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相手のための心地よいリズム

今回も花火ネタです。(笑)


昨日、花火を見ていた時、少し気になったものがありました。


それは上空を飛ぶヘリコプターの音です。


たぶん上から街の夜景とともに花火を見ようというゴージャスな企画があったのでしょう。(ちょっと、うらやましいかも(^_^;))


しかし、周囲の人は迷惑そうでした。(私もでしたがf^_^;)


それは花火というものは、色(光)と音がセットになっているものだからです。


ヒュ~と打ち上がって、ドーン!と玉がはじけ、パパパパンと音がして広がっていくカラフルな色彩。


これに感動するんですね。


あるいは、花火はそのようなものだと経験的に知っているので、予想通りの音とリズムで迫ってくることに快感を得ていると言ってもよいです。


そこにババババ・・・というヘリコプターのような大きな異音が響けば、予想とリズムを崩されて不快な気持ちが生じます。


実はこれと同じことを結構人はよくやってしまいます。


それは相手の作業や会話のリズムを崩してしまうということです。


例を挙げましょう。


相手がリズムよく自分から話し込んでいるのに、途中で話の腰を折り、つい自分の言葉や意見を差し挟んでしまうようなこと。


相手がパソコンで集中して調べものをしているのに、つい自分の都合で質問してしまうようなこと。


うれしいことがあって相手が楽しく報告しているのに、自分はトーン低く、ただ聞き流すだけの態度になっていること。


要は相手の流れや相手が期待している反応を無視して、自分の都合やリズムだけで応対していると、相互に違和感や不調を感じて、関係も気まずくなることがありますよ、ということです。


このことはタロットでも「運命の輪」のカードを中心にして、いくつかのカードでも説明をすることができます。


それはさておき、相手のリズム・トーンに合わせて会話をすると、相手も心地よく感じて、こちらに好印象をもちやすくなるので、意識してみるとよいでしょう。


花火を見て、「月」のカードを想う。

昨日は妻とともに大阪淀川での花火を見に行っておりました。


周囲にはたくさんの人がいらっしゃいましたが、それでも比較的ゆったりと見ることのできる場所に出向くことができましたので、夏の花火の風情を楽しむことができました。


さて、夜空を彩る花火を見ていても、ついタロットを想像してしまう私です。(苦笑)


その時感じたのは、「月」のカードでした。


カモワン版マルセイユタロットの「月」のカードには、月を中心にして花火のような水滴模様が描かれています。


この水滴はよく見ると下に落ちる形ではなく、月に向かって登っていっているのですね。


それには伝えられているきちんとした理由があるのですが、花火を見ていた私はそれとは別のイメージがわいてきたのです。


それはちょうど花火が打ち上がる様を映像的に逆回転したかのようなものです。


すなわち、花火が中心に向かって収束していくようなイメージであり、それを月のカードと符合させたのです。


「月」のカードは、本来はっきりとしない分散化されたものが象徴されますが、それを意識的に集中させていくことが求められる(「集めていく」と言った方が正確な表現です)のではないかということです。


カードの番号順として、「月」の次には「太陽」が控えています。月によって凝縮された要素が、太陽の輝きのきっかけになるといえばわかりやすいでしょうか。


漫画・アニメの「ドラゴンボール」では、孫悟空が元気玉というエネルギーボールを作るシーンが出てきます。


これは生きとし生けるものすべてから少しずつ生命エネルギーをわけてもらい、巨大な玉にして敵にぶつけるというものです。


「月」ではエネルギーではなく、人々から「違うもの」を集めています。(あえてここではそれが何であるかを書きません)


