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宮岡のタロット講座について

最近タロット講座のお問い合せをよく受けています。


そこで、改めて私のタロット講座についてお話しておきたいと思います。


まず、基本ですが、カモワン流をベースとした独自のマルセイユタロットの講座であるということです。


私のタロットは、タロット大学時代に学んだカモワンタロットとその上級コースでフィリップ・カモワン氏から講義を受けたもの、その他のカモワン氏の講座、タロット大学(大沼忠弘氏)の講座が基礎となっています。


しかし、その後それらを融合し自分なりに咀嚼して、もう一人のカモワンタロット共同製作者・ホドロフスキー氏の考え方、その他のタロット研究家、書籍の解釈・研究なども含めて、タロット以外の知識経験もふまえ、総合的な私の判断に基づく講座にしています。


その意味でどなたとも契約しておらず、フリーな立場にいます。「マルセイユタロット講座」としているのはそのためです。そして今後も進化・変容していく可能性があります。


ただ私は長い間カモワン流(あくまで日本式にアレンジされたもの、カモワン氏が日本人向けに講義したもの)を研究していました。日本でもカモワンタロットの講義をしたり、リーディングしたりする人は多いでしょうが、他の分野の技法や仕事を兼ねず、それ一本でやっていた人はほとんどいないと思います。


それだけに、カモワン流を解説することには自分なりの自負があります。とはいえ、結局のところ、当たり前ですが氏自身ではありませんので、氏のメソッドやタロットに愛着と敬意を持ちつつも、自分流のマルセイユ版カモワンタロット使った「タロット講義」をしていくということになっています。


「マルセイユタロット」という広いくくりで観た場合は、ひとつの技法や教えだけに留まらない部分もあると感じているからです。たとえばカモワン版のタロット絵図・タロットマンダラにおいても、その形自体はほかの著者・文献にも見られることであり、解釈は様々にできるということになります。


そして講座では、いわゆる「占い」や「当て方」という観点ではほとんど講義しません。ただ結果的にタロット占いはできるようになります。マルセイユロットを占いで使うことは、マルセイユタロットの多くの可能性のほんの一部に過ぎません。


では何を中心にしているのかといえば、タロットを使った自己認識と改革、再構成ということがテーマとなっています


大げさにいえば、「自分の人生の質を高めるにはどうすればよいのか」といったことを、タロットを使って考え行動していく方法をお伝えしています

もちろん人の問題・相談をタロットを通じて解決や癒しに導くということは、技術的にも講義します。


ただそれ(人に対してタロットリーディングすること)も最後には自分(の改革と再構成)に還ってくるものなのです。言ってみれば「人を見ながら自分を観る」ということです。


ところで、すでに絶版になった「秘伝カモワン・タロット」(学研)でカモワンタロットを学ぼうとしても、限界があります。あの本と独学だけでカモワン流のリーディングを理解することは、まず難しいと言えましょう。


何事も教えてもらわなければわからない基本とコツのようなものがあります。私の講座ではこの本はすでに使いませんが、カモワン流のリーディングの方法(と言っても、あくまで「流」であり、「そのもの」ではありません。結局これも私の解釈です)はお伝えしています。



4月から新大阪でマルセイユタロット講座が始まります。土曜コースと日曜コースがありますが、すでに土曜は満席となってしまいました。日曜コース は残席1名様のみとなっております。

次第に時間の融通が難しくなっていますが、スカイプや出張してのマンツーマン・グループ講義も行っております。ご興味のある方はこちらまで お問い合せください。


これからの生き方にあたって

テレビなどでは、一時の緊急的な災害・原発報道もめっきり少なくなり、バラエティの番組さえ多くなってきました。


これの良し悪しを言うつもりはありません。


「今は非常時なのでけしからん」と言う人もいれば、ずっとつらい映像ばかりを見続け、心が痛んで自分を追い込んでしまう人もいらっしゃるので、「普通の番組があることにほっとする」という方もおられるでしょう。


