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タロットへの質問の工夫

タロットリーディングやタロット占いには、質問、問いが基本的には必要です。

基本的にはと言ったのは、以前も書いたように、質問がなくてもリーディングは可能な場合があるからです。

むしろ私は、そちら(質問なしのリーディング)のほうが、ことマルセイユロタロットにおいては本質的(本来的)リーディングではないかと思っているくらいです。

質問というものは、心の中で問いかけるにしても、結局、人の言葉、言語形式であるのが普通です。

ところが、タロットは言葉としての言語(で把握するもの)ではありません。画像、視覚中心の象徴であり、言葉ではないコミュニケーションが必要になります。

それは感性や直観とも言えますし、もっと高度な霊的な送受信、あるいは言語化されない思考のようなものです。

人がする質問は、先述したように、言葉中心ですから、どうしても言語的な思考でタロットからの回答を得ようとします。

それでもよいのですが、この場合、決まりきった型から脱却することができず、いつも同じような読みになったり、常識的な答えになったりします。逆に言えば、理屈でわかるというようなものになり、人として理解はしやすいです。

加えて、リーディング・占いも、他人に行っている場合、その人に結果を伝えるという作業がありますから、つまりは説明がいり、当たり前ですが、理解しやすい言語コミュニションが最適なわけで(たとえ文章にするにしても言語を使用するでしょう)、最初の質問の時に戻れば、質問自体がわかりやすい言葉でしたほうが、タロットからの回答も、言語的なものとして受けやすく、それを人に説明するのにも、楽(わかりやすい)ということになります。

だから、普通は、(言葉での)質問をしてタロットリーディングを行ったほうがよいわけです。

ただ、タロットを人の言葉から超越させると、思わぬ気づきや回答が霊的指針・啓示のように入って来ることがあり、それは人の言葉を使ってコミュニケーションしたものとは異質なプロセスと結果を生みます。

このことをマルセイユタロット自体が、「審判」というカードで象徴しています。

一方、現実的・人間的な意味では、やはり質問は設定したほうがわかりやすいのは、先述した通りです。

ただ、この質問の仕方によって、タロットからの導き方、答えも異なってくることは知っておくとよいでしょう。

同じカードであっても、問いのレベルとか範囲によって、本当に答えも変わってくるのです。

逆を言えば、タロットはどのような質問のレベルにも、答えることができるということです。いや、答えるというより、質問のレベルに合わせた回答とか気づきをもたらすことができると言ったほうがよいでしょう。

ただし、その質問のレベルや、求める回答によっては、タロットの引き方(出し方)を変えたほうがよいケースもあります。言い換えれば、適切なスプレッド(並べ方・引き方)の選択です。

タロットへの質問は、具体的であるほうが答えも具体的になりやすいですし、その反対も言えます。(抽象的であれば、答えも抽象的になりやすい)

例えば占いであっても、「私の運勢はどうか?」と問うよりも、「金運はどうか?」「恋愛運はどうか?」と細分化したほうが占いやすいですし、恋愛運でも、「いつチャンスの時期が来るのか?」とか、「どんな人が、どんな場所で?」など、さらに具体的にしたほうが、恋(する相手)と巡り合う可能性は高くなるでしょう。(これも本当は巡り合うのではなく、そのような(出会う)世界を自分が作るための材料とするといったほうが適切だと私は考えていますが)

また、「なになにはどうなのか?」「どうなっていくのか?」と聞くよりも、「なになにを解決するには、どうすればよいか?」「目標を達成するには何が必要か?」と聞いた方が、能動的で、自分が何を(具体的に)すべきかもわかりやすいです。

前者のような質問ばかりしていると、ただ運任せ、受動的、自分で事態を動かすことができなくなります。つまりは成長がない、力(タロット的には創造的な力の源であるフォース)もつかない(発現しない、回復しない)ということになります。

もちろん、人ですから、いつも積極的、前向きになれるわけではなく、「どうなってしまうのか?」「あの人はどう思っているのか?」というようなことを知りたくなる時があるのも人情です。

