恋愛 結婚

旅の好みのスタイルによる相性

前に、真の意味で恋愛には相性はなく、作っていくものだ とはお話ししました。


しかしながら、人それぞれ、気質や育ってきた環境の違いなどにより、思考(考え方のくせ)や好み(自分が心地よいと感じるパターン)には異なるものがあります。


それが二人の間で大きく隔たりのあるものだと、初めの間はやはり相性の違いという感覚でとらえられてしまうことがあります。


さて、いよいよ夏真っ盛りというシーズンになりましたが、旅行へ出かけるカップルも多いことでしょう。


ここで旅の例をもとに、その相性の違い(と感じること)を挙げてみましょう。


人は旅の好みからの観点で大きくわけると、以下のふたつのタイプがあると私は考えています。


1.目的型

2.過程型


1は、とにかく行きたい場所に行って楽しむことを主としているタイプで、たとえば「何々が見たい」「何々のテーマパークや施設で遊びたい」「何々を経験したい」という目的ありきをメインとする人です。


タロットで旅をイメージするカードを挙げるとすれば二枚あり、それは「戦車」と「愚者」ですが、この1は「戦車」タイプだと考えられます。


目的を達成すること自体が旅の趣旨となりますから、目的地にたどり着くスピードを重視します。到着してからも効果的に回る方法など合理性や効率性もポイントに置きます。


すると、中には車や電車に乗っている目的地までの旅では、ほとんど寝ている人もいます。(到着すると、めいっぱい楽しみます)


これに対し、2は旅の過程やプロセスを重視するタイプです。


このタイプにも目的地はもちろん心にあるのですが、それよりもそこまでたどり着く途中の楽しみや、旅の計画から終わりまでの流れ全体を好みとし、旅をイメージするだけでワクワクしてしまうという人です。


ただ少々ロマンチスト傾向があり、実際の旅行と自分の想像とが違っていたりすると、目的地に着いても不満をもらしたり、そもそも目的型ではありませんから、そこからさらに別の旅や目的地に行こうとすることもさえあります。


タロットでいえば、この2は「愚者」タイプとなります。


恋愛関係(に限らずですが)において、この戦車タイプ(目的型)と愚者タイプ(過程型)というようにタイプが別々であった場合、旅行の間中、ギクシャクとしたものになりがちです。


目的型の人にとって過程型の人は、「途中の計画や妙なものにこだわりをもって、本来の目的を楽しんでいない」ような印象を持ちますし、過程型の人は目的型の人を、「目的地にに着くことばかり考えて、もっと景色とか旅自体を楽しんでほしい」などと感じることもあるでしょう。


ただ、恋愛が盛り上がっている時はラブラブ状態で、ともに相手へ合わそうとしていますから、そんな違いもお互いにかわいらしく見えて、すべて楽しくやり過ごすこともできます。


けれども次第に情熱が冷めてきますと、お互いの気質の違いが逆に気になり、その違いばかりがマイナスに目に付くようになってしまいます。


最初からある程度この人はこういうタイプだと思っていると、それもましになりますし、もともと同じようなタイプの人とつきあっていると、こうした意味での破綻は少なくなります。


それでもタイプ論の記事 でもお話しましたが、結局どのタイプも人の中には存在していますので、必ずしも旅のタイプもこのように分けられませんし、状況よってその複合タイプになることもしばしばなのです。


ということは、たとえ相性や気質の違いはあっても、相手に自分と同じところや自分とは異なる部分を見ることによって調整し、調和させることで、お互いが成長していくことも可能だということです。


旅のタイプの例でも、「今はこの人は目的に偏っているんだな」「私は過程を楽しんでいないから、もっと楽しんでみよう」とその時その時に、相手を思ってパターンを意識的に変えていくと、二人の関係も新しく創造していくことができるということになるのです。


恐ろしい自分の基準になっていませんか?

