タロットの使い方
自分のことはわかりづらいので…
マルセイユタロットの活用で、自己洞察とか自己省察(厳密な意味では、ふたつは違いますが)、要するに自分自身を見る(知る)というものがあります。
個人的には、マルセイユタロットの活用では、それがもっとも現実的な意味で重要かと思います。
もちろん、他人へのリーディングとか、ひいては占いをするというのも悪いわけではありせんし、活用のひとつではありますが、本来、タロットは自分のために使うものというのが、しっくりきます。
※ついでに言えば、他人へのタロットリーディングも、見方を変えれば、自分のためにやっているようなものでもあるのです。
さて、自分を見るためにマルセイユタロットを使うわけですが、しかし、別にタロットでなくても、自分を見る方法はたくさんあります。
あくまで、(マルセイユ)タロットを使って、自らを知る方法もあるよ、というだけです。
さて、この自分を見る、自分を知るということは、意外に難しいものです。
特に自分の内面がどうなっているのか、もっと詳しく言えば、自分がどんな感情や思考をしていて、何を信じたり、価値を置いたりして、現状生きているかということは、とてもわかりづらいです。
外面ならば、それこそ鏡を見たり、人に見てもらったり(おかしな状態だと、人から指摘されることもあるでしょう)すればわかりますが、内面はそういうわけには行きません。
内面でも、表面的のもの、自分で意識している(自覚している)部分はわかるかもしれませんが、潜在意識とか深層心理の範囲まで来ると、本当に自分だけではわからないものです。
瞑想などの方法で、自分の中に深く潜行していけば、やがて潜在的な部分も見えて来ることもあるのもしれませんが、通常、なかなか難しいと思います。
スピリチュアルとか心理の世界では、自分の内面を知ることが重視されますが、これも個人的な感想になりますが、おそらく自分自身で、ただ自分に意識を向けるだけでは、それは困難だと感じます。
こう言ってしまえば元も子もないのですが、自分のことは自分一人ではわからないようになっている仕組みが、この世界のデフォルトみたいなものだと思われます。
しかし、これも、マルセイユタロットの「吊るし」の象徴のひとつだと考えられますが、逆転の発想で、だからこそ、他人や外部の状況、何かの道具など利用して、自らを知ることができるのではないかと考えます。
自分で自分の姿を本当は見ることができないのと同様(鏡は反転した姿です)、自分で自分を知るのはできないのかもしれず、ですから、上記のように、逆に外のものから自分を知るようにするのがいいのかもしれません。
少し意味は違いますが、ことわざでも、「人のふりを見て我が身を直せ」とあるようにです。
そして、マルセイユタロットは、そうした内面を外側から知る道具なのです。
必ずしも、潜在意識とは言いませんが、何かしら自分の気づかない思いや気持ち(自覚しているものも含めて)を、タロットカードが表すわけです。
タロットでなくても、ほかの様々なカードとか、その辺にあるモノとか絵とかぬいぐるみとかでも、これは可能と言えますが、タロット、特にマルセイユタロットの場合は、象徴システム的に精緻にできていますので、場とか空間の意思(自らを内包するもの)を反映しやすいことがあげられます。
言い換えれば、(象徴度合の)精度が高いというわけです。
しかし、ただタロットを引くだけでは感覚的なことしかわかりません。
そこに一枚一枚の象徴図の意味を知っておかないと、言わば、理解ができないことになります。ここでの「理解」とは「理(ことわり)が解る」と書くように、感じた感覚の理由を示すものです。
そして、ここがタロットリーディングの良さにもなってくるのですが、自分から分離する(したように見える)ほど、客観的になりますので、自分でタロットを引いて自分で解釈するより、人にやってもらったほうが、自分の気づいていない部分にふれてもらえる可能性が高まります。
これはつまり、癒着した状態ては自分がわからないからです。
融和を標ぼうし、二元分離を嫌うライトスピリチュアルに毒されるとわからなくなってきますが、意外に、分離意識こそが統合や融合への道になるのです。(ここでの分離意識とは、完全性・ありのままから分離した悪い意味での分離意識とは別の、切り離して観る客観姿勢のことを言っています)
それでも、タロットカードを使うこと自体も、言ってみれば、切り離しの行為(道具を使うことで)のひとつなので、自分でタロットを引いても、やり方によりますが、自分を知る一助になるのです。
「太陽」 自分との対話と共感
今日は、マルセイユタロットの「太陽」のカードの、ある使い方(とらえ方)を書きます。
