占い

占いを学び、自信をつける。

今まであまり目立たない人生だった。

これまで人から評価されたことがほとんどなく、自信が持てない。

大それた意味ではなく、人の役に立ちたいと思っているけれども、自分にはそんな力はない。


そのように感じていらっしゃる方はいませんか。


もしかすると、そんなあなたはタロットを学ぶとよいかもしれません。


まず占いができるようになります。


それがどうした? それが何か?と思うでしょう。


でも「占い」と言ってもバカにはできません。


「占い」はいわば、われわれの意識している日常のものとは異なる知識と体系であり、百歩譲ってそんな代物(知識体系)ではないとしても、普通の人が知らない観点と感性を持つことができます。またパフォーマンスとしての要素もあります。


つまり、「占い」ができるだけで、他人とは違うある種の個性を持つことができるのです。


また男性には偏見があるかもしれませんが、女性は占いにはあまり抵抗がありません。それどころか占いをうまく利用して、自分の人生に有意義に活用されていらっしゃる方も多いです。


となれば、もしあなたがタロット占いができるということになれば、みてもらいたいという女性の方も出てこられるでしょう。


何も最初からプロとか見知らぬ人が占えるようになることを目指さなくても、普通に趣味として身近な人を占えるようになれば、自ずと注目されるのです。


そして、タロット占いに親しめば親しむほど、あなた自身も力が増してきます。


「へぇー、すごい、こんな(占い)ことができるんだ」「なんでそんなことわかるの?」「アドバイス役に立ったよ」 こんな言葉がかけられるようになると、きっと自信もつくことでしょう。


もちろんそれはタロット(占い)の力もありますが、あなたが学び、実践して「人を占った」結果であることに間違いはありません。これはあなた自身の行為なのです。

最初は「占い」自体の評価から始まるとしても、やがては本当にあなた自身の評価と自分の自信へとつながっていきます。


なぜなら、少しずつでも人から評価されるようになると、それは自分の力となってほかの面でも今までより強く生きられるようになっていくからです。


現代人は本当にあまり人から賞賛されたり、いい評価をされることは少ないのです。それだけにひとつの技術や知識の側面からでもよい評価を受ければ効果は大きく、トータルなもの(人間としての自信)へと変容させていくことも可能となります。



そして自分が強くなればなるほど、また占い自体も強くなり、人によい影響を与えられるようなものに変化していきます。その時は本当に人助けというレベルになっているかもしれません。


気がついてみれば、占いをきっかけにして、あなたはまるで今までの自分とは違った人間に変わっているでしょう。


占いという特技をもって、自分に自信と個性をつけていきませんか。


占い好きな方へ。

占い好きな方は、占い師さんのところに何度も足を運んだり、占いサイトなどでコンピュータ占いをしてみたりすることはあるでしょう。


それは突き詰めれば、自分の今の考え方や物の見方ではわからないから占いという方法に頼ってみるということだと思います。


また、そのほかにも重要なことがあります。


それは誰かに自分の心配事を話したいという気持ちです。自分の苦しさ、状況をわかってほしいというものですね。


ということは、人が占いに求めることは「占いで新しい観点をもらう」ということと、「気持ちを話して楽になる」ということだと考えられます。


逆に言えば、占い師さんには、占い技術だけではなく、コミュニケーションや相談カウンセリング技術もあったほうがよいことがわかります。


さて、この「相談する」ということは人が相手として必要なことなので、自分一人ではできません。(セルフカウンセリングというものもないわけではありませんが)


ただ「占いによる別の観点を得る」ということは、占いを習えば自分でもできるようになります。特に何回も占い師さんを訪れているような人は、自分である程度占いができるようになれば、今までより自分を落ち着かせることができます。


例えばいつもはあせって「早く占いをしてもらわねば・・・」という気分が、自分が占いをすることでインターバルをおくことができ、場合によってはそれで不安や心配事も解消することもあるでしょう。


たとえ自分のやった占い結果に自信が持てなくても、改めて占い師さんのところに行って占ってもらえば漠然としていたことも、よりはっきりとしますし、もし自分の占いの結果と同じことを言われたのなら、自分のこれからの行動に確信が持てます。


結果が違っていたとしても、ふたつを対比・検討することで、冷静になる時間を持つことも可能です。


占いでも「命(めい)占」と言われる運命学的な種類(例えば四柱推命・占星術など)のものは、ちょっと学ぶのには覚えることも多く、膨大な知識も必要とするので大変かもしれません。


しかし「卜(ぼく)占」という、出てきた象徴によって占う方法のもの(易やタロット)は、入り口としては入りやすいと思いますし、使いやすくもあります。(もちろんこちらも奥は深いですが)