それはそれで、その質問をしてもよいと思います。ただそれで心が落ち着けばよいですが、やぶへびになって、やらないほうがよかったということもあり得ます。

それならば、「どうなる?」とか、「どういう気持ち?」いうことを聞かずに、最初から「どうすれば自分がよい状態になれるのか」の策・方法を質問したほうが、結局はよいかもしれません。

これと似ていても、大きく異なるのが「この(今)起こって(起きて)いる意味は何だろう?」「このことは、何を私に知らせているのか?」と質問するのは、ある意味、霊的な領域に関わるものなので、一見、受動的な質問ですが、自分の視点を変えるには効果的です。

けれども、その回答を得るには、タロットへの象徴的理解がある程度進んでいて、抽象的でありながら、自分の人生とリンクする題材とストーリーの流れを把握する必要があり、これは特殊なマルセイユタロットの教義にふれていないと難しいでしょう。

言い換えれば、高度な意味で整理された大枠・モデルがある象徴体系・メソッドのあるタロットが必要というわけです。それができるのが、一部のマルセイユタロットだということです。端的に言えば、霊的目線が持てるシステムがあるかどうかです。

私の指導するマルセイユタロットリーダーには、クライアントの方の質問そのものにとらわれることなく、本質的な回答をもたらせるように訓練します。

クライアントの質問する言葉通りや、求めるそのものに回答することがよいとは限らないのです。さらには、具体的に質問をしたほうがよい場合もあれば、あえて抽象的なレベルのままでリーディングに入っていい場合もあり、それは人それぞれ、ケースバイケースです。

そして、クライアントがどんなとを質問するのかによって、その人の背景、関心、中心的にフォーカスする(している)レベルもわかり、そして出たタロットによって、主な周波数的要素(レベル)も比較的明らかになります。

ただし、周波数レベルの高低に優劣はなく、その人が必要としているから、また成長の糧のために、そのレベルにいる(そういう問題にフォーカスさせられる)ということが言えます。

地上的部分を強化したほうがいい人もいれば、霊的目線による人生の俯瞰を入れたほうが救いになる場合もあります。そういう区別ができるのも、ひとえに高度に整った象徴体系のあるマルセイユタロットだからできることなのです。

ですが、マルセイユタロット以外でも、質問によって答えが変わること、また、質問している内容を意識(注意)したり、質問のレベルや範疇を変えたりすれば、別の回答、あるいはこれまでとは違ったアイデア、道も見えてくるということは、覚えていてほしいものです。


マルセイユタロットの「戦車」と成功

今日は、マルセイユタロットの「戦車」について少し書いてみたいと思います。

「戦車」のカードは、凛々しい男性が馬車のようなもの乗る姿がメインで描かれています。

しかし「戦車」という名前なのに、武器のようなものは特に見当たりません。乗っている人物も、剣ではなく、王笏のようなものを持っています。

マルセイユタロットでは、カードの数単体の意味だけではなく、その数までに至るものが含まれていると考えます。すなわち、7の数の「戦車」は、1から6までの過程を経てきている(獲得している)と見るわけです。

そういうことからも、「戦車」においては、戦いはすでに終わった部分と、これから先の戦いを見据えている両方の領分があると考えられ、特に今後の戦いには、物理的な武器ではないものが必要(逆に言えば物理的な武器は不要)ということかもしれません。

ところで、「戦車」の意味で、よく言われるのが「勝利」とか「成功」です。戦いに勝つことが成功でもあると考えるわけですね。

世の中で一般的に言われる「成功」とは、有名になるとかはあるかもしれませんが、結局は経済的側面が強いでしょう。現状の資本主義社会が、経済的価値を至上に置いているところがあるので、当然と言えば当然です。

ですが、物質的に恵まれていても、昔からよく言われているように、心の幸せ(充実)がないと成功とはいえないのかもしれません。従って、かつては「成功」を「成幸」と書くようなことも、一部の人では流行っていたようにも思います。

何事もふたつの質があるのは、宇宙や世の中の分類原則みたいなもので、モノだけでは満たされず、一方、ココロだけで満たされようとしても、モノが不足していると、普通の人は不自由さに苛まされます。