その前に、タロットの読み方や、タロットから何か気づきを得ることにおいて、初心者の人に、基本として伝えておきたいものがあります。
それはタロットは象徴だということです。
今日のテーマになっている「太陽」のカードについても、その絵柄を見ますと、二人の人物が描かれているのがわかります。
その二人の人物が、自分とパートナーとか、自分と友人とか、言わば、自分と別の人を表していると見ることがあるでしょう。これは、まあ、見たままと言いますか、普通に絵柄を見て持つ実際的(外面的)な印象かと思います。
一方で、この二人は、もしかすると、自分の中にいるもう一人の自分ではないだろうか、と考える人もいるかもしれません。こちらはどちらかと言えば、内面的な見方、心理的なとらえ方と言えるでしょう。
タロットの読み方がまだよくわからない初心者の人(あるいは、象徴が何であるかというものが教えられていない人)にとっては、この「太陽」のケースだと、特に前者の見方をして、それで決まりだとしてしまいます。
つまり、タロットの絵柄そのままで解釈して、さらには、その解釈した考えや意味を一度決めてしまうと、ほかの見方・読み方を思いつこうとしなくなる態度になるわけです。
「太陽」の二人は、自分とパートナーかもしれないし、自分の肉親(兄弟・姉妹・親子)かもしれず、はたまた学校の友達同士、職場の同僚、趣味の仲間、同じ考えを共有している同志ということも考えられ、さらには、先述したように、自分ともう一人の人物(表の自分と裏の自分、意識的な自分と無意識の自分)、低次やエゴの自分と高次・トータル的な自分ということも考えられるのです。
もっと言えば、人間同士とも限らず、とにかくこの二人の人物という絵柄が何の象徴を表しているかを理解できれば、それは動物、モノ、国、宇宙など何でも解釈は可能になります。
ただし、表している象徴からはずれている場合は、この限りではありません。(タロットは、どんな読み方もありではあっても、それが全部、タロットの表しているルールに適用しているわけではないということ)
それから読みに必ずひとつの正答がある(数学的な解がある)と思うのは、タロットリーダーの誤りがちな初心者の態度です。
同じカード、同じ展開であったとしても、質問によって、または状況・個人によって、タロットの解釈は異なってきますし、多くの読み方があるのです。そういう考えになじむところから、タロットリーディングの第一歩は始まります。
さて前置きがほとんど本文みたいになってしまいましたが(苦笑)、マルセイユタロットの「太陽」の二人について、今回は、自分が二人いるという見方をします。
この見方は、すでに述べたように、多分に心理的な解釈になりますが、それだけに自己の内面を統合していくツール・方法としても大変有用なカードの見方になります。
自分の中には、様々な自分がいるという考えはわかると思います。これもある種の象徴的な見方ではありますが、本当は実際的な意味もあります。(本当に別の人間のような存在がいるという考えもあります)
それはともかく、まず、この心理的な解釈を自分が受け入れることが重要です。
もう一人の自分とは何者か?というのは、ここでは詳しく述べません。それも色々な解釈があるからです。
ただ、自分が自分だと思っている意識の通常の自分、この自分は、周りの環境や人間に配慮しながら(気を使いながら)生きている自分とも言えます。この自分をAとしましょう。
一方、普段は表にあまり出ない潜在的な自分、言い換えれば、本音の自分、どちらかと言えば子供的な自分(しかしインナーチャイルドとは言い切れず、むしろ本来の自分とも言え、こちらのほうが本当の意味で大人なこともあります)がいるとします。この自分をBとします。
「太陽」の二人は、言わば、このAとBの対話であり、相談であり、共感と調和、統合を示しているようにも思います。
自分との対話ということは、よく心理的な手法でも言われることですが、実はなかなか普段はできないものです。
ですから、ここにカードの重要性があるのです。「太陽」というカードをあえて自分の前に置くだけで、二人の人物という絵柄が目に入ってきます。
そこで、Aである自分が、Bである自分の声を聴こうというシチューエーション(場)が作られます。
内的な声を聴くというのは案外、慣れない人、わからない人も多いので、私が個人的に思うのは、聴くというより、「共感」する(共に感じてみようとする)ということで、もっと簡単に言えば、一人二役を演じてみるという感じになります。
「ほんとは嫌なんだよね」「それは怖いよね」「もっとこうしたいんだよね」「悔しいよな」「泣きたいよね」「そら腹立つわな」…など、Bの気持ちを、ただAがわかってあけようとするという態度でしょうか。
