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ある人との強い関係は何か?
自分が出会った人には意味があるとよくいわれますね。
これは本当だと感じます。
特に時間も空間も、あるいは心理的に長くともにした濃い人は、何らかのまさに「縁(えにし)」と呼ばれるものがあるのだと信じたくなりますよね。
深い縁があるのかどうかはまた別としましても、やはりそのような人は自分にとってのある種のメッセンジャーであるのは確かではないかと思います。
恋愛などにおいても、「あんな人とつきあってしまった自分が情けない」とか、「どうしてあのような人と過ごしてしまったんだろう」と思うようなことは、あとになって結構あるものです。
しかし、後でどのような思いになろうとも、少なくとも、一緒に過ごしたという事実はあります。
これを「一緒に過ごさねばななかった」というように解釈してみると、違った視点が現れてきます。
あの人のせいでボロボロになったとか、あいつのおかげてこのザマだと悔やんだり、恨むこともあるかもしれません。
しかし「一緒に過ごさねばならなかった」という視点になると、何か自分が気がつかねばならないことや、それまでの自分からなにがしかの意味で修正を必要とされるタイミングに、特定の人と色濃く交流があるように思えてくるのです。
一口に「修正」と言っても、能動的・積極的・増大的な意味と、受動的・消極的・整理的意味があるといえましょう。
今まで知らなかった喜びや価値観を見いだすためにその人と出会ったということもありますし、反対に何かをそぎ落とし、現実的な方向に戻るためにある人と出会うということもあるでしょう。
それがその時点の現象(見えていること、現れていること)としては、表面的にその人からの受ける苦痛であったり、快楽であったり、混乱であったりするのでわからないのです。
ところで劇ではシナリオが最初から出演者にはわかっているので、役者さんも自分が何をしているのか、相手が何者なのか、劇の上ではどのシーンにあり、どういった場面の意味を持つのかは理解しています。(これを理解せずに演じている人もまれにはいますので、演技が軽いものになりがちですが・・・)
しかし、人の実際の「人生劇場」では、シナリオも渡されていませんし(渡されているのかもしれませんが、忘れている)、舞台に降りてチェックしたり、ビデオで見返したりすることもできません。
そのため、自分と相手がこのシーンにおいて(出会って交流している時)、本当の意味でどの役回りをなのかということがわからず、ただその場その場でアドリブ的に演じるしかないわけです。
けれども面白いことに、人間(他人)はたくさん存在します。つまり、舞台の観客や、劇を支える様々な人たちがいるということです。
ですから、両者の関係が自分たちでわからなければ、ほかの人の視点を使えばよいということになります。
それが現実的には相談などにつながります。
ここにタロットリーディングを活用することもできます。
もちろん両者の深い縁や神の計画ともいえる二人の出会いと関係の真実はわからないかもしれませんが、少なくとも他者目線によって、自分で見えていない関係の意味に気付くこともあるでしょう。
またタロット自体がその第三者の目になることも考えられます。
そうして、他者目線によって混沌としていた二人の関係に光が差し、自分の感情の整理ができたり、癒しにつながったり、希望につながったりします。はたまた大きな意志や視点にも気がつくことになるかもしれません。(これはカモワン版の「恋人」カードがヒントとなります)
いずれにしても、最悪の関係に思えた人とでも、何らかの意味があったのだと見ていくと、そこにタロットカードでは救済の天使である「節制」をあなたは見ることになります。すなわち、救われるのです。
感謝のプレゼント企画のお知らせ
今日は冬至ですね。
今まで日中が短くなっていたものが冬至を境にして、日がまた長くなっていきますので、古来より復活や再生のシンボルポイントとして重用されてきた日でもあります。
クリスマスもこの冬至の象徴や祭祀的な意味が、土着の宗教と新しく入ってきたキリスト教とで入り交じって習慣化されたものという説もあるくらいです。
そうしてみると、この日、私にはタロットカードの「審判」がイメージされてきます。(冬至、あるいは夏至を意味するカードはほかにもあります)
さて、この「審判」にはプレゼントを意味する絵柄もあり、そこで思いついた無料のプレゼント企画があります。
まず、今年一年で私のタロット講義を受けられた方へ。(個人であれ、教室であれ、カルチャーセンターであれ、形態は問いません)・・・カテゴリー1
何か自分に関することでタロット展開したものを私にメールで送ってください。一応、自分でも簡単にリーディングしてくださいね。(笑) そしてそれを私がさらにポイントとなる点を中心にして追加リーディングしていきます。