月はまた、自身で光るのでなく受動的な存在です。鏡のように相手を映すといってもよいでしょう。


ということは、月に集められる「何か」というのは、「映し出されるべきもの」であることがわかります。


それを集めきった時、仮面としての月ははがされ、本来の自己である太陽が姿を現すとも考えられます。


ここまで説明してきたことが実際のリーディングにはどう関連づけられるのか、それは皆さん自身で考えてみてください。


何かヒントが得られた方は、コメントかメッセージをいただけるとうれしいです。


タロットを使わずメッセージをタロットから得る

タロットに慣れてきますと、タロットがなくてもタロットをひくことができます。


というと嘘のように聞こえますが、そうしたことも可能です。


方法は簡単です。


まず聞きたいことや問いを思って心を静め、次にタロットをイメージして浮かんできたカードを指針とするものです。


試しに、今このブログを読まれている方にとってのメッセージとして想像してみますね。


・・・・・・


「吊るし」が出ました。


おそらくこの時期(夏のピーク、お盆前)、思ったよりも心身が疲れていることが多いからでしょう。


どこかに行ってリフレッシュすることもいいのですが、ちょっと体を休めて、静かな時間をもってみてもよいでしょう。心が和む映画などを見てもいいかもしれません。


気力が今ひとつわかない人は、素直に上がるまで待つのもひとつの手です。


急がす騒がず、結論を出すのはもう少し後にして、今は「吊して」おくことがあなたにとってはよいことと思えます。


という具合です。(笑)


想像だけでタロットを使う方法については、また機会を改めまして、記事で書かせてもらおうと思います。


タロットカード「13」から考える、人を傷つけるということ。

タロットカードの「13」は、怖い印象を持たれるカードでもあります。タロットの種類によっては「死神」と呼ばれている場合もあります。


しかし本当は恐怖を感じる必要がないことは、カードとつきあっていくとわかってきます。


それでも絵柄からして、どうしても人のネガティブさの部分に反応してしまうところは確かにあります。


ということで、今回は「13」のネガティブパートを少し考察してみましょう。


「13」は刃物として大鎌をもっているところから、「傷つける」「傷つけられる」というイメージが出ます。


他人を傷つけるのは言語道断だとしても、意外に私たちがよくしているのは、「自分を傷つける」ことです。


人をいじめるのは無論よくありませんし非難されるところですが、その行為が自分に向かっている時には人はあまり関心を持ちません。


自分を傷つけるというのは、自分で自分をいじめているのです。


いじめをしている人の時の脳にはアドレナリン(に類するものも含む)の分泌が多くなるといわれています。


つまり興奮麻薬物質ですね。人をいじめることが快感につながっているというわけです。


一度いじめをしたことで得られた快感状態を脳が記憶し、自分を再び気持ちよくさせるために、いじめを繰り返すようにもなると考えられます。


段々いじめがエスカレートするのも、脳への刺激を強くしないと麻薬が効かなくなるからではないかと推測されます。


さて、このようなことは自分をいじめている場合にも考えられます。


自分を必要以上に虐げ、卑下させることによって、むしろ快感が出るようになっているのではないでしょうか。


「私はダメな人間」「私って何の価値もない」「私は悪者だ」「いつも損している」「被害を受けているのは私よ」・・・


このような言葉で自分を責めていると、いつしか気持ちよさに変わってくることもあるのです。


自分を貶めることで同情を買える、なぐさめてもらえる、優しくしてもらえるという期待のために自分を責めることもあります。


でもこれも、あとの快感(なぐさめてもらう心地よさ)を得るためだと考えると、似ているところはあるいえましょう。

人をいじめる人も自分をいじめる人も、おそらくともに麻薬のようなもので気持ちを紛らわせなければならない根本的なネガティブな部分があるのだと予想されます。


それは不安や不満であったり、怒りや悲しみであったりする感情でしょう。


それを隠すために、傷を付ける行為(実際の行動だけではなく、言葉や感情での思いも意味します)をし、麻薬的にごまかすことをしているのかもしれません。


タロットカードの「13」の逆向きは、それをよく表していると思います。


カードに描かれている黒い土の底には、本来見なくてはならないネガティブなものが隠れています。

それが逆向きでカードが出ると、土を掘り起こすはずの鎌がまるで空を切っているかのように見えますし、その鎌は他人や自分自身に向かっている(刃物の重みで結局自分に降りてくる)ようにも感じます。


