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正直であることはあなたを楽にする。
嘘をついてあなたは平気ですか?
たいていの人は心苦しさや違和感を自分の中に感じるでしょう。
自分に正直でないものがあると、それはあなたのブロックとなってそれを隠したり、沈めたりするためにいつも大量のエネルギーを無意識的に使用していることになります。
たとえば本音では「この人はあまり良くない」と思っていても、仕事のつきあい上、やむなく相手にいい顔をしているということがあります。
また好きでもないけれども、とりあえず相手がないと寂しいのでつきあっているというケースもあるでしょう。
しかしできる限り、自分の心と行動が一致するようにしておかないと、いつも奥底でねじれ現象を起こして潜在的には混乱することになります。
その「葛藤」がいずれは心か体に病として現れることもあれば、引き寄せ的には、まさに「葛藤した状況」を現実として自分が生み出す(悩む状況に追い込まれる)ことにもなりかねません。
ですから自分の本心には誠実にしてくことが望まれるのです。そうすると葛藤は少なくなりますから、それを抑える必要もなくなって使うエネルギーも、やりたいこと、本当に目指したいものに集中させることができます。その結果、実現力も大幅に向上し、そもそも生きることが楽になります。
けれどもそうは言っても現実的には心を偽るほどではないにしても、本心とは別に割り切らねばならない部分も、特に仕事の場面などでは出てくるのが普通です。
そこで新たな対処方法が示されます。
それは自分の気持ちの中に第三の選択肢や考え方を起こすのです。
「なになにをやりたいくないけれど、立場上やらなければならない」「なになにさんは嫌だけれど、仕事なのでつきあわないといけない」
という葛藤に対して上部概念として、「嫌なことに取り組む私、かっこいい」「この人嫌だけれど、全部果たして嫌なのか?いや、いいところもあるはず」など、ちょっとふざけているようですが、そんな「考え方」を作り出すのです。
つまり、葛藤したまま嫌々行動するのではなく、何かの理屈をつけてから動くのです。
ただし、この理屈というのが重要で、「仕方なく」とか「やるしかないだろ」的なものはもちろん、「給料もらうためには仕方ない」「寂しいよりまし」などという極端なマイナス、ゼロ地点思考というべきものはまずいのです。
言ってみれば自分に嘘をつくことが罪悪感になる、心にねじれや積み残しみたいになってしまう理屈はいけないということです。
積極的になれるもの、嘘から出た真(まこと)になるようなものの考えを出すのです。
ですから、こういう場合によいのは、やはり精神的・霊的な向上を念頭において対応することです。簡単にいえば「学び」だととらえる方法です。
しかしこれにしても、「学び」だからと無理矢理自分に納得させていては、結局「仕方ない」と言ってやることと同じになってしまいます。「学び」ということを前向きに、そして心からとらえる(感じる)ことができるかが重要なのです。
そのためには知識的な学習とともに感情で納得させていく両面の理解が必要となってきます。どちらかだけならば片手落ちになります。
感情で納得すればよいではないかと思うでしょうが、それでは普遍的なものにならず、どの場面でも通じるようにするためには知識的な理解があとで必要となるのです。もちろんこの逆もしかりで、頭で理解しても感情で納得していないと、それこそねじれたままとなります。
実はカモワン版マルセイユタロットはこの両方の理解をバランスよく促進させていく働きがあります。象徴への知識的な理解と、心の鏡としてのタロット双方がともになってカモワン流のリーディングが可能となるからです。
マンツーマンタロット講義が始まると・・・
私は自分でもタロットカードの「愚者」になっている気分になることがあります。
「愚者」は皮袋を背負い、赤い杖とともに旅をしている姿で描かれています。(カモワン版マルセイユタロットの場合)
この革袋の中に私はタロットをしのばせ、タロットを伝えたいという情熱を「赤い」杖のような推進力に変えて、求められればどこにでも旅をします。
今は大阪、京都、神戸、奈良、高松など、関西一円から四国へタロット伝達の旅をしています。要請があれば日本全国どこにでも行く気持ちはあります。
「愚者」はそれ自身に数を持たないカードですが、逆に言えばどんな数にでもなることができます。つまりはどのカードにも変化することが可能なのですが、これを「タロットを伝えること」に置き換えると、時には「法皇」にもなり、「隠者」にもなるということです。