占い好きな方、自分でも占えるという経験(占いを学ぶこと)をしてみませんか。


占いで当たること。

「占い」といえば「当たること」が重要だと考えている人は多いものです。


当たる占い師でなければ見てもらっても意味がないと述べる方もいます。


確かに自分に当たらないことばかりいわれても、「はあ?」となるのは人として自然な反応だと思います。


言われていることがピッタリ符合するのであれば、その後に話されることも受け入れやすくなるというものです。


つまり「当たる」ということは、相談する方、される方の両方の信頼感をつなげる(ラポールをつける)役割もあると考えられます。


ということで、当てることはやはり大切な面はあります。


一方、当たることはそれほど大事なのかどうか、改めて考えてみるのもまた違った観点が得られます。


例えば、これから先のことが100%正確にわかる本があったとしましょう。


ここに就職を控えたある男性がいたとします。彼はその本を入手することができたので、早速それを利用することにしました。


すると本には、「A会社の採用には落ちるが、B会社に決まる」と書いてありました。


彼は、「なんだ、だったらC会社もD会社も受けずに済むな」と思い、あとは就活せずにのんびり過ごすことにしまた。


その後本に書かれていた通り、彼はB会社に就職が決まりました。


それからも彼は本を利用します。結婚についても無駄なことは一切せず、本で予知されていた相手と交際し、結婚することができました。ただ、相手は自分の理想とは違っていたのが残念でした。


本はまだまだ膨大なページがあったのですが、このあたりでいっそのこと、自分の人生すべてを知っておこうと彼はその先も読むことにしました。


今までは先を知りすぎることに怖さも感じて一部しか開いていなかったのですが、結婚を機に、どうせならと一気に読破することに決めたのです。


最初はドキドキしながら読み進んでいました。どうやら一年後には無事子供にも恵まれ、さらにもう一人の子供もできるようです。


一時会社の業績が悪くなって人生の危機を迎えるようですが、転職が成功し、別の会社でそれなりの役職を得て暮らすようです。退職後は内臓を悪くして手術もあるみたいですが、命には別状はないようです。


子供達も二人とも家庭を持つようですが、一人は離婚すると書かれてあります。どうやらその子には、だいぶん経済的には援助しないといけなくなるみたいでした。


そうして、とりあえずつつがないというか、一通りの人生を終えて80才で亡くなるみたいです。


彼は「ああ、よかった」と安堵した反面、すべてこうなるのかと思うと、急にやるせない気持ちになってきました。


何をしてもこの通りになってしまう人生。レールがもう完全に敷かれている人生。。。


それでも彼は「悲惨な人生になるよりましだ」と、気を取り直し、それからの生活を送っていくことにしました。


けれども空しさはいつもつきまといます。


時には何とかレールからはずれようと思い切った行動をしてみるのですが、その都度なぜかブレーキがかかったり、誰かに止められたりして、結局あの本に書かれたままの人生に引き戻されるのでした。


次第に彼は喜びも楽しみも感じられなくなっていきました。そして、とうとう寿命と刻印された80才がやってきて、そのまま予定通り息を引き取りました。


最後の臨終の間際、彼はこうつぶやきました。


「もう一度、予定のわからない人生を歩んでみたい・・・」



いかがですか。すべてがわかってしまうことは、このようにとてもつまらない人生になってしまうのです。


この物語の彼も、要所要所だけ本を読めばもっとワクワクした人生が歩めたかもしれません。


しかし一部を知ると、ほかのすべても知りたいと思うのが人情であり、それもある意味誘惑といえます。彼はその誘惑に負けたということであり、いわば本を活用するのではなく、本に自分が操られたことになったわけです。


つまり当たることが全部悪いわけではなく、いかに自分の人生の可能性を制限することなく(依存することなく)、それを有意義に活かしていくことができるかということにかかっていると思います。


結局当たる占いも、この世であなたに提供される様々の情報や道具のひとつに過ぎません。


大切なのは、人生の主役は道具ではなく、あなた自身だということなのです。


自分でタロットカードを選ぶ占い

タロットカードで占う(占ってもらう)時、出たカードの印象はいかがでしょうか。


この時の感覚は非常に大切です。最初に出たタロットの絵柄や展開(タロットの並べ方)から感じる印象は、私の経験ではセンサーのようにほぼ正解に近いものであることが多かったように思います。


ただし最初からの思いこみ(こうあってほしいと思うような強い気持ちなど)が、その感覚さえ狂わすことがありますから、一概にそうとも言い切れません。


でもタロットに何の知識もなく、「どんな風に見えますか?」とクライアント(相談する人)に聞いたところで、いまいちピンと来ないのが普通でしょう。


また、たいていのタロット占い師(タロットリーダー)は、タロットの印象を尋ねるようなことはせず、自分の学んだ解釈とインスピレーションでズバリと語っていくことが多いものです。