しかし、モノの飢餓感はモノでは解決できないことも多く、ココロの平穏さ、自信、自分を認めることによって、飢餓感から逃れられるきっかけになることもあります。

「戦車」にも馬が二頭いるように、単に「勝利」とか「成功」を願ったところで、片方だけの世界の進行(発展・充実)では、戦車は傾き、倒れ、進ことができなくなります。(実際の「戦車」の絵柄は、車輪の方向性がおかしく、物理的な運動ではないことを示唆していますが)

ですから、通常言われる「成功」も、お金やモノを獲得する、満たすだけでは成功とは言えず、ココロの満足や平静さも必要ということになります。(お金があれば自然に満たされると思っていても、そうもいかないのが人間です)

サクセスsuccessという言葉には、下から登って行く、次に進むというような意味合いが語源的に考えられるようです。がむしゃらにただ進むだけが成功ではないことが、語源からもわかるわけです。

それはいきなり成功が出現するのではなく、言わば、積み重ねが重要ということで、階段を上って成功に至る(近づく)ということがイメージされます。

成功に登る(行き着く)ためには、一段一段の確信、自信のようなものが必要と言えるでしょう。しかしながら、自分に自信を持てない人は多いものです。

さきほど、モノだけではなくココロも大事という、当たり前の成功概念を述べましたが、“自信”というところでは、目に見える結果によるものもありますが、それ以上に、内面やココロの領域での自信と落ち着きが大きな要素となるでしょう。

そこで様々な心理メソッドなども必要となってくるのですが、一方で、「運」というものに注目すると、自分は不運だとか、ついていないと思っている人は、当然ながら自信も持てていません。

これは(運も)思い込みと言えば、究極的にはそうかもしれませんが、学業、人間関係、仕事、健康などの分野で大きな問題があったり、人より問題が続いたりすると思うと、やはり不運だと感じるわけです。

負のサイクルのようなもので、現象としての問題がネガティブな感情を強化し、そのネガティブさが運を変える転換を阻害している(誰しも運の波があるのに、その波の運動が緩慢になったり、固定に近いものになったりする)おそれがあるのです。

ということで、自分が思っているネガティブ的な自身の運勢を、良いものに換えたり、開運したりしていくことをやってみるのもひとつの手です。(運というものが実際にあるとかないとかというより、運がよくないという思いが変わる手段、開運したかもしれないと感じるようになる方法が重要ということです)

これはサクセス(成功)のための、土台づくりです。自分のココロがダメダメに支配されていては、戦いに出るどころではありません。まずは自信をつけるための手段を講じることです。

最初は自信の獲得というより、全ダメ状態からましな部分への発見の努力をし、ましからまあまあへ→結構行けるところもあるかも→いや、行ける→やれるよね→私って俺って、なかなか行ける人じゃね?(笑) というような感じに、少しずつ変化させていくわけです。

まさに、成功の語源をたどるようなものです。

もちろん、運だけではなく、自信が持てることがあればよいわけですから、得意な分野を伸ばすとか、新しく何か身に着けるとか、人に相談して、自分のよいところを探してもらうとか、ネガティブ・不安になってしまうココロの要素を分析して癒してもらうとか、ということからでもよいのです。

マルセイユタロットで言えば、車輪を持つカード同士で、「戦車」と「運命の輪」の連係作業みたいなところでしょうか。

自分における新たな自信サイクルを作り上げること、これが自分としての成功につながっていくと考えられます。

「運命の輪」でコンクリートを回して作り、それを道路にして、「戦車」として進んでいるようにも見えます。

人によっては、自分が進んだ後に道ができてしまう、開拓者としての役割の人もいますが、多くの人は、このようにコンクリートを作りつつ(練りつつ)、道を作って進んで行く方法が、成功への王道と言えましょう。


タロットとビジネス、占いとそれ以外

私は中級以上の講座で、希望者にはタロットリーダーを養成(する講座を提供)していますが、タロットビジネス(タロットを使った営利的業務の構築と実施)を指導しているわけではありません。