このようなことを書いている私自身もそうですが、私たちは、なかなかBの存在を気に掛けるということ(機会)が普段ありません。
また、自己の統合ということを難しく考え過ぎて、専門家に任せたり(深刻な場合は専門家の助けは必要です)、何とか自分(B)を理解しようと、なぜそうなったのかとか、隠れている(隠している)ことを、とことん探ろうとするようなことをします。
これは、追及となり、結局、Bを責めるみたいになることがあります。それよりも、寄り添うという態度が最初は大切かと思います。
一人二役の対話と共感(特にBへの)、もっと言えば、自分の本音を知ろうとするという態度だけでも、変化は起きてくるでしょう。
本音をごまかし、抑圧するエネルギーは、様々な矛盾とねじれ、心身の異常を来します。
しかしながら、現代社会では、Aで生きないといけない部分もあるのは当然で、ここで言っているのは、少なくとも普段無視している、あるいはごまかし、やむなく生きている状態の中で、本音を知ろうとすること(表に浮上させる)だけでも、ずいぶんと違うということです。
また、必ず本音で生きなくてはならないという意味でもありません。AとBの協力で、実際を生きる(乗り切る)という意味に近いです。
長年、対話は放置され、Aの論理と対策(それは外的なことに配慮したガチガチのルールに基づくことが多い)で続けられていたことなので、かなりパターン化され、オートマチックに働き、悪い意味での堂々巡りに陥っていることでしょう。
それを崩すのは容易ではないかもしれませんが、少しずつ雪解けを目指し、対話と共感という習慣を続けて行けば、それこそ「太陽」カードのような、二人の融和・統合が果たせ、分離したモノゴト、二元間の落下や移動(振幅)の恐怖・不安、幸不幸の荒波、焦燥感、矛盾感などが静まって来ると思えます。
「太陽」のカードは、そのきっかけを作る象徴の絵図となり、マルセイユタロットは、言わば、宗教的にはイコンの役割もあるのです。
タロットとビジネス、占いとそれ以外
私は中級以上の講座で、希望者にはタロットリーダーを養成(する講座を提供)していますが、タロットビジネス(タロットを使った営利的業務の構築と実施)を指導しているわけではありません。
ただ、タロットにおけるビジネスの状況については、私の知る範囲で解説しています。
タロットを使ったビジネス・営業となりますと、現状、タロット占い師になるというのが、もっともメジャーなものになるかと思います。
また、タロットヒーリングとか、タロットカウンセリング、タロットコーチングなど、とにかく、タロットを使って、人様の問題の解消や軽減に当たるという方法が考えられます。
それでも、いまだ、タロットは「占い」のツール、方法という一般的な認識が強いですので、営業としてやっていくのにも、「占い」でのアピールをするほうが、市場に向けてやりやすいのは確かでしょう。
そのため、占いではないタロットの活用を最初に志していた人でも、営業としてやっていくために、占いにシフトにしたり、占い向けに対象を変えて行ったりすることが少なくありません。
言ってみれば、「タロットリーダー」と名乗るか、占いを強調して「タロット占い師」として名乗るかみたいなことになります。
タロット占い師を名乗ることになるのなら、当然、お客様は占いを期待して来られますので、現状、及び過去や未来を含めて、当たるか当たらないかの点には、こだわりを持たれたり、問われたりすることになります。
占い師として初めから占い的にタロットを読む技術を教わっている、あるいは独学ながら、占い技術の研鑽をしてきたという人ならば、占いに期待するお客様に対しても、当たり前ですが、スムースに応えることができます。
少なくとも、自分のやっていることと、お客様が求められるものとの違いに悩まされることはあまりないでしょう。つまり、ビジネス・営業としても葛藤がないわけです。
しかしながら、占いではないタロットの使い方を目指してきた人、学習してきた人(特にマルセイユタロットでは、そういう方向性になりやすい)は、占い市場が多いタロットにおいてのお客様と、自分のやろうとする理想との間に、大きな違いがありますので、齟齬や葛藤が生じます。
ですから、占い市場で稼ぐとか、営業するとかの目的をもってタロットを使いたい場合は、最初からバリバリのタロット占い指導者(ビジネス的にも結果の出ている方)のもとで学び、訓練されるとよいと思います。
ちなみに私は、占いではないタロット(マルセイユタロット)になりますから、初めに述べたように、タロットリーダーになるための講座は開講していますが、あくまで、それはビジネスではなく、結局自己研鑽のためのものという目的になります。