こんな話を聞いたことがあります。


ある二人の男性との交際をどうするか悩んでいる女性がいました。どちらにするか決めかねているわけです。


きっとどちらもすばらしい男性なので、迷っているのだろうと思いますよね。


そして女性当人も、「一人に決めないと自分も誠実な態度ではない」と考えているようです。


こう聞くと、「もてる女性だけど、それでもきちんと一人に決めようとしているいい人だな」と感じるかもしれません。


実はこの話にはオチがあります。


その二人の男性というのが両方とも奥さんがいるのです。つまりどちらをとっても不倫状態です。


誠実どころの話ではありません。ところが、恐ろしいことに、女性本人は不倫ということよりも、自分が二股かけることの不誠実さ?を悩んでいたというのです。


そして女性は、そもそも幸せな結婚を望んでいたとも聞きます。


結婚とは一対一の誠実な交際から始まるものと思っていたのかもしれませんが、それにしても、その相手が不倫関係となるのでは本末転倒ですよね。


ここまで極端ではないにしても、人は何かに迷っている時、信じられないような自分の基準で悩んでいる場合があります。


それは悩みというものは、人のことであっても結局自分の心に悩みが生じるからです。


いい意味では自分を見つめ、考えるきっかけにもなっていくのですが、自分にこだわるあまり、自らの狭い世界の中のルールにはまって苦しむことにもなります。


特に恋愛は「恋は盲目」というように、「好き」という感情が通常感覚の目を奪い、色メガネをかけさせられた状態ともなりがちですので、大きく曲がった自己判断になるおそれも大きいのです。


このことを考えるのに、タロットカードでいえば「恋人」カードに「正義」のカードを持ち込むとわかりやすいです。この二枚を関連させて見るのです。


恋人カードでは、恋に悩む青年が二人の女性を相手に迷っている姿が描かれています。いわば自己世界での判断の迷いです。


この状況では、上に描かれている天使の矢が、どこに刺さるかわからないくらい不安定なものです。時には自分を死に至らしめる危険性さえあります。

しかし「正義」のカードの人物の、裁判官のような客観的な目を持つことで、この天使の矢がぶれずに選ぶべきものに刺さることがあるのです。(または発射されない)

このように一枚だけではわからない意味も、二枚だと意味がはっきりすることもあります。

つまりは、カードのことに限らず、自分の世界にはまっていると盲目になりやすいので、違う人や物の観点を持ち込むということを述べています。

最初の女性のたとえでも、「あんた、それ、どっちを選んでも誠実じゃないですから!」とツッコミを入れてくれる人がいればいいわけですね。


(まあ、たぶんこの女性は「なんで?どこが?」と最初は聞き返すでしょうけれど。それほど自分世界への没入は怖いものなのです)


また、過程ではなく、目的(何をしたいのか、どうなりたいと思っていたのか)を思い出すと、案外独りよがりになっていた自分の判断に修正が加えられやすくなります。


「運命の輪」の回転によって出会いを高める。

自分自身は恋愛に興味がないわけでもないし、普通に生きているのに、なかなか恋やお相手に縁がない・・・というような方は少なからずいらっしゃるでしょう。


言ってみれば「出会いがない」ということになるのですが、そういうと、ホント、身も蓋もないことになりますね。


出会いがないということは、冷静に見れば、結構物理的な要素が大きいのです。


単純に、異性のいる場所に行く(過ごす)機会が少ない、もしくは(特に結婚を意識した場合)恋愛対象に適した年齢層がいないということに行き着きます。


ならば、これも単純なことですが、機会がないのなら機会を増やし、層が違うのなら、適合した層の所へ出向くというのが「機械的な」解決方法です。


では、それができないという場合、どうすればよいのでしょうか?