ただ、タロットにおけるビジネスの状況については、私の知る範囲で解説しています。

タロットを使ったビジネス・営業となりますと、現状、タロット占い師になるというのが、もっともメジャーなものになるかと思います。

また、タロットヒーリングとか、タロットカウンセリング、タロットコーチングなど、とにかく、タロットを使って、人様の問題の解消や軽減に当たるという方法が考えられます。

それでも、いまだ、タロットは「占い」のツール、方法という一般的な認識が強いですので、営業としてやっていくのにも、「占い」でのアピールをするほうが、市場に向けてやりやすいのは確かでしょう。

そのため、占いではないタロットの活用を最初に志していた人でも、営業としてやっていくために、占いにシフトにしたり、占い向けに対象を変えて行ったりすることが少なくありません。

言ってみれば、「タロットリーダー」と名乗るか、占いを強調して「タロット占い師」として名乗るかみたいなことになります。

タロット占い師を名乗ることになるのなら、当然、お客様は占いを期待して来られますので、現状、及び過去や未来を含めて、当たるか当たらないかの点には、こだわりを持たれたり、問われたりすることになります。

占い師として初めから占い的にタロットを読む技術を教わっている、あるいは独学ながら、占い技術の研鑽をしてきたという人ならば、占いに期待するお客様に対しても、当たり前ですが、スムースに応えることができます。

少なくとも、自分のやっていることと、お客様が求められるものとの違いに悩まされることはあまりないでしょう。つまり、ビジネス・営業としても葛藤がないわけです。

しかしながら、占いではないタロットの使い方を目指してきた人、学習してきた人(特にマルセイユタロットでは、そういう方向性になりやすい)は、占い市場が多いタロットにおいてのお客様と、自分のやろうとする理想との間に、大きな違いがありますので、齟齬や葛藤が生じます。

ですから、占い市場で稼ぐとか、営業するとかの目的をもってタロットを使いたい場合は、最初からバリバリのタロット占い指導者(ビジネス的にも結果の出ている方)のもとで学び、訓練されるとよいと思います。

ちなみに私は、占いではないタロット(マルセイユタロット)になりますから、初めに述べたように、タロットリーダーになるための講座は開講していますが、あくまで、それはビジネスではなく、結局自己研鑽のためのものという目的になります。

私の考えでは、他人向けにタロットリーディングすることも、自己の認識を深め、(統合的に)成長するための方法のひとつであり、しかも、なかなか効果的な手段でもあるのです。

その過程で、タロットリーディングに代金をいただくこともありとしていますが、それはビジネスとして稼ぐ、それ一本で生業していくというようなものではなく、あくまで補助的なものです。

金銭を介することで、タロットリーダーとクライアントとの間で現代社会においては、ある種の契約や誓約ができるので、ともに真剣になるという利点があるのと、エネルギー的にも等価交換的なことになって、リーダー側の一方的消費に終わらないということがあるためです。

従って、ビジネスとして成功するためのタロットリーディングを教えているわけではありません。

もっとも、タロットと占いという結びつきは、今の一般的な意味でのタロット市場では強いですが、それも次第に時代遅れになりつつあると見ています。ただ、占いへの需要は、人々の大幅な霊的な向上がない限り、まだまだあると思います。

そもそも、タロット占い自体、かなり古い時代からあると考えられ、特にフランスでは、あの革命前後の時代に人心が乱れ、社会への不安が増したので、それまでキリスト教的には禁止され(ずっと禁止されているものですが)、特殊な階層の人でしか、していなかった占いが一般に広まり、巷で占いをする人、見てもらう人が激増したと言われます。

そこから見ましても、数百年、いまだ占いへの需要と供給が続いていると言えます。だから、まだまだ続きそうです。

ということは、規模はどうあれ、タロット占いとしてのビジネスの可能性もしばらく続くことが予想されます。その意味では、タロット占い師としてやっていくと、決意されるのもありでしょう。

一方、先述したように、従来型の占いも時代遅れとなりつつあり、変化が加速することでしょう。すると、タロットを占いではなく使っていく方法や、新たなタロットでのビジネスということも考えられます。

タロットというもの自体、男性はともかく、女性においては、おそらく結構名前と存在だけは知られているものと思います。

そのため、タロットそのものをウリにして、それをどう使うのかというよりも、「タロットを使って、あなたを幸せにする」というフレーズ(目的)で、使う方法はリーディングでも、ヒーリングでも、コーチングでも、そして占いでも何でもよいとするやり方も可能に思います。