結局、タロットの印象や最初の感じが影響するのは、クライアントではなく相談される側、占い師さん側となるのかもしれません。


しかし、私の使うカモワン版のマルセイユタロットは、相手にタロットを引かせる(選ばせる)形式ですし、カードを通して相手と会話しながら進めていくものなので、クライアント側の印象も重要となります。


タロットカードの絵柄が何が何だかわからない、意味はこちらから見てもぜんぜん推測することができない、というようなカードと展開方法のほうが、「占い結果がいいか悪いかもわからないので安心」だと思われるかもしれません。


それでも逆に自分でも印象がわかったり、出ているカードの雰囲気や意味がなんとなくでも想像できるほうが、占ってくれる人のいうことをただ聴くだけの受け身な自分から救ってくれることもあるのです。


占いにはどうしても依存の(占いに頼りたい)気持ちが生じます。依存が必ずしも悪いわけではありません。自分で判断がつかない時に、普通とは違ったアドバイスや運勢を知りたいと思うのも人情です。


ただ、いつもいつも占いに頼って、占いなしでは生きていけない人生になってしまっては本末転倒です。自分の人生は自分で選択し、決めていけるのです。いや、そうしなければあなたは人の決めた人生を生きることになります。


その意味でも、自分が少しでもカードの意味合いをイメージできるようなものだと、完全依存にならなくてすむでしょう。


少なくともカモワン流のタロットリーディングにおいては、「このカードはこう見えるんですけど」とか「これは私ですよね」とか自分の意見や感想も交えてリーディングが進むので、人からすべて決めてもらったような感覚は少なくなるでしょう。


タロットがいらない相談

私は以前、デパートの一角にある占いの館に出させていただいていたことがあります。


週一回のことであり、それほどたくさんの方のご相談をしたわけではありませんが、この期間の経験はとても得難いものでした。


今でもまた機会があれば出たいと思うこともあります。


訪れる相談者の方は、買い物に来たついでに占ってもらおうという主婦の人、それも年齢的には比較的上の方々が多い傾向にありました。


こう書きますと、「買い物帰りの気軽な相談」と思うかもしれませんが、実はとても重たい内容ばかりでした。


人は見かけによらないといいますが、楽しく買い物をされているようで、その心の中は「買い物でもするしかない」「買い物をしてうさを晴らしている」「ただここに、あてもなく来ているだけ」といった複雑な心境が隠されていたのです。


確かに最初は「ちょっと運勢、みてもらおうかと思いまして・・・」「私、占い好きなもので・・・」といった軽い感じから入って来られる方が多いのです。


しかしじっくりお話をうがっていますと、配偶者やパートナーとの積年のうらみ、不治に近い病の相談、こじれた嫁姑問題、遺産や財産の話、自分の死に様をどうすべきかとというような、とうてい私のような若輩者ではすぐにアドバイスすることが難しいようなことばかりが本当の相談でありました。


こうした場合、私はタロットリーダーですから、タロットを展開して見ていくのですが、あまりに相談がすさまじいものであると、相手もタロットや占いをされているという意識が薄れ、ほとんど人生相談のようなものになってしまいます。


カモワン流では、相手にタロットを引いてもらって、その出たタロットを相手と一緒に見ていきながら、自分の心や状態がどのようにタロットに反映されているかを確認していく作業があります。


しかしながら先述したような人生相談状況になりますと、とてもタロットを見てもらうなどのことはできなくなります。極端なことをいえば、この時、タロットは無意味でさえあるのです。


こうなると、ほぼ人間対人間の話し合いとなり、持てる全力で相談者と向き合い、話を聴いていかなければなりません。


「ではタロットなど不必要では・・・」とも感じるでしょう。


けれども、たとえ相手(相談する方)がタロットを無視したとしても、こちら(相談される側、タロットリーダー)は頭の中でタロットをイメージしながら整理し、相手が引いたタロットを心の中でリーディングしていくことにより最終的には何らかの示唆やアドバイスをタロットから導き出すことも可能になるのです。


タロットリーダーが、「タロットはこう語っています」と言っても、相手は自分のことで必死であり、タロットのことなどどうでもよいと思うこともあるでしょう。


相談する人がほしいのは解決策であり、癒しであり、話を聴いてもらう安堵感であり、自分の生きている価値を確認したいことなのです。


タロットリーダーは何でも「タロットがタロットが・・」・と言いたくなるのはわかりますが、相手は人であるということを忘れてはならないでしょう。


自分の中でタロットが生きていて、そこからの指針が相手に伝われば、たとえ相手がタロットに関心や注目を抱いていなくても十分だと思います。


人との相談の現場というのは、理論や形だけでは通用しない世界だともいえます。まさに人が千差万別なように、その悩みも相談もいろいろです。


自分なりのひとつの形を持っていれば、あとは臨機応変に対応していける柔軟性をもって、「人」に対して行っていきたいものです。


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