私の考えでは、他人向けにタロットリーディングすることも、自己の認識を深め、(統合的に)成長するための方法のひとつであり、しかも、なかなか効果的な手段でもあるのです。
その過程で、タロットリーディングに代金をいただくこともありとしていますが、それはビジネスとして稼ぐ、それ一本で生業していくというようなものではなく、あくまで補助的なものです。
金銭を介することで、タロットリーダーとクライアントとの間で現代社会においては、ある種の契約や誓約ができるので、ともに真剣になるという利点があるのと、エネルギー的にも等価交換的なことになって、リーダー側の一方的消費に終わらないということがあるためです。
従って、ビジネスとして成功するためのタロットリーディングを教えているわけではありません。
もっとも、タロットと占いという結びつきは、今の一般的な意味でのタロット市場では強いですが、それも次第に時代遅れになりつつあると見ています。ただ、占いへの需要は、人々の大幅な霊的な向上がない限り、まだまだあると思います。
そもそも、タロット占い自体、かなり古い時代からあると考えられ、特にフランスでは、あの革命前後の時代に人心が乱れ、社会への不安が増したので、それまでキリスト教的には禁止され(ずっと禁止されているものですが)、特殊な階層の人でしか、していなかった占いが一般に広まり、巷で占いをする人、見てもらう人が激増したと言われます。
そこから見ましても、数百年、いまだ占いへの需要と供給が続いていると言えます。だから、まだまだ続きそうです。
ということは、規模はどうあれ、タロット占いとしてのビジネスの可能性もしばらく続くことが予想されます。その意味では、タロット占い師としてやっていくと、決意されるのもありでしょう。
一方、先述したように、従来型の占いも時代遅れとなりつつあり、変化が加速することでしょう。すると、タロットを占いではなく使っていく方法や、新たなタロットでのビジネスということも考えられます。
タロットというもの自体、男性はともかく、女性においては、おそらく結構名前と存在だけは知られているものと思います。
そのため、タロットそのものをウリにして、それをどう使うのかというよりも、「タロットを使って、あなたを幸せにする」というフレーズ(目的)で、使う方法はリーディングでも、ヒーリングでも、コーチングでも、そして占いでも何でもよいとするやり方も可能に思います。
要は使い方ではなく、いかに来られた人を楽にできるか、勇気や希望をもってもらえるか、価値をもってもらえるかということです。
これはタロットというツールが知られれば知られるほど、そういうこと(使い方・方法技術ではなく、タロットそのものをウリにすること)が、やりやすい環境になると思われます。
それから、少し高度なテクニックになりますが、あくまで占い市場に身を投じながら(お客様の層を、占い認識での方々をメインとしながら)、やっている中身はタロットリーディングやタロットカウンセリング、という方法もあります。
結局、よいタロット占い師さんは、当たりはずれのタロット占いの技術だけを提供されているのではなく、来て良かった、救われたとお客様が思う、人への親身な相談ができるからです。
それはお客様・クライアントにとって、実は当たる当たらないが本当の目的ではないとも言えます。
何のために占いに来られているのかを想像すれば、自ずと、タロット占い師・タロットリーダーが(タロットを使って)行うことの意味がわかるはずです。
ただ、市場自体が「タロットと占い」という、ステレオタイプ的な見方で凝り固まっているため、タロットに占いを求めていくという手段(スタイル)が確立され過ぎているのが問題と言えます。
ちなみに、私のところの講座では、タロット占いでの質問と、タロットリーディングでの質問の違いを明確にしており、それを理解すると、形式的にタロット占いをしながら、タロットリーディングに至ることができるという方法を指導しています。
つまるところ、ビジネスにおいても自分次第であり、タロット占いでないと営業は無理ということではなく、工夫次第なのでしょう。
私はビジネスのプロでもなく、むしろその才能はないですから、そうしたことは指導できませんが、専門の人や才能のある人にウリ方を依頼する(考えてもらう)のもいいと思います。
しかし、私も結構経験しましたが、当然ながらビジネスプロの方は、あくまでビジネスのプロであって、タロットを本当の意味で理解しているわけではありませんので、いくらウリ方を提案されても、その方法は相いれない(自分の思うタロットの道からはずれる)ということが多かったです。
そのあたりになると、根本的に資本主義経済の問題に行き着くこともあるので、本質的には難しいことです。