ただ私が個人的に思うのは、やはり、「もう今までとは違うのだ」という意識は持つべきではないかと感じます。


いわば、それはある種の覚悟です。


タロットでいえば、「正義」のカードが示すことかもしれません。あるいは「」や「13」、「神の家」で表せることもあるでしょう。


私はカモワン流をベースとしておりますので、そのカモワン流独特のタロット絵図・タロットマンダラをいつも念頭に置いて考えることが多いです。


そこで見ますと、「正義」のカードはマンダラ中段の左端に位置し、その階層は特に大きな変容の過程を示唆するものです。


中段の最後は「天使」を色濃く感じさせる「節制」です。つまり、この段階は「正義」から「節制」に至る過程・修行とも言えます。


平たくいえば天使になるたにはまず「正義」からということです。


もちろんこれは象徴ですので、実際に天使になるわけではなく、ここで私が述べようとしている「正義」のカードも、「正義感」や、正しい正しくないの「正義」ということでもないのです。


「天使になる」というのは、ある意味、今までの意識が変わる、救済意識・共有意識への変化とたとえられるかもしれません。


一方の「正義」はそのための「覚悟」でもあり、これから「節制」としての天使へと変わっていくためには、「正義」との間の「隠者」から「13」という段階を経ていく「覚悟」も必要であることを示します。


私はこれは心や意識のことだけではなく、実際(現実)面においても、特にこれからの日本と日本人に当てはまっていくのではないかと思っています。


タロットマンダラはの最上段は神(大いなる存在)の意識過程のようなもので、逆に最下段は人間意識、物理意識これまでの現実意識のようなものと言えます。


これを地球規模で見れば、旧来意識や状態にある国々や人々が下段であり、高次へと変容した意識の者が上段、そして中段はその仲介や事例として自らが過程を示し、上下の間にあって上から下へと指し示す役割があるように思えます。


ということであれば、そのジャッジや覚悟として今「正義」が日本人に問われているのであり、タロットマンダラの中段階層を進むことを試されているとも考えられます。


これは逃げない覚悟、腹をすえる覚悟でもあります。ただ逃げないと言っても、自らを明らかな危険にさらし続けるということではありません。しっかり生きるための覚悟ですから、守るべきものは守り、命を大切にすることも重要です。


今起こっていることは、これまでの意識ややり方、方法ではおそらく解決が難しいでしょう。そしてそれにとらわれている限り、不安はますます高まり、抱き続けることになります。


ですからここで私たちは覚悟を決めつつ、希望をもって、今までとは異なる意識や考え方、行動が求められていると言えます。


そうすることで、たとえば「もうこのままでは職や食がなくなっていくばかり・・・」「放射能で日本に住めなくなる・・・」「災害や苦難続きで、悲惨なことしか将来には浮かばない・・・」というような悲観的な考えも少なくなっていきますし、実際に新しい職業・仕事、エネルギー、活性、ライフスタイル、幸せ観を生み出していくことも可能になると思います。


とはいえ、何をしたらいいのかわからないという人は多いと思います。私自身もこれだということはまだわかっていません。


ただ先述したように、まずは何があっても生きるという「覚悟を決めること」です。


タロットマンダラで言うと、中層「正義」から「節制」の道を歩むことを意識することによって、自ずから個の変容に結びつき、全体への変化へとつながっていくと想像しています。


人の経験には限界があるけれど

タロットリーダー(タロットリーディングを行う人)ともなれば、いろいろな悩み・問題を抱えたクライアント(相談者)と対面していきます。


クライアントの悩み・問題は、まさに「様々」です。


それは内容が様々ということを意味しますし、もちろん質や量が様々だということでもあります。


それだけ、タロットリーダーは知識のうえでも、リーディング能力のうえでもバラエティさをもっていなければならないとも言えます。


人生経験も豊富であったほうが対応しやすいでしょう。

しかし、一人の人間が経験することはたかが知れています。漫画・アニメではありませんが(笑)、分身を使って違う体験を分身それぞれがして、最終的に全部一人の人間に帰することができれば非常に理想的かもしれません。


ですが、そんなことは現実的には不可能です。


ということは、タロットリーダーとしての人間経験の量は、「本質的には」問題ではないということになります。


だからといって、経験や体験を軽視せよということではありません。大切なのは、その人生経験の量ではなく、質であり、さらに内容を深めるということです。


「人生経験の質を深める」とはどういうことでしょうか?