「法皇」は大勢の前での講義、そして「隠者」はマンツーマンのような少人数、一対一の講義に該当するでしょう。
私の場合はこの両方を相手の求める講義形態によって変えていっています。どちらかといえばマンツーマンのような形で深く教えていくことが今は多いかもしれません。
伝える内容がタロットリーディングの技術のみならず、タロットを使っていかに自己変容を図るか、タロットを通じて自分の神性(高次の自分、本来の自己)を発露していくかということに主眼を置いていますので、半ば自分を見つめていく道程としてのカウンセリング状況となります。
最近またマンツーマンの受講生がタロットを学びはじめています。
講義が始まったこの方(大阪市Oさん)の感想をご紹介してみましょう。
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とてもわかりやすく、益々興味がわいてしまう講義でした。
また、上手く誘導して頂いたおかげでイメージングの楽しさと奥深さもわかり、さらに暗記という課題を思ったより簡単に乗り越えさせて頂き、本当に感謝しております。
今日は教えて頂いた事を思い出しながら、パートナーを占ってみたのですが、今までの事を見ていたかのように、驚くほど的確なカードがでました。
やはりマルセイユタロットは凄いです。カードは真実を見せてくれ嘘はないと聞いた事が再納得できました。この神聖なタロットを扱える事に感謝し、また自分自身もそれを汚さないような神聖な気持ちをもって、これからもっともっとタロットと仲良くなっていきたいなと思いました。本当にありがとうございます。次回からの講義が待ち遠しいです。
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この方のタロットに対する真剣ながらもワクワクする感情が伝わってきますね。でも、楽しいことばかりではありません。ここからタロットをさらに知っていき、リーディング練習を重ねていくことで、自分と向き合わざるをえなくなります。その時には大変さもないわけではありません。またタロットをどう読んでいくのかという技術的・心理的壁にもぶつかるでしょう。
しかし、それらこそが自分を変える大いなる旅路なのです。
すべてのことには光と影があります。さらに光に近づくためには、影もついてくるのです、それでもその両面があってこその世界であり、人生なのです。タロットを通じ、学びながら、両面を見つめ統合していき、パワフルなあなた自身を創造していく、それのお手伝いとして私はタロットを教え伝えているのです。
というと身構えてしまって、タロットの世界に入りづらくなってしまう方もいるかしもれませんね。でも安心してください。まずは気軽にタロットと接していくやり方や講座(体験会 や一日などの短期講座)もありますから。(笑)
マンツーマン、あるいは少人数で自分を変えるタロット講義を受けたい方、是非当方までご連絡 ください。このタロットに導かれ、学ぶタイミングと意味が必ずあなたにもあります。
自分のことを振り返る月
新年になると占い師の人たちは結構忙しいようです。というのは、やはり新しい年がどんな年なのか占ってほしいという人が多いのと、イベントなども増えるからですね。
しかし反対に、一年を振り返ってみるということはあまりしないようです。それはそうでしょう、「占い」というのは世間的には未来がどうなるかを知るためにあるものだと考えられていますからね。
しかしこれがカモワン流タロットともなれば、過去・現在・未来にわたって分析していく手法をとりますので、過去をふりかえることもできるわけですし、それが重要であることもあります。
カモワン流の展開でなくても、たとえば先日お話したイヤーカード で見て、一年のテーマや課題がどうだったのかを検証するのも面白いでしょう。
師走の月、それをする(一年を振り返り、今後に生かすことをする)のもよいタイミングです。
そうすると、自分のやり残した課題、反対に変えることのできたもの、取り組めたものなどがわかってきます。
まずは自分がこの一年で、事の大小は問わず、やれたことは自分で評価してあげましょう。
動かない物体を動かすには最初に摩擦力に抵抗して大きな力が必要なように、たとえ小さな一歩でも、その後の大きな前進につながることが多いからです。
しかしそうした中でも、どうしても根本的に問題となっているもの、わかってはいるがやはり今年も積み残されたものが見えてきます。特に精神的・霊的に向上を目指している人にはそれが強く意識されます。
「何か自分の奥深くに根ざした問題があるようだけれども、それが何なのかわからない」というような場合は、タロットにおいても他の人(同じタロットと技法を使うプロ的な人)にみてもらうとよいです。リーディングによってそれが発見でき解決に向かう可能性もありますし、単純にタロットリーディングの学習にもつながります。
