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うつの予防のために
あまりよい記憶ではありませんので、ブログに書くのもあれなんですが、同じようなことで苦しまれている方や予防的な参考の意味もこめまして、うつ病時代のことにも少しふれたいと思います。
ただ私の体験や対応が皆様全員に当てはまるわけではありませんし、医学的なことにふれることも適当ではありませんので、このあたりはご勘弁とご注意をお願いしたいと存じます。
まず私が心身の異常を感じたのは、公務員時代の何度目かの転勤後でした。
公務員と聞けば、皆様は9時17時の楽な仕事だと考えていらっしゃる方も多いかもしれませんが、決してそうではありません。部署によっては午前様がずっと続くような激務のところもあるのです。
それと、ただ単に忙しいのではなく、お役所ならではのしきたり、気遣い、閉鎖的な環境など相まって、精神的に民間とはまた違った苦しさが伴います。
もちろん民間のほうが大変で、特に今の不況での勤務状況は常軌を逸した苦境にあって、公務員の大変さなんて比べものにならんよ、と述べられる方がいらっしゃるのもわかります。
けれども今はそうした業種の厳しさの比較論より、あくまで個人の中での重さ軽さで見ていただければと思います。
さて転勤後、私がどうなったのかといえば、新しい仕事の説明を受けてもまったく耳に入らないどころか、頭の中の全体にもやがかかったようにどんよりとした感じになり、何を考えるのも、何をするのにもおっくうになっていました。
最終的にはボールペン一本さえも持つのが「しんどい」という状態になりました。もうこの頃には自分でもかなりおかしいことには気づいていました。神経内科を受診すると、うつ病であることが告げられました。
思えば、前の職場でひどく残業が続き、かなり体力的に弱っていたところ、転勤して次の職場での仕事内容も私には相当難しいように思えて、精神的プレッシャーも感じたことが発症の要因だったと考えられます。
この経験から、今日は私が言いたいのは次のことです。
体力と精神、両方が疲労していないかチェックすること。
人はうまくできているもので、精神的に少々堪えていても、体力が十分であると乗り切りやすいです。
反対に体力が弱っていても、安心した環境で回復が図れるのなら、それもまた何とかなります。
しかしながら、この両方を同時に弱らせるようなことがあると、とても危険です。個人の弱いほう(心か体)に何らかの症状が、サインとして出るおそれが高いといえます。
また、先ほど心と体、片方に力があるならば大丈夫とお話しましたが、それも程度と限界があります。
片方(心か体)でも許容量を超えてあまりに痛めつけられると、もはやもう一方でバランスを取ることが困難となり、心身の天秤は破壊されます。
ですから、日頃からの対応策は以下のようになります。
体の休息を取ること。 食事・睡眠・運動など基礎体力の温存と回復。
心のケアー。 友人とのうち解けた話、レクリエーションなどでのリフレッシュ。
そして心と体、そのものの「体力」と「許容量」(つまり打たれ強さや受け流す力)を、普段から上げていくことも求められます。
これはいわば、心身の天秤のはかりの部分(おもりやモノを入れるカゴの部分)自体を、少々のものが入っても傾かないように大きくしていくということになります。
このあたりはタロットをしている人には「正義」のカードの絵柄を見ると、よく理解できるはずです。
私のうつ体験やその後の経緯などは、話せばとても長くなりますので、いずれまた少しずつご紹介することにいたします。
恋愛 この恋どうしよう
タロットに限らずですが、相談というとやはり「恋愛」のことがよく挙がります。
とりあえずつきあってはいるけれど、どうも関係がおかしい、分かれたほうがいいのか。相手が(あるいは自分自身が)どう思っているのか不安、続けたほうがいいのか・・・
などせっかく両者の恋愛に発展してもナーバスになることは多いものです。
そういう時、中途半端で恋を終わらせるよりも、とことん行き着くところまで行ったほうがよい場合があります。
なぜかと言いますと、途中で終わらせると未練が残るからです。相手への思いでの未練ということもありますが、その「恋」自体がきちんと終了していないこと、終わっていないという感覚が残り続ける未練が問題なのです。
人間は終わらせていないものに対してはどうしても不快感、気持ち悪さが伴います。すっきりしないのです。
「あの時もっと続けていればよかった・・・かも」と「かも」が出るようでは未練があります。まだ「続けていればよかった・・・でも」と思えるほうがましです。
いつまでも完結していない恋愛にふりまわされるより、ドロドロになるかもしれなくても、行き着くところまで行ったほうがすっきり終われることも多いといえます。
ただ、DVを受けていたり、相手から心身を傷つけられている状況が続くのはいけません。これは途中でもやめたほうが正解です。(なかなかそうはできないので問題ではあるのですが・・・)
とにかく自分なりに完結することを目指してみましょう。いうまでもないことですが、完結には失恋や別離などの望む方向ではない事態も含まれます。
大事なのは「自分でやるだけやった」「この恋に精一杯努力した」と思える感覚が得られることです。
カモワン式の展開法
カモワン版マルセイユタロットは過去・現在・未来の三枚の基本カードから始まります。
ただ、この三枚だけでは終わらず、カードの人物が持つ視線の方向によって、次々とカードが展開されていきます。
それはまるでひとつのストーリー、物語が目の前で繰り広げられているかのようです。
私がこのタロットを特に気に入ったのは、この独特のシナリオのような展開法が魅力的だったからです。
タロットは一組78枚、主に大アルカナという22枚のカードでカモワン式は占いますが、それにしても22枚の組み合わせから無限と思える展開がその時その時に応じて登場します。
つまりはひとつとして同じ展開はない(厳密にはありえますが)というのに等しいのです。しかしこの点が個性的ではあるのですが、逆に言えば欠点ととられる場合もあります。
それは同じ展開が現れにくいので、リーディングのパターンがつかみづらいという学ぶ側のほうの難しさです。
占ってもらうクライアントにしてみれば、自分(とその問題の)オリジナルが出ていると思えば、よりタロットに親しみを覚えて向き合いやすくなりますが、読む側となればまた別です。
しかしながら、それもある一定の法則があります。そもそも自由な展開といっても、まったくのフリーではなく、特定の規則に基づいた自由性なので、その規則の原本に立ち返れば、自ずと解読もしやすくなります。
そういったコツは教えられないとなかなかわかりません。これはたとえばスポーツで自己流の練習ではできなかった技が、いざコーチを頼んで教えてもらうと案外簡単にできてしまった、というようなものです。
ただこのスポーツの例でも自己流とはいえ、一生懸命やってきた下地があります。ですからポイントを教えられてもすぐ理解が可能なのです。
何事もそれなりの努力なくしては、完成には近づけません。タロットカードでいえば、まさに「神の家」のレンガを積み上げるが如しです。
シンクロの加速
私だけかもしれないのですが、最近はすごくシンクロが起こるのが早くなったような気がします。
これはトンデモ仮説みたいなものですが、どうも全体的宇宙時間とでもいうべきものの回転速度が加速化しているように思います。タロットでいえば「運命の輪」の加速。
宇宙時間という表現ではわかりにくいので、表現を変えればインド・仏教的になりますが、「カルマ」の反応速度が速くなっているということです。
やったことの反応がとにかくスピーディーに出る。いいことはいいことで、悪いことは悪いこととして。
しかもシンクロニシティ(偶然のような必然性)によって、それらが今までよりもわかりやすく伝えられていることも感じます。
おそらく今まで何世代にわたって転生を繰り返しながらカルマの解消(と反対に積むこと)をしてきたところ、この時代になってその貸し借りのスパンが短くなってきたのではないかと推測されます。(輪廻転生、カルマ説を取り入れた前提での話)
ということは、かなりダイレクトに思いや行動が影響してくると考えられます。これからはさらに言動に気をつけましょう。そして自分の周囲に起こるシンクロに注目することをおすすめします。
勇気と無謀の違い
勇気と無謀は違います。
ここに「力」というカードがあります。マルセイユ版の場合、ライダー・ウェイト版とは異なって、11が「力」になりますが、ともかくライオンを手なずけている大きな女性の画像のカードです。
この「力」のカードが勇気をよく象徴しています。
彼女はライオンを強引に力ずくでコントロールしているのではなく、自然体でライオンを操れることを知っているので、それができているのです。
「力」の女性の意味とは少し違ってきますが、いわばサーカスの調教師がライオンを扱うようなものです。
それに反して無謀とは、「オレ、ライオンをコントロールできるかどうかわからないけど、とにかく気合いでやってみるよ」というようなことといえます。この場合、檻の中入った彼がどうなったのかは知りませんが。。。あ、悲鳴が・・・
それはともかく。
「できることがわかっていたら、勇気が出るのは当たり前じゃん」
と思うでしょう。
それはそうなのです。ただ、できることがわかっていながら失敗するかもしれないという恐怖心や、笑われたらどうしようとか、見栄・プライドが邪魔してできないこともあるのです。そして多くの人はそういうことだったりします。
ほら、あなたも、「自分ではできる」と思っているのに、いろいろと条件をつけてやれていないことがあるでしょう。自分にそれができるかどうか、環境や他の要素は除いて、純粋に能力の問題として見てください。
意外にやれるはずです。ではできないのはなぜか、それがいいわけであり、勇気をくじいている部分といえます。