それでも、タロットは本来、自由になるためのものと言えますので、使い方は人それぞれであり、自分の思うやり方、自分が(タロットを使うことで)悩まない方法がよいかと思います。
タロットをやって、成長のために多少の葛藤や苦しみはあっても、タロットを扱うこと自体がつらいということであれば、それは本末転倒なので、あなたのタロットの使い方・目的を考え直すことです。
カードの人格化を行うと
タロットカードを人格化する技術は、その方法を詳しく知らなくても、カードに接する時は自然に行っているものです。
人格化とは、要するに、タロットカードを人間のように見るという方法なので、特にタロットと親密になりたいと願う初期の頃は、感覚的にそのようにカードを扱うことになります。
あまり適切なたとえではないかもしれませんが、しかし本質的には同じとも言える、幼ない子供がぬいぐるみに話しかけて、会話するようなことに似ています。
ただ、マルセイユタロットの場合、小アルカナの数カードが記号的な絵柄になっているので、人物(人間)として見るのは難しいでしょう。
従って、マルセイユタロットでは、カードを人格化する時、まずは大アルカナ22枚の扱いが重要(モデル)になってきます。
そうしてマルセイユタロットの大アルカナの絵柄を観察しますと、人間(のようなもの)が描かれているカードと、そうではないものとに分かれるのに気づきます。
カードにはだいたいは人物がいるのですが、まったく人が見当たらないカードもあります。具体的には、「運命の輪」と「月」です。
この二枚は、人間ではない生き物が中心の絵柄で、「運命の輪」に至ってはマシーンがメインと言えます。
また、人間的なものは描かれてはいるものの、人数が多数であったり、人間ではないもののほうが大きく描かれていたりして、一人の人格としてはとらえがたいカードもあります。「恋人」「悪魔」「神の家」「太陽」「審判」「世界」などは、それらに該当するでしょう。
しかしながら、そういった、一人の人間・人格に見えないカード、そう設定することが難しいカードにしても、何とか一人の人物として性格づけしていくことに、タロットカードの人格化の技術の向上があります。
そもそもカードを人格化することは、最初にも述べましたように、タロットカードとそれを扱う者との関係性を近づける、親密にする意味があります。
ほかには、タロットリーディングを(カードとの)コミュニケーション的に行うための前段階という位置づけもあります。
なぜカードを人間のように扱うと、上記のような目的がかなうのかと言えば、人はコミュニケーションするのに、やはり同じ人間的な方法がやりやすいからです。
そしてコミュニケーションがスムースに行けば行くほど、自ずと相手との理解も深まりますし、自分の意思を伝えることも可能になってきます。
もちろん、カードは人ではなくモノなので、「そういう気がする」という範囲でメルヘン・思い込みの世界とも言えますが、そういう世界観を作り出すこと自体に実は大きな意味があります。
モノを人間のように見るという行いは、霊的な通路を作ることでもありますし、私たち現代人が失ってしまった感覚を取り戻す意義もあります。
カードを人格化するうえで、人物がメインで描かれているカードを人間のように見立てることは、単純にやりやすいです。
しかし、先述したように、人間がメインではないカードたちは、イメージ的に一人に人格化することは困難ではあるものの、これもすでに指摘したように、それを可能にしていくことが、カードの扱いの意味でも大事になります。
想像力が試されますが、最初は難しくてもチャレンジしていくことで、人物が“創造”されていくのです。
大アルカナ全22枚を人格化できた時、面白いことが起きます。
まず、リーディングにおいては、カードからアドバイスを人間のようにもらえたり、いろいろと会話できたりする感覚が出てきます。
慣れて来ると、カードを引かずとも、その人物をイメージしただけで、脳内コミュニケーションのようなことが可能になります。
そして、心理的には、自分自身の分身のように見ることもできます。
人は代表的な性格、自分でもこう思っている自分というものがありますが、それとは違う、様々な性格の自分も隠れていると言われます。そういったものが、カード(の人格化)で表せられるのです。
このニュアンスで自己リーディングを実施する場合、言わば、別の自分との会話・相談をしているようなものになり、自分の分身たちが合議し、ある答えを出すかのようにリーディングが行われるのです。
ところで生成AIのチャットGPTが少し前より話題になっていますが、その使い方において、チャットGPTに、「あなたは、〇〇の専門家です」と指定すると、それらしい雰囲気とか内容で答えてきます。