またタロット以外の技法でプロとしてやっている方にリーディングしてもらったり、カウンセリングを受けたりするのもありでしょう。違った観点が有効なこともあるからです。
関西では、占いの館にいながらきちんとしたカモワン流のリーディングをされていらっしゃる方がいます。占いの館なので思い立ったら気軽に行けるのがよいところです。その人は心斎橋の占龍館の星矢さん です。彼は旧タロット大学で講師になる修行もされていましたし、アカデミズム系の心理資格もあり、その先生もできる人です。
また芦屋市でハーブの料理教室ほか様々な講座を行われ、すばらしい能力と知識でカモワンタロットのリーディングもされているNRC自然療法研究所 の方々がいらっしゃいます。ここはカモワンタロットを教えられてもいますので、習いたい人にもお勧めできるところです。
実は皆さん、タロット大学時代の先輩や同僚として一緒に関西でカモワンタロットを教えていた人たちです。本当に人間的にもすばらしい方々なので、ご紹介いたしました。
あと、最近のことですが私のタロットリーディングを受けていただいた時に、反対にそのお礼として私がスピリチュアルリーディングを受けまして、なかなかそのすごい能力に私も驚かされた人がいらっしゃいます。
私の中にある奥深い部分(いわば内的な声というようなものです)まで探求くださり、いろいろと具体的なアドバイスもいただいて、とても参考になりました。単に指摘するだけではなく、その解決策、目指す行動もその人の内側の部分から取り出してくれるのでわかりやすいですね。ちなみに、その方のブログはこちら です。関心のある方は是非どうぞ。
あ、それと私のタロットの受講生でタロット占い(リーディング)もして、整体もされる(特に美容整体、女性にお勧め)という大阪・長居の氣分屋さん もいらっしゃいます。肉体へのアプローチも試みたい方はそちらへどうぞ。
というようなことで一年を振り返る話題から、そのためにタロットはもとより、他の人や技術を活用することを参考までにお話いたしました。
恋愛で相手と親密になれない時
人間関係において、親密になることを避ける人がいます。
特に恋愛に発展しそうになると自分から逃げたり、その恋の舞台から無理矢理自分から降りようとしたりします。(トラブルを意識的あるいは無意識に起こして関係を壊すなど)
それにはいろいろな理由はありますが、大きくは親密になればなるほど、自分をさらけ出さなければならなくなるからであり、それが怖いからです。
なぜ自分をさらけ出したり、知られることが怖いのでしょうか?
根本的には自分に自信がなく、本当の「自分たち」がわかっていないからです。
自分たちの「たち」って何? 自分って「この私」じゃないの?
と思うかもしれません。
しかし、いわゆるインナーチャイルドとか置き去りされた自分の感情エネルギー体とか、問題を引き起こしてしまういろいろな自分が心の中には存在するのです。
この考えは心理学を学ばれている方には理解できるかもしれませんが、通常は何のことなのかわかりません。
しかしタロット的に見ていくと、このことが「カードの人格化」というものに似ていることに気がつかされます。
タロットカードを人間として扱うように見ると、それぞれが人のように感情や形を持つように感じられます。
本来はこれをタロットと自分の関係づくりに利用したり、ポジティブなことのために活用していくのですが、見ようによってはたとえばリバース(逆向き)のカードのように、エネルギーのバランスが崩れた状態、ネガティブな側面の人格としてカードの表すエネルギーを感じられることもあります。
いわば、それが自分の心の中にいる様々な自分というものに近いものと考えられます。私個人の考えでは、それらは霊的実在であり、本当に「いる」と思っています。
こう考えてみてください。
「万物には心がある」とまず仮定します。それはどんな微細なものにも構造的に遍在している(広く行き渡っている)と見ます。
そして「同じエネルギーには同じ「心」を持つ」と考えますと、繰り返し現れるエネルギーには、その「心」が刻印されてくると言えます。
また繰り返さずとも、強烈なインパクトをもって放出されたら、そのエネルギーはまた強く刻印されることになります。つまりそれに応じた心も刻まれるというわけです。「心」ですから感情的なものもあると想像できます。
それが自分の中の多くの存在につながるのです。
虐待を受けたり、否定的な感情を植え付けられたりした経歴があれば、そのエネルギーは刻印され、それに応じた「心」をずっと持ち続けることになります。形にはなっていないものの、自分の中で「ホムンクルス(人造人間)」を作っているようなものです。
