集中する前に。

物事に集中したいのに集中できない時、それはそのまま「集中できないことがある」ということの証明にほかなりません。


つまり、集中したい事柄とは別のことも気になっているということであり、平たく言えば気が散っているということです。


気が散っているから集中できないのか、集中できないから気が散るのか、実はどちらでも同じことだと考えられます。


ではどうすればよいのか。


このブログでも再三登場しているカモワン版マルセイユタロットの絵図「タロットマンダラ」は、このことに示唆を与えてくれます。


カモワンタロットで「集中」を意味させるカードは、「節制」が一番よく当てはまります。


タロットマンダラ上でこの「節制」と向き合っているのは「13」のカードです。「13」は大きな鎌をもった人物が描かれているカードで、その鎌によって無駄なものを削り取っているように見えます。


ということは、この二枚によって「集中するためには無駄なものを排除する」ということが読み取れます。


集中できないのは、整理をしないまま、混沌とした中で物事を始めてしまうからです。


部屋が散らかっていたり、意味のないテレビや音楽を流していたりと物理的・環境的に乱れていては集中は難しいでしょう。


また心理的にも、誰か気になっている人や気がかりなことが心にあると、作業に手がつれられにくいものです。


結局のところ、集中するためには物心両面での整理が必要であり、さらに述べるとするならば、終わらせていないものがないかを確認することも重要だということです。心理的に終わっていない、完了していないものは常に心のどこかで気になってしまうからです。


「13」のカードは「終わり」も意味しますので、カードから見てもこれはいえることです。


ただ、気になることがあっても、また環境的に混乱状態にあっても、人間、集中できる時はできるものです。


この場合は、タロットマンダラで「節制」よりさらに先に進んだ「悪魔」も関係してきます。


すなわち「悪魔」の意味する報酬や恩恵、満足感のような、自分にとっての利益が与えられることがわかっている場合に、あるいは逆に「それをしないと恐ろしいことになる」という恐怖感(カードの「13」も意味します)から、せっぱ詰まった有無を言わさない集中力がもたらされるわけです。


けれどもこのような形での集中力は、まるで馬を走らせるムチやニンジンみたいなもので動物的だともいえるでしょう。(支配する側はよく使う手ですが)


やはり人としては、きちんと整理を行った上で、集中できる環境づくりを行い、物事に向かいたいものです。

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