要は使い方ではなく、いかに来られた人を楽にできるか、勇気や希望をもってもらえるか、価値をもってもらえるかということです。

これはタロットというツールが知られれば知られるほど、そういうこと(使い方・方法技術ではなく、タロットそのものをウリにすること)が、やりやすい環境になると思われます。

それから、少し高度なテクニックになりますが、あくまで占い市場に身を投じながら(お客様の層を、占い認識での方々をメインとしながら)、やっている中身はタロットリーディングやタロットカウンセリング、という方法もあります。

結局、よいタロット占い師さんは、当たりはずれのタロット占いの技術だけを提供されているのではなく、来て良かった、救われたとお客様が思う、人への親身な相談ができるからです。

それはお客様・クライアントにとって、実は当たる当たらないが本当の目的ではないとも言えます。

何のために占いに来られているのかを想像すれば、自ずと、タロット占い師・タロットリーダーが(タロットを使って)行うことの意味がわかるはずです。

ただ、市場自体が「タロットと占い」という、ステレオタイプ的な見方で凝り固まっているため、タロットに占いを求めていくという手段(スタイル)が確立され過ぎているのが問題と言えます。

ちなみに、私のところの講座では、タロット占いでの質問と、タロットリーディングでの質問の違いを明確にしており、それを理解すると、形式的にタロット占いをしながら、タロットリーディングに至ることができるという方法を指導しています。

つまるところ、ビジネスにおいても自分次第であり、タロット占いでないと営業は無理ということではなく、工夫次第なのでしょう。

私はビジネスのプロでもなく、むしろその才能はないですから、そうしたことは指導できませんが、専門の人や才能のある人にウリ方を依頼する(考えてもらう)のもいいと思います。

しかし、私も結構経験しましたが、当然ながらビジネスプロの方は、あくまでビジネスのプロであって、タロットを本当の意味で理解しているわけではありませんので、いくらウリ方を提案されても、その方法は相いれない(自分の思うタロットの道からはずれる)ということが多かったです。

そのあたりになると、根本的に資本主義経済の問題に行き着くこともあるので、本質的には難しいことです。

それでも、タロットは本来、自由になるためのものと言えますので、使い方は人それぞれであり、自分の思うやり方、自分が(タロットを使うことで)悩まない方法がよいかと思います。

タロットをやって、成長のために多少の葛藤や苦しみはあっても、タロットを扱うこと自体がつらいということであれば、それは本末転倒なので、あなたのタロットの使い方・目的を考え直すことです。


運命の輪」に見る時間感覚

マルセイユタロットの「運命の輪」のカードは、その象徴のひとつに“時間”があると考えられます。

時間と言っても、実はいろいろな種類があると考えられ、端的に、精神の時間と物理的な時間という区分けができますし、言い方を変えれば、一人一人の個別の時間と全体に共通の時間とも表現できます。

まあ、その区分けも、私たちが通常の意識でいるからのためのもので、私たちの今の存在形態が変化すれば、精神・物理の区分けもなくなるのかもしれません。

ところで「運命の輪」は回転体なので、言わば、時間は回転が生み出していると見ることもできます。実際、地球(惑星)の自転、公転が時間単位を表していることからもそれは言えます。

時間と空間も密接な関わりがありますが、あまりにも数学的な話になりますと、文系の私も難しく(苦笑)なりますので、そのあたりはふれません。

しかし、単位としての時間を見ることで、そこに独特の空間と言いますか、特徴あるリズムに影響される場所というのかが生まれるのではないかと考えます。

それは波のようなもので、奇しくも、「運命の輪」にも、絵柄の下方には(と見えるもの)が描かれているので、波的な状態は示唆されていると見て間違いないでしょう。

そして人の人生を思う時、様々なサイクルやリズム、タイミングがあるように思います。

色々な方面から、それが7年であったり、10年であったりと言われているのですが、これも皆に共通するような周期と、一人一人の特徴として強く現れる周期があるのではないかと思います。それが“運命”というものの一種の可能性もあります。(まさに「運命の輪」の名の通り)