虐待などの強烈な経験がなくても、意外に両親や生育した家族・環境から自分が受けているものは誰しもあるものです。それは今まで語られてきた以上に深く今に影響していると予想されます。
言ってみれば、皆、多かれ少なかれ、昔の意志を持つエネルギー体(自分で生み出したのですが)に憑依されているようなものです。
ただそれらはネガティブなことを引き起こす悪い存在とは言い切れません。そうなしないと自分を守れなかったためのプロテクト、守護人格だった可能性もあるからです。
人と親密になると、このようなものたちが出てくるようになります。
自分は置き去りにされているのに、本体は人と親密になろうとしていることに嫉妬して登場することもあれば、人(親のことが多い)と親密になろうとして裏切られた、あるいは親密になれきれなかった悲しい思いが再びわき起こるのを避ける(守る)意味で出てくることもあるのです。
恋愛はやがてセックスに結びつきますので、体のふれあいに発展します。スキンシップは幼少期の親との関係や愛情の構築を想起させるのに相当のパワーを持ちます。
このことが恋愛における親密さから来る当人の問題を、さらに加速させるのです。
結局、自分の中にある多くの自分を統合していくことがスムースな人間関係、よりよい恋愛に向けての根本的解決になっていくのだと想像されます。
タロット学習の基本。タロットは画像であり、映像である。
昨日は四国高松でのタロット講座でした。
合間に受講生の皆さんから誕生日のお祝いをしていただいて、とても驚きましたし、うれしかったですね。いやー、あんな風に外で祝ってもらうのは幼稚園以来かもしれません。(笑)
自分の誕生日を祝ってもらうことは、自分が生まれた喜び、大げさにいえば生きる価値みたいなものを思い出す行事といえるでしょう。四国の皆さんありがとうございました。
さて話は変わって、タロットといえばカードであり、中身は絵(画像)でできていますよね。タロットカードの種類によっては絵のない白紙のカードもありますが、それも結局は自分で絵を描いていくものです。
タロットは画像だということ。まずこの当たり前のことを覚えておいてください。
次にタロットリーディングを行うとした場合も、やはり「絵」「画像」は大切となってきます。いや、画像といより映像やイメージです。
何のイメージかいいますと、リーディングの仕草・作法からはじまり、実際にどのようにタロットを解読し、クライアントの相談に乗っていくのかというリーディング全体の一連の流れのことです。
要するに、文章や言葉だけのものではタロット(リーディング)はなかなか理解できないということを言っています。
つまり、タロットを学習するには、どうしても自分の目で見て生で体験する必要があるのです。
それもできればたくさんの事例を見ることです。
もちろん、文章と画像で構成された事例本・解説本のようなものがあれば、それでも十分に勉強は可能でしょう。
しかしながら、そこにはライブの動きがありません。ライブの動きとは、たとえばリーダーとクライアントの間に交わされる会話、タロットを一枚一枚引いて、それを両者が見て感じる心の動き、反応・・・などです。
最初から書かれた文章・画像にはアクシデントのようなものがありません。読んでいる途中に文章や絵が変わっていくなんてことはないからです。
けれどもライブのものにはそれらに満ちています、練習とはいえ相手は生きているからです。
これが実践での臨機応変さにつながり、実際見たイメージは体験(身体感覚も記憶を補強します)とともに色濃く記憶され、タロットリーディングの全体像をつかむことに貢献します。
以前、通信教育でタロットを習われた方が、はじめて複数の人たちと練習をされた時、作法や感覚に大きなとまどいを感じたり、手順を誤解して覚えていた事がわかったりしたことがありました。これなどもライブや映像としての一連の動きを経験していなかったら生じたことです。
今後私も、特にマンツーマンの受講生の皆さんや、タロット実践練習の機会が少ない受講生の方々に向けて練習会を行って行きたいと考えています。
先生だけのものではなく、同じ学習者同士での立場で他人のリーディングを見ることは、励ましと共有感覚ともあいまって、様々な違った観点も味わうことになり、とても勉強になることなのです。
関西(に来ることが可能)の方で、カモワン流のタロットリーディングの練習を希望される方は、一度当方までご連絡ください。
※京都新聞文化センターの受講生の方は是非次の講座を受講されて、実践練習経験を積んでください。リーディングのイメージがつかめます。
