何の策もない私は、「そうか、わが就職に不利な学部も意外に銀行関係はいいのか・・・」と勘違いし、それからというもの、銀行方面にターゲットを変えたのです。けれども、実は私は、数やお金の計算というものが大の苦手で、古い人にはわかるでしょうが、「ハクション大魔王」のごとく、数字を見るとクラクラしてくるタチなのです。そんな人間が銀行に就職なんて、土台おかしな話だったのです。
それでも人間の運命とは数奇なもので、銀行はダメだったのですが、信用金庫には最終選考まで残り、内定をもらってしまったのでした。これは私という人間を評価してくれたわけではなく、どうやらたまたま人手不足みたいで、大卒も少ない状態だったので、入れてくれたみたいなものです。
さて何とか信用金庫に就職が決定したのは良かったのですが、やはりピーターパン症候群の上に数字アレルギーという決定的な欠陥を持ちつつ、「信用金庫」というありえない所へ働くことになったために、実際の結果は明白でした。かろうじて研修は持っていたのですが、ある支店に配属されてからは、たちまちのうちにめげてしまい、お金はなくすわ、開店中の殺気立つ受付お姉様の合間を縫っての機械作業などにもへこたれるわで、情けなくもわずか三ヶ月という期間で退職するはめとなってしまいました。そんなその信用金庫なのですが、ここは結構美術や芸術好きな風潮があり、その点は私は好きだったのです。それで、その時その信用金庫が新しく建設していた本店ビルがあり、完成の暁には、店舗前に彫像を置くことを予定していたのでした。けれども結局私は、その本店完成前にそこを辞めてしまったというわけです。
その後、ある理由で公務員を目指す決心をして、何とか公務員試験に合格して某地方公務員となることができ、どうにかこうにか働いていました。しかし私の経歴紹介でも書いてますように、心身の不調に陥り、神経症うつ病になったことで人生が転換、タロットに出会い、公務員の退職も決意することになりました。
実はこれまでのことは前置きといいますか、不思議な体験というのは、ここからの話です。(すみません、長々と・・・)
さて、私の最後の公務員の職場というのが、奇しくも最初に私が就職をして配属された信用金庫の支店の近く(同じ市内)だったのです。
公務員を退職する最後のその日、その所属長さんたちと挨拶を交わして、私は寂しくも、しかし何かさっぱりしたような気分で、職場を辞しました。しかしまだ一抹の不安といいますか、世間では考えられない選択をしてしまった自分に、某かの後ろめたい気持ちと、もっと辛抱して耐えて踏みとどまるべきではなかったのか・・・という自責の念もあったのは事実です。そんな心持ちのまま、バスに乗り込みました。駅までのわずか5分ほどの車中に、ぼんやりと私は車窓をながめていました。
その時です。突然、私の目に、ある彫像が飛び込んできました。それはカドケウスという杖を持つ「ヘルメス神」の像でした。「ヘルメス」といえば、ギリシア神話では「伝令の神」であり、また別の意味では「錬金術」や「神秘思想」の祖といわれる特殊な人物を指すのですが、いわば私のタロットもそれに深く関連するものであり、タロットとヘルメス(思想)は、切っても切れない関係にあるといえるものでした。そして何と、そのヘルメス像は、私がかつて在籍していた信用金庫の、あのまだ当時は未完成だった本店の前に立つ像だったのです。これまでいつもその前を通っていたというのに、なぜ気がつかなかったのでしょう? さらに、なぜか驚いて瞬間に時計を見てしまったのですが、時計の針はデジタルで「11:26」を示していました。11.26...実はこれは私の誕生日の日付なのです! 単なる偶然?? そうかもしれません。しかし、その時の私は、確実に「この道でいいんだ」という実感を得た気がしました。
「秘教」の伝説的な人物であり、「伝令」の神であるヘルメス。それが、私の公務員として「最後」の所属地であり、また「最初」に就職した企業の本店にある像であったことが、すなわち「始まりであり、かつ終わりであり、そしてまた始まりである」という永遠の循環、メビウスの輪、無限大のレムニスケートを象徴していたように思えます。何か大きな存在が、ヘルメスのカドケウス(ヘルメスの持つ二本の蛇がからみつく杖)をシンボルとして、私に信じた道を進む勇気を与えてくれたように感じました。と同時に、運命の不可思議さを知った瞬間でもありました。
皆さまも紆余曲折、人生の道にいろいろあるでしょうが、そこに流れる一本の見えない本道のようなものが、誰でも確実に存在しているのだと考えられます。それはこうした不思議なシンクロニシティ、偶然のような必然によって、私たちの目の前に垣間姿を見せるのかもしれません。そうとらえますと、今度、新しい環境になられる方も、それぞれにその場所・その経験において自らの一本の道につながっており、深い意味がきっとあるのだと思われるのです。

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