ひとつには、できないということは、「したくない」もしくは「このままでもよい」という変化への心理的抵抗があると見ます。


ですから、その心理的抵抗を探ってなくせば物理的なものへのアプローチはしやすくなり、出会いのチャンスは自然に増えることになります。


ただその抵抗を処理するのがあっさり行く人と、なかなかに難しい人とがあります。


さて、実はもうひとつ出会い力を高める方法があります。


それはタロットでいえば「運命の輪」に象徴されることですが、自分の流れ、回転を変えるということです。


多くの人は平日仕事し、家に帰り、休日にリフレッシュし、また働く・・・というルーチン的な日常を繰り返しています。


いったんこの流れに埋没すると、実はとても楽なのです。習慣みたいなものなのでオートマチックに生活をしていくことができるからです。


ルーチンな生活は、運命の輪の回転があなたにとっては心地よい率であり、普通の回転でもあります。


ですから普通の運命しか起こりません。


ところが、恋愛というものは非日常的なものです。今までの普通の回転ではあまり起こりにくいのです。


出会いを起こすためには、通常のあなたの運命の輪の回転率を変える必要があります。


具体的には、あなたの日常の時間感覚、速度を変えてみるのです。歩く速さ、食べる速度、仕事の処理、睡眠時間・・・などなど。


けれどもこれは、何も「速度を上げる」ということを言っているのではありません。タイミングをずらしたり、変えてみたりするということ述べています。


ひとことでいえば、時間の変化をつけるということです。


また運命の輪の回転率は伝染しますので、出会い力や恋愛力、あるいは同性同士でも交際力のあると思われる人と一緒に過ごす時間を持つことも有効です。


こうすることで外からのリズムによって、あなたの回転も同調しはじめ、気がつけばあなたの日常の回転率が変わって、出会いの運命の輪を刻み出すことになります。


そう、まさ「運命の輪」の回転は、あなたの運命の人を連れてくることになるかもしれないのです。


泣く男、怒る男はやめておいたほうがいいです。

パートナーを選ぼうとしている女性の皆さんへ。


今までのタロットでの相談事例や、いろいろな人のお話などを伺っても、やたらと泣く男と怒る男はやめておいたほうがいいと私は思います。


実はどちらも同じような因子をもっていると考えられます。


双方とも自分に極端に自信がない人に多いのです。


今はそうでもないでしょうが、一昔前は、男は人前で涙を見せないものと教育されていました。


ファーストガンダムでも、「男は涙を見せぬもの、見せぬもの・・・」と歌われているじゃありませんか。(すいません、古いアニメネタで。笑)


まあ、そんな教育自体は今や時代遅れだともいえるかもしれません。


しかし、やはり普通、男性でメソメソ女性や人前で泣くというのは、感情のコントロールができていない未熟な部分があると想像できます。


そもそも泣いてどうなるというのでしょうか。


女性なら「女の涙は武器」という人もいるかもしれませんが、男は絵になりません。泣いてすべてがOKとなるのなら、町中赤ちゃんだらけで騒々しいことこの上ありませんしね。(笑)


また反対に異様に怒る人もバランスが崩れていると言えます。


こういう人は、自分より上の人や強そうな人には決して怒ったりしません。むしろへりくだってペコペコしています。


だから反対に力の弱い人に対してや、立場的に物がいいやすい場合(お店のお客さんの時など)には、異常に強気に出て、理不尽なクレームをつけたり、恋人に対して暴力をふるったりします。


泣くことや怒ることが多い人は、基本的に自分の中に劣等感があり、そこから逆に過剰な優越感の確認を他者に求めます。


本当はとても悲しい人たちです。心の奥底には認めてもらいたい欲求が隠されています。そしてたいてい男性の場合、生育歴において、母親との密着が過剰だったか、不足だったかに要因があります。


このような人は母親に認めてもらうことが慰めであり、価値であったりしたのです。ただ大人になった以上、母親とは精神的に離れ(母親も子供から離れ)て、自分自身で自己の価値を高め、認めていくことをしなければなりません。


泣いて自分を貶め、同情を買うことにより愛情を得て、不足している自己評価を補うことも、また怒って相手より優位に立つ幻想により、偽物の自己価値を上げていくのも、両方間違ったやり方なのです。


自分を自分で認められないのですから、ましてやパートナーをひとりの人間として認めてくれることは難しいと考えたほうがよいでしょう。


ですから女性の方は男性とおつきあいしている時、相手が泣きすぎるか、それともこんなことで?と思うくらいキレて怒りやすいか、観察しておいてください。


「ちょっと、この人、おかしいぞ」とあなたの普通の感覚(センサー)が何度も警報を鳴らした場合、相手との今後のつきあいを考え直したほうがいいでしょう。


けれども、泣く男、怒る男でも、正当な理由がある場合はかえってよいこともあります。


怒るべき時にきちんと怒れる人もまた貴重なのです。


それから滅多に泣かない男性が、本当に苦しい時、心から女性のあなたに気を許してほろりと涙を流すこともあります。それは大目にみてあげたほうがよいですし、男性からの信頼の証でもあるでしょう。