私が感じるタロットからの示唆では、それは4つのことに関係していると思います。4つとは小アルカナの4組であり、風・水・火・地の四大元素のことです。


この4つ(エッセンス、要素、エレメント)を統合するか、それぞれ個別を先鋭化していくかによって、人生経験の質を高めることができると考えています。


わかりすやすくいえば、一つの体験した出来事を総合(多角)的な視野をもって考えたり、味わったりするか、一つの見方から専門的につきつめるかということになるでしょう。


例えばある恋をしてそれが終わったとして、ただ「恋愛しました」「悲しかった」「楽しかった」という思い出感覚に留まるのではなく、その感情に始まり、二人がつきあった意味、論理、金銭、肉体的なことまで、あとでいろいろな角度で分析したり、思い直したりすることです。


もうひとつは、恋愛そのものを徹底的に研究したり、比べたり、また実際に恋愛体験をさらにしていくということになるでしょうか。これはひとつを極めれば、別の分野でも通用するものになることを意味します。

タロットでいえば、前者(統合・多角)が「世界」、後者(専門・個別体験)が「吊るし」、あるいは「皇帝」との関係かもしれません。いずれもカモワン版マルセイユタロットの場合は、足を4の字に組んでいるところが面白いところでもあります。


このことはタロットリーダーに限らず、誰しもが自分の人生の経験の質を深めることによって、人に相談を受けることのできるような人にもなれるということが言えると思います。


タロットリーダーの場合は、さらに人の悩みや問いをタロットによって象徴的に追体験することによって、さらに目に見えない経験も積まれていくことになります。


ただこの時も、漫然と機械的にリーディングしていてはほとんど積み上げにはなりません。


やはりタロットとのつながりを濃くし、さらにクライアントとの相談を真剣に、自分の人生の質を深める気持ちも込めてリーディングしていくことで、リーダーの内的経験も厚みを増していく想像できるのです。


占いの効果を考える。

タロットを占い的に見ていくと、問いとしてはこのようなものになります。


「●●はどうなるのだろう?」


つまり、「今のことが続けばどうなっていくのか」、あるいは「思っていることを行うとどうなるのだろうか」というような状況(推移)判断への問いです。


もうひとつは、「運命的なものを知りたい」「どんな意味があるのか知りたい」というようなものになるでしょう。目に見えない(自分の理解を超える)背後関係への問いとも言えましょうか。


このふたつの問いには当然ながら現状への不安な心理が隠されています


それも物理的な側面というより、つきつめれば自分の心理の問題と言えます。ただその心配も実際的なものに起因しているので、両者は切っても切れない関係にあります。


例えばいま起きている原発問題がどうなるのか占ってみたいという気持ちにも、原発問題という実際的なものがあるから落ち着かないわけで、その落ち着かない心を何とかしたいために「占い」をしてみるということになります。


こう考えていくと、結局は「わからないこと」が不安であり、どうにか「わかるようにしたい」という思いが「占い」には働いていると言えます。


とすれば、占い結果がいい悪いというよりも、占いすること自体に意味があり、その結果、ある程度目に見えたり、情報として聞けたりすることで、とにかく「何かがわかる」状態に移行して安心感を生むことになるわけです。(占い自体の是非を問うているのではありませんので、注意願います)


結果自体が正しいか正しくないかが重要ではなく(もちろんまったく重要ではないわけではありません)、 「わかる」という気持ちが大きな心理的安心感のウェートを占めるということが大切なのです。


不安から安心への感情のパーセンテージを占めさせたいため、「占い」をする(利用する)と言えるのかも知れません。(同じ「占」があることに注目)


人はたとえ悪いことが起こったとしても、その理由や成り行きが目に見える形で、はっきりしていると安堵するものです。


正体不明、隠れている、わけがわからない、混沌としている、先が見えない・・・こういう状態の時に不安感に襲われます。


現状の科学的な要素、通常の情報等で理解ができ、明白に判断ができるのであれば、占いは必要ないでしょう。


ですが、それらを総動員しても落ち着かない、わからないといった心理状況の時は、占いを利用して心を落ち着かせることもありだと思います。


ただこれは一時的なものです。その不安が実際的なものと結びついていることがほとんどですから、結局は根本的な安心を得るためには、現実の変化があってこそになります。


そして、占いも「今の時点での推移」ということが未来予測としては多いですから、当人の意識や行動、さらには現実での働きかけが大きく変わってくれば、それだけ未来も当初予想より変化する可能性が高いということになります。