また心なしか、この時の「13」の顔も、むなしく力のない笑みを浮かべているかのように見えてくるから不思議です。


これでは土の中に隠されたものも出てきませんし(見つけることができない)、一時的な快楽のために、自分は骨と皮だけの荒廃した精神や肉体の状況に陥っていくことも考えられます。 


カモワン版マルセイユタロットの「13」では、鎌の色も、正位置では霊性や高い精神性の意味を持つ空色が上ですが、逆になると血の色である赤が上に来ます。


人や自分を傷つけていれば、血が出るような痛みが本来あるはずなのですが、それを感じなくなるどころか、気持ちよさとして誤変換されてしまうという恐ろしい機能も人間にはあるようです。


いかに自分を守る防衛システムが人間には働いているのかが、このことからもよくわかります。


結局過剰な防衛反応が「13」におけるネガティブさを招いているともいえるでしょう。


ということは、防衛しなくてはよい状況を自分に作り出すことが大切です。


それは自己開示しても安心できるという心、様々な処理しきれていない感情の部分を浄化したり、認めていったりすることにつながるものでしょう。


今述べたことは難しいことがあるのも確かですが、本当の自分を知ることに勇気をもって挑戦する時、それら(防衛しなくてもよい状態)は次第に得られていくものではないかと私は思っています。


自分でタロットカードを選ぶ占い

タロットカードで占う(占ってもらう)時、出たカードの印象はいかがでしょうか。


この時の感覚は非常に大切です。最初に出たタロットの絵柄や展開(タロットの並べ方)から感じる印象は、私の経験ではセンサーのようにほぼ正解に近いものであることが多かったように思います。


ただし最初からの思いこみ(こうあってほしいと思うような強い気持ちなど)が、その感覚さえ狂わすことがありますから、一概にそうとも言い切れません。


でもタロットに何の知識もなく、「どんな風に見えますか?」とクライアント(相談する人)に聞いたところで、いまいちピンと来ないのが普通でしょう。


また、たいていのタロット占い師(タロットリーダー)は、タロットの印象を尋ねるようなことはせず、自分の学んだ解釈とインスピレーションでズバリと語っていくことが多いものです。


結局、タロットの印象や最初の感じが影響するのは、クライアントではなく相談される側、占い師さん側となるのかもしれません。


しかし、私の使うカモワン版のマルセイユタロットは、相手にタロットを引かせる(選ばせる)形式ですし、カードを通して相手と会話しながら進めていくものなので、クライアント側の印象も重要となります。


タロットカードの絵柄が何が何だかわからない、意味はこちらから見てもぜんぜん推測することができない、というようなカードと展開方法のほうが、「占い結果がいいか悪いかもわからないので安心」だと思われるかもしれません。


それでも逆に自分でも印象がわかったり、出ているカードの雰囲気や意味がなんとなくでも想像できるほうが、占ってくれる人のいうことをただ聴くだけの受け身な自分から救ってくれることもあるのです。


占いにはどうしても依存の(占いに頼りたい)気持ちが生じます。依存が必ずしも悪いわけではありません。自分で判断がつかない時に、普通とは違ったアドバイスや運勢を知りたいと思うのも人情です。


ただ、いつもいつも占いに頼って、占いなしでは生きていけない人生になってしまっては本末転倒です。自分の人生は自分で選択し、決めていけるのです。いや、そうしなければあなたは人の決めた人生を生きることになります。


その意味でも、自分が少しでもカードの意味合いをイメージできるようなものだと、完全依存にならなくてすむでしょう。


少なくともカモワン流のタロットリーディングにおいては、「このカードはこう見えるんですけど」とか「これは私ですよね」とか自分の意見や感想も交えてリーディングが進むので、人からすべて決めてもらったような感覚は少なくなるでしょう。


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