あまり細かく分けるとややこしくなるので、あえて単純に、人には三つの期間・周期があるのではないかと想定してみます。

それは、「運命の輪」に三匹の動物のようなものが描かれていることからもヒントになります。

その三つですが、長期・中期・短期と言ってもいいですし、過去・現在・未来と認識する時間という分け方もできます。

過去・現在・未来は誰しもわかることで、メジャーな話ですから、ここでは、スパンの長さによる分け方とも言える長期・中期・短期をフォーカスします。

要は、人生を一生分として見る観点、若い頃、中年の頃、老人の頃みたいな数十年のスパンの観点一年二年の今現在を中心とした観点という分け方として見るとわかりやすいという話です。

これはマルセイユタロットの特別な方法になりますが、一枚の大アルカナのカードをほかのカードたちに含ませるという見方があります。

それを適用すると、「運命の輪」にもほかのカードたちが入って来るわけです。すると、時間をテーマにしたカードごとの違いが現れるようになります。

簡単に言えば、それぞれのカードが示す時間があるということです。

タロットの場合は数が多いので、一枚一枚の時間とすると難しくなりますが、それでもグループ分けすることで、何とか時間種の差を見ることができます。

それが、先述の長期・中期・短期的な見方と関係します。

西洋占星術の場合だと実はわかりやすいかもしれませんが、基本の7惑星それぞれの時間周期で見ることが可能です。

これは単に時間というものではなく、質の変わる空間とも言え、月時間、水星時間、金星時間、太陽時間、火星時間、木星時間、土星時間(以降、トランスサタニアン等もあり)と表現でき、それが地球の時間と空間とは異なるものになっていると感じられるものです。

そのそれぞれが、私たちのアストラルホディに影響し、私ちは地球にいながら、宇宙の時間と空間の質を味わっているとも言えましょう。

それと似たようなことが、マルセイユタロットでも見て取れるということです。ただ惑星時間のほうは、アストロロジー(占星術)のほうが、文字通り、星のロジックなのでわかりやすいとは思います。

タロットの場合は、さきほど述べた三つの時間観点を基に見ていくのがやりやすいでしょう。

その三つの観点をどう活かすのかについては、マルセイユタロット自体を学ばないとなかなか難しいです。

ただ、とてもシンプルに言えるのは、私たちは普段、ひとつの時間感覚だけに錯覚させられて、物理的な時間と空間の拘束に苛まされていると言っておきましょう。

肉体を持つ私たちには、それは仕方のないところはあるのですが、常識的な時間感覚のみに支配されていると、モノの見方も固定され、問題のとらえ方、解決方法への視野も狭められます。

もっと言うと、霊的(統合的)な解放になかなか進まないということも言えます。

「運命の輪」が、マルセイユタロットではなぜ大アルカナナンバー10(全体のほぼ半分)なのか、そしてあと11もの段階を完成(21の「世界」)まで必要なのか、こう説明するとわかってくる人もいるかもしれません。

「運命の輪」の中に留まるのか、その外に出るのか、あなたは試されているのです。


カードの人格化を行うと

タロットカードを人格化する技術は、その方法を詳しく知らなくても、カードに接する時は自然に行っているものです。

人格化とは、要するに、タロットカードを人間のように見るという方法なので、特にタロットと親密になりたいと願う初期の頃は、感覚的にそのようにカードを扱うことになります。

あまり適切なたとえではないかもしれませんが、しかし本質的には同じとも言える、幼ない子供がぬいぐるみに話しかけて、会話するようなことに似ています。

ただ、マルセイユタロットの場合、小アルカナの数カードが記号的な絵柄になっているので、人物(人間)として見るのは難しいでしょう。

従って、マルセイユタロットでは、カードを人格化する時、まずは大アルカナ22枚の扱いが重要(モデル)になってきます。

そうしてマルセイユタロットの大アルカナの絵柄を観察しますと、人間(のようなもの)が描かれているカードと、そうではないものとに分かれるのに気づきます。

カードにはだいたいは人物がいるのですが、まったく人が見当たらないカードもあります。具体的には、「運命の輪」と「月」です。

この二枚は、人間ではない生き物が中心の絵柄で、「運命の輪」に至ってはマシーンがメインと言えます。

また、人間的なものは描かれてはいるものの、人数が多数であったり、人間ではないもののほうが大きく描かれていたりして、一人の人格としてはとらえがたいカードもあります。「恋人」「悪魔」「神の家」「太陽」「審判」「世界」などは、それらに該当するでしょう。