ですから状況推移、状況判断での占いをする場合は、「今の時点や意識で行けばこうなる」と考えて、絶望や楽観に傾きすぎない判断力も求められると言えます。


占いぱなしで終わるのではなく、そこから何ができるのか、どうすればよいのかということを念頭に置き、さらにそのことを占い、意識変換と現実での行動をしていくことが大切だと考えられます。


ソウルカードで自己表現を見る。2

昨日からの続きになります。(実質、前々回からの三回連続シリーズになっています)

今後の自己表現、個性発揮をどのようにしていくかについて、ソウルカードで見ていくというお話をしておりました。


しかしながら、ソウルカードというものは、究極的に9つのタイプに分類する手法のため、物事の象徴化・抽象化(普遍性)が進むこととなり、個性・個別のテーマからは薄くなっていくという矛盾があるということも説明しました。


確かにソウルカードでは大まかな枠組になってしまうので、たとえば自分のソウルカードが「1」の手品師だとした場合、なかなか「手品師」だけから自分の魅力、個性というものを思い浮かべるのは難しいかもしれません。


ところが、あまり具体的に考えすぎても、余計にわからなくなってくることもあるのです。


特にこれまでの価値観、考え方にとらわれていた場合、「自分の魅力は○○であり、するべきことは●●だ!」と決めていたとしても、社会や世界の環境・状況・価値観が大きく変化すれば、たちまちのうちにそれもぐらついてしまうということもありえます。


例えて言えば、20年前に勢いがあり、自分もすごいと思っていた会社があっったとしても、現在では必ずしもそうではなくなっているというようなものです。


また自分は英語が得意で、海外の人とコミュニケートするのが好きなだから通訳を目指していたのに、完全な翻訳機が開発され、もはや通訳は不必要になってしまった時、自分の特性をどう活かすのかということでもあります。


こうした時、もう一度抽象化・一般化を図ることで、新しい個性や自分の活かし方を見つけられる場合があるのです。


先の例の、通訳を目指していた人の場合、もともと、どんな人でも会話できることがこの人にとって大事なことであり、結局この方はコミュニケーション・意思疎通を図ることに特質があると言えます。


もっというと「協調」や「和合」ということになり、これは「6」の数の象徴につながり、「恋人」カードのことになってきます。


こうして具体的なものを抽象化することで上の視点(タロットでいうと「鷲」)になり、現在から近い将来に応じた具体性を発見することが可能になるわけです。


一度飛び立ち、さらにもう一度地上に降りるというプロセスです。


ソウルカードで自分を観るという行為・考察は、この、「上に飛び立つ」ということを意味します。


抽象化された大きな意味というのは、ソウルカードにおいては基本は「数の原理」的な意味合いを見ればわかってきます。いわば数秘術などで言われている数の意味と同様なものです。


数の意味はだいたいどの分野でも同じようなとらえ方をするので、ちょっとインターネットや書籍などで調べればわかります。


さらに加えてタロットを使う意義は、タロットの絵柄にも象徴が入っているからです。


ただしタロットの場合は22枚がそろって完全といえますので(78枚という考え方ももちろんあります)、昨日お伝えしましたように、ソウルカードだけではなく、ほかのカードも参考に見ていくとよいでしょう。


たとえば、「手品師」のカードがソウルカードならば、単数化すると同じ「1」になる「10」の「運命の輪」や「19」の「太陽」なども見ていくということです。


ほかにも同じ数を持つタロットを参考にするのもありです。(「法皇」と「悪魔」、「5」と「15」というように)


自己表現、個性発揮の導き出し方としては、こういった数やタロットの絵柄を参照にしながら、たとえばソウルカードから「作る」「造る」ということを大きな意味で感じたのなら、今後の日本や世界であなたが゜「作る」「造る」ということは何かということになってきます。


「バランスを取る」ということが本質であると感じたのなら、バランスを取るということは具体的にこれからはどういう分野でどのような意味なのか、そして自分にできることは何なのかと考え行くことになってくるでしょう。


是非、皆様も自分のしたいこと、自己を表現したいことを見つめ直し、行動に移していきましょう。それが集まって、大きく世の中を変えていくことになるかもしれないのです。


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