一枚引きでも二枚引きでも複数展開でもOKです。習った何かの方法を使ってください。
さらにそれに関する別展開を私がちょっとしてみて、付け加えることがあればアドバイスとして追加します。(必要ない場合は付け加えません)
次に、この一年で私のリーディングを受けてくれた方も対象にします。・・・カテゴリー2
こちらのカテゴリーの方はタロット展開は知らないと思いますので、単純にタロットに聞いてみたいことがあれば私に送ってください。簡単にはなりますが、ワンポイントでタロットから見た方向性を書かせていただきます。
それから今年ではなく、以前に私のタロット講義を受けられた方、リーディングを受けられた方もOKです。・・・カテゴリー3
こちらもカテゴリー1や2の対象の方と同様に、質問やタロット展開を私にメールで知らせてください。
そしてさらにこのブログにコメントをいただいた方(昨日までの時点で)も、何か質問をしていただければ(ブログの「お問い合せか」メッセージで)、一言的にはなりますが、タロットからのメッセージをお伝えしたいと思います。・・・カテゴリー4
ただ、私も全員には対応できませんので、カテゴリー別に限定の人数とします。それぞれが何人までなのかはあえてお知らせしません。少ない人数かもしれませんし、皆さんの予想よりも多いかもしれません。
早い者がちといえばそうかもしれませんが、中身を見てタロットの判断で、必要であれば限定人数を超えてアドバイスすることもありえます。(ただ基本的にはこちらで決めた人数までとします)
メールや送り先がわからない方は、こちらをクリック して、中段の「リーディング希望の方はこちら」の項目に、「プレゼント企画リーディング」と書いて送信ください。(お名前、メールアドレスもお願いします)
カテゴリー1と3(タロット講座を受けられた人)の方は、自分で行ったタロット展開を数字かタロットの名前で記して、自分なりにリーディングしたことを忘れずにご記入くださいね。(笑)
では皆様の応募お待ちしております。(もちろん無料ですからお気軽にどうぞ)
タロット占いで何かを決める
何かを決めたい、決断したいと思ってタロット占いをすること(してもらうこと)があると思います。
自分でタロット占いができるのであればいいのですが、普通は習っていないとできませんので、やはりできる人のもとへ行くわけですね。
この場合、大きくわけてふたつのタロット占い(の受け方)があると考えられます。
ひとつはまさに占い師に決めてもらう占い
もうひとつは、タロットリーダーとともに一緒に決める占い
どう違うのでしょうか。
前者は出たカードの意味によって、占い師がほぼ一方的に方向を告げてくれるものです。
これは楽です。相手に決めてもらうのですから、悩んでいたことも一瞬で解決するかもしれません。たとえ自分の望みとは違っていても、「そういわれればそうなんだ」と納得させられてしまうこともあるでしょう。
そして後者は質問に対応して出たカードを見ながら、タロットリーダーが象徴的にカードを読み解き、その意味を相談者が自分のことに具体的にあてはめて方向性を出していくというやり方です。
こちらは少々時間がかかることと、結局は自分で決めなくてはならないので、終わっても迷いが出ることがあります。
あるいは、自分が望ましい答えではなかったとカードの説明で感じた時に、その答えが出る別の占いや占い師のところへ行こうと思い直すこともあります。
こう書くと、前者の「占い師から決めてもらうやり方」のほうがいいように見えるかもしれません。そもそも自分で決められないことがあるから、占いに頼ってみるわけであって、それもむしろ当然の感覚もあるでしょう。
しかしながら、この方法はふたつの意味で問題がないわけでありません。
ひとつは、占い師が人の人生を決めつけてしまうことで、本来の相談者自身の選択肢を狭め、その人の人生の責任まで取り上げてしまうおそれがあること。
もうひとつは、必要以上の依存を作り出してしまうことです。
これは考え方・思想の範囲なので、正しいかどうかは人それぞれだと思いますが、人にはその人個人で選択をし、自分で現実と対処しなければならないことがあると私は感じています。
占い師が他人の人生の選択を決めるということは、大げさにいえば人のカルマに介入することであり、おこがましいこと、傲慢であることにもつながりますし、その人のカルマを拡大することにもつながりかねません。
またそうしたカルマ的なことを抜きにしても、「占いだから」「占い師が言ったから」と、方向をいわれるがままに決めてしまうのは、自分で何事も決められない状態を継続させているだけで、それがさらに助長されて、どんどんと簡単なことさえ占い師か他人の意見で決めてしまうようになります。
言ってみれば心理的には依存体質を増大させるようなものです。
こうなとる、下手すれば「自分で何事もまったく決められない」「人にいわれるままの人生」「人のための人生」になりかねません。
ではどうすればよいのでしょうか?
占い師のタイプは占いを受けてみないとわからないこともありますから、最初に自分のほうから能動的な姿勢を取るのです。
具体的には最初に挙げた二通りの後者の占いの受け方(共同作業的な受け方)を、自分がすればいのです。
一方的に言ってくる占い師に対しても、カードの意味を聞きながら、「それはほかの意味もないですか?」とか、「なんかこのように思うんですけど・・・」と自分のカードの見え方、感じ方も、たとえカード自体の意味はわからなくても占い師に言ってみることです。
そうすることで、自分の意志が入ってきて、自ずから多少なりとも共同作業にならざるを得ません。最低でも、あなたが納得することが大切です。「わけもわからず・・・」とか「違和感あるなあ・・・」というままが一番いけません。
そして最終的には「自分で決めるのだ」という態度を持つことです。
占いはあくまで「情報」のひとつだと、相談者側も占い師側も考えるとよいでしょう。
普通の考え方、見え方ではわからない情報もあるのです。そうした裏や通常ではわからない情報を占い師はもっていると見ます。
あなたの現実の状況や情報と、占い師の「占い」の見え方としての「情報」を重ねあせたところに、新しい物の見方・考え方が登場してくるのです。しかし、それもひとつの「情報」に過ぎません。
何が正しいのかというより、自分のそれまでの枠からはずれた、より新しい視点を入れたのだと考えることです。
そこから、新旧様々のあなたの中にある情報を整理し、一番現時点でよいと思える自分自身の選択によって行動に移すのがよいでしょう。
何事も、「自分の人生は自分でつくる」という決意と、「自分の人生の選択においての責任は自分で取る」というくらいにならないと、自分と世界は本当の意味で結びついてきません。
カモワン版マルセイユタロットでいえば、「力」と「世界」が向き合うようなものです。
悩んだら決断力も弱ってしまい、決めてほしいと思うのが人情ですが、それでも自分で決めることに人生の意味はあるのだと私は思います。
けれどもまた、迷いを整理したり、違った視点を得るために占いを活用することは有意義だといえます。
できれば、一緒になって問題を解決に導いたり、方向性を探してくれる(選択はあくまで自分です)占い師やタロットリーダーが望ましいと個人的には思います。
あなたの見えている色が変われば・・・
色というのは案外と重要な要素です。
色の見え方は心理状態と結びついているとも考えられます。だからこそ、色は「セラピー」としても活用できます。
このあたりはカラーセラピーやオーラソーマなどをされていらっしゃる方は特に詳しいと思います。
さて私がうつ状態だった時も、また他の方の経験などからも、自分の状態が変化していると、周囲の色の見え方も変わってくるということはいえると思います。
極端な場合、生きる気力を失ったり、壮絶な喪失感・絶望感などを体験したりすると、自分を取り巻く世界がモノトーンに変わることすらあります。まるで白黒写真のようなものです。
しかも色だけではなく、動いてる人物、普段ははっきり見える景色なども止まったり、ぼやけて見えたりします。(これは時間感覚の変化もあります)
ほかにも、特定の色だけがやけに目に付いたり、色が全体的に強調されたかのように極彩色に見えたりすることもあります。
そういえば、カモワン版マルセイユタロットでも「愚者」や「吊るし」の人物はカラフルな色彩の服を着ています。ともに変わり者を示すカードです。(「手品師」も同じような服を着ていますが、彼の場合は職業的に人を惹きつける必要があるため、このような服装をしていると考えられます)
もちろん、逆に活き活きと自分が活動している時や、恋がうまくいっている時など、「世界が輝き出す」「バラ色の人生」などいう表現がよくあるように、やはり見える色が変わってきます。
色は波長と人間の受容器官や化学反応によってとらえられるものですから、当然ながら自分の中の状態が変化すれば、見え方も変わるのは当たり前といえるかもしれません。
カモワン版マルセイユタロットには11の色が使われています。この数は22(大アルカナの数でもある)の半分でもあります。
カモワン版とほぼ同じ絵柄のグリモー版では色の数が印刷の関係で減っており、こうなると図形は同じでも、まったく違ったようにカードが見えてくることは容易に考えられることですし、色に意味を込めたとすれば、両者の象徴によるカードリーディングも異なることろが出てくると予想されます。
実際、私もカモワン版以外の数種のマルセイユタロットでリーディングを比べてみたことがありますが、根本的には同じことが読み取れても、感じ方やその導かれ方は違っているようにとらえられました。
それにはやはり色の部分も大きいと思われます。
色も宇宙のリズムや振動の一部だとすれば、感じている色の裏側、本質もあるということです。
色が変化して見える時、あなたには何らかの変調が起こっていると見ていいのかもしれません。
またタロットリーディングにおいて、あるカードが気になるということも、あなたの状態に応じた色が関係しているということもあるでしょう。
色が豊富に使われている分、カモワン版はまた様々な可能性を見せてくれるのです。
それにしても、色ひとつとっても、いかに自分が自分の世界を作っているのかがよくわかるものですね。
絵を見てタロットリーディング力を養う。
昨日は大阪で教えているタロット教室の最終日でした。
皆さん熱心な方たちで、教えている私の方も、毎度充実した時間を頂戴しておりました。
さて、タロットリーディングで大切なのはやはりタロットカード自体が絵柄でできていますから、「絵」そのものになじむことです。
この「絵」はタロットカードのことだけを指しているのではありません。一般的な「絵」も含めています。
タロットを習い始めたあなたは、「絵」を見て感じるという経験が最近ありますか?
町中には宣伝用のポスターや写真などはあふれており、「絵」といわれれば絵であるようなものも多く見かけますが、結局それらを見てもただの広告と感じるか、見過ごすだけの生活でしょう。
言ってみれば、「絵」をじっくと眺めるなどという習慣も時間も、ほとんどの人はないということです。
ですから特にタロット学習をされる方は、美術館なとで「絵」を鑑賞することをお勧めします。
絵をゆっくり見て歩き、何かを感じるようにすることで、まさに絵から感化されるという体験を味わいます。
その感覚がタロットリーディングにも役立つのです。
またそうした静かな時間、緩やかな時間を持つことが、普段の日常とは離れた時空を持つことになり、自分を見つめたり、鋭敏な感性を取り戻したりするのに貢献します。これもタロットリーディングには必要なことです。
それから、自分の人生での体験が少ないと感じている人は、いろいろなドラマ性の映画を見るとよいでしょう。
今までも映画はレンタルなどして見てこられていると思いますが、これまで自分が見なかったジャンルを見たり、レンタルショップなどに行ってタイトルや裏の解説を見て、気になったものを鑑賞したりするのもよいでしょう。
その時、あなたの心が選んでいる場合もあります。もちろん、人にお勧めの映画を聞いてみるなどの方法もありです。
映画での体験は、自分の実際の体験ではありませんから、役に立たないと思われるかもしれませんが、少なくとも自分が知らない、あるいは経験していないドラマやストーリーがそこにはあり、「ああ、こういうこともあるのか「こういうこともあるかもしれない」という価値観の多様化、視点の複数化には役立ちます。
人は自らの体験・経験でしか物事が見えない(語れない)からです。
とするのなら、映画などの疑似とはいえ、「こういうものを見た」ということ自体が自分の経験となるので、それは自分の頭の中のことではあるものの、映画を見ていない自分よりかは知見が単純にも増えている(幅が広がっている)ことになります。
シナリオライターになるための教えでも、自分の体験が少なければ人の話を聴いたり、ドラマを見たりしてでも広げろとはいわれるものです。
そうした蓄積が、必ずタロットリーディングにおいて生きてきます。量がある分だけ、イメージもつくりやすいからです。
タロットの絵柄を見て何も思い浮かばず固まってしまうことは、最初は普通にあることです。
しばらく習っていてもなかなかイメージが出てこないのも、今の人たちが自動的に与えられていること、敷かれたレールに乗ってしまうことに慣れてしまっているからです。(それが正しい選択だと思いこまされています)
「こうあるべき」と生きてきた人ほど、自由にイメージするという体験はつらいものになってきます。
しかし、「タロットを見て自由に発想してください」といっても、できないのは当たり前であり、そもそもまったくの自由な発想というものはありえません。(解脱に至るほどの状態ならば可能でしょぅが)
ほとんどの場合、自分の経験や蓄積をもとにしてイメージがわき起こるので、とらわれのない自由というのは難しいわけです。
そのために、まずは自分で絵や映画を見てイメージを豊かにする材料を入れていくこと、絵や映像を見て感じるという体験を多く繰り返すこと、そして何よりも大切なことは、自分にはイメージする力があるのだと信じること、自由に表現してもいいことを許可することなのです。
最後のあたりのポイントはとても重大なことなので、このことは記事を改めてまた書かせていただきたいと思います。
