自分が変われば世界が変わる理由の一例
自分が変われば周囲も変わり、世界も変わるということは、精神世界では比較的よく話をされます。
これにはいろいろな理由があると考えられますが、タロットを見ていて気がついた一例を述べたいと思います。
それは「選択」ということをポイントに置くと、理解できるものです。
人は何らかの要因で自分の中が変化した時、言ってみればそれまでの価値観や概念が壊れ、新たなものに置き換わった状態であると想像できます。
それでもすべてを捨て去る(すべてが崩れ去る)ことは普通できません。
それは現実を生きていることの否定にもつながりますし、そもそも全部が無くなりますと、自分を存在させておくことができないからです。
従って自分が変わることにより古い価値観は消滅しても、それに替わる新しい価値観や考え方はまた構築されているのです。
さて、この現実の世界で何かの影響を及ぼそうと思えば、あることするための「選択」をしなくてはなりません。
する、しないの選択はもとより、すると決めた場合でも、何をするのか、どうするのか、いつするのかという山のような選択作業をこなして、人は日々生活をしているわけです。
結局、自分の現実というものは、自分の選択した結果であると言ってもよいでしょう。
ですが、その選択基準というのは、その時身につけているあなたの価値観や考え方によります。
これが正しいと思って選択してることもあれば、もはや誰もが普通に行っていることなので、オートマチックに習慣として選択していることもあるでしょう。
いずれにしても、外からの影響はあるにせよ、すべてはあなた自身の判断によって選択されています。
ところが自分が変わり、新しいものの見方を獲得すると、当然ながらそれまでとは異なる選択をするようになります。
選択の積み重ねの結果=今の現実であるならば、新しい価値基準による選択を行っていけば、それだけ今までとは違った現実が生み出されるという図式になります。
ということは、大きな意味ではあなたの「世界」が変わるわけです。
これが「自分が変われば世界も変わる」という理由のひとつだということです。(もちろん「選択」以外の着目によっても、自分の変化→現実の変化はたくさん説明することはできます)
このことは逆に考えれば、いかに普段私たちは無意識的に選択を行っているかということにもなります。
同じ選択の基準、方法を取っていては、いつまでも変化がないのは当たり前ということになるのです。
でも悲しいかな、「選択を変える」ということはなかなかできません。今まで通りにしているほうが楽で自動的であり、エネルギーがいらないからです。
だからこそ、どこかで自動装置を停止する機会を持ち、自己を見つめることが必要なのです。
それはいわば、いつも右ばかり選択する癖を自覚し、左に選択することもよいのだという価値基準を新たに作ることでもあります。
そして、タロットはその作業にとても有効なツールなのです。
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