「愚者」と「吊るし」に見る「変化」

昨日のサッカーW杯、日本、ついに自国開催以外での初勝利。おめでとうございます。


三日前の私のタロット展開予想では(三戦全体の見立てではありましたが)、厳しいと見ていたのですが、初戦においてはうれしい意味ではずしました。(笑)


やはり当てモノとしては難しい部分があるのと、時事ネタなどはこのタロットと展開方法では、人々の集合的な意識とリンクしやすいというのがあり、「厳しい」と読める展開だったのだと検証しています。


それにしても、この勝利で皆さんの日本代表への意識も大きく変わったと思います。サッカーファンとしてはあのままでは無関心が続く危機感もありましたので、お祭りとはいえ、報道が大きくとりあげられているのを見るとうれしく感じますね。(ま、マスコミはいつもこのような手のひら返しを繰り返しているようなものですが。。。)


さて、私がサッカーファンになったのも遠因を探れば、小学生の頃、地域のサッカーチームに入っていたことがあげられます。


当時は少年たちのスポーツといえば野球がほとんどで、サッカーをしている当の私でさえ、家では野球を見、学校の休み時間や放課後では野球の遊びをしていたほどです。


当然、少年たちは野球は世界中で最も人気があり、サッカーは人気のないスポーツだろうと思っていました。(というより、まず「世界」という概念で少年たちはスポーツを考えることがほとんどなかったというのが正直なところです)


しかしのちほど、サッカーが世界的に一番メジャーなスポーツといえる存在であることを知るわけなのですが、それは結構衝撃でした。



私たちは成長するにつれ、情報範囲と自分の見る視野が自然と拡大していきます。それだけではなく、現在は社会も世界規模で急速に情報化していき、外からの拡大もあります。


一般的に自分の価値観を変えるには、このように内からのものと外側からのものとがあります。


それは「精神」と「環境」というふたつの要素に置き換えてもよいかもしれません。


自分の意識や考え方が変わる(変える)ことにより、外側の世界観も変化していきます。


人のせいだと思っていたのが、実は自分にも原因があると気づくことで、その人への気持ち(だけではなく、周囲への物の見方までも)が変わるのがよい例といえます。


自分が内的に変わらなくても、環境が激変していけば、それに適応しないと、人間、不快感や欠落感が生じますので、多くは強制的にでも変わらざるを得なくなります。


これを逆説的にとらえれば、変わりたければ二種類のことをすればよいということになります。


ひとつは物の見方を変える心の変換。

そしてもうひとつは、物理的刺激ともいえる環境を変えての強制変換。


タロット(カモワン版マルセイユタロット)でいえば、前者が「吊るし」であり、後者が「愚者」となります。

(「13」はどちらにも入る可能性があります)


「吊るし」は逆さまの吊るし状態で自分の心の中を見つめ、いわば逆転の発想のような、これまでとは違った物の見方をすることで、変換を図っています。


「愚者」にはラフな人物が描かれ、その人物は留まることを知らず、常に環境を自ら変えて移動しています。「旅行」が心に変化を及ぼすのも、環境が変わることで、これまでの世界観や常識を変容させるからです。そのため、「愚者」のカードには典型的な旅姿の人物が配されているのです。


サッカーを知るだけでも世界に多くの国があり、いろいろな人や考え方があることに気がつかされます。(知っていますか? 「イングランド」は「イギリス代表」ではないんですよ。なぜそうなのか、調べてみるといいですよ)


そしてタロットを見ながら、自分の変化を楽しんでみるのもまた面白いでしょう。なぜなら、「愚者」も「吊るし」も変わり者で、変化を自ら楽しんでいるからです。

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