ワンダーな関係に隠されたワンダフルなこと。

タロットでのご相談、自分自身の経験、人からのお話などで考えてみても、強烈な出会いや運命的ともいえる遭遇は実際あるものです。


しかしどうもそのほとんどは、状況による思いこみや平静ではない特殊な状態にいた時に出会ったため、強い印象を感情的にも受けてしまったということが多い気もします。


かつて、前世もわかるというある霊能者がこんなことを言っていました。


「ものすごくひかれ合う者は、実は前世的には敵同士であったことが多い」と。


そして、「昔は敵だったので、今生ではあえて好き合う関係で生まれ、相手を困らせることで復讐を遂げようとする」のだとも話していました。


これでタチが悪いのは、当人同士は本当に恋人のように思っていて、お互い自覚がないということらしいです。


まあ、霊能者の話はともかくとしまして(;^_^A、出会いでのいきなりの意気投合、それもめちゃくちゃテンションが上がるような関係は注意が必要なこともあるのではないかと感じます。


はじめにもふれましたように、当人同士の相性などというより、その時の状況の盛り上がりこそに、その要因があるように思うのです。


聞いたことがあるとは思いますが、心理学の実験で、ゆれる橋を渡って怖くてドキドキしながら知らない人に出会うと、その人に対して好意的な感情や恋心を抱いてしまうようなこともあるというくらいです。


つまり通常とは違う意識になれば、人はまさに起こっていることを「ワンダーなもの」として感じてしまう余地があるということです。


この「ワンダー」ということがくせ者なのです。(なぜか「ワンダー×ワンダー」というNHK番組のキャッチの声が聞こえてきます...ちなみに連載間隔がワンダーな(笑)、ハンター×ハンターのことではありません;)


その人自身にワンダーを感じて本当にワンダーな気持ちになればいのですが、先述したように状況やシチュエーションのワンダーが、あなたに気分としてのワンダーを与えているに過ぎないこともあるのです。


ですから、「いやー、盛り上がったよねぇ、私たち」なんて回想することがあるならば、どうせなら、その直前にあなたがどういう状況にあったかも思い出してみるとよいです。シチュエーションワンダーにだまされているかもしれないからですね。


とはいえ、これとは別に、状況とは無関係に突然訪れるワンダー感覚の恋というのもあります。これこそがタロットの「恋人」カードに描かれているキュピーッド(本来はエロ-スの神)の働きなのです。


キュピーッドはある面、気まぐれのように現れるので(他のタロットでは、この「恋人」のキューピッドが目隠しをされて描かれている場合もあるほどです)、あたかも突如としてキューピッドの矢が刺さったかのような衝撃とワンダー感を得ます。


矢に当てられた人は、もはや目の前の人と恋に落ちねばなりません。この場合の恋愛は、本当にいろいろな意味でワンダーになります。まさに運命の人という感じで結婚まで至るケースもあるでしょうし、ドラマチックな恋に陥ってやがて別れてしまうこともあるでしょう。


いずれにしてもこの両者の関係には相当濃いものが流れ、少なからずその後の人生に影響を及ぼすと考えられます。


キューピッドは表面的には縁を結びつける存在のように見えますが、実のところ、ただ恋の経験を味わせることが目的のように思えます。


キュピーッドは言ってみれば、人と人の縁を結ぶのではなく、人と恋の縁を結ぶために現れるとでも表現すべき存在でしょうか。


もしその結びつきの法則というものがあるとするのならば、それは人間界、私たちが通常暮らしている世界での掟とは異なるものだと考えられます。ですから私たちには偶然と思えるのです。(キュピーッドには必然)


ここに恋愛が一筋縄では行かない理由があります。


私がタロットの恋人カードを見て感じるのは、そういった出会いの不思議さもありますが、恋によって得られるワンダー体験と、そこから生じる意識や考え方の変容の作用です。

恋愛自体は、よい結果のこともあればまずい結果に終わることもあります。しかしそのいずれにおいても、通常では得られない感覚を恋愛は私たちにもたらせます。


その体験こそが、まさにワンダフルなものだと私は考えているのです。


まあでも、一方的に疲れる恋、自分が必要以上に傷つく恋、いびつな恋などは、できれば経験しないほうがいいでしょう。


そのためには、あなたのドキドキがシチュエーションワンダーなのか、キューピッドがもたらせた偶然のような必然なのか、そのどちらでもないものなのかなど見極めていく姿勢をもっていてもよいかと思います。


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