それと似たような感じで、例えば「隠者」のカードを専門家の人格のように設定すると、そのようなアドバイスが「隠者」より、もたらされることがあります。
タロットカードも、設定とか扱いによって、使い勝手が大きく変わることが長年やっているとわかります。
カードを人格化して使う方法は、いろいろと便利なもので、自分自身にも、他人に対しても有用なものになります。
もしカードを人間のように見ることに違和感があり、ばかばかしいと思う人は、タロットを真に扱うことは無理でしょう。「運命の輪」で言えば、向かって左側の動物、アーリマンに毒された人と言えるからです。
また、かと言って、人間のように見過ぎてしまうのも問題で、これは「運命の輪」の右側の動物、ルシファーに毒された状態になります。
そういったバランスを取るのも、マルセイユタロットのいいところなのです。
とりあえず、もしマルセイユタロットを持っている方ならば(それ以外のタロットでも行けますが)、一枚引いてみて、そのカードを人物化(人格化)し、その者が語ることを想像して、何かメッセージとか示唆をもらってみるとよいでしょう。
その意味では、リビジョンタロット的な方法と言えます。
マルセイユタロットの簡単なシンボル活用
マルセイユタロットの使い道は様々にあります。
一般的には、タロットは占いの道具だと思われていて、実際に、たぶん今でも一番使われているのは、占いでの場面でしょう。
しかし、だいぶんそれ以外の活用法も広まりつつあり、私に限らず、たくさんの人が、タロットの、占いではない使い方の啓蒙をされている効果が出てきているように思います。
さて、そうした占いではない使い方の中で、とても簡単ですが、意外にも神秘的な側面もあるものをご紹介いたします。
それは、マルセイユタロットをシンボルとして活用するというものです。
タロットは象徴ツールですので、象徴=シンボルと解釈すれば、今さらながらの話で、タロットはいつでもシンボルとして活用されていると言えなくもないのですが、ここでいうシンボルとは、イコール象徴というのとは少しニュアンスが違います。
皆さんも何となく感じてはいるかもしれませんが、象徴という言葉とシンボルという言葉とでは、微妙に何か異なる気がすると思います。
それは翻訳とか言語学的な見地で言っているのではなく、まさに生で使う言葉の感覚としてのものです。
“シンボル”と私たちが言う時、それはサイン・記号のようなものも含まれているように感じますし、シンボルという言葉自体、何か呪文を唱えているような趣きもあります。メルヘン的に言えば、魔法的な効果とでも言いましょうか。
このようなシンボル的感覚をもとに、マルセイユタロットの、特に大アルカナカードを何かのシンボルとして使う(無意識のシンボル化)という方法があります。
やり方は簡単です。
●マルセイユタロットの大アルカナカード一枚を、常に目につくところに置いておく。
これだけです。
願望実現とか、何か特定の成し遂げたい希望を叶えたいという時に使うシンボル的な方法もあるのですが、今回のは、そうしたものではなく、ただ気になるカードをシンボルとして置いておくという単純な方法です。
気になるカードが特にない場合、あるいは迷う場合は、シャッフルして選ぶという方法でもよいです。
シンボルは、本当は「象徴」ですから、何かしらの意味をカードにシンボライズするわけですが、今紹介しているのは逆の方法で、カードによって、自分の中の何かがシンボライズされていくというものになります。
仮に目標達成ということがテーマだったとしても、目標をカードに託す(表す)という方向性とは逆で、自分の中からカードによって目標が生まれて来るというような感じになります。
カードを飾っておく期間は個人それぞれで違いますので、長い人もいれば短い人もいます。
最初は何も起こらないでしょうが、いずれ、何らかの気づきとか変化が現れます。
しかしそれでも、その内容がカードからもたらされたとは気づきにくいものかもしれません。
また、人によっては些細なことのケースもありますし、反対に大きな変化ということもあるでしょう。精神への影響もあれば、現実に目に見える形で変わってくるという場合もあります。
まあ、たいていは気づきにくいようなことが多いです。
それでも、ふとした時に、「そうか、このカード(置いていたカード)と関係していたのか」と悟る瞬間がやってきます。
一言で言えば、マルセイユタロットの「女帝」のようなもので、自らの中から創造されてくるわけです。
そのカードと関係した内なる創造が、カードでシンボライズされることによって起きるのです。
何が出るのかはお楽しみというところでしょうか。(笑)
興味のある人は簡単ですので、やってみてください。