しかしながら、そういった、一人の人間・人格に見えないカード、そう設定することが難しいカードにしても、何とか一人の人物として性格づけしていくことに、タロットカードの人格化の技術の向上があります。

そもそもカードを人格化することは、最初にも述べましたように、タロットカードとそれを扱う者との関係性を近づける、親密にする意味があります。

ほかには、タロットリーディングを(カードとの)コミュニケーション的に行うための前段階という位置づけもあります。

なぜカードを人間のように扱うと、上記のような目的がかなうのかと言えば、人はコミュニケーションするのに、やはり同じ人間的な方法がやりやすいからです。

そしてコミュニケーションがスムースに行けば行くほど、自ずと相手との理解も深まりますし、自分の意思を伝えることも可能になってきます。

もちろん、カードは人ではなくモノなので、「そういう気がする」という範囲でメルヘン・思い込みの世界とも言えますが、そういう世界観を作り出すこと自体に実は大きな意味があります。

モノを人間のように見るという行いは、霊的な通路を作ることでもありますし、私たち現代人が失ってしまった感覚を取り戻す意義もあります。

カードを人格化するうえで、人物がメインで描かれているカードを人間のように見立てることは、単純にやりやすいです。

しかし、先述したように、人間がメインではないカードたちは、イメージ的に一人に人格化することは困難ではあるものの、これもすでに指摘したように、それを可能にしていくことが、カードの扱いの意味でも大事になります。

想像力が試されますが、最初は難しくてもチャレンジしていくことで、人物が“創造”されていくのです。

大アルカナ全22枚を人格化できた時、面白いことが起きます。

まず、リーディングにおいては、カードからアドバイスを人間のようにもらえたり、いろいろと会話できたりする感覚が出てきます。

慣れて来ると、カードを引かずとも、その人物をイメージしただけで、脳内コミュニケーションのようなことが可能になります。

そして、心理的には、自分自身の分身のように見ることもできます。

人は代表的な性格、自分でもこう思っている自分というものがありますが、それとは違う、様々な性格の自分も隠れていると言われます。そういったものが、カード(の人格化)で表せられるのです。

このニュアンスで自己リーディングを実施する場合、言わば、別の自分との会話・相談をしているようなものになり、自分の分身たちが合議し、ある答えを出すかのようにリーディングが行われるのです。

ところで生成AIのチャットGPTが少し前より話題になっていますが、その使い方において、チャットGPTに、「あなたは、〇〇の専門家です」と指定すると、それらしい雰囲気とか内容で答えてきます。

それと似たような感じで、例えば「隠者」のカードを専門家の人格のように設定すると、そのようなアドバイスが「隠者」より、もたらされることがあります。

タロットカードも、設定とか扱いによって、使い勝手が大きく変わることが長年やっているとわかります。

カードを人格化して使う方法は、いろいろと便利なもので、自分自身にも、他人に対しても有用なものになります。

もしカードを人間のように見ることに違和感があり、ばかばかしいと思う人は、タロットを真に扱うことは無理でしょう。「運命の輪」で言えば、向かって左側の動物、アーリマンに毒された人と言えるからです。

また、かと言って、人間のように見過ぎてしまうのも問題で、これは「運命の輪」の右側の動物、ルシファーに毒された状態になります。

そういったバランスを取るのも、マルセイユタロットのいいところなのです。

とりあえず、もしマルセイユタロットを持っている方ならば(それ以外のタロットでも行けますが)、一枚引いてみて、そのカードを人物化(人格化)し、その者が語ることを想像して、何かメッセージとか示唆をもらってみるとよいでしょう。

その意味では、リビジョンタロット的な方法